3、『幸運な星』
『真ん中』王都の王城の前に立つ私の前を、シワひとつ無い騎士団の制服を着た男が横切った。
トマス・ド・ラ・エルブー。
『真ん中』6大公のうちの一つであるエルブー家出身の近衛騎士。まだ22歳と若いが、騎士団始まって以来異例のスピードで出世をし、『最年少の正長』から先程『最年少の総長』へと昇進したばかりの男だった。
彼は、近衛騎士として勤務し王都へ移動して来てからたったの3ヶ月、その短期間で大きな功績を上げた。
旧市街を襲った『大災厄』の解決。
身を寄せていたセーライ神殿が壊滅し、殆どの神官が命を失った『セーライ事件』。そこで生き残った神殿関係者は、私を含めてたったの3人だけだった。うちの2人、神官長と1人の神官が反逆者として投獄された。私自身も反逆に加担したのでは無いかと疑われたものの、その2人の「見習いには何も知らせていなかった」という言葉のお陰で投獄は免れていた。
『大災厄』の日、私は旧市街のすぐ横の街で、孤児院の手伝いをしていた。生き残りはしたものの、親代わりの神官長が投獄されていたので天涯孤独だった私に、ココナ様が世話してくれた生活の場だった。
正式な神官では無く見習いの身ではあったが『セーライ神』の教えは十二分に身に付けていたつもりだった。今は無理でも、また、『セーライ神』がこの世に居なくても、いつの日か『セーライ神殿』を自分の手で復活させて、『セーライ神』の教えを後の人々に伝えて行きたいと考えていた。
その為の第一歩としての生活の場。子供達に文字と算術を教え、世の成り立ちと神々の教えを説き、共に生活を送っていた時、西の空が赤く染まった。
悲鳴が聞こえた。叫び声、怒号、そして、何者かの咆哮。大地を踏み鳴らす音と破裂音、熱風と色々な物の焼け焦げる臭い。
異常を感じた大人達は、子供達を建物の中に避難させた。
兵や騎士達の乗る馬の蹄の音が聞こえて来ると、私は堪らず飛び出し、馬を追って駆け出した。そして、その先で見た。
活性化した魔物の群れを。焼け落ちる旧市街を。
逃げ遅れた人々は魔物の爪に切り裂かれ、生きながら腑を啜られ、火を纏い焼かれながら逃げていた。
大人も子供も関係無く、平等に殺されていく。
私は、驚愕で身が固まりそうになるのを唸るような声を上げて耐えて、逃げ惑う人々を安全な方へと導いた。非力な私に出来る事は、それくらいだった。
そんな中、果敢に魔物達に立ち向かう者達がいた。それは一定の人数で固まった騎士達であり、近隣の領から駆け付けた兵団であり、そして、異世界からやって来たと言う『勇者』だった。
中でも『勇者』は凄かった。ココナ様と赤毛の大きな騎士を引き連れて、周囲に稲妻を撒き散らしながら魔物を倒し続けていた。
助けられた人達は、皆口を揃えて言った。
『光り輝く勇者に救われた』と。
その『大災厄』の魔物討伐を指揮したのが、トマス・ド・ラ・エルブーだった。
通り過ぎて行くトマスの後ろ姿に向かって、周囲から舌打ちの音が上がった。
「剣も握らず、敵と斬り合わず、とうとう『総長』様だとよ」
「しっ、声が大きいよ」
舌打ちをした者の悪態を誰かが諌める。見ると、トマスと同じ制服を着た、トマスと同世代の騎士達だった。
彼等は小声で何かを耳打ちし合って、そして声を顰めて笑い合う。
感じの悪い人達だ。
そう思っていると、何者かの影がその感じの悪い2人の騎士に掛かった。
2人が顔を上げて、そして息を飲んだ。
「何か言いたい事があるなら聞くが?」
影の主はそう言い、2人を表情の無い目で見詰める。
トマスその人だった。
「い、いえっ!何も有りません!」
「エルブー総長、昇進おめでとう御座います!」
姿勢を正して大きな声でそう言う2人。視線は真っ直ぐ正面を向いていてトマスとは決して目を合わせない。
