統廃合
登校した直は、自分の学年の掲示板を見つめていた。そこには『統廃合のお知らせ』という文字が大きく掲げられている。
「四月には引き払って、夏には取り壊しだって」
「なくなっちゃうんだね」
女生徒二人が、掲示を横目に通り過ぎていく。掲示を見つめている直の表情には、次第に陰りが見えてきていた。ふと右肩を叩かれる直。振り向くとそこには、里太郎の姿があった。
「あっ……」
「おはよ」
直は何も言わずに掲示を見直す。いくら見直しても廃校となる事実は変わってはくれず、直は無表情で溜息をつくことしかできなかった。里太郎はおそるおそる彼に話しかけた。
「……結局、僕が最後の生徒会長だってさ」
「残念?」
「……そうだね。ちょっと悔しいかな」
しばらく呆然と佇む二人だったが、直は何かに反応するかの如くその場を後にした。
「ごめん、先に行くわ」
「……」
彼を横目に、里太郎はその掲示を見続けていた。
「まだ引きずってるのか、お前は」
黒狸のリンがどこからか下りてくると、里太郎の肩の上に乗っかった。その表情はどこか嫌らしかったが、里太郎は構わずリンの頬を指で挟みこむ
「別にいいでしょ」
リンは少々不機嫌な顔をして里太郎の手をはたくと、そのままカバンの奥底へ逃げて行ってしまう。
「まあやれることはやったしさ」
「……」
リンは黒狸のマスコットの中に入り込み、大人しくなってしまった。
「港央高校……か……」
――
「もう少しゆっくり走れ、直」
緑狸のスケがカバンの中からヒョコっと顔を出す。
「いいじゃない。別にさ」
「……人間というものはよくわからんな」
「うるさい」
直はぶっきらぼうに緑狸にそう言い放つ。 スケは口を真一文字にするにしかなかった。そして口を開くことはなく、しっかりと臍を曲げると、マスコットの中に引きこもってしまった。
「冷たいのう……」
「……」
直はスケの言葉に耳を塞ぎ、黙って教室に向かった。健の姿はまだなかった。直は席に座った途端、思わず力が抜けてしまった。
「ふぁああ……」
「でけえあくびだな」
少し涙を浮かべる直。目の前には翔平の姿。直は居直ると少しだけ睨みつけるように翔平に顔を向けた。
「悪かったな」
気にしない素振りを見せる翔平。ふと前の席を見つめめいた。
「ちび山井は?」
「……」
直はゆっくりと目を背ける。翔平は気に留めずにそのまま続ける。
「お前も来れば良かったのに、港山の文化祭」
「……そんな気分じゃない」
チャイムが鳴り響く。作業ギリギリに健が教室に滑り込んできた。健がごめんと言いながら翔平を突き飛ばしてしまう。
「ギリギリだな!」
「ちょっとね!」
健は辛うじてチャイムが鳴り終わる前に着席できた。直は、何も見ていなかったかのように彼を視野から外した。
「……」
直は次第に顔を顰めていった。何かが身体の中で蠢いている。気分が悪い。妙な焦燥感に直は頭を悩ませていた。
『……なんなんだよ、これ』
直は自分の中で、もやもやがだんだん広がってくる感覚を覚える。息苦しさを感じる。ゆっくりと深く呼吸するだけで精一杯だった。
「山井……、山井直!」
直は点呼を取られていることに気づかないままだ。
「直は欠席か……。健ー」
「はい。あっ、直もいます」
直は思わずその場で勢いよく立ち上がってしまう。驚きを隠せない表情が微かに周囲の笑いを誘っていた。
「……呼ばれたら返事しろー」
「……すみません」
クスクスと周囲から笑われながら、先生からの冷たい視線を浴びながら、直はひっそりと席に座る。その後ろにいた健は、溜息をついた。
その後、直は相も変わらず、窓の外をぼおーっと見つめているだけだった。教科書とノートは机の上に置き、窓の外を眺める。その繰り返しであった。放課後になると、健が直に声をかける。
「今日は化学室行かないの?」
「……パス」
直は健の顔を見ずに出て行こうとする。
「何も用事ないじゃん。行こうよ」
――パンッ!
健が直の手に触れた瞬間、直は思わずその手を引っ叩いてしまった。
「えっ……?」
健の顔が強張る。直も思わぬ行動に驚きを隠せなかった。
「……ほっといてくれよ」
そう言って直は教室から出て行った。
「なんだあいつ」
「僕も今日は帰るね」
健も肩を落としながら、直の後を追うように教室から出て行った。
直は家路に着くとカバンを机の上に置き、ベッドに横たわる。しばらくすると、すやすやと眠りについた。緑狸・スケが鞄の中から出てくると、隣の部屋から赤狸・フミを呼び出した。
「……喧嘩したの?」
「なんか様子がな、おかしくてな」
寂しそうな顔をするスケをフミは不思議そうに見つめていた。
「そっか……」
「あの子ども、健はどうなんだ」
スケの問いに、フミは少し躊躇いながらもポツポツと話し始めた。
「……こっち来てから、島を出てから変わった。かな。前は、自分で壁を作ってた感じしてたし」
「……」
スケは少し訝し気に、相方の姿を見つめていた。そっと近づき寄り添ってみるも、若干引き気味の反応を示していた。
「……今日はしないのか?」
「何を?」
スケは、ゆっくりと赤狸の姿を上から下までゆっくりと見通した。そして、彼に尋ねた。
「お主……、何者だ?」




