10、雨乞い
残酷な表現があります。
「やだ・・・、やだよ!」
両腕を背中側で縛られた子供達が、巨大な滑車に掛けられた一本のロープに繋がれて引き上げられて行く。登った先は祭壇で、添えられた台座の脇には3人の獣人族が待ち構えていた。
獣人族の1人が、最初に辿り着いた子供をロープから外し、台座の上に仰向けに寝かせた。泣き叫び暴れる子供を他の2人と共に無理矢理押さえ込んで、そして1人がナイフを掲げる。
「罪人を清める」
ナイフを持った獣人族が、そう言って子供の右手を斬り落とした。
悲鳴を上げる子供。強く四肢を押さえ付けられている所為で身動きが出来ず、ただただ大きな声を上げて、視線を彷徨わせてある筈のない助けを探す。
ナイフを持った獣人族は、目を見開いて自分を見詰めて来る子供の胸にそのままナイフを突き立てた。
無情に、淡々と。感情の触れなど全く無い。ナイフを持った獣人族も、四肢を押さえ付ける獣人族も、1ミリも表情を変えずに作業をこなしていく。
静かになる子供。
よく切れるナイフだった。獣人族はそのまま子供の胸を斬り開き、中から小さな心臓を取り出した。その取り出した心臓と、斬り落とした右手とを、台座の横に焚べられた火の中に投げ込む。
「罪人は清められた。供物として『神』に捧げる」
ナイフを持たない2人の獣人族が静かになった子供の体を持ち上げて、祭壇の奥の穴に投げ込む。
祭壇よりも大きなその穴の中には、かつて『神』がいた。乾いた大地を潤す為に、獣人族の先祖達が雨を呼ぶ『神』を捕らえてそこに繋ぎ止めていたのだった。
だが『神』は逃げた。獣人族の隙をついてまんまと逃げ出したのだと聞く。
以来、大地は乾き、獣人族はその地に住めなくなった。致し方無くその地を離れ『南』に紛れて暮らしていた。
そこへ『白い女神』が持ち掛けた。
『新しい『神』が欲しくは無いか?』と。
獣人族は、それを望んだ。その望みを『白い女神』は叶えた。
少し違った形で。
『白い女神』が与えた新しい『神』は、前の『神』よりも多くの雨を降らす事が出来た。この地だけでは無く『南』の広い範囲にも潤いをもたらす程の。
その代わりに新しい『神』は、前の『神』よりも多くのエネルギーを必要とした。大地のエネルギーを全てその身に取り込み、それでも足りず、新しい『神』は飢えた。
飢えて、そして、暴れた・・・。
獣人族はせっせと生贄を集め、新しい『神』に捧げた。生贄は罪人で、その罪の証である右手と心臓を取り除き、清めて捧げるのが獣人族のやり方だった。
それでも新しい『神』の飢えは収まらず、獣人族は『白い女神』に助けを求めた。
『白い女神』は、新しい『神』の飢えを癒す為に、新しい『神』の為の餌を用意してやった。
餌が無いのなら、他から持って来れば良い。
『白い女神』は『魔物』の溢れる『真ん中』から、沢山の『魔物』を連れて来た。連れて来られた『魔物』は、エネルギーの枯渇したこの地では平静を保てず即活性化した。新しい『神』と同じように『魔物』達も飢えて、人を襲った。抵抗する人を殺し、流れた血が大地を潤し、それが新しい『神』の糧となった。
人も、ただ殺される訳では無かった。『魔物』もまた多く死んだ。その血も大地を潤し、新しい『神』の糧となった。
一時は円滑に循環したその流れだが、長くは続かなかった。人が減り、また『魔物』も足りなくなったのだ。
そこで獣人族は考えた。足りない血を流し続ける方法を。
人と人を殺し合わせれば良い。
そう結論付けた獣人族は『南』の人間を2つの派閥に分裂させて争わせた。
足りない血は補われた。人々は殺し合い血を流し、また『魔物』と戦って血を流した。流れた人と『魔物』の血が大地を潤し、新しい『神』を癒した。それでも時々、血が足りなかった。そう言う時は、こうやって攫って来た人間を生贄として捧げるのだ。
