5、末裔のすべき事
活性化した『魔物』を倒したのは厳密にはオレじゃなかったけど、それは関係ないらしい。救世主である『鳥使い』に、ここの住民達は歓迎の宴を用意してくれた。
『南』特有の香りの強い果実、炊き上げたモロコシ、粘り気の強い芋を甘辛く煮詰めた物。それらを手のひらのような形の大きな葉っぱに乗せてオレの前に並べた。ママゴトみたいに可愛らしい見た目だが、食糧や物資が乏しいだろうに、それなりの量を用意してくれている事に軽く罪悪感が湧き上がっていてしまうのは仕方のない事だろう。
「大した事は出来ませんが、せめてもの感謝の印です」
オレの横に座った少女、ミオンは、そう言いながら盃を手渡してきた。そのまま細長い壺のような物を持つと、中に入っている得体の知れない茶色い液体を注いでくる。
注がれた液体を凝視して、オレは顔を顰めながら思った。
酷い色だ。
これ、飲まなきゃダメなのか・・・?
飲みたくない。そう思いながら盃を手に固まるオレの顔を、期待を込めて見つめて来るミオンと周囲に集まる者達。その期待を込めたような表情に、オレは苦笑いを浮かべた。
飲まない訳にはいかない、か・・・。
諦めてオレは盃に口を付けて中の茶色い液体をひと舐めした。そしてその不味さに驚き、それでも顔には出さないよう気を付けた。
酒だった。いや、酒と言うには無理のある味。恐らく燃料用のアルコールを薄めたものだ。とんでもない匂いが舌や口、喉と鼻にまで広がって染み付きどんなに唾を飲み込んでも消えない。
飲むのをやめて盃を机に置こうとしたが、横からミオンの強い視線を感じた。見張るような視線はミオンだけでは無く、周囲の人々からも注がれている。
オレは、逃げられないと思い内心溜め息を吐きながら再び盃を口元へと運んだ。
そして気付いた。機械的な土(?)の匂いに混じって、嗅ぎ覚えのある匂いがする事に。
甘ったるい、腐敗した果実のような匂い。
養子としてマジールの公爵家に入った当初、オレはこれと良く似た匂いのする液体を頻繁に飲まされていた。
「流行の果実酒よ」
「自家製の醸造酒だ」
騙されて口にすると意識が朦朧として、気付くと大概見知らぬ女の横に裸で寝ていた。相手はお偉いさんの嫁だったり、対立する家の使用人だったり。
いわゆる罠だった。
上流社会と言われる世界において、富や名誉の総量は決まっている。より上を目指したいならば他から奪い取るしかない。
誰かを蹴落とし、追い抜き、先に到達する。
そこで新入りはまず品定めをされる。有益ならば懐に抱き込み、邪魔ならば排除する為に。
まさかの事態をどう乗り切るか。それを見られる訳だ。
まぁ、何とか上手くやって来たから今のオレがある訳だが。
思い出しながらオレは、その懐かしい匂いを改めて嗅いだ。
気付くとみんながオレの一挙一動を気にしている。
不思議な感じだった。この『南』に来てからと言うもの、大人の姿を見ていない。自らを王家の末裔だと自称するミオンもその侍女も12〜3歳位に見える。周囲に集まる者達も同じ位だろうか。稀にもう少し年上に見える者もいるが、20を超えていそうな者は皆無だった。
まるで子供の国。
その子供達が『鳥使い』と崇めておきながら、催淫剤を用いて試すような真似をする。
一体何の為に?
