13.初めての監督官
春の学期が始まってすぐの中間試験では、生徒たちの現在の学力が試される。
新入生たちは、学院へ入学したばかりの浮かれた気持ちを落ち着ける為に。
上級生たちは、進路を決めてその希望へと進んでいく為の実力を鍛える為に。
未来を見つめる子どもたちの手伝いを、わたしも担えるのが嬉しかった。
予鈴が鳴って、生徒たちが教本や参考書を鞄にしまい始める。
今日のわたしは、二年生の試験の監督官だった。
期待と不安を表情に浮かべる生徒たちを見つめながら、試験用紙を裏向けにして配る。
わたしも去年までは、あんな顔で座っていたのかしらね。
試験開始を告げる本鈴が鳴る。
「試験時間は次の本鈴までです。皆さん、日頃頑張ってきた勉強の成果を、思う存分発揮してくださいね。では、始め!」
わたしの掛け声で、生徒たちが一斉に机の上の問題用紙をめくった。
カリカリと、筆記具の音だけが教室に響く。
足音を立てずに机の間を歩いて回りながら、生徒たちの様子を観察する。
順調に答えを書き込む子。
頭を抱えながら問題用紙を睨みつける子。
早々に諦めたのか、用紙を裏返して絵を描いている子。
あら、とても上手だわ。芸術関係の試験があったら一発合格しそうね。
高等学院は、生徒の個性を伸ばすことも大切にしている。
学力だけでなく、体力も鍛え、感受性を大事に伸ばす授業も取り入れられていた。
すべて、マドゥー学院長の方針だ。
将来王城で働く子もいるかもしれない。
規則に従えないのは問題だけど、没個性では面白みのない人間になってしまう。
いえ、官吏に面白さなんて求めるのもどうかと思うけど。
リュグズール王国の、そういった柔軟性のある王族の考え方は嫌いではなかった。
本鈴が鳴った。
「そこまで」
わたしの声で、生徒たちの手が止まる。
晴れやかな顔をしている子も、泣きそうな顔をしている子もいる。
最後方から、裏向けにした回答用紙を順番に回してもらう。
三十名の生徒たちが、試験が終わって安堵した表情を浮かべていた。
「皆さん、試験お疲れ様でした。次の監督官の先生が来られるまで、休憩時間です」
集めた回答用紙を持って、二年生の教室を出た。
ハスアンが立っていて息が止まる。
また、わたしを監視しているの?いい加減にしてほしいわ。
声を掛けずに、すっと隣を通り抜けようとした。
腕に向かって伸ばされた手を、身を捩って躱す。
「……っ、ナス……」
「リリンカ先生、監督官お疲れ様でした」
廊下の前方から掛けられた声に、深く安堵した。
全身を包み込むような、穏やかな低音。
「ダレストン先生、ありがとうございます」
「初めての監督官はどうでしたか?」
立ち竦むハスアンを無視して、ダレストン先生と並んで歩き始めた。
「やはり、緊張してしまいましたわ。でも、生徒たちの方が緊張しているのですから、わたしが不安そうな顔をしていてはダメですよね」
わたしの言葉を微笑んで聞いてくれながら、ダレストン先生が頷く。
「そうですね。特に二年生の中間試験は、来年の学級分けの為の学力を測るものですから。生徒たちの緊張は大きいでしょう」
やわらかな声と理解ある言葉に、つい口元が緩んだ。
「ダレストン先生は、次の時間の監督官ですの?」
「いえ。学院長から、今回は裏方の手伝いを申し付けられましてね。教員室で採点作業ですよ」
「まあ。採点は間違いのないように慎重にならなくてはいけませんから、大切なお仕事ですわ」
背中に、焼け焦げそうな視線が絡みつくのを感じるけど、横にダレストン先生がいてくれるお陰か少しも怖くなかった。
教員室に戻ると、試験を受けている生徒たちの教室とは比べ物にならないくらい、殺気立っていた。
生徒の評価が決まる大事な試験。
採点は細心の注意を払って行われる。
わたしも自分の席に戻り、持ち帰ったばかりの回答用紙を広げた。
用意しておいた解答と見比べながら、朱色の筆記具で慎重に確認していく。
高等学院の試験は、一つの試験を三人の教師で順番に採点する。
誤審を防ぐ為と、不正を見逃さない為だ。
担当科目である歴史学の試験を確認するわたし。
そして、担当外の教師に二度目を見てもらう。
最後に、その科目の先輩教師、歴史学の場合はフェンヤ先生だ。彼女に最後の確認をしてもらってようやく、採点作業が終わる。
ふう、と息を吐き出して、筆記具を置いた。
「どうでしたか?」
何故かハスアンの席に座ったダレストン先生が、作業を終えたわたしに声を掛けてくれた。
「みんな、ちゃんと勉強を頑張っていて、嬉しいですわ」
想定より、平均点が高くなりそうだった。わたしの慣れない授業を、ちゃんと聞いてくれていたのだと嬉しくなる。
「そちらはどうでした?」
ダレストン先生は、外語学の採点を担当されていたようだ。専門外の採点を任されるなんて、やっぱり優秀な方なのね。
「私の生殖学よりは、いい点を獲ってくれているようです」
残念そうなその声が、何だか可愛く感じてしまったわ。




