1、運命の出逢い・・・?
天気は良かった。晴天。太陽はいつも通りに力強い光を大地に降り注いでくれている。
それなのに、辺りに立ち込めるのは重苦しく暗い空気だった。
乾燥してヒビ割れ、粉を吹き出すみたいにして砂が舞う大地。せっかく芽を出してもすぐに萎れて茶色く変色してしまう草花。根付かない人々が建てる簡易的な住居は壊れやすく、つい先日建てたばかりだと言うのに、もう斜めに傾いた家々が並んでいた。
通る人はみな俯き、ぶつかりそうな距離に近付くまで他人の存在に気付かない。その所為かあちらこちらで小競り合いが起こってしまう。
「おい!スリだ!」
「泥棒だよ!捕まえとくれ!」
貧しい者達が犯罪に手を染める。それが日常茶飯事。みんながそれをするからと、犯罪へのハードルが低い。簡単に人のものを奪おうとする。
力さえあれば、それは簡単で、容易な事なのだ。
今も、すぐ側で悲鳴が上がる。子供連れの婦人が、買ったばかりの果物を奪われたようだった。
私の足元に、零れ落ちた柑橘が1つ転がってきた。足にぶつかったそれをゆっくりと拾い上げる私に、側近が言った。
「捕らえますか?」
誰を、とは聞かない。言うまでも無く今目の前で婦人から果物を奪い取った犯人を、と言う事だろう。
奪い取った犯人は、まだ子供だった。5歳、いや4歳位だろうか。小さな子供が全力で、その場から一刻も早く果物を持ち去ろうと走って行くのが見えた。
「いい、構うな」
私はそう言って、黙認する事を選ぶ。
今目の前で起こっているこの小さな犯罪ひとつを裁いてどうなると言うのだろうか。もっと他にやるべき事があるはずだ。
法を整えて、取締まる機関が正常に機能するようにする。
それこそが、私がやるべき事だと思った。
兄が死んだ。
昨夜の事だ。
『南』の東側半分を取り仕切る兄は、父の後を継いでファミリーのトップになったばかりだった。
その兄が死んだ。何者かによる暗殺。
内部の者の犯行なのか、外部の者の犯行なのか、それすらまだ分かっていない。
それを調べようとする者すらいないのだ。
私は、思わず天を仰いで笑った。
こんなファミリーを急に任されても、困る。
「坊ちゃん、」
そう呼び掛けて来る側近を、私は横目で睨んだ。
「・・・じゃ無かった。ボス」
言い直されて、私は頷いた。
そうだ。私がボスだ。望む望まないに関わらず、この荒廃した『南』の、東側半分を統治して行かなければならない。
「アレを」
側近がそう言って前を指した。
見ると、先程の果物泥棒が、見慣れない3人組に吊し上げられている。
「何だ?」
呟いて私は、その騒動の場へと向かう。
「コラ!子供だからって人の物とったらいけないんだぞ!」
3人組の1人が、子供の首根っこを掴み上げてそう叱り付けている。物珍しい光景に、生気の無い目をした通行人達が集まり始めていた。
3人組は皆、黒いマントを身に付けていた。全身をすっぽりと覆うそのマントは、人の目を避け暗躍するための物に見えるのに、堂々と声を張るその様子に大きな違和感を覚える。
1人は背が高くスラッとした印象を受けた。子供が落とした果物入りの袋を拾い上げて周囲を見回している。多分、群衆の中から持ち主を探しているのだろう。チラッと顔が見える。茶色い縮毛、彫刻のような綺麗な顔をした男だった。
子供が暴れて、首根っこを掴んでいる者のフードが外れた。サラッとした短い黒髪と、黒く細い目、低い鼻、品の良い口元が見える。暴れる子供を押さえながら「あ、コラ!」と声を上げるその黒マントの主は、私と同じ年頃の少年だった。
「キミキミ、危ないよー。このお兄さん力持ちだけどおっちょこちょいだから、暴れると落っことしちゃうかも」
もう1人が、そう言いながら身を屈めて子供と視線を合わせて忠告をする。子供は暴れて、その足がフードを蹴り上げて顔が露わになった。
「・・・!」
その顔を見て、私は固まってしまった。