考えても分からない。ならばどうするか。
・・・乗るか。
肩の上を見れば、そこには鳥に擬態した『レニアⅩⅤ』がいる。何があったのかは良く分からないが、コイツは飛空艇の中でアキラの忠実な僕になっていた。
「ゴーシュに同行し命令に従い、その身を守れ」
そう命じられてオレに付いて来ているのだから、片時も側を離れずオレを守ってくれる筈だ。多分。
そう思って、盃の中身を飲み干そう・・・と思ったが、やっぱり嫌だった。
やはり、これを飲まずに罠に掛かった振りをしよう。
「ⅩⅤ、羽根を振り撒けるか?」
『レニアⅩⅤ』に小声でそう聞くと、「勿論」と答えてフワリと浮き上がった。そして頭上に円を描くようにゆっくりと羽ばたいて白い雪のような羽毛を辺りに振り撒く。
「わぁ・・・!」
「綺麗」
辺りからそんな声が上がった。流石子供。その場にいる全員がオレから目を離し『レニアⅩⅤ』と柔らかな羽毛の舞い散る様に見惚れた。
その隙に、オレは背後に盃の中身を捨てる。そしてわざと音を立てて机の上に盃を置き、両手を付いて俯いた。
「ゴーシュ様・・・?」
ハッと息を呑むミオンの向こう側で、侍女がオレの様子を伺い呼び掛けてた。確か、名前はリツカと言っただろうか。
演技バレバレのその呼び掛けに、オレも演技で答える。
「少し疲れてるのかな・・・、せっかく席を用意してもらったのに悪いけど、休ませて貰ってもいい?」
そのオレの声を聞いて、リツカがミオンの背中を叩くのが見えた。叩かれたミオンはビクッとなり、そして立ち上がってオレに言う。
「お、お、お部屋にご案内、い、致します・・・!」
立ち上がったオレとミオンを、その場にいる全員が直接見ないようにしつつ注視していた。
普通を装った普通じゃない空気の中、オレはミオンに導かれて少し離れた個室へと移動する。布で出来たカーテン状の扉を開けて中に入ると、そこは簡素な寝室。
ベタ過ぎる展開。小細工するのも面倒なので、オレはそのまま寝床へとうつ伏せに倒れ込んだ。
ひと舐めしただけの機械的な土(?)の匂いが未だに消えず気持ちが悪かった。分かった上で乗ったとはいえ騙される事への不愉快感もあった。その鬱憤を、身を投げ出す事で少しだけ解消させる。
そのまま黙り込むオレのすぐ横でミオンは棒立ちになっていた。ただ黙ってオレを見ながらその場で暫く葛藤し、そして覚悟を決めたのか寝床の隅にそっと腰を下ろす。
「・・・あの・・・」
ミオンが手を付きそこに体重を乗せると、寝床が軋んだ。反対側の腕を伸ばしてオレの肩をそっとつつき、小さな声でそう呼び掛けるミオン。オレは一つ大きな溜め息を吐いて、束の間の休息を切り上げて起き上がった。そしてミオンの横に座る。
「飲んでないよ。さっきの催淫剤」
言い捨てたオレの声を聞いてか、急に起き上がったオレに驚いてか、ミオンはビクッとなって固まった。
目を丸くしてオレの顔を見詰め、そしてそのまま10秒程静止したかと思うと、表情はそのままにポロポロと大粒の涙を流し始めたのだった。
逆ギレして出て行くか、それとも泣き出すか。どっちかだと思っていたら、泣いた。
そう思っていると、ミオンが両手で広く顔を覆ってワッと泣き出した。
「ご、ごめんなさい・・・」
引き攣るような声で言うミオンを見ながら、オレはその場に胡座をかいて、辛抱強く落ち着くのを待つ事にした。
泣くくらいなら最初からやるなよ、という思いと、素直そうだからこのまま全部聞き出そう、という考えが同時に頭の中を巡った。
その感覚を懐かしく思ってしまうのは、ミオンが年下の女の子だからなんだろうなと思う。どうしたってアンジェに重なる。
アンジェはオレの事が好きで、物心ついた頃からずっとそれをオレに言い続けていた。
「好き!結婚して!」
ナイルの母親に引き取られた孤児同士、兄妹同然の関係性。単に側に居た異性だから好きと言い始めたのだろう。きっとそのうち飽きる。早く飽きてくれ。
そう思って放置していたのだが、一向に飽きる気配の無いアンジェ。飽きるどころかどんどんエスカレートして、ちょっと他の女の子と話しただけでその相手に嫌がらせをする様になってしまった。
相手に割と酷い怪我をさせた時にはそれまで見て見ぬ振りをしてきたが流石に怒った。
「ゴーシュを、他の人に取られたく無いの」
オレに怒られ、泣いてそう訴えるアンジェ。
オレはアンジェに諦めさせる方法を考え、女を作ってみた。アンジェの嫌がらせにも負けない強い女と付き合い始めたのだ。
