8、『南』で何が起きたのか
「『南』の始まりは、『聖女』様。『光の尊』がこの世界を創り『聖母』にお与えになって、『聖母』が世界の北側を、『聖女』が南側を取り仕切ると決まった時から始まります」
狭い部屋の中で、ミオンは話し始めた。籐で出来た丸椅子に浅く腰掛け背筋を正し、正面からオレを見詰める眼差しは真剣で美しかった。
浅黒い肌、波打つ長い豊かな黒髪、左右にしっかりと伸びる眉は力強く、その下の2つの眼は黒く輝いている。
「『南』の民はみな『聖女』の子です。初めの日に『聖女』が男を創り、交わり、最初の子を産み落とし、そこからどんどんと増えて行ったと言われています」
「じゃあ、ミオンも『聖女』の子孫って事?」
聞いたオレにミオンは小さく頷き、そして答えた。
「はい。私は王家の末裔ですので、最初の子の直系です。『聖女』まで系図を辿る事が出来ます」
言われて改めてミオンの顔を見詰めた。
その顔立ちに、『真ん中』の現国王の第3夫人が重なる。『南』出身だと言う第3夫人も『聖女』の子孫だという事なのだろうか。
「最初の子は『山頂より吹く風』から作られました。よって王家出の者の名の前には敬称としてそれが付きます。敬称は誰しもが持つ者ではありません。最初の子の子孫である王家の他には、その分家筋に当たる4つの家にのみ付きます。『水面に掛かる虹』『夕闇の霧』『大地より湧き出ずる水』『大木より注ぐ雫』がそれです。『霧』と『水』と『雫』は残念ながら滅び、最後まで残った『虹』が、我等に牙を剥きました。それが私より二代前の事です」
「反乱?」
聞くと、ミオンは頷きながら答えた。
「このまま王家に任せておいては『南』が滅びてしまう。そう言って『虹』は王家に襲い掛かって来ました。『聖女』を掲げる王家に対し、『虹』は『聖女の影』を掲げています。それによって『南』の民は、東西真っ二つに分かてしまいました」
『聖女』は分かるが、『聖女の影』とは何だろうか。その疑問が顔に出たのか、ミオンは説明してくれた。
「『聖女の影』とは、常に『聖女』の傍にあって『聖女』を支え続けていた存在でした。それがある日『聖女』から離れて独り歩きを始め、いつの間にか姿が見えなくなりました。その『影』が『虹』をたぶらかしたのかも知れません。起きてしまった争いは激しくなる一方で、沢山の民が命を失いました」
俯き目を伏せるミオンを、雲から現れた月の光が照らした。組み合わせて掲げられる両手が、死んだ『南』の民への悼みに溢れている。その悼みを、月が汲み取って死者へと届けてくれそうな気がした。
「争いが絶え間なく続く中、変化があったのは今から5年程前です。ある日突然『真ん中』から多くの兵が攻め込んで来たのです」
「・・・は?」
5年前に?『真ん中』が『南』へ攻め込む?何の為に?
聞いた事のない話だった。
「ミオン、オレはマジールの人間だが生まれも育ちも『真ん中』で、ずっとマジールと『真ん中』とを行き来する仕事をしている。けど、『真ん中』が他国に攻め込むなんて、聞いた事無い」
驚いてそう言ったオレに、ミオンはキョトンとした表情で言った。
「そうなのですか?ですが、確かに『真ん中』は来ました。当時私は7歳と幼かったですが、あの時の事はハッキリと覚えています。彼等は、六角形に囲まれた大木の模様の旗を掲げていました」
六角形に囲まれた大木の模様。それは、銀星木を『真ん中』の六大公を表す六角で囲った騎士団のエンブレムの事だろう。それを掲げた兵が攻めて来たと言うなら、確かにそれは『真ん中』の進軍に違いない。
「内乱を鎮める為に『虹』が『真ん中』に援軍を要請したのかも知れません。とにかく『真ん中』の兵力は圧倒的で、我々は全くもって太刀打ちする事が出来ませんでした。加えてそれまで居なかった『魔物』も現れて人や家畜や作物を襲い、なす術もなく壊滅状態に陥りました。そして、気付けば『守護神』である『聖女』が消えていたのです」
「『聖女』が消えた?」
ミオンに再び驚かされて、オレはそう声を上げた。
世界の『内側』と『外側』との境界。その南側にある『南の門』の守護をしているのが『聖女』と呼ばれる女神だった筈だ。
『聖女』は、この世界の主である『聖母』の妹で、当初世界の南側半分を支配・管理していた。が、『聖女』には世界の半分は広すぎたらしい。治安やバランスの乱れが軽視出来ないレベルになったという事で、『聖母』は南側半分を『南東の門』『南の門』『南西の門』の3つに分断し、『南東』と『南西』は自身の息子に任せ、『聖女』には『南』だけを任せた。
その、狭くなった『南の門』の守護者である『聖女』が消えた、と。