左右に分けて耳の下で緩く結った真っ直ぐな黒髪、意志の強そうな太めの眉、切れ長の涼しげな黒い瞳、白くふっくらとした頬は薔薇色に上気して見える。
可愛い・・・。
好みのど真ん中だった。
「わぁ、フード取れちゃったじゃん」
そう言って慌ててフードを被り直す少女。
そのまま少年の後ろに回り込んで、少年のフードも直してあげた。
「アキラも取れちゃってるよ」
「え?嘘・・・被ってるじゃん」
「何言ってんの!僕が今直してあげたんだよ!」
「あ、そうなの?ありがとう?」
「心がこもってない!やり直し!」
「えー」
夫婦漫才のような息の合った掛け合い。その様子に、私の胸はチリッと痛んだ。
その時突然、背の高い男が、3人組に向かって歩いていた私の前に立った。
その距離の近さに思わずビクッとなった。
いつの間に前に来たんだ・・・見えなかった。
「オイ!お前!」
側近が慌てて私と背の高い男の間に割って入る。私は、その側近の肩を叩いて止めて横にどかし、背の高い男に向かって言った。
「これもだ」
言いながら手に持っていた柑橘を渡す。と、背の高い男は柑橘を受け取り、軽く頭を下げた。
「トール、どうした?」
アキラと呼ばれた少年がこちらに向かって言った。どうやらこの背の高い男の名はトールと言うらしい。
「ーーーー」
それに答えるトール。が、トールが何を言っているのか、私には分からなかった。
「あの・・・」
人垣から子供の手を引いた婦人が出て来て、申し訳無さそうに声を掛けて来る。それに振り向く3人組。
トールが婦人に向かって進み、そして果物の入った袋を渡した。
「ありがとうございます。まさかこんな、取り返していただけるなんて。感謝します」
頭を下げる婦人の前に3人組は集まり、そして、犯人である子供を婦人の前に無理矢理立たせた。
「悪い事したら、どうするんた?」
アキラが暴れる子供を押さえながらそう言う。
が、子供はそれを無視して、無言で暴れ続ける。
アキラは小さく溜め息を吐いて、そして姿勢をだいぶ低くしてその子供を羽交締めにした。
「うわぁ!」
驚き、声を上げる子供。
「ちゃんと謝れ。頭下げて」
羽交締めから片手を外し片手で抱き抱えるようにして、そして子供の頭を後ろから押す。
「いててててててて!よせ!やめろ!」
なかなか無理のある体勢で、子供が苦しそうだった。
「痛いなら素直に謝りなさい」
屈んで視線を合わせてそう言う少女。子供はフンッと顔を背けて、そしてアキラの腕を噛んだ。
「あー!いって!」
痛かったのだろう、アキラが手を離してしまった。そのままその場を脱した子供は、少し逃げた先で一旦立ち止まり、振り返ってアキラに向かって舌を出す。
「待てガキ!」
言って追いかけようとするアキラを、婦人が止めた。
「お待ち下さい、構いません。こうして、盗られた物が戻っただけで満足ですから」
そう言ってもう一度頭を下げて、婦人は子供と一緒に行ってしまった。それに伴って集まっていた人達もバラバラと解散して行く。
「こういうのはさ、その場でキチンと謝らせないとダメなんだけどな。自分のした事が悪い事なんだって分からせないと、またやる」
そう言うアキラに、少女も頷きながら同意する。
「そうそう。子供ってすぐ忘れるからねー。その時じゃなきゃ効果半減。下手したら全減」
ウンウンと、何度も頷く少女に向かってアキラが呟く。
「ノワも子供・・・」
それに激昂して少女が「何だって!」と言いながらアキラの首を締め上げた。
2人は仲が良さそうだった。
それを仲裁しつつ何かを言うトール。やはり、彼が喋る言葉が私には分からなかった。
トールがずっと見ている私に気付いてこちらを見る。それに釣られて、残りの2人も私を見た。
見て改めて思うが、この辺りにはそぐわない3人組だった。珍しい事だが旅人なのかも知れない。
「見ない顔だが、旅人か?」
側近がそう聞いた。
「うん、そうだよー。僕達マジールから来たんだ」
「目的は?」
