じゃあね
「よくもやってくれたな!」
健が敵意をむき出しにパチンコ玉を鷲平に撃ちつける。彼のわずか横をパチンコ玉が通過する。
「……舐めたらどうなるかわかった?」
健は優しい声で語りかける。もちろん目は笑っていなかった。したのか泣き出してしまう。
「こわいよお、うえええ!」
鷲平の泣き声とともに、突如ブラックホールが頭上に現れる。妖獣たちは抵抗し主人に捕まるも、だんだんと引き離され、それに吸い込まれていく。
「直!」
「スケ!」
直もスケを掴むことができず、吸い込まれてしまった。そしてその口が閉じられる。
ドカンッ……。
「ぎゃあああ!」
「ぐああああ!」
「うっ、嘘……」
閃光とともに、爆発音が室内に轟いた。そして何もかもが散り散りになる。攫われた妖獣たちの悲鳴と絶叫が、直たちを深くどん底に突き落とす。
「そんな、そんな……!」
あまりの出来事に彼らにはなす術がない。心寧ですら叫びながら、狐の名前を呼ぶ。その金切り声が、沈黙をより際立たせる。
「……」
「……」
そして直たちは、いきなりその場に倒れ込んでしまう。何かがぶつかってきた。ブラックホールからできた黒い邪悪な獣だった。かつて一緒にいた妖獣が変えられてしまった。人間たちは抵抗しようも力が出ない。妖力も発動できない。このままだと殺されてしまう。わかっていながらも……直はまったく動かなかった。
「……」
直はひっそりと涙を一筋流す。何も役に立たなかった。攻撃もできない。防御もできない。回復もできない。唯一できることは、動きを静止させることだけ。役に立たない。無力さに悔いるばかりだった。
「グアアア……!」
『……! 喰われる。どうせなら一思いに……!』
獣が直の腹を咥えたその時だった。急に獣たちの身体にヒビが入り始める。しだいにバキバキと大きく音を立てながら、真っ二つに割れた。そこから湧き出る閃光が直たちを襲う。
気がつけば、猫装束の鷲平以外にも、子どもの姿がそこにあった。狸装束の子どもが二人、猫装束の子どもが二人、そして狐装束と犬装束の子どもが一人ずつ。彼らはみな怯えた様子で、お互いの顔を見合っていた。
「みんな、こどもになっちゃった?」
里太郎の言葉に、直は近くにあった鏡に自分の姿を映す。そこには幼い頃の自分が、変身した時の装束を纏って立っていた。
「あいつ、やっつけてやる! あかたぬパーンチ!」
健の『やっつける』の言葉に、鷲平は泣きそうな顔をしながら、翔平の影に隠れる。
「ぼくのきょうだい、いじめないで」
「たつるくん、きらい!」
なごみの言葉に呼応したのか、健は少し項垂れていた。そんな彼らをよそに、豪太は一人で興奮しながら話し始める。
「ぼく、こどもになった! すげえ、どういうしくみなんだ! あのアニメとおなじかな……」
豪太の中に何かのスイッチが入ってしまっていた。意気揚々と科学用語が羅列される。あれやこれや仮定条件を並べ立てて、ああでもない、こうでもないと言いながらあちこち歩き回り始めた。そしてイタズラに弾薬を手のひらで生成できたことに、喜びを覚えていた。
「こまいくん、のろいをといてあげなきゃ!」
「ごうちゃんにいたずらしないで!」
「とりゃあ!」
札で解呪を試みる心寧を抑えていた里太郎をよそに、豪太が思い切り火薬をぶち撒ける。白い爆煙が全員の視野を奪った。直と健は思わず咳き込んでしまう。
「ケホ……ケホ……」
「なにすんだ……えっ!」
「すごーい!」
煙が薄まって周りが見えるようになる。そこには、ゲームセンターで見かけるような、乗るタイプの電車のおもちゃが人数分並べられていた。
「でんしゃー!」
「かっけー!」
豪太は照れながらも自慢気に頭を掻いた。そして先頭の席に乗る。直たちも続けてその後ろに乗り込んだ。
「しゅっぱつしんこー」
犬装束の子どもの掛け声とともに、電車はそれぞれ一列になって動き始める。鷲平を含めた子どもたちは楽しそうにはしゃいでいた。
「しゅうへい」
「なに? しょうへい」
「たのしいね」
「……そうだね」
二人の三毛猫少年が仲睦まじく、直は後ろから寂しそうに見つめていた。子どもながらに物思いに耽っていたところ、後ろから肩を叩かれる。振り向くと頬に指を刺される。健の仕業だった。
「なに……」
「へへ、なんでもない」
健は無邪気ながらに、直のほっぺをつつきまくる。直は少し不機嫌になりながらも少し安堵していた。健は不思議そうに直を見ている。
「どしたの?」
「……なんでもないよ」
同じところを何回もぐるぐると回りながらはしゃぐ子どもたち。しかし、電車は突然脱線し直たちはみな投げ出されてしまう。なんとかうまく着地し安堵したのも束の間、鷲平がまもなく墜落しそうな勢いで落ちていった。
「あっ、あぶない!」
「しゅうへい!」
なごみと翔平の言葉に呼応するかのように、優しい光が鷲平の身体を優しく包み込んでいた。鷲平の姿がだんだんと大きくなり、高校生くらいまで成長した姿に変化し、うまい具合に着地できた。ほっと胸を撫で下ろす、子ども姿の直たち。
「しゅうへい!」
翔平は成長した鷲平のもとに飛び込んだ。
「……」
鷲平はさっきと同じように、翔平の頭を優しく撫でてやる。そして、鷲平は少し離れたところに翔平を立たせて指を鳴らすと、直たちの姿も高校生の姿に戻った。そして、三毛猫装束を纏った剣士姿の兄弟が対峙する形で立っていた。
「こんな姿になったのな」
「生きていたら、そうかもね」
じっと二人は見つめていた。
「なんだよ」
「なんでもない」
「あっそ」
翔平は袂から剣を引き抜くと、鷲平にその刃を向ける。
「最後の決着、つけようぜ」
「もうついてるよ。もう心残りはないから」
翔平は首を傾げる。その対面では鷲平が心寧から奪い取っていた札を背中に差し込む。心寧は血相を変えて訴える。
「ってことは……、まさか!」
「やっと安心してお別れできるよ」
そう言って鷲平は寂しく笑う。
「翔平、お願い」
翔平は涙を必死に溜めていた。溢すまいとしながら、小刻みに震える手足のまま、鷲平に向かって大きくバッテンを切りつける。
「うあっ……」
「……畜生!」
そして、鷲平の心臓に向けて一突き。貫通するまで刺した。すると鷲平は業火に焼かれるかの如く、光と爆音とともに包まれた。
「鷲平……、鷲平……!」
彼の姿は跡形もなく消えてしまっていた。笑顔とともに涙を浮かべながら。
「七不思議、直さないとな」
里太郎はこっそり、みんなに聞こえないように呟くと、スラスラとリストを書き直した。
「里太郎、戻ろう」
「……今行くよ」
里太郎はそう言ってペン先を戻して、保健室を後にする。翔平がゆっくり保健室のドアを閉める。しかし、最後の一センチを残して、ドアの勢いを殺してしまう。
「……」
「寂しい?」
なごみが翔平に尋ねる。
「やっぱダメだな」
「……ずっとそばにいるよ」
なごみは、翔平に手を添えると一緒にそのドアをびったりと閉めた。
「それでは」
心寧は札を保健室のドアに貼り付けて、御幣を一度大きく振った。大きくポンっと鳴る。もう一度開けてみると、室内は元通りになっていた。