「はい。戦乱の最中です。皆がバタバタと慌てふためいている中、側仕えの者達に言付けを残して姿を消しました。そこからはもう、崖を駆け降りる勢いで劣勢へと傾きました。『神』の守護を失ったのですから。次々と砦を奪われ、王城すらも占領されてしまいました。その際、祖父が死に、父が死に、『山頂より吹く風』は私のみとなってしまったのです」
5年前、そんな事があったのか。
オレは、自分が何も知らないうちにこんなにも多くの命が奪われていたという事と、1人の『神』が失踪したという事に、少なからずショックを受けた。
「『西』へと追いやられ、それでも我々は諦めずに戦い続けました。雨が降ると『魔物』が出る。それを避ける為の待避施設を作り、少しずつ、少しずつ進行し、3年前、とうとうこの王城を取り戻したのです。ですが・・・『虹』の民を倒した分、我々も仲間を失いました。賑やかだった陣営も、今では当初の1/10以下です。しかも皆、幼いか老いているかです」
そこまで言うと、ミオンは再び俯いて、そして大きく息を吐いた。
「・・・どうやっても、上手くいかないんです。『虹』もやはり、幼い者か老いた者しか残っていないようです。このまま戦い続ける事が、果たして正しいのかどうなのかが、私には分からない。それでも、王家の末裔として私は皆を率いなければならない・・・」
そう言うミオンは、やはり苦しそうに見える。
ミオンがオレを見上げた。
「そんな中、ようやく『鳥使い』が現れたのです。ゴーシュ様、どうか、どうか私達をお導き下さい」
そう言いながらミオンは、オレの手を両手で掴み握り締めた。半分泣いたような顔で下から見上げてくるその表情は必死そのもの。
何とかしてあげたいとは思うものの、オレ自身はその『鳥使い』と呼ばれる者では無かった。ミオン達『南』の王支持派(?)を導くなんて事は、雲を掴むような話で全く見当が付かない。
思いながらオレは、レニアⅩⅤを見て言った。
「何度も言うようだけど、オレはその『鳥使い』とやらでは無いよ」
「『私はここから離れる。が、いずれ他の『神』がこの地に訪れるだろう。その『神』は『鳥使い』を使者に、『大地の混乱』を収める。人々の『名』の『意味』を語る者こそが『神』である』」
ミオンはそのままの姿勢で言った。
「『聖女』は消える前、側仕えの者達にそう言い残したそうです。『大地の混乱』とは、雨の日に『魔物』が跋扈する今のこの状況ではないでしょうか。他の『神』が使者として送ったのがゴーシュ様ではないのですか?」
そうだ。と、答えてあげたかった。だが違うのだ。
そう思いながらもオレは、他の『神』という文言に引っ掛かった。ついこの前まで行動を共にしていた3人組を思い浮かべない訳には行かなかったのだ。
アキラとノワとトールさん。
トールさんは人間だが、ノワは違った。平民に下った『真ん中』の国王の妹と、『魂の尊』がその妹の為に作った『神』との間に産まれた『半神』だった。
そしてアキラは、そもそもこの世界の人間では無い。違う世界からやって来た『異世界人』である。
『異世界』とは、この世界の外側に他ならない訳で、ともすればそれは『内側』に対する『外側』とも言えるのでは無いだろうか。
『外側』に住まう者は『神』である。それがこの世の常識だった。
では、アキラは『神』なのだろうか・・・?
アキラの顔を思い浮かべ、そしてアキラが今迄に行って来た事を思い出していく。
マジール行きの船上で乗員・乗客の為に戦い、エデンでマジール国王殺害計画を阻止する為に奔走し、移住した女の子2人の仲違いの間に立ち、最終的に全ての罪を被って『南』へとやって来た。
オレと出会う前にも『真ん中』で大きな罪を被って逃げて来たようだったし、『神』と呼ぶよりかは、単なる不器用なお人好しにしか見えない。
罪を押し付けられた割にはあっけらかんとしていて、常に前向きで、それでも何かあると率先して突っ込んで行ってしまう。
そんなアキラの事が、何だか心配で付いて来てしまった。放っておけないと言うのとは違う。よく分からないが呼ばれているような気がして仕方がないのだ。
そんな事を考えていると、部屋の外から慌てたような足音が響いて来た。
何事かと思い、ミオンと目を合わせる。
「ミオン様、お休みのところ失礼します。至急です」
ミオンの侍女の、リツカという名の娘の声だった。
慌てたその声に、ミオンの顔に緊張が走った。
「どうかしましたか?」
そう聞くミオンに、リツカは言った。
「敵襲です」
リツカのその言葉にミオンは立ち上がる。そしてオレに手を差し出した。
「ゴーシュ様、共に来て頂けますか?」
聞かれてオレはその手を掴み、「ああ」と答えて立ち上がった。
立ち上がったオレの肩に、レニアⅩⅤが止まった。