続けて聞く側近。それに少女、ノワは「うーん」と腕を組んで考え込んで、そしてアキラを見る。
「ちょっと調べてる事があるんだ。聞いても良いかな?最近この辺りで変わった事は無い?例えば、魔物が暴れるとか・・・」
そう言うアキラに、ノワは呆れ顔で言った。
「アキラー、『南』には基本魔物はいないんだよ」
「ああ、そうだったっけか」
そう言う2人に向かって、私は「いや」と否定した。
「魔物はいる。ここ半年程の間に、再び出て来るようになった。それも以前までとは異なり、常に活性化状態で現れる」
私がそう言った時だった。アキラがピクッとなり、そして空を見上げた。途端に鳴り響く、雷鳴。
空は晴れ上がっている。晴天だ。
「わー、お天気雨ならぬ、お天気雷?」
ノワが呑気に空を見上げながらそんな事を呟く。
「そんな呑気な物じゃない」
横で側近がそう言い、そして身を硬くした。
周囲を行き交う人々も、突然の雷鳴に慌て始める。持っていた物を落とさないように抱え込み、一目散に走り始めた。向かう先は皆同じ。各所にある丈夫な岩盤を利用して作られた待避施設だ。
「何々、どうしたの?」
唇に人差し指を当てて首を捻りながら、急変した人々を目で追うノワ。
トールがアキラに何かを言い、それに頷くアキラ。
「ボス、我々も」
側近に促され、私は頷いた。そして3人組に言う。
「お前達も一緒に来い」
そして駆け出す。
走るに連れて空は暗くなった。突然現れた厚い雲に太陽が覆われたのだ。
横を走る3人組に向かって私は言った。
「奴等は雨と共に来る」
「何々ー?落雷注意報?」
怯えながら避難する人々に囲まれても、ノワは呑気だった。
待避施設に辿り着いた。大岩をくり抜き、鉄の扉を取り付けた丈夫なシェルターだった。
中は広いが、そこまで大きくない入り口から、人々が順々に中に駆け込んで行く。私達も入り、全員が入ったのを確認すると、扉の横の番人が唸り声を上げながら力を込めて扉を閉めた。
閉まると同時に雨が降り出す。
豪雨だった。雨粒が扉を叩く音が待避施設内に響き渡る。内部では緊迫した空気に耐え切れずに、幼い子供達が泣き始めた。あやす母親の声、うるさいと怒鳴る者の声が子供の声をより大きくする。
「ゴォォォォ!」
扉の外から、奴等の声が響いて来た。
「えっと、これ、何の声?」
ノワが小さく呟いた。
それに答えるよりも前に、扉の外から誰かが叫んだ。
「ま、待ってくれ、開けてくれ!俺も中に入れてくれ!」
逃げ遅れた者がいたらしい。だが、もうすぐそこに奴等がいる。今から扉を開ける訳には行かない。今は、中にいる者達の命が優先だ。
「ねぇ、逃げ遅れた人が居るみたいだよ?」
ノワが私の腕を掴んでそう言った。だが私は無視する。無視をして息を潜めて、可能な限り自分の存在を消す。
「ねぇ、何で開けてあげないの?何だか知らないけど怖いヤツが外にいるんでしょ?入れてあげなきゃ危ないんじゃないの?」
詰め寄って来るノワ。私は無視をし続けた。
「なぁ、出入口はあの鉄の扉ひとつだけなのか?」
アキラが私に聞いた。私は短く「そうだ」と答えた。
アキラが動いた。それにトールとノワが続く。
何だ・・・?
そう思った私の視線の先で、3人は鉄の扉を守る番人に声を掛ける。少し話して、そしてトールが番人に何かを握らせた。
次の瞬間、驚くべき事が起こった。
番人が鉄の扉を開けたのだ!
「なっ!」
人々が騒めき、中には悲鳴を上げる者もいた。
だが、騒ぐ訳には行かない。騒げば奴等に見つかってしまう。
人々がぐっと息を呑み見守る中、逃げ遅れた人が駆け込んで来た。それを見て、安堵の息が待避施設中に響き渡る。が、次の瞬間、その息を全員が飲み込んだ。
3人が、鉄の扉から外に出て行ったのだ。
「なっ・・・!」
私の口から、思わず声が漏れた。
「どう言う事でしょうか。アイツら、死ぬ気か・・・?」
横で囁く側近の声に、私は両手を強く握りしめる事しか出来なかった。