そのまま何秒かが過ぎ、トマスが「喋ってる暇があるなら仕事をしろ」と捨てるように言うと、2人は敬礼をして逃げるようにその場を立ち去った。
王城とその周囲の王都は、あまりいい雰囲気とは言えない所だな。
そう思いながらぼんやりとトマスの制服のカラーの部分の刺繍を見詰めていると、ようやく待ち人が現れた。
「お待たせしました。ジェン」
変わらぬ明るく元気な声に振り返ると、これまた変わらぬ白装束をまとった可愛らしい女性が立っていた。いつも深く被っているフードを、今日は背中側へと外していて顔が見える。透き通るような白い肌と、小動物のようなクリクリとした大きな目が可愛らしい。
その可愛らしい声と姿のお陰で、嫌な気分が一気に吹き飛んだ。
「ココナ様」
名を呼び笑みを浮かべて、私はお辞儀をした。
孤児院の手伝いをしつつ、週に一度は現状の報告の為に彼女の元を訪れていた。報告をし、何か困っている事があれば相談させて貰っている。
「元気そうで良かった。孤児院は旧市街と近いですが、変わりはありませんか?」
相変わらずの距離の近さ。彼女が側に来ると、ほんのりとお香の香りが漂った。
「はい。これといった被害も無く、皆元気です。裏庭の瓜が大分大きくなりまして、そろそろ収穫出来そうですよ。良ければココナ様も子供達と一緒に収穫をしては如何でしょうか」
「まぁ、それは楽しそうですね。では近いうちに時間を作って伺いましょうか」
「是非是非。ココナ様が来てくだされば、皆喜びます」
両手でココナ様との間に距離を取ろうと頑張りつつ、背を逸らしながら平和な会話を楽しんでいると、横から声を掛けられた。
「これはココナ殿。このような所で奇遇ですね」
見ると、先程2人の騎士と少し言い合いをしていたトマスだった。
「まぁトマスさん、お久しぶりです」
ココナ様はトマスを振り返りにこやかにそう答え、その横で私は軽く会釈をした。
そんな私を見て、トマスは「こちらは?」と聞いた。
「この方はジェンと申します。『セーライ神殿』で神官見習いをしていた・・・」
「ああ、そうですか。こちらが」
トマスの顔が一瞬輝いたように見えた。そして彼は私に握手を求める。
私は、戸惑いながらもその手に自分の手をそっと重ねた。軽く触れるように握ると、瞬間、トマスは力強く私の手を握る。
「!」
驚き固まる私に笑顔を見せながら、トマスは言った。
「一度お会いしたいと思っていました。私はトマス・ド・ラ・エルブー。ここで近衛騎士をしています」
力強い声だった。先程2人の騎士に掛けていた声とは全く違う声。親しみのある声と眼差し。その落差に戸惑いながら、私は「ジェンです」と小声で名乗るに留めた。
「孤児院での生活は如何ですか?あそこには我がエルブー家からも寄付をさせて貰っています。年度の切替時期のバザーはうちの企画でして」
「そう、なのですか・・・?」
勢いに押されて少し下がりながら、助けを求めるようにしてココナ様を見た。ココナ様は優しく頷き、トマスの勢いを止めようと間に入ろうとしてくれた。
が、それを無視してトマスは、私の方に身を乗り出して来て話を続ける。
「お困りの事は有りませんか?何かあれば相談に乗ります。是非エルブーを頼って下さい」
「トマスさん!いきなりでジェンが戸惑っています。お控え下さい」
やっとの事で、ココナ様が私を庇い、前に立って壁になってくれた。
すると、そこでやっとトマスは、守られてオドオドとする私に気付いた。少し目を見開いて一歩引き下がり、そこで軽く頭を下げる。
「申し訳ない。ずっとお会いしたかったもので、つい。お許し下さい」
謝りながら私の手に何かを持たせた。
それは、緑色の石が付いたペンダントで、透明度の高い石を透かして台座に彫り込まれた何かの模様が見える、美しい物だった。
「我がエルブー家の家紋付きのペンダントです。お近付きの印にお持ち下さい」
見るからに高価そうな物だった。
