11、鳥と神と
気配を感じた。
「トール」
なるべく俺とノワは動かない方が良い。なのでトールに任せる。
トールは軽く頷いてサッと立ち上がった。
トールの両脇で、腕に掴まりながら言葉を教えてくれていた女の子2人(12〜3歳の可愛い子だ。どんな時でもトールは女の子にモテる)が、不思議そうにトールを見上げる。その2人に「ゴメンね」と自国語で答えるトール。言葉は通じなくとも紳士的だ。
2人が見守る前で、何の躊躇も無く地面に敷かれていた大判の敷物を引き抜くトール。上に置かれていた皿や料理が音を立ててばら撒かれてしまうが、トールは意に介さない。
水面に雫を落とすように広がって行く周囲の人々のざわめき。突然のトールの奇行に驚きを隠せない周りの人々だったが、次の瞬間その意味を理解する。
トールが引き抜いた敷物をバッとはためかせると、その敷物にボスッボスッと音を立てて次々に矢が刺さっていったのだった。
ざわめきが悲鳴に変わる。
何人かが勢い良く立ち上がり、矢の飛んで来た方向へと飛び出して行った。他の者達はその場に身を屈めて姿勢を低くして身を守る。
そんな人々を横目に、俺はゆっくり立ち上がってそのマットを見た。刺さった矢の数は15〜6本。そのうちの1本に紙が結び付けられていた。
「お手紙だね」
ヒョコっと覗き込んで来たノワがそう言う横で、俺はその紙を解いて広げる。目に飛び込んでくるのは、黒ずんだ赤い線で描かれた奇怪な図形。見ていると、それが文字として認識出来るようになる。
『降臨の祝日に捕虜の交換を提案する』
その下に簡単な地図が描かれていて、その一角に×があった。場所の指定だろう。
矢を射った者達は既に引き上げている。矢の数だけの人数がそれぞれ1発ずつ射ち、即座に撤退したのだ。
多分トールならば、追い掛ければ何人か捕まえられたと思う。でもきっと捕らえた者達は、捕らえられた瞬間に命を経つだろうという事が分かった。
追っても無駄。
だから俺とノワとトールの3人は追いかけなかった。
矢を射った者達の目的は手紙。ただそれだけ。
手紙を届けた者達の方が、ここにいる人達よりも有能な事が分かる。足音、気配、息遣い。統制の取れた様子は、しっかりと訓練を受けた兵団や騎士団に引けを取っていなかった。
歴然とした力の差。
ここの人達もそれを分かっているんだと思う。分かってはいるが、ただ黙ってやられる訳にも行かない。だから抵抗する。けれどもそれが、果たして正解なのかどうなのか分からない。分からないながらも、迷いながら闇雲に戦っている。
ここの人達の『過去』も『未来』も、俺は視る事が出来ない。けど俺には分かった。
ここの小さな人達は、みんなそんな思いに苛まれて疲れ果てているって事が。
矢の飛んで来た方向へ飛び出して行った者達が戻って来た。うち2人が俺達に近付いて来て、手に持つ手紙を覗き込む。
そのうちの1人が言った。
「・・・何だこれは・・・。交換もなにも、こちらには捕虜など1人も居ないのに・・・!」
掠れた声が、一瞬で怒りに変わった。そいつは、俺の手から手紙を奪い取って目の前で広げてわなわなと肩を震わせる。
「降臨の祝日・・・明日か・・・」
それを横から覗き込んでもう1人がそう呟いた。
この2人は、俺達を待避施設へと案内してくれた者達だった。共に俺と同じ位の年齢に見える。つまり15〜6歳、ここの人達の中では年長者だ。
声を荒げた方が側近で、落ち着いている方が主人。
主人の方はみんなから「ボス」と呼ばれているから、多分この人達全員のリーダー的存在なのだろう。
「明日、日の出前に出る。人選を頼む」
ボスの方が側近にそう言った。
「まさか、行くんですか?罠です。危険です!」
側近がそう言ってボスを止める。が、ボスの決意は揺らがない。
ボスが俺を見て言う。
「まだ名乗っていなかった。私はこの『南』の東側半分を取り仕切るファミリー『水面に掛かる虹』、通称『虹』のリーダーのシンジュウロウだ。こちらは側近のエイコウ」
