第5話 問題解決?
ザァーーーーーーーーー。
バケツをひっくり返したかの様な激しい雨の音で目が醒める。
今日は雨が降るからと徳さんに言われ、公園内の屋根のある場所で寝ていたため雨にぬれずに済んだ。
ベンチから起き上がる。
「涼しいなぁ……」
昨日の寝苦しさもあってか、真夏日に降り注ぐ雨によるジメジメした湿気はさほど不快ではない。
むしろ心地さを感じさせてくれる。
それにしても……。
「うぷ……ふぅ……飲み過ぎた……」
頭が割れるように痛い。
久しぶりに旨い酒にありつけたからって調子にのって色んな酒をチャンポンした報いが……。
起き上がるのも億劫なので、ベンチに横たわりいまだに勢いよく降り注ぐ雨を眺めながら、昨日銀さんから聞いた話を思い返す。
「ダンジョンの深層……か」
どこかのダンジョンの深層にいけばマグナ神に会うことができる。
マグナ神は、十中八九俺の知っているマグナの管理者の事だと思う。
マグナの管理者に会うためにはダンジョンに潜る必要があり、ダンジョンに潜るためには探索者になる必要がある。
三十路手前の俺は大した職業もスキルツリーも獲得することはできないが、まぁ、そんなの関係ないよな。
マグナで五年もの間鍛えてきたんだ。
向こうで鍛えたステータスや取得した強力なスキルがある。一般のおっさんよりかなり有利だろうと期待している。
最初はステータスもスキルもこの世界では無意味なのでは?と心配したのだが、お巡りさんを呼ばれて逃げた時の足の速さはマグナにいた時と遜色なく、スキルも問題なく使えた。
それに、指輪の中にはポーション類やダンジョンで役立つアイテムがかなり入っている。
深層がどれほどのものかはわからんし、こっちでは死んでもやり直しがきかない可能性があるが……まぁ、何とかなるだろう。
あの樹海での地獄に比べたらなんでもできそうな気がするんだ。
「まずは、探索者登録をしないとなぁ。でも、どうすっかな……」
とつぶやきながら何気なく掌に魔法を浮かべる。
掌を握って開くタイミングで魔法を発動させる。炎が水に変わり水が風に変わり風が土に変わる。
ボーっと雨を眺めながらひたすらその行為を繰り返す。
「ほぅ、大したもんじゃ」
「――ッ!?」
いきなり声を掛けられ飛び上がるように立ち上がる。
「何をそんなに驚いておるのじゃ、遠松のあんちゃん」
「とく、さん……」
「それにしても、さすが異世界人じゃのぉ」
「――ッ!? な、なぜ……」
「なぜ自分が異世界人だって知っているってか? がははは、何を言っているのじゃ。昨日言ったろうに」
徳さんは自分の目を指さす。
「鑑定……ですか?」
「そうじゃよ。あんちゃんには悪いが、あんちゃんがこの公園に足を踏み入れた時点で鑑定をかけさせてもらっておるよ。わしも自分の身が一番大事じゃて」
徳さんの話によると、公園にくる新顔にはかたっぱしから鑑定をかけるらしい。
その人物が危険ではないのか、犯罪者ではないのかを確認するために。
「安心せい。誰にも言っておらんから。わしとあんちゃん、二人だけの秘密じゃて。がはははは」
「そうです、か……はは……」
「どうじゃ? 良かったらあんちゃんの話を聞かせてくれないか?」
「俺の話ですか?」
「そうじゃよ。秘密を共有できる相手がいるという事は存外いいものじゃて」
ニカっと金歯を覗かせながら笑う徳さんをみて、俺はゆっくりとベンチに腰を下ろす。
徳さんには、俺の秘密も知られたし別にいいかという諦めと誰かに俺の置かれている状況をぶちまけて慰めてもらいたいという情けない願望があり、俺の口はすんなりと開かれた。
「――ふむ、そうかぁ。それはさぞ辛い思いをしたのぉ……」
「……はい」
俺は年甲斐もなく、両目に涙を貯めていた。
零れ落ちそうな涙を必死に我慢する。
「それでダンジョンなんじゃな?」
俺は、涙が零れ落ちる前に目を拭い頷く。
「ただ日銭を稼ぐためというのなら止めようと思ったのじゃが……明確な目標があるとするのならば止めるわけにはいかんのぅ。それに、あんちゃん、結構やるんだろう?」
徳さんは力こぶをつくり二の腕をパンパンと叩く。
失礼だが初老の浮浪者とは思えない程に鍛えられた腕だった。
今頃気づいたのだが腕だけではない。ダボついた服装なので気が付かなったのだが、全体的に引き締まった身体をしている。
鑑定のスキルを持ち、浮浪者には不釣り合いな金歯に大金を持っている上にあの肉体……徳さんは、一体何者なんだろう。
「ん? どうしたんじゃ?」
「い、いえ! 俺の実力ですか? 人並以上はやれますよ」
「謙遜しおってからに。まぁいい。ダンジョンに潜るなら協会に加入する必要があるのじゃが身元を証明できるものは持っておるか?」
一番痛いところを突かれた。
身元証明書――これが今俺にとって一番ネックだ。
何故なら、俺はこの世界に存在していないのだから身元を証明する物はもちろん戸籍すらないのだ。
「それが……」
「やっぱりのぅ。あんちゃん、昨日の金貨あと何枚出せる」
「え? なんでそれを!?」
「やっぱり持っておったか」
「……ハメましたね」
「素直な事は良いことじゃが、あんちゃんはもっと人を疑ってしかるべきじゃ」
「はぁ……」
「それで、あと何枚出せるんだ」
「百枚までなら……」
「ひゃく!?」
しまった、少なめに言ったつもりが徳さんにとってはそうじゃなかったらしい。
もっと少なめに言っとけば良かったと後悔している俺の前で電卓叩く徳さん。
電卓を叩きはじめて一分もかからないところで徳さんの手が止まる。
「三十六枚じゃ」
「はい?」
「金貨三十六枚、ワシに預けてくれるならあんちゃんの戸籍と住む場所を用意してやろう」
確か金貨一枚で15.5グラム。18Kの相場はグラム6,700円だから三十六枚で3,738,600円。
戸籍を手に入れられる相場なんて俺にはわからない。
正直、胡散臭くないと言えば嘘になるのだが、一人でない頭を絞り出しても活路を見出せるとは思えない。それに、百枚とは言わずちゃんと計算して三十六枚で良いというのだから何かしらの当てを徳さんは持っているのだろう。
そんな訳でここは徳さんを信じることに決めた俺は、元々持っていた革製のカバンに手を突っ込む。そして、あたかもカバンから金貨を取り出したかのように見せる。
「はい、三十六枚です」
「ずいぶんすんなりじゃのぅ? わしが持ち逃げするとは思わんのか?」
「徳さんは信じられると思っているので。ないとは思いますが、もし徳さんにその金貨を持ち逃げされてもその時は俺の見る目がなかったと諦めます。まぁ、そんな事にはならないと思いますが」
「がははは、そうか、そうか! では、わしはあんちゃんの信頼に応えられるようにしよう! 明日の正午までには戻るでのぅ。期待して待っていてくれ」
「はい、よろしくお願いします」
徳さんは俺が渡した金貨を懐にしまい、俺の名前の漢字や生年月日など質問され答える。最後にスマホで数枚俺の写真を撮った徳さんは、颯爽と雨の中を駆けていった。
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