6、ニコラの手紙
騎士の等級は13ある。下は等で5等から始まり、4等、3等、2等、1等と続きその上に特等。上がって級となり3級、2級、1級と上級。更に上がって士長、正長、総長と続いた。
また、騎士達は有事には鎧を纏うが平時は制服で過ごす。その制服の首元には刺繍があり、等級によって刺繍の糸の色が違っていた。1番下が緑で5等から3等。その上が水色で2等、1等と特等。次が紫で3級から1級と上級。1番上が銀で士長・正長・総長。
先の『セーライ事件』において、私は唯一の功績者として2階級の特進を仰せ付かり、特等から2級へと昇進していた。刺繍の糸の色が水色から紫へと変わり、シン・セギュ特総長の推薦を受けて王都近衛騎士見習いとして王都に赴任している。(近衛は士長以上が任命されるのが常だったが、2級以上で見習いへと推薦を受ける事が可能である)
「ジョセ」
先輩に呼ばれて私は駆け付け、正面に立ち敬礼をした。
「続けて備品の確認を頼む」
そう言われて渡された書類の束を受け取り「かしこまりました」と返事をして再び敬礼をする。先輩はそれを見て頷き、次の仕事へと向かった。
王都近衛の主な仕事は王城と王族の邸宅の警備と、王族と他要人の警護だった。
所謂『花形』である。
他にも有事の際には王命にて何処へでも派遣されるのだが、他の騎士団とは違い、王命以外では動く事がい。王個人の私兵のような感覚で、王都近衛の出動を願う時には王の許可が必須だった。
なので私は、王都近衛に所属すればずっと王都の中で過ごすのだろうと思っていた。けれども実際は、かなりの頻度であちこちへと派遣された。
理由は、人手不足。
昨今の活性化した『魔物』の討伐で、地方騎士の総数が減っていた。
穴埋めの為に駆り出される。
それは仕方のない事だと思う。けれども実は、もっと大きな理由が別にあった。
王都近衛ならば誰でも閲覧出来る資料室に置かれた過去の記録。その中に書かれていた、たったの2行。
『セーライ神殿』への派遣520。負傷者130、死者180、行方不明者210。
『南』への派遣1800。負傷者20、死者60、行方不明者1720。
それを見て、私は目を疑った。無傷の帰還者が居ない事にも驚いたが、何よりもその行方不明者の多さが事の異常さを物語っている。
『セーライ神殿』への派遣は、私が昇進した先の『セーライ事件』よりも前の事で、『南』への派遣の方は更に遡る。どちらも、何の為の派遣なのかは明記されていなかった。
ただ、同じ『魔物』と対峙したと記されている。
SSS級『X』。
『魔物』にも色々ある。級は強さ。未活性状態で無害なものはC級。未活性状態で有害なものがB級。活性化状態で危険度の低いものからA、S、SS、SSSとなる。級の後には『魔物』の名称が来る。『トカゲ』や『ネズミ』等の通常の動物や昆虫が活性化したと分かるものはそのままの名前が、よく分からないものはその場で特徴を元に名付けられる事が多い。
『X』は、その場で名付けられたものだと思うが、その1文字からは何の特徴も見えて来なかった。
表現のしようのない『魔物』だった、という事だろうか。
しかもSSS級。
本当に、そんな『魔物』は存在したのだろうか。
その2行を見た時、私はそう疑った。
王都に来る前、セギュ特総長から見せられた手紙。『セーライ神殿』の神官長ニコラが書いたその手紙は、公には1枚だけの筈だった。だがしかし実際は、5枚綴りであり、2枚目から5枚目には公表するのを憚れるような内容が書かれていたのだった。
ニコラの手紙、それは『セーライ神殿』の全神官達の懺悔であり、ジェンという名の神官見習いが何一つ関与していないという事を証明する物だった。
1枚目には『セーライ事件』の全貌が書かれていた。巫女募集と偽って若い女性を集めて、足りない分は誘拐して、彼女達を生贄に『異界の門』を開き異世界より新たな『勇者』を召喚しようとした事を。
そして、2枚目以降には、その為の指示を出したのが国王陛下であり、王命を受けた王都近衛騎士団が全てを取り仕切っていた旨が事細かく書かれていたのだ。
事件の犯人とされている異世界人アキラ、元王都近衛騎士バロー士長、陛下の甥に当たるノワ様達3名の事などどこにも書かれていなかった。
「ジョセ」
考え込んでいると、再び名を呼ばれた。見ると、私と同じく見習いのコンラートが駆け寄って来る。
「備品のチェックか?」
聞かれて「ああ」と答えると、コンラートは「私もだ」と言った。
「『大災厄』の所為でかなりの物資が消費されたからな」
同じような書類の束を持ち、並んで歩きながら話した。
