合宿棟
「はわああ」
口に手を添えながら、直は合宿棟の中に入る。スマホを機械にかざして二階に上がる。指定された宿泊室213号室に入った。合宿棟に入るのは1年の勉強合宿の時以来だった。
「机とコンセントと……ベッドだけっと……」
そう言って直は荷物を取り出す。ゆっくりと一冊のノートを開いた。
「……」
そこには校内の地図が描かれていた。なぜ彼がそのノートを持っているのか。少し前に遡る。
*
「七不思議を退治する?」
「僕たちがこういうことになったってことは、つまり、……目には目を、歯には歯をだよ」
里太郎がたどたどしくも持論を語っていくが、そんな彼に翔平は呆れ顔になる。
「そんなんで怖がってんじゃ、人選を改めた方が良さそうだな」
「お化けなんてデタラメだよ。科学で何でもわかる時代なのに」
「お前が犬みたいになったのは、解明できるのか? その科学とやらで」
翔平の言葉に豪太は固まってしまう。
「……遺伝子操作とか心理学が絡んでるんだよきっと。催眠術と同じ」
「……」
豪太をジト目で見つめる翔平だったが、すぐに視線を外した。心寧が少し胸を抑えて息を荒くしながら、その場でうずくまっていた。
「……」
「伏見?」
「……大丈夫。ちょっと頭が痛いだけだから」
心寧はなんとか立ち上がるも、そこから一歩も動けそうになかった。
「横になってもいいかしら?」
「大丈夫?」
なごみが心寧を支えながら、部室内にあったベッドに横になる。直たち男子は不思議そうにその風景を眺めていた。
「ちょっと……」
なごみに気圧された男子たちは視線を外すと、少し離れたところで固まった。直は思わず豪太を問い正す。
「なんでベッドがあるんだよ」
「俺専用のやつ。寝泊まりして実験するから」
呆れながらため息をつく、男子一同。豪太は納得がいかないのか、大声で抗議していた。
「私物化しすぎだろ、だからいつまでも部員が一人なんだよ」
「これも立派な実験なの! どのくらいの割合でスプリング入れると気持ち良いとかさ」
女子二人をよそに、騒ぎ始める男子五人。心寧は額に手を当てながら傾れるように座り込んでいた。
「……ちょっとうるさいし、やっぱ保健室行こう」
「ごめんなさい、私のせいで」
「気にしないで」
なごみは怪訝そうな顔を彼らに向けながら、心寧に付き添い、科学室から出て行こうとする。翔平は仕方がなさそうに、近寄るとドアを開けてやった。
「お前じゃ無理だろ。保健室連れて行くの。だから俺が護衛として」
「……来なくて良いから」
「……変態」
なごみと心寧は翔平にそう言い放つと、ゆっくりと保健室へ向かっていった。ただ呆然とする翔平。
「俺、もう一回六科島に行って、島諸共消滅しようかな」
「それは禁句だ。やめとけ」
そう言いながら直は健の方を見つめる。
「……もう手遅れだと思う」
健の言葉がトドメを刺す。翔平はその場で崩れ落ちてしまった。彼のことを気にせず、里太郎はそのまま話を続けた。
「来週、金曜日合宿棟に泊まってみる?」
「このために……?」
健の問いに、里太郎はゆっくりと頷く。
「最後だしさ、夜の学校も回ってみようよ。うまくやっとくからさ」
*
深夜十二時を回った頃、直は仕方なくあの緑狸を呼び寄せる。カバンの中から勢いよく飛び出した彼は、直の顔に抱きつく。
「ぷはー、苦しかったわい」
「はいはい」
そして直は狸を引き剥がすと、いつもの如くあの装束姿に変身したのだった。ノック音がしたので、扉を開けると健がいた。そして合宿棟から学習棟の生徒会室へ向かった。
道中、コツコツと二人の歩く音が校舎内に響き渡る。それが二人の肝を少しずつ冷やしていく。健は直の顔を見るが、彼の顔色は何一つ変わっていない。
「この時の僕たちって、一体なんなんだろうね。人間なのか、それとも化け物なのか……」
「……」
無言を貫く直。健のことを見る素振りはない。健はおそるおそる直に聞いてみる。
「怖いの?」
「……」
直は相変わらず、真顔のまま口を開こうとしなかった。
「こういう時にちゃんと話せないと、乗っ取られるらしいよ」
「俺は怖いわけじゃ……ひえっ!」
スマホが鳴り、直は思わず飛び上がってしまう。慌ててスマホを落としてしまい、その音に思わず健に抱きついてしまう。
「……」
「……嘘つき」
おそるおそる拾い上げようとする直だったが、健は臆せずひょいと拾って持ち主に返す。直は画面を確認すると、冷めた顔で通話に出た。
「……はい」
「黒狸より妖怪退治の依頼を受けた、緑狸の直さんはこちらですかー!」
「ビジネスモデルみたいに言うな」
翔平の笑い声が、スマホ越しに聞こえてくる。健も両手で耳を抑える。
「電話、耳どっちにつけてる?」
「横に決まってんだろ」
「横って……横って……!」
またもや爆笑しはじめる翔平。直は静かに終話ボタンをタップする。
「何しに来たんだ、こいつ……」
「……」
二人は顔を顰めながらも顔を見合わせると、ゆっくり生徒会室へ向かう。ホワイトボードに目を向けると、ほぼ全てに攻略済みの印が付けられていた。
「残りは……保健室だっけ?」
「確か『歳を取らない美魔女な養護教諭』だったか」
「直くんって、不純な動機で選んだよね」
「……お前が子どもなんだよ」
そして、後を追うように保健室に向かった。
保健室の前には、他の面々も集まっていた。
「や……山井くん? 腕組んでるけどどうしたの?」
「えっ?」
なごみに言われて、直は自身の腕を目で辿る。
「……!」
直は赤面すると勢いよく健から離れた。健は苦笑いしながら話す。
「来る途中、すごく怖がって」
「わーわー!」
健の言葉をかき消さんと、直は思い切り大声を出す。しかし、直たちに少し冷たい視線を浴びせていた。戸惑う彼らに、心寧はゆっくりと告げる。
「二時間も遅れてくるなんて……。情けないですわ」
首を傾げる健。
「十二時集合でしょ?」
「二十二時、午後十時の集合だよ。あまりにも来ないから、ほとんど攻略しちゃったよ」
なごみの言葉に視線を逸らす二人。そして豪太が追い討ちをかけるように畳み掛ける。
「大変ですなあ。こんな従兄殿に手を煩わされて。ちゃんと聞いてないと命取りですぞ」
苦し紛れに直は翔平に話を振り始める。
「生地ー、お前変な電話すんなよな」
「は……?」
翔平は要領を得ないように不思議そうな顔をした。
「さっき変な電話しただろ?」
「いや、俺……、電話してないけど……」




