やまのいたつる
「……」
直は黙って懐から飲料缶を取り出す。健は黙って直を見つめるも、ゆっくりとその手を伸ばした。
「どうも……」
健は、ちびちびっと飲み物に口をつける。喉を少し潤してホッとする。直は横目で彼をチラチラと見ている。いつの間にか出てきた緑狸が直の頬を叩く。
「そんなに気になるなら、傍にいなされ」
「……」
スケは直の肩から降りると、健のもとへと向かう。彼の膝の上には、小さな赤狸がスヤスヤと眠っていた。スケはそいつの頭を優しく撫でてやった。
「スケちゃん……」
弱々しくフミが呟いた。スケはそっと彼の
「僕、守ったよ……。たつる……守ったよ……」
フミは再びスヤスヤと眠った。
「この馬鹿者が……」
やがて健はフミを抱き寄せると、頭を数回撫でてやった。それは慈しむような顔だった。直はただその場で立っていることしかできない。言われもない何かが溢れてきそうだった。誤魔化したい一心で、直は木の影に隠れてしまった。
「……」
直は、その陰から黙って健を覗いた。彼の周りには子狸が二匹。そんな様子を見ていくうちに、もやもやしたものが段々と直の中で膨らむような気がした。
「いいな……」
直はため息をつくと、膝を抱えて座り込む。ただひたすら、妖しげな色をした空を見つめることしかできなかった。
「直……さん」
気がつけば、目の前には狸たちを抱えた健がいた。
「さん……って」
「……」
健は思わず口を噤む。ボロボロな状態な従兄を見て、躊躇してしまう。二の句が出ない。二人の間に沈黙が流れる。
「健……、何があったのか教えてくれるか?」
フミの言葉に健はゆっくりと頷いた。するとフミは彼の元から離れて、右手を差し出した。
「儂の手に載せてくれ」
「前脚の間違いだろ」
「うるさいわい」
二人は言われるがままに、右手を重ねた。
そして閃光と共に視界が一気に失われた……。
*
「あれ、ここは……?」
二人はどこかの家にワープしていたようだった。直はなんとなく見覚えのあるような気がした。
「僕の部屋……?」
健は、すぐそばにあった時計を見た。
「八月……。直さんを見送った日の次の日……」
「誰か来るぞ」
二人は物陰に隠れようとするも、良い塩梅となる場所が見つからなかった。
「……!」
部屋に入ってきたのは健だった。目の前にヘンテコな装束姿をした自分がいるのに、気づくこともなかった。そして装束姿の健にぶつかりそうになる。
スッーー。
通り抜けた。それは即ち、今の直たちのことが見えていないことを証明していた。
『ちょっと、健! いい加減になさい!』
誰かの声がする。ドタドタと足音が鳴り響く、間も無なくして初老の女性が押しかけてきた。
『この役立たずが、好き勝手に休んでるんじゃないよ!』
直によくしてくれた親戚のおばさんだった。
『僕は今日ちゃんと……』
『うるさい、あんたの働きなんかアリ一匹よりも無力だよ』
健は言い分も聞いてもらえずに、ひたすら気圧されてしまう。
『役立たずが口答えするんじゃない』
『……』
健は食事の場に引き摺り出されると、次々と料理を出されて食うように促される。
『都会に逃げたあの坊主はだらしがない。お前はあいつみたいになっちゃいかん』
『は、はあ……』
健は流されるがままに大量に食事をよそわれてしまう。その隣では小さい子どもが仏壇で遊びながら騒がしくしている。
『行儀悪いぞ』
『うるさいぞ健のくせに! お前なんか出来損ないのくせに!』
『何なんだよ!』
その子どもは揚げ足を取ったかの如くニヤつくと、大声で叫ぶ。
『健がなんか怒ってる! いじめないで!』
『健、お前は黙ってろ!』
健は結局言葉を飲むしかなかった。甘やかされる子どもたちと何をやっても貶められる自分。逃げるかのように目の前にある食事を食べることしかできなかった。
『健にこれ以上エサ与えないでー。太っちゃうから』
『ははははは!』
親族の集まり。しかしそこは健をひたすらに貶めるだけの場だった。健が頑張ってもなかったことにされ、悪者にされ揶揄われ、彼は諦めたかのように無理やり笑顔を作りながら耐えていた。
「何だよこれ……。こんなのにずっと耐えてきたのか?」
健はしばし躊躇ったが、やがてゆっくりと首を縦に振った。健の目から一筋の涙が流れる。
「直さん……」
「さっきはごめんなさい……」
不思議なことに、直の目からも一筋の涙が流れていた。その姿を見た健は、小さく呟いた。
「やっぱりおかしいんだ。この島は……」
そして直に向けてこう言った。
「直さんが味方で良かった」
やがて健は自分の部屋に戻ると、窓をそっと開けた。小さく呟いて。
『さよなら……』
飛び降りた。
涙が溢れる。
もうすぐ消えてしまう。
消えてしまいたいのに。
怖い。
その時だった。
『たつるー!』
大きな赤狸がポスンと健を背に預けた。健は気を失っているだけで無事であることを確認すると、ほっと胸を撫で下ろす。
そして彼を背負い、冷たい目で彼の家を一瞥すると、町内を駆け抜けた。
「俺たちも追うぞ」
「うん」
装束姿の二人も、彼らの後を追った。




