2、『鳥使い』
「雨だ・・・」
開け放った窓に腰掛け外を見ながら呟いた。最上階からの眺めは良い。城下町が広く見渡せるからだ。
『南』王都。
ここを占領したのは3年前。それまでこの地は奴等の物だった。
『水面に掛かる虹』。通称『虹』だ。
それは、この『南』の東側半分を取り仕切るファミリーの名。卑しい平民出の一家が頭角を表し、王家に牙を剥いた。その勢いは凄まじく、虐げられていた平民達が続いて一気に王家を飲み込んだ。
『守護神』の不在。その所為で王家は負けた。
国の『西』へと追いやられた王家と支持者達が勢力を盛り返し、ようやく王都と王城を取り返した。
王都の外周には高い壁が築かれていた。だから雨が降っても門さえ閉めれば内部は安全だった。眼下の城下町でもこれといった混乱は見られない。
門の周囲だけは、少し人だかりが出来ている。外に居た者達が慌てて駆け込んで来た為だろう。雨の振り始めにはよく見られる光景だった。
「ミオン様、危ないですよ。先日もそうやって窓際に腰掛けて、身を乗り出して落ち掛けたではないですか」
城内からそう声を掛けて来たのは、私付きの侍女のリツカだ。私は振り返って立てた膝に頬を乗せて、リツカを見上げながら答える。
「大丈夫。結局落ちなかった」
肩をすくめて溜め息を吐くリツカ。特に怒られる様子がないのを確認すると、私はそのまま外へと視線を戻した。
雨足は弱まる気配が無い。それどころか、雷鳴も止まず、空を覆う黒い雲の厚みから見て強く、そして長く降り続きそうに見えた。
王城と城下町は大丈夫。食糧他物資の蓄えは十分で、例え2年程外へ出られないとしても持つ計算だった。
問題は門の外の数ある集落だ。要所要所に丈夫な岩盤を利用して作られた待避施設があるとは言え、そこに逃げ遅れる者もいる。また、内部で長時間過ごす事になると、物資の蓄えが足りない。十分な量の物資を用意すると、盗まれてしまうのだ。物資を守る為の人を雇う余裕も無い。なので申し訳程度の物資しか用意する事が出来ない。
「問題が山積みだ」
とにかく人が足りない。ただでさえ『虹』の連中との抗争で戦闘員が減ると言うのに、魔物対策に割く余裕が無い。
呟きながらボンヤリと門の方を見続けた。
ふと、いつもとは何か様子が違っている事に気付いた。
「何だ・・・?」
そう言いながら目を凝らす。
門の前に群がる人々。彼等はどうやら、1人の人間を取り囲んでいるらしい。
「喧嘩でしょうかね」
すぐ横まで来たリツカが、懐から双眼鏡を取り出しながらそう言った。
リツカが覗き込もうとしたその双眼鏡を奪うようにして取って、そしてその群がる人々の中心にピントを合わせる。
「ああ、またそうやって人の物を勝手に・・・」
機嫌の悪そうなリツカの声を聞きながら、私は双眼鏡を覗き込んだ。
1人の男だった。頭から全身をすっぽりと覆う大きな黒いマント。そのマントのフード部分が、群衆に揉まれて背中側に外れる。
現れたのは長い銀の髪。背中側で一つに結われているものの、後毛が顔を広く隠していてよく見えない。けれどもその隙間から覗く肌は白く、明らかにこの地より北方からの来訪者だと言う事が分かる。
「まぁ、いい男・・・」
横でリツカが、もう一つ用意していた双眼鏡を覗き込みながら言った。
「・・・」
それには何もコメントせずに、私はその男を見続けた。
群衆に囲まれている理由は、顔が良いからでは無いだろう。
何故、あんなに人だかりが・・・?
そう思いながら見続けていると、男がふと空を見上げた。強まりつつある雨が容赦なくその白い顔を打ち付ける。
と、その顔を影が横切った。サッと細く。
何・・・?
