9、同じ顔
扉の中からは賑やかな、いや、騒がしい言い争いが聞こえて来た。そんな内部の様子に、私はまたかと思う。
この部屋には、扉を通らずに入退室する者が少なからず存在するようだった。今もそうである。
私は、見張りとして立っている自分の存在意義を考えなくもなかったが、悩んでいても仕方が無い。それはそれと割り切って、自分はこの扉を通り抜ける者のみに気を配る事に集中すると心に決めていた。
この場に立っている間の自分の仕事は、扉を通り抜ける者の身分と要件とを確認し、その資格の無い者を通さない事と、内部の会話に耳を傾ける事。その2つだった。
「勝手にすれば良いだろ?俺に構うな!」
中から怒りを含んだヨウの声が響いた。苛立ちを全く隠さないその声は大きく、聞き耳を立てなくとも十二分に聞き取れる。
「構うなと言われても、ね。事と次第を全て知っていそうな者が目の前に居るんだから、説明してもらいたいと思うのは当然の事でしょう?」
それに答えるのは大人びた女性の声。以前まで頻繁に聞こえて来ていた(その主を目にした事は無いのだが)女性の声とは違う声だった。
恐らく・・・。
と、私は思い当たる人物の顔を思い浮かべた。
『大災厄』の日に出会った女性だ。
その女性は、旧市街に現れた大量の『魔物』を倒す我々3人の前に突如現れ、共にいた私とココナには目もくれず、ヨウだけを見ていた。
その時ヨウは、その女性に向かって『アベ』と呼び掛けた。
それを聞いた女性は、何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。
「同じ顔と同じ声で、同じように私じゃない『別の女』の名を呼ぶのね」
そう言って、その女性は不機嫌そうな表情を浮かべて視線を逸らした。視線の先から飛び出して来た小振りな『魔物』をサッと素手で掴み上げ、そしてその『魔物』に見下すような視線を投げる。と、途端に『魔物』は黒い砂へと変貌した。
サラサラと落ちていく、砂と化した『魔物』。それは、地面に着く前に風に吹かれて消えてしまった。
「『外側』か?」
私はその様子を見ながらヨウを背後に庇い、前に立ってそう言った。
小さいとは言え『魔物』を素手で掴み砂に変えるなどと言う芸当は、どう考えても人間に出来る技では無い。
女性はヨウから私に視線を移し、そして不適な笑みを浮かべた。
笑みを浮かべるだけで聞かれた事には答えないその様子から、私は肯定と受け取る。
『外側』の、それもかなり上の存在なのかも知れない。
そう思った。
『外側』に住まう者は『神』だ。『神』にも色々あるが、我々人間にその名を知られていない『神』は、ほとんどの場合人間に対して好意的では無い。
無関心か、或いは敵意を持っているか。
前に立つ女性がどちらなのか私は判断し兼ね、警戒を続けた。
そんな私から再びヨウに視線を戻して女性は言った。
「誰なの?その『アベ』って。そんなに私に似てるの?」
聞かれてもヨウは答えなかった。ただ睨むようにその女性を見続ける。
「まぁ良いわ。ねぇ、貴方今まで何処にいたの?」
女性は、そう言いながらこちらに近付いて来た。
「この世界に来るのは彼と一緒だったんでしょ?その・・・アキラと」
そこまで言って立ち止まり、そして私の目を見た。その目が、私に「退きなさい」と言っている。
が、私もここで退く訳には行かない。
そう思い私は、背中に背負った大剣に手を掛けた。
何かあれば斬る。
その覚悟を持って。
と、その手を背後からヨウが掴んで止めた。ヨウはそのまま私の肩に手を置き、そして軽く横に押して促す。
私はヨウに道を開けて、そして横に控えた。
「だったら何だ」
ヨウが答えたその声は、明らかに怒りを含んでいた。
「一緒に来たのに、貴方は今まで何処にいたのかしら。貴方の事をずーっと探していたのよ。しかも・・・」
女性は言いながらヨウに近付き、私の横を通り抜けてヨウの目の前に立った。そして、下から顔を覗き込むようにして見上げて言う。
「上手に隠れていたのに出て来た。とっても目立つ形で。ねぇ、どうして?」
「ちょっと貴女!」
そこで、今までただ成り行きを見守っていたココナが声を上げて女性を押し退けた。ドンっと女性の肩を押して、ヨウとの間に自分が入り込む。
「何なの?いきなり出て来て。失礼にも程があるわ」
ココナの強気な様子に、私は思わずギョッとなった。
ギョッとしたのは私だけでは無く、ヨウも驚いた顔をしていた。
そして、押し退けられた女性も面食らって息を飲み、そして見下すようにココナを見て言った。
「『聖母』の愛し子・・・。うるさいわね、ちょっと黙ってて」
