やまのい
ある晴れた日の生徒会室。直たちは奥側にある物置スペースからガラクタたちを取り出していた。埃を被ったそれらを、次々とゴミ袋へと突っ込んでいく。
「里太郎、港山の文化祭っていつだっけ?」
「今週末」
「……港山って何?」
健の言葉に里太郎は思わず手を止めて、彼をじっと見つめる。彼の頭上にはてなが三つほど浮かんでいるのが見えた。
「えっと……、来年、うちと統合するところ」
「統合……?」
「そういや制服ってどうなんの? 買い換え? 学校も移転するって言うし、まさかこのままってことは――」
固まる健をよそに、翔平が勢いよく里太郎に質問攻めにする。
「基本的には、今の制服をそのまま使うことになるって話みたいだよ」
里太郎の答えに健は少し安堵したようだった。しかし、翔平は少し不服そうな顔をしていた。
「新しく学校建てるんだろ? ここの制服デザイン古いし、一新されるって言っ――」
「お金倍かかるから、在校生で買う人はいないよ? ほら、買ったところでさ……」
翔平は少し考えこむと、神妙な顔をして言葉を返した。
「……浮くのは、嫌やな」
「でしょ?」
翔平は静かに元の場所に戻り、倉庫の整理を再開する。そんな中でも直は、周りにあるガラクタをただひたすらにゴミ袋に入れていく。心なしか表情に余裕がなくなっていくようだった。
「直……?」
健たちは、直の様子を窺うことしかできなかった。しかし直は彼らのことを気にも留めず、ひたすら押し込めていく。
「…る、あたる! 直!」
健の大声に、直は思わずひっくり返った。
「なっ、何?」
「それ、里太郎くんの上着……」
「……あっ」
特注サイズの上着をまさに、ごみ袋に入れようとしていたところだった。里太郎は直から上着を勢いよくひったくる。
「危ない危ない、気をつけてよね」
「ごめん」
里太郎は溜息をつきながら、呆れた顔をした。
「まさか、俺の制服捨ててないだろうな? 山井」
「捨ててない捨ててない」
そう言って直は翔平に上着を投げ渡す。
「山井、やーまーのーいー」
「ん? 何?」
「ちび山井は行くってさ。お前は?」
「どこに?」
「港山」
健は目を見開きながら翔平を見つめている。しかし直は振り向きもせず、
「……俺はいい。用事あるし」
「つれねえ奴だな。緑のタヌキ野郎」
「……ナンパ猫野郎と同類に思われたくないから」
直は、そのままゴミ袋を手に取って生徒会室を後にした。翔平はため息混じりに彼の姿を見送った。
「おーい、あたっちゃん」
科学室のそばを通ったとき、白衣姿の豪太が出て来た。
「なんだよ、『あたっちゃん』って。呼んだことないだろ」
「名字被りはめんどくせえんだよ……。佐藤とか鈴木ならまだしも。『やまのい』なんてそうそういないってさ」
「マッドサイエンティストのパトラッシュめ……」
訝しげな表情を一瞬見せるも、何かを思い出したかのようにポケットから何かを取り出した。彼の掌には、不格好な緑の信楽狸の姿があった。
「みんなからもらった妖獣の毛で糸を量産して作ってみた」
「……黒魔術とか使ってないよな?」
「科学の力を舐めとるのかお前は」
直はそう言いながらそいつを手に取ると、隅々まで見渡していた。
「さすが家庭科最下位」
「嫌なら返せ」
直は豪太に取られまいと、腕を彼方へ伸ばす。豪太は苛立ちを多少覚えたものの、敵わないと悟ったのかすぐに諦めた。
「とりあえず、これならあいつら……大丈夫だろ?」
「……」
直は黙ってそいつを見つめていた。
「山井二号は、『なんかヒーローの変身グッズみたいだね』だってさ」
「……島でもテレビ入るのかよ」
「バカにしないでよって怒られた」
豪太の口から乾いた笑いが出てくる。
「なんかさ特殊なにおいがするんだよな。《《あいつ》》さ」
「……変な嗅覚が働いてんな」
*
「港山の文化祭行ってきた。お土産」
健が帰ってくると、袋の中から肉じゃがの入ったタッパーを取り出した。
「なんで肉じゃが……?」
「メイド喫茶で売ってたの」
「……はい?」
直の脳内はショート寸前。ただ唖然と佇むことしかできなかった。そんな彼をよそに、両親と健は持ち帰ってきた肉じゃがを少しずつつまんでいた。
「直も食べたら? 冷めちゃうわよ」
「……いらない」
少し寒気を感じた直は、ひっそりと自室に戻っていった。机のパソコンを立ち上げ、ソフトを開くと、その画面をただ見つめていた。
「またお絵描きか」
「……うるさいな、タヌキ」
緑狸の妖獣・スケが、机に飛び乗った。腕に寄りかかる彼を、直は少し鬱陶しく払い除けようとする。それでもスケはビクともしなかった。
「……」
「……」
黙りこむ主と狸。すると突如パソコンから通知音が鳴った。メール受信のポップアップ。それをクリックすると、直が投稿したイラストに「いいね!」がついたことを伝えられた。
「見た目によらず、こんなかわいらしい絵を描くんだなあ」
「……まだまだ、こんなんじゃ」
机から離れようとした途端、健と赤狸の妖獣・フミが部屋に入ってきた。目が合う二人と二匹。少し胸騒ぎを感じる。
「……これ。肉じゃが。さっきの」
「あ、はい……」
健が話を切り出して、手に持ってた肉じゃがを渡す。
「机、置いといて」
「うん」
そう言って直は部屋を出ていく。健は少し溜息をつくと、言われたとおりに直の机に肉じゃがを置いていった。
「二種類あるな」
「うん、一つは文化祭でもう一つは……」
「たつるが作ったん――!」
フミの元気な声が部屋にこだまする。健は思わず赤狸の口を両手で塞いだ。緑の狸は、肉じゃがのにおいをスンスンと嗅いでいる。
「日本男児が料理やらお絵描きやらするとは……、甚だ嘆かわしい」
「健の料理ってめっちゃ美味いんだよ! スケちゃんの殺人料理と違ってさ!」
「そんなんだからお前は……!」
狸たちが部屋の隅で争っている中、健は直のパソコンの画面に見入っていた。少しパソコンをいじっていると、彼の過去の投稿が一覧で出てきた。
「……」
健は、息をのみながらも黙ってそれらを一つ一つ眺めていた。
「何してんだ?」
健が声をする方に振り向くと、直が直立不動で立っていた。
「別に、調べ物で借りただけ」
健は、少し気まずそうに赤狸を連れて出ていこうとする。
「あたるの絵、もっと見せてよー!」
フミの無邪気な言葉に、直は健を再び見た。
「……見たのか?」
「……うん」
「勝手にみるなよ」
冷静を保ちながらも、直の言葉が氷柱のごとく冷たく鋭く、健の身体や心を突き刺していくように感じた。
「でも、あの絵は――」
「いいから!」
直は語気を強めて、直とスケを勢い良く押し出すと、思い切りドアを閉めて鍵をかけた。健はしばらくの間、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
「……肉じゃが、捨てないで食べてよ」
それだけが精いっぱいだった。それだけ言って、健は自室へと戻っていった。




