18.二人の夜
王都リュグランの街外れ――。
建国当初からあるという肉料理とお酒の名店に、ダレストン先生が連れて来てくれた。
地下一階から二階まであるそのお店の、最上階の個室に入る。
いつの間に予約していたのかしら、こんな高そうなお店。
「窓から見える夜景が、この個室の名物なんだ」
椅子を引いてくれながら低い声で告げられた言葉に、思わず視線を窓に向けた。
日が沈んだ夜の街は、街灯と月明かりに照らされて幻想的に見える。
「さて、まずは食前酒だな」
向かい側に座ったダレストン先生が、お酒の種類が書かれた冊子を差し出してくれた。
「ダレストン先生の、お勧めはありますか?」
「初めて飲むなら、リュグランの果物を使った果実酒がいいだろう」
「前に飲んだ、柑橘の果実水みたいな?」
フェンヤ先生を交えた三人で行った、海鮮料理店を思い出した。
「ああ。あれに、酒精をほんの少し混ぜたものが、飲みやすいと思う」
「では、それでお願いしますわ」
お酒には詳しくないし、初めて飲むのに酒精の強いものは心配だった。
てきぱきと注文を終え、ダレストン先生がじっとわたしを見つめた。
「料理が来るまでの間、何を話そうか」
「わたし、不思議に思っていることがあるんです」
「何だ?」
卓に添えられていた手巾で手を拭きながら、首を傾げた。
「資料室から戻った時、教師の皆さんの反応が何と言うか……思っていたものと違ったというか」
サラジ先生が大騒ぎして教員室を出たのに、誰もそのことを覚えていないかのような表情だった。
いつもと同じ光景。慌ただしい中間試験の一日を終えた、安堵を滲ませた空気。
「もっとこう、色々聞かれるか。好奇の視線を向けられるかと思っていたんですけど」
「そうだな。不思議だな」
「でも、わたしから話を振るのもちょっと遠慮したかったですし」
手巾を卓に戻して、ダレストン先生を見る。
「どう思われます?」
資料室からともに戻った彼ならば、あの違和感にも気づいているかもしれない。
「大人として、貴方を気遣ったのではないか?」
「そういう感じでもなかったような……」
「あるいは、学院長から何か通達があったのかもしれないな」
「学院長先生から?」
卓に肘をついて、手の甲に顎を乗せたダレストン先生が、何かを考え込むように目を伏せた。
黄金色が見えなくなって、寂しい。……寂しい?
「あの男に実は貴族令嬢の婚約者がいたことは、学院長に報告した。さすがに驚いていたが、その後で猛烈に怒っていた」
「あの穏やかな学院長先生が?」
「貴方を騙して、囲うように恋人にしていたんだ。学院長は、卑劣な行いが何より嫌いだからな」
いつでも公正であろうとする学院長なら、あり得る話だった。
「他の教職員にも、貴方が被害者であることをやんわりと伝えたのかもしれない。だから、誰も何も聞かなかった」
それにしても、何か聞きたそうな顔すらしていなかった。
微妙に納得できないけれど、親身に考えてくれているダレストン先生にそんなことを言うのも失礼な話よね。
そこへ、料理とお酒が運ばれてきた。
「さあ、食事を楽しもう。初めての酒の味はどうだろうな」
「ダレストン先生は、赤酒を飲まれますのね」
「肉にはこちらが合うからな。それに……」
血の色のような液体の入った杯を、ダレストン先生が目を細めて見ていた。
「それに?」
「ここの酒は、俺の渇きを癒すのに、まあまあ役立つ」
渇き?喉の渇きということかしら。
カチリと軽い音を立てて、杯を合わせた。
「貴方の、新しい門出に乾杯」
嫌だ、からかわれているのかしら。サラジ先生と決別した日を、新たな門出だなんて。
でも、とても気分がよかった。心が、随分軽くなったような気がする。
くいっと杯の中身を飲み干した。
ふわりと香る柑橘の香りが楽しい。でも、どうしてかしら。
ダレストン先生から香る香りの方が、甘く蠱惑的に感じた――。