「やめてよ!」
繋がれて悲鳴を上げ続ける子供の列から、2人目の子供が台座に横たわらされた。1人目の子供と同じように右手を斬り落とされて、次に心臓を取り出される。焚べられた火の中に右手と心臓を投げ込まれて、そして穴の中に落とされた。
その一連の作業は、子供が無くなるまで続けられた。
無感情に全ての子供を清め捧げ終わった後、3人の獣人族は穴に向かって跪く。そのまましばらく待つと、穴の中から大きな呻き声が響いてきた。
「足りないな、全然足りてない」
俺は独り呟いて、顎に手を当てて考えた。
新しい『神』の降らせる雨には、微量のエネルギーが含まれていた。雨が降るとそれに誘き寄せられて、身を隠している『魔物』が出て来るのだ。
所謂撒き餌だった。
だが、先程降らせた雨によって得られる筈の血が、流れ落ちて来なかった。
『魔物』はちゃんと誘き寄せられていた。思惑通りに2つの派閥のそれぞれの拠点を襲った筈だった。だが、予想外の事態が起こったのだ。
双方で『魔物』が全滅したのだった。
度重なる争いと『魔物』の襲撃によって人間の数は減っていた。このままいくと減り過ぎて流れる血の量の確保が困難になるとは思っていたが、今はまだそこまで減ってはいない。暫くの間は今まで通り定期的に襲撃を繰り返す予定だった。
とは言え、人間の数自体がかなり減っているのは事実だった。『魔物』とまともに渡り合える戦闘能力を持った人は殆ど残っておらず、以前と比べて人間の死体の数の方が『魔物』の死体の数よりも多くなってきた。
それなのに『魔物』の方が全滅してしまった。
おまけに片方の派閥の側では『魔物』の血すら流れなかったのだ。
原因の予測は付いた。
奴等が来たのだ。この『南』の地に。
異世界より召喚した『勇者』。
あの日『聖女』に俺が殺すと約束した、問題の『勇者』が。
俺は、『真ん中』のナバラで親友のテラを活性化させた。その活性化したテラに殺させるつもりだったのだ。
だが・・・。
あろう事か『勇者』は、テラの活性化を解いたのだった。
何の力も無い筈だった。
ただこの世界に呼び出されただけの普通の人間の筈だった。
普通の人間を『勇者』に仕立て上げて、邪魔な『南西』を『魔王』と認識させて倒させる。『南西』は人間に手を出せない。だから、人間に襲わせれば簡単に倒す事が出来る。
筈だったのに・・・。
そもそも召喚されたのが2人という事がおかしかった。
2人のうち1人は、召喚されてすぐに姿をくらました。が、もう1人の方の力量を測っているうちに自ら現れ、我々の駒となった。
用済みの『勇者』は処分すべき。もし必要ならば、新たに別の『勇者』役を召喚すれば良い。
俺がやるつもりだった。だがそこに妹のシュリがしゃしゃり出て来た。
自分が『勇者』を殺す、と。
シュリは先に新たな『勇者』の召喚に着手し、そして見事に失敗した。何ひとつ得る事もなく、アラベルとセーライという駒を失った。
それにより焦ったのかも知れない。
シュリは活性化させた人間を自在に操る方法を模索していた。それが叶えば、『勇者』など居なくとも『南西』を倒す事が出来る。そう考えての事だったのだろう。
その計画を進める中で、ついでに『勇者』を誘き寄せて処分しようとした。
結果どうなったか・・・。
活性化させた人間を操る方法は見つかった。だがその為に必要な生体兵器を奪われてしまった。
そして・・・、
『勇者』を取り逃した。
どうしょうもない・・・。
やると言ったから譲ったのに、ことごとく全てを失敗し続けている妹。
俺は甚だ呆れ果てていた。
シュリはいつもそうだった。俺に対抗意識を剥き出しでぶつかって来て、結局失敗する。その尻拭いをするのは大抵俺だった。