慌てて私は双眼鏡を下げて、肉眼で人だかりを見詰めた。細部まで見えなくなった代わりに全体がよく見えるようになる。
その視界の中、スッと空中に円を描くようにして旋回する影が見えた。
私は目を見張った。
信じ難い物を見た。
土砂降りの雨。その雨を物ともせずに自在に飛び回る、小鳥。
小鳥は大きく円を描きながら、次第に人だかりの中へと降りて行く。そして、降り立ったのが、黒いマントの男の肩の上だった。
それを見てだろう、隣のリツカが息を飲む音が聞こえた。
私も、息をするのを忘れる。
「何と・・・、何と、何と!」
私は、呟きながら双眼鏡を覗き続けるリツカの胸に持っている双眼鏡を押し付けた。そしてそのまま駆け出す。
その黒いマントの男の元へ。
慌てて後を追いかけてくるリツカを気にも留めず、私は全速力で走った。
人だかりが出来る訳だ。アレは・・・あの男は・・・!
「『鳥使い』だ」
私は、1人呟いて先を急いだ。
部屋を飛び出して突き当たりの階段を降り、ホールを突っ切って正面玄関へ。外へ出るとそのまま真っ直ぐに進む。
徐々に人が増えていく。大雨なのに、皆雨を避ける事を忘れてその者の元へと集う。
その訳は、その者の訪れを皆が待っていたからだ。
『守護神』がこの地を去る時、人々に言い残した言葉。
「私はここから離れる。が、いずれ他の『神』がこの地に訪れるだろう。その『神』は『鳥使い』を使者に、『大地の混乱』を収める。人々の『名』の『意味』を語る者こそが『神』である」
『南』に住む者ならば誰でも知っている筈の伝承だった。この中にある『大地の混乱』とは、このところ起こっている活性化した魔物の事だという事は間違いない。『大地の混乱』が起こり始めたのだから、新しい『神』と、その使いの『鳥使い』が現れる筈だと皆が待ち望んでいたのだ。
その『鳥使い』が、とうとう現れたのだ。しかも我々が支配するこの『南』の西側半分の方に、だ。
人の数が増えて、前へと進めなくなってしまった。
「皆の者、そこを通しなさい。ミオン様が通ります」
追いかけて来ていたリツカが大きな声で人々に向かってそう言う。
相変わらずの良く通る声は、大雨の音にも負けずその場にいる人々に届いたようで、人の壁が割れる。
私の前に、一本の道が現れる。
その先に、あの男がいた。
黒いマントを纏い、銀の髪、白い肌、そして、肩に乗る小鳥。
小鳥は、見たことも無い鮮やかな見た目をしていた。頭部は群青色で胴に向かうに連れて黄緑色になり、そして翼と尾の先に向かうに連れて真紅に染まっていた。
その小鳥が翼を広げて飛び上がり、男の黒いマントのフードを咥えて男の頭に被せる。そして再び肩の上に戻った。
私はその男に歩み寄り前で立ち止まると、その場に跪いた。
すると、私に習って周囲の人々もその場に膝を付く。
誰1人として、雨や泥の跳ねに気を取られる者はいなかった。
『鳥使い』を中心にこうべを垂れる人々の中、私は顔を上げて言った。
「私は『南』の王家の末裔、『山頂より吹く風』のミオン。『鳥使い』様の来訪、心より歓迎致します」
『鳥使い』は私を見た。小鳥も私を見る。
『鳥使い』が口を開いた。
「えっと・・・、歓迎してくれるのはありがたいんだけど、多分人違いだと思うんだな・・・。オレ、そんな大層な人間じゃ無い、し・・・」
『鳥使い』はそう言いながら、困ったような顔をしていた。
私は眉を顰めて『鳥使い』を見詰める。
見た事もない美しい小鳥は、変わらず『鳥使い』の肩の上で大人しくしている。このように小鳥を自在に操るような者は、これ迄一人として居なかった。
この男が『鳥使い』である事は間違いない。なのに何故、こんなにも自信なさげにしているのだろうか。