「補充が間に合っていない物もある。早目に報告を上げて仕入れさせないと対応が遅れてしまう」
私がそう言うと、コンラートは「そうだな」と頷き、そして聞かれた。
「それにしても、ジョセは見たか?例の『勇者』を」
「ああ。とんでもない方だった」
言いながら私は、『大災厄』の際見掛けた、対応に当たる『勇者』の姿を思い出した。
『勇者』は黒いマントを頭から纏い、ルン・クー士長と聖母神殿の神官と共に『大災厄』の現地にて討伐活動を行なっていた。
炎の海と化した旧市街。所々で何らかの爆発が起こり、火災の熱による灼熱の上昇気流があちこちの平けた場所で起こる中で、我々騎士は自己の安全確保もままならず、手こずっていた。
その横を何の躊躇も無く悠々然と進み行く3人は明らかに異質で、救助する側からもされる側からも驚愕の目を向けられていた。
『勇者』の進む先では爆発は起こらず、灼熱の上昇気流も起こらない。彼らの前には必ず要救助者がいて、また『魔物』がいる。
その、効率の良さに、私を含め全ての者達が口を開けたまま固まった。
水を運び火を消し、安全なルートを確保して進む。地図を広げて現地と睨めっこをし、安全圏を広げて行く。その途中途中で要救助者を発見保護し、対峙した『魔物』を倒す。
大事だと教えられて来たその基本的な作業。手間の掛かるそれらのひとつひとつを確実丁寧に行う事が、馬鹿らしく思えて来てしまった。
チームを組む先輩方の顔が引き攣るのが見え、舌打ちの音が聞こえた。フラストレーションが溜まり、私は、それによって新たに『魔物』が活性化するのではないかと肝を冷やした。
「どうした?『勇者』程とは言わないが、他の者も続け。しっかりと仕事をしろ」
呆然としていると横から叱咤が飛んで来た。その声は、今回の『大災厄』対応の総指揮を取るエルブー正長のもの。
彼の有り様は、総指揮とは言え対応はほぼ『勇者』任せで、到底指揮とは言えたものではなかった。他の騎士達への指示すらも殆ど無く、全て各チームの判断に委ねられていたのだから。
つまりは丸投げである。
私はここに移動になる前まで、系統立てて全てを総括するシン・セギュ総長の元にいた。往年の総長と比べるのも酷かも知れないが、エルブー正長の指揮っぷりはあまりにも雑で、だからこそ先輩方の心情が手に取るように分かり、胃が痛み出す程のストレスを感じた程だった。
後になって思う。恐らくだが、エルブー正長にとって我々他の騎士達は必要無かったのだろう。
『勇者』さえいれば事足りる。体裁を整える為に他の騎士達も連れ出した。
そんな所だったのだと思う。
結果『大災厄』を収めた功績で、エルブー正長は歴代最年少の総長へと昇進した。
おまけに、崩壊した旧市街の再建計画はエルブー家が取り仕切ると言う。
エルブーの独り勝ちだ。
勿論、利益の集中に意を唱える者は続出した。けれども国王陛下はそれに耳を貸さなかった。
何故か・・・。
第3夫人がエルブー家の肩を持ち、国王陛下に進言している。
そんな噂が世間に囁かれていた。
国王陛下には正妃の他に3人の側室がいた。けれども正妃、第1夫人、第2夫人には子が出来ず、唯一第3夫人だけが懐妊しているのだった。それがあってか、国王陛下は第3夫人を寵愛しており、彼女の言いなりだともっぱらの噂になっていた。
「『勇者』も、第3夫人の息が掛かっているらしい」
横を歩くコンラートのその声に、私は驚いた。
「え・・・?」
思わず立ち止まる私を振り返り、コンラートは声を顰めて言った。
「息が掛かっていると言うか、『召喚』を進言したのも第3夫人だという話だ。何かこう、踊らされていると思わないか?」
『召喚』。
多くの被害者を出した『セーライ事件』も、新たな『勇者』を『召喚』する為の物だったと言う。では、今いる『勇者』もあのような『召喚』を経て『異世界』より招かれたと言う事なのではないだろうか。
『セーライ神殿』への派遣520。負傷者130、死者180、行方不明者210。
過去の記録の中の1行が思い浮かぶ。
アレが、1回目の『召喚』か・・・?
思わず立ち止まったまま考え込んでしまった私の肩を、コンラートがポンと叩く。
「ぼーっとしてると、昇進したての総長様にどやされるぞ」
そう言って笑うコンラートに、私は「そうだな」と答えて笑った。そして、その話はそれで終わりにして、お互いの指導役の騎士の話をしながら備品の確認を行なった。
愚痴を言い合いながらも、私の頭の中にはさっきの話が巡っていた。
『召喚』、『勇者』、『セーライ神殿』、『第3夫人』、そして、過去にあった『南』での事・・・。
私は、王都の闇の取っ掛かりを見付けたのだと思った。