名乗って右手を差し出して来た。俺はその手を掴んで握手をする。
「アキラだ。横のはノワ、矢を止めたのはトール」
紹介すると、2人も軽く会釈をした。紹介ついでにトールはここ『南』の言葉を使えない事も伝える。
シンジュウロウがノワとトールとも握手をした。続けてエイコウも俺達3人と握手をする。そんな2人に、俺は親しみを感じた。
日本人みたいな名前だな・・・。
そんな風に思って。
浅黒い肌や彫りの深い顔立ちは、どう見ても日本人っぽくは見えない。それなのにこんな名前って事は、昔『転生者』が居て影響を与えたのかも知れない。
俺はなんとなく、『シンジュウロウ』と『エイコウ』というその名前に漢字を当てはめてみた。
「『シンジュウロウ』、心に数字の十に野郎の郎。『エイコウ』は、そのまま栄光、かな?」
言いながら空中に指先で漢字を描いてみる。誰にも理解出来ない筈なのにそんな事を声に出しながらしてしまったのは、やっぱり低血糖でボーッとしていたからなのかも知れない。
ふと視線を感じて、俺は慌てて両手でその空中に書いた文字を消すように動かした。
「あっ、ゴメン。何でもない」
言って誤魔化すように笑う。
そんな俺の声を聞いて、周囲の人々の様子が変わった。矢が飛んで来た事による襲撃の恐怖が一瞬で消えて、まるで時間が止まったみたいにシーンと静まり返る。誰も動かない。動かないままで、その場の全員が俺を見ていた。
「えっ・・・?」
驚いて変な声を上げる俺。
「あれ?アキラなんか地雷踏んだ?」
茶化すような口振りでそう言いながら、俺の横に来て腕に掴まりながらノワがそう言った。
「・・・」
無言のままその反対側に回り込み、周囲に気を配るトール。
静まり返っていた人々が、小声で何かを口走り始める。その声が次第に大きくなり、俺の耳に言葉として届き始めた。
「『名』の『意味』・・・」
「だって、『魔物』を消してくれたじゃない」
「『大地の混乱』を収めたんだよ」
「じゃあ、この人達が・・・?」
断片的に聞こえて来る言葉は、どう繋ぎ合わせても意味を成さないように聞こえた。好意的な反応なのか、或いは警戒をし始めたのか、そのどちらなのかも分からない。
何となく身構える俺達3人の前で、今名乗りあったばかりのシンジュウロウとエイコウが一度目配せをして、そしてシンジュウロウの方が言った。
「アキラさん、いえ、アキラ様とお呼びするべきでしょうか・・・」
言いながら一歩一歩近付いて来るシンジュウロウ。
何で様付けなんだ?
俺がそう思った時、頭上からバサバサという音と共に何かが降って来た。俺目掛けて一直線に降って来るソレを、ぶつかる前にトールが掴んで止める。
「えっ、ナニナニ?」
興味深そうに覗き込んでくるノワ。俺も突然の事で頭が上手く回らず理解に時間が掛かってしまう。
とりあえず危険は無い。
トールの手の中には、鋭い鉤爪を生やした両脚を掴まれた大きな鳥が、逆さまに吊るされていた。
それは、ナバラ領で俺に『過去』と『未来』を操る術を教えてくれ、エデンの闘技場で嵐を巻き起こしてくれた者。
左右の翼を真っ直ぐ一直線に開いた大きな茶色い猛禽類。
そいつの、鉤爪の様に曲がった嘴が弱々しく開かれて、言葉を紡いだ。思念会話だ。
「俺とした事が高度の計算を誤るとは・・・。下の様子を伺う為に低く飛びすぎ、力を吸い取られてしまった・・・。アキラ済まない、助けてくれ・・・」
茶色い猛禽類は、低い男の声で苦しそうにそう言った。
「あっコイツ、エデンで・・・」
「とっ『鳥使い』だ!」
ノワが言い掛けた所で、人々のざわめきが大きくなった。
「ん?『鳥使い』?」
驚きながら俺はそう言って人々を見た。
と、その瞬間人々が俺目掛けて駆け寄り、そして少し間を空けた所で跪いて、頭を下げた。
「なっ、何?どしたのいきなり!?」
俺達3人を取り囲んで頭を下げる人々。まるで崇め立てられているみたいだった。