そう怪訝に思ったその時だった。門の外から大きな咆哮が聞こえて来たのだ。
雨の日に群れを成して現れる、活性化した魔物達だろう。
「魔物?」
『鳥使い』はそう聞いてきた。
「はい。雨が降ると現れます。暴れるだけ暴れて、雨が止むと居なくなります」
私はそう答えた。
ドンドンドンッと、門を外から叩く音が響いた。それと同時に助けを求める人の声も聞こえて来る。
どうやら、逃げ遅れた者が居たらしい。
人々がざわめき始めた。
活性化した魔物達はすぐそこまで迫って来ている。門を開けて逃げ遅れた者を助ける事は、同時に魔物を中に侵入させてしまうかも知れない危険を孕んでいた。
大した戦力も無い私達には、どうする事も出来ない。
ああ、また人が犠牲になる。
何の行動も起こせないでいる私達を一瞥して、『鳥使い』は言った。
小鳥に向かって。
「外の魔物、何とか出来るか?」
「殺す?」
驚いた事に、小鳥が人の言葉でそう答える。
「魔物を、ね。人は殺すなよ」
「分かった」
『鳥使い』に向かって小鳥はそう答えて、そして門を飛び越えて外側へと向かう。
皆が驚きを隠せず、それでも声を上げずに息を飲んで見守る中、門の外側からは魔物達の咆哮が聞こえて来ていた。
「ヒッ!」
一際大きな咆哮を聞いて私は、恐ろしくなって声を上げ、両耳を塞いだ。
「ミオン様」
リツカが私の名を呼んで、しゃがみ込んだ私を頭から抱え込んでくれる。
死んでしまう。また人の命が奪われてしまう・・・。
と、外の魔物達の咆哮が、いつの間にか変わった。
己の力を誇る咆哮から、窮地に陥って上げる断末魔へと。
暖かく、乾いた風が吹いて来た。
「・・・何・・・?」
重苦しく空を覆い尽くしていた暗い雲が晴れて行く。
雨が終わるのだ。
日差しが一筋、また一筋と差し込んできて、急激に雨が止む。
門の上から、小さな影が一直線にやって来た。それは先程の小鳥で、『鳥使い』の頭上で一度小さく円を描いてから彼の肩に止まった。
「終わった」
短くそう報告した小鳥。
門の外からは、変わらずドンドンドンと門を叩く音が続いていた。
外の人が叫ぶように言っているのが聞こえる。
「お、おい!死んだ!魔物はみんな死んだ!雨も上がったぞ!早く開けてくれ!」
門番が慌てて門の閂を外す。
外から慌てふためいた男が一人飛び込んでくる。それと入れ違うようにして私は外に飛び出した。
「ミオン様!危のうございます!まずは安全を確認してか、ら・・・」
慌てて追いかけて来たリツカが、私の両肩を掴みながらそう言って目を見開く。
私も同じように目を見開いていた。
中にいた者達も続けて飛び出して来て、そして私やリツカと同じように目を見開いて固まる。
目の前に広がる惨状。それが、現実として上手く受け入れられないでいたからだ。
「みんな殺した」
気が付くと横に『鳥使い』がいた。その肩の上にとまる小鳥がそう言った。
「良くやった」
『鳥使い』が小鳥を褒めた。
10や20では足りない。群れを成してやって来た幾百もの魔物。それらが皆、血塗れで生き絶えていた。
「あっ、ありがとうございます・・・、ありがとうございます!『鳥使い』様!」
誰かがそう叫んだ。
その声は他の者の声も誘い、気付けば感謝と歓喜の声の嵐が巻き起こる。
私は、『鳥使い』の黒いマントを掴んだ。掴んで『鳥使い』の顔を見上げる。
「『鳥使い』様・・・」
呼び掛けて感謝を伝えようとした。その言葉を遮って『鳥使い』が言う。
「それやめてよ。そもそもコレ鳥じゃ無いし。オレの名はゴーシュ、単なる旅人」
そう言って『鳥使い』、いや、ゴーシュは笑ったのだった。