女性はそう言ってココナの肩をグッと押し退ける。
私は、よろけて倒れて来るココナを受け止めた。
「ちょっ、貴女ね・・・、!」
そこまで言うと、ココナは自分の口を押さえて驚きの表情を見せる。パクパクと口を開け閉めして焦った素振りをしているところを見ると、どうやら声を出せなくなってしまった様子だ。
ココナが静かになったところで、女性は改めてヨウに聞いた。
「アキラはずっと戸惑っていたわ。戸惑いながら進むべき道を模索して、懸命に進んでいた。今もきっとそう。困ったり悩んだり、苦しみながら困難に立ち向かっている事でしょうね」
女性はそこで一度言葉を切り、ヨウの胸を指で突いて言葉を続ける。
「それに比べて貴方はどう?ずっと隠れていて、良いところでノコノコ出て来て、助けた人に讃えられて。随分と都合良く、無駄無く動くのね」
女性が更にヨウに近づく。そして顔と顔が付きそうになると、細めた目で鋭く睨んで言い放った。
「まるで、何がどうなるのか、最初から全部分かっていたみたいじゃない?」
そう言われて、ヨウは女性を跳ね除けた。そしてそのまま睨み付けて叫ぶように言う。
「俺とアキラを比べるな!」
ほぼ怒鳴り声だった。そう言うと今後は、ヨウが女性の肩を強く突いて言う。
「良いか、俺とアキラは違うんだ!顔や声が似てるからって、一緒にすんなよ!行動を比べて勝手に評価するな!」
本気で怒っている。それが私にも分かった。
恐らくヨウは、双子の兄であるアキラと自分を比べられる事が我慢ならないのだろう。
「だったら貴方達も、私とその『アベ』を比べないて貰えるかしら?会った事もない女と比べられるなんて、何だか腹が立つから」
「比べてねーよ!」
我慢の限界が来たのか、ヨウが女性の胸倉を掴み上げた。
その時、頭上から強い殺気が降って来た。それと同時に何者かが降って来る。
もの凄い速さだった。少し前まで共にアキラの警護をしていた速さには定評のある同僚、トールをも凌ぐスピードで、何者かがヨウの背後に現れたのだ。
その、現れた者が狙うのはヨウ。
まずい・・・!
思った瞬間体が動いた。抱えていたココナを安全な遠くへと突き飛ばし、抜刀しながら現れた者へと襲い掛かった。
「ハザン!」
「レーナ!」
ヨウと女性とが叫ぶのが同時だった。
その叫びによって静止する私と現れた者。抜き放たれた大剣を掴む私の手の先で、私と同じく静止していた者の姿が確認出来た。
大きな黒い翼を持つ、大きな黒豹だった。
黒豹は、威嚇だろう低い唸り声を上げながらヨウと私とを睨み、そのまま女性の真横に回り込んだ。
黒豹の警戒を浴びながら、ヨウは私に剣を収めるよう片手を上げる。そして私が剣を収めたのを確認すると、女性の胸倉から手を離した。
ヨウの手から解放された女性はしゃがみ、擦り寄る黒豹の頭を抱き寄せてその喉元を優しく摩った。
黒豹の唸り声が止み、その頭を女性の腕に擦り付ける。
「嘘よ。顔を見てから首、胸、腹部、脚と、上から順番に確認したじゃない。その『アベ』とやらと比べてたんでしょう?」
「・・・見てない・・・」
女性に言われてそう答えるヨウの声には、動揺の色が見えた。
「アキラは胸元をよく見てたわ」
「・・・あいつは巨乳が好きだからな・・・」
小声でそう答えるヨウ。
それに苛立ちの表情を浮かべた女性。彼女はそのまま黒豹の背に跨った。
「お互いの護衛が殺気だって話せそうも無いから今日は引くわ。後日、日を改めて」
そう言って女性が黒豹の首元を軽く叩いた。
大きな翼を羽ばたかせて、空へと昇る黒豹。
その女性が、今室内に居る。
「ねぇ、一体貴方は何をする為にこの世界に来たの?今、何をしているの?これから何をするの?」
「・・・知らない」
女性に聞かれて、小声でそう答えるヨウ。
「嘘だわ。ねぇ、教えてよ。一体何が起こっているの?」
「・・・『外側』は不穏分子だ。未来が詠めない。お前に何が起きているのかを教えてしまうと、この先の未来どう転じるのか分からなくなる。だから、言わない」
「それはつまり、貴方が未来を操作しているって事なのかしら?」
「・・・少し違う。俺はこの世界を・・・」
それきり、室内に沈黙が降りる。
沈黙を破ったのは、女性の方だった。
「質問を変えるわ。私とカイルはこの先どうにかなるのかしら?」
「・・・この世界のルールを守れば問題無い」
ヨウのその言葉を最後に、完全に室内の音は消えた。
静寂の中、ガチャリと大きな音を立てて扉が開いた。
室内から顔を出すヨウは、私の顔を見て溜め息を吐いた。そして顎で私に中に入るように促す。
「話したい事がある。入れ」
呼ばれて入った室内には、誰の姿も無かった。