今俺がここにいるのも、シュリの尻拭いの為に他ならない。そもそも俺は『南東』の担当だ。
『聖母』によって3つに分けられた『南』。『南西』には『聖母』の四男カイルが、『南東』には次男アルドが付き、支配地を3分の1に減らされた『聖女』は怒り狂い、カイルとアルドを倒すようにと俺とシュリに命じたのだった。
俺は『南東』アルドの元へ、シュリは『南西』カイルの元へ。
俺の方、『南東』アルド攻略は順調に進んでいた。現在アルドを倒し切るまであと一歩と言うところまで来ている。
それに対して『南西』は・・・。
カイルは曲者だった。単純に本人が強いだけでは無い。カイルの周囲にはカイルを慕う者で溢れていて、いついかなる時もそいつらがカイルを護る。そして頭も良く、その上ずる賢くもある。気を衒った行動ばかりをし、敵対すれば踊らされて、気付けば負けている。
そういう男だった。
シュリには無理だと、俺にも『聖女』にも分かっていた。
けれどもシュリは(頭の)弱いアルドを倒すよりも、カイルを倒した方が自分の株が上がると考えたのだろう。
その魂胆は見え見えだったが、あまりにも強く「私がやる!」と言い張ったのでこれも譲ってやった。
が、案の定泣きついて来た。
『殺める事を禁じられている人に襲わせる』
シュリが立てたその計画の主軸はそのままに、『聖女』と俺と、そしてアラベルとセーライまで巻き込んで立て直した計画だったのだが、見栄を張りたがるシュリのお陰でまたしても上手く運ばなかった。
新しい『神』は、シュリの先の計画で用意されたものだった。かつては『勇者』として作り上げられた、ただの人間だ。
元々『真ん中』の近衛騎士だった者。『光の加護』を使いこなす、誰よりも強く丈夫な騎士だった。
シュリはそれに過ぎた『加護』を与え、無理な活性化を繰り返し、もはや人とは呼べないモノへと変えてしまった。
それを見付けた俺と『聖女』は、そいつの容姿に注目した。
『南西』の守護者カイルを彷彿とさせる見事な赤毛。
この者の為に多くの人間が命を落とし、この者の為に多くの活性化した『魔物』を跋扈させる。
赤毛の『魔王』。
それを倒す、新しい『勇者』。
それを、異世界から連れて来よう。
そう決めた。
地中深く掘った穴の底に鎖で繋いで、こいつの為に世界を崩壊させる。こいつの罪を『南西』カイルに着せて、異世界の『勇者』に倒させる。
・・・計画は、完璧だった。・・・筈なのに・・・。
俺は、穴の中に飛び降りた。
そこには、到底人間とは思えない程巨大化した元近衛騎士が鎖に繋がれていた。
上から降って来た子供の死体を平らげて、それでも足りぬと唸り続けている。
大地に染み込む血が足りない時は、こうやって『南』の両派閥から攫って来た人間を清めて与えた。
攫う人間は、最初は戦闘員だった。お互いに戦っている間に捕虜として連れ去られたように攫っていたのだが、徐々に戦闘員自体の数が減り、老人や女も混ざるようになり、最終的には子供だけが残った。
だが、それでも足りないようだ。
「・・・より多く、攫って来るしかあるまい・・・」
呟きながらも俺は、このままでは『南』の人間が尽きるな、と思った。
俺達は直接手を下さない。直接手を下せば『聖母』に罰せられるからだ。やるのは『南西』の先住民である獣人族。こいつらが暗闇に紛れて子供を攫って来る。
自分達の土地を渇きと飢えから守る為。そう信じて。
実際、新しい『神』は生贄からエネルギーを得て雨を降らせる。その技は『光の加護』だった。
救われない循環。それに胸を痛めなくも無い。
だが・・・。
全ては『聖女』の、我が母の為だ。
俺は穴の底から生贄の追加を命じるのだった。




