さよなら
やがて、その赤い大狸は、山の麓にある小さな洞穴にに身を潜めた。そこは直が六科島に来た際に最初に迷い込んだ、かの洞窟やった。
赤狸は、健の体をゆっくりと下ろした。彼がすやすやと眠っている様子に胸を撫で下ろす。
「健もムチャするなぁ。だめだよ?」
そう言って、彼を近くの柱に寄り掛からせた。その様子を装束姿の直たちが見守っている。
「ほんとに、お前覚えてないの?」
「うん……」
そうしてるうちに外が騒がしくなる。健を呼ぶ声が、幾度となく聞こえてきた。赤狸は怪訝そうな顔をする。
「じゃまだなあ……」
そいつは尻尾を大きく左右に揺らす。すると洞窟の穴を全て閉じてしまう。そして上下に揺らすと、洞窟の側からがけ崩れが始まった。
「まずいぞ!」
「一旦、逃げましょう」
洞窟の外では、思いもよらぬ事態に阿鼻叫喚する。落石や土砂崩れに巻き込まれる者、足を踏み外し転落する者、健を探しに来た人たちは皆、災いに見舞われていた。ついには、洞窟から誰一人いなくなった。
「……」
「フミ……ちゃん?」
健はうなされたかのごとく、目の前の大きな赤狸・フミの名を呼んだ。
「そうだよ。もう大丈夫。今度は僕が健を守る番だからね」
その大狸は健の胸に軽く手を当てた。すると、それぞれの胸から綺麗な光の球が浮かび上がる。そして他方の胸に吸い寄せられる。
赤狸はだんだんと身体が小さくなっていき、元の姿に戻る。健はゆっくりと起き上がると、掌を見つめていた。
「僕が守らなきゃ……」
健もといフミは、赤狸を抱えながら本堂に踏み入れるといつもの装束姿に変身した。そしてパチンコを的に向けて何遍も発射した。
「もうこの島なんか……消えちゃえ。健を苦しめる民は死んじゃえ!」
怨念と共にパチンコ玉は全て真ん中に命中した。
ゴゴゴゴゴ……
洞窟内に轟音が響く。島中にサイレンがけたたましく鳴る。噴火の合図だった。
「……」
フミは健を抱き抱えたまま黙って合掌をすると、その姿を瞬時に消した。直は同じ世界線から来た健を隣で見た。彼もまた同じように黙って合唱していた。
「さよなら……」
*
目を覚ますと、直と健は薄暗い小屋のような場所にいた。隙間から外を覗くと、見覚えのある景色だった。
「伏見……神社……?」
「起きましたの?」
伏見神社の巫女、心寧が入ってきた。呆然とする直と健。彼女は空中に文字を書いて、二人に指をさすと一気に視界が開けた。
「……ほんと、大変だったのよ。うちの境内で結界も張らずにいきなり決闘し始めるんだから……。このバカダヌキたちは……」
「狛犬黒狸よりマシだろ」
直の反論に心寧は黙ってその場を去る。そしてすぐに心寧はお粥を二杯持って戻ってきた。顔を引き攣らせる直と、釈然とせず首を傾げる健。彼らの前にドンと置いた。
「お清めの時間よ」
口に無理矢理入れられる二人。叫び声が悲しく聞こえたのだった。