効果は覿面。けど、好きじゃない女との付き合いは長く続かず、振られるとすぐに元通りに戻ってしまった。
何度か繰り返しても結果は変わらず、投げやりになって今度は男と付き合ってみた。女に興味が無いと分かれば諦めるか?と思ったもののやはり結果は同じで、そんな中オレは逆に『何故アンジェではダメなのか?』と考えるようになったのだった。
好きでも無い何人もの男女とは付き合って来れたのに、アンジェだけがダメな理由をあれこれと考えて、捻り出した結果が「アンジェは抱けない」というものだった。
何がキッカケだったかは覚えていないが、その事をナイルと話した事があった。お互いに酒が入っていて、仕事の愚痴やら義父の事やらを話すうちに話はアンジェの事へと流れて行った。
「オレは全然抱けるがな」
そう何でも無い事のようにサラッと言うナイルにオレは驚いた。横に座るナイルを見ると、居心地悪そうに顔を背けている。その耳が赤く染まっているのを見て、オレは察してしまった。ナイルが実はアンジェの事を想っていると言う事を。
と同時にオレは、ナイルの事も抱けないなと、変な事を考えてしまっていた。いや、変な事では無いのかも知れない。お陰で気付いたのだから。
ナイルだけでは無くナイルの母親も、他の一緒に暮らして来た孤児達もやはり抱く事は出来ない。好みとかそう言うのじゃない。
ハッキリと分かった。
アンジェも、ナイルも、家族なのだ。
家族としての情がある。だから大切だし、幸せになって欲しいと思う。けれども、その相手がオレと言うのは、違う。
ナイルがアンジェの事を捕まえてくれれば良いのに。
そう思って、アンジェの気持ちから逃げながら今日迄を過ごして来た。
と、そんな事を思い出していると、しゃくり上げるミオンが落ち着いて来た。
「わ、私、王家の末裔で・・・、私しか、いなくて・・・」
何も聞かなくても説明し始めるミオン。説明というか釈明。いや、言い訳だろうか。
「絶やす訳には行かないって事、分かってて・・・だっ、だから、早く、こ、子供を、産まないと・・・」
話すにつれて、再びしゃくり上げる頻度が上がって来てしまう。その内容から何となく分かって来た。
「先月、初潮を迎えたから、も、もう、子供を・・・」
そこでオレは、ミオンの口に手を当てて塞いだ。
聞いてられない。
反対の手で流れ落ち続ける涙を拭って、そしてその手をミオンの頭の上に乗せた。
「誰かに命令されたの?」
オレがそう聞くと、ミオンは首を激しく左右に振って否定した。
「あの酒(?)を用意したのはミオン?」
その質問も、ミオンは首を振って否定した。
オレはゆっくりミオンの口から手を外して、そして「じゃあ誰が?」と聞いた。
「・・・リツカ・・・。でも!でも、何も言われてないんです。みんな、言わなくても、早く子供を産まなきゃならない事は分かってるんです。みんな同じ。大人はみんな死んでしまったから、残された私達が何とかしないといけないって、子供を産めるようになったら出来るだけ早く産んで育てないと、じゃないと、『南』は滅んでしまうから・・・」
成る程、とオレは納得した。
「『鳥使い』は未来の『南』の王様の父親として相応しい。そんな所?」
オレがそう言うと、ミオンはハッとした顔をして、そして再び「ごめんなさい・・・」と謝る。
これじゃ『試す』んじゃ無くて単なる『性加害』だ。しかも、する方もされる方も被害者。
「こう言うのはさ、焦ってするもんじゃ無いと思うよ」
そう言うと目を瞑って「はいっ」と頷くミオン。
こうなるともう、萎縮してしまって何を言っても届かないだろう。
だからオレは、胡座をかいたまま体の向きを変え、正面からミオンに向き合って腕を組んだ。そしてミオンの顔を下から覗き込むようにする。
驚いてミオンは少し体を引いた。
多分、今夜一晩ここには誰も来ないだろう。どちらかが部屋から出て来るかどうかを見張っている者がいるかも知れない。だから朝まで2人で部屋の中にいる方が良いのだが、この状況では一緒の寝床で眠る事も出来ない。
ならば、今この時を有効に使おう。
「ミオン、オレに教えてくれ。君の目から見える形でいい。今この『南』がどういう状況にあるのかを」
部屋の角でじっと様子を見ていた『レニアⅩⅤ』が、静かに室内を旋回してオレの肩の上に留まり、オレと一緒にミオンを見詰めた。