「えっ、このような良い物を・・・、受け取れません」
驚きそう言って返そうとする私の手をトマスは掴んで、私よりも一回り大きなその手で包み込むようにしてしっかりとペンダントを握らせた。
「近衛騎士の詰所でこれを示せば、事前の約束が無くてもすぐに私が出ます。ですので待っていて下さい。今後必ず役に立ちますから」
「はぁ」と答えて、半ば無理矢理押し付けられる形で私はそのペンダントを受け取った。
両手の平の上に乗せて胸の前に掲げ、改めて確認する私の姿を見て、トマスは納得したのか一度深く頷いて「では、これで」と言って去って行った。
「あんなに和かで機嫌の良さそうなトマスさんは初めて見ました」
トマスの後ろ姿を見送りながら、横でココナ様が言った。
「そうなのですか?」
「とても癖のある方なのです。ジェンも聞いた事が有りませんか?彼の噂を」
言われて私は、苦笑いを浮かべた。実は聞き覚えがあった。
目的の為には平気で人を蔑める。裏切る。効率重視で他人の意見を聞かない。無駄を嫌い意味の無い会話の場からは無言で立ち去る。無意味と判断した作戦からは無断で手を引く。逆に有益だと判断した事柄は無理にでも押し通す。割り込む。奪い取る。
つまりは、常軌を逸した我儘。
「悪い方では無いのです。ただ、我慢が効かない」
溜め息を吐きながら、そうフォローするように言うココナ様だったが、全然フォローになっていなかった。
「エルブー家の力が大きいので、周りもあまり言えないのでしょうね。ですがあの我儘・・・、強い発言のお陰で滞り気味の事案がスムーズに運ぶ面もあるのです。敵も多いですが、一目置かれる存在な事には間違いありません。まぁ、何かあったら彼よりもまず私を頼って下さい」
そう言って私を見て微笑むココナ様。近い距離で下から覗き込まれてドギマギしてしまった。
これもこれで困りモノだなぁ。
そう思いながらも、私は今日ここにやって来た1番の目的をココナ様に伝える。
「あの、一つ相談したい事があります」
お世話になっている孤児院には、30人余りの孤児達がいた。下は0〜1歳児、上は14歳迄。15を迎えると通常はみんな巣立って行くのだが、一部の者は孤児院のスタッフとして仕事を与えられて孤児院に残っていた。
その14歳と15歳の境目の子供達の一部の者達に気掛かりな事があったのだ。
1人の少女が作る布地。
それは、一般的に世に普及している機織の布地とは明らかに違っていた。非常に伸縮性に優れ、且つ動物の毛を編んだ編物よりも薄くて丈夫な布地だった。
見た事も触れた事も無いような布地を人知れず作り上げ、しかもその布地を量産する為の機器を、仲の良い少年に作成して貰っていた。
「まぁ、どの子でしょうか・・・。その子達はもしや『転生者』なのでは?」
私の話を聞き、ココナ様はそう言った。
「私も最初はそう思ったのですが、どうやらそうではないようなのです」
その少女は言っていた。
『ココに教えてもらったのよ』と。
「ココというのは、少し前までその孤児院にいた少女らしいのですが、もしかしたらそのココという名の少女の方が『転生者』で、その子から伝授されたのではないか、と・・・」
その話をすると、ココナ様の表情が急に変わった。
下り気味の眉がさらに下がり、黒目がちの大きな瞳をギュッと細めている。それはまるで涙がこぼれ落ちるのを防いでいるように見えた。
悲しみの表情。
でも口元だけには笑みが浮かんでいて、それが無理をして笑っているみたいに見えた。
ココナ様のそんな表情を見て、私の胸がキュッと音を立てた。
小柄だけれども歳上の女性。聖母神殿の位の高い神官様で、私なんかよりもずっとしっかりした大人の女性の筈なのに・・・、
その小さな肩を、抱きしめて差し上げたい・・・。
その時私は、そんな不謹慎な事を考えてしまったのだった。




