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第90話 世界の色がなくなる日

【ファルスーノルン過去:新星歴4823年4月28日】



「本当に行くのですか?」


ネルは心配そうに俺に問いかけた。


「ああ、勇者シルビー・レアンのお披露目だ。行かないわけにはいかないだろ?」

「ですが………」


俺たちは今ギルガンギルの塔、聖域にいる。


グースワースの要塞をオーバーホールするために、俺と、ネル、ノニイ、エルマ。

カリンとミュールス、ロロン、コロンの双子。

ムク、ナハムザート、カンジーロウの11名が聖域に遊びに来ている『設定』だ。


リナーリアは食材の点検のため残してあることにしてある。

彼女の食に対する思いが強いのは、全員知っているからだ。


「ネルだって、さんざん茜に救われているんだ。あいつの意思の形を確認してやろう」

「………はい…………でも、いやな予感がします」


――鋭いな。


さすが『魔王の運命の人』の称号は強力だ。

複数回の『虚実』の権能がすでに揺らいでいる。


茜は『もう一人の俺』に左腕と真核の大半を奪われた。


アースノートの力を借りて『存在分離』というチートで、存在値を極限まで落とした別人格を形成したのだ。


奴に見つからないために。


――まあ「俺」もそうだが。


今の俺は『仮初擬似改造済みヒューマン』になっている。

真核の中心である『佐山光喜』を隠ぺいして。



※※※※※



「ノアーナ様?ルースミールは信用できるのでしょうか……あなたを見る目……寒気がします」


「ああ、ルーミーは味方だ。まあ、アルテが出られない以上、変わりは必要だからな。制限した権能も付与してある」


俺はネルに答え、意識的に彼女から視線を切る。

…正直もう直視できない。


決心が揺らいでしまう。


俺は咳ばらいをし、何でもないように可能な限り朗らかに口を開く。


「じゃあ役割を確認するぞ。ムク」

「はっ」


「お前は何かあったら一番にネルを守れ。そしてグースワースへ飛ぶんだ。頼んだ」

「かしこまりました」


「ナハムザート」

「…へい」


「お前は最悪の場合はブレスで隙を作れ。そしてグースワースへ飛ぶんだ。絶対に守れ」


「……大将、式典に行くんですよね?……まるで戦場へ行くような気配だ」

「ハハハ、知っているだろ?俺は心配性なだけだ。問題はないさ」


「………へい」


不味いな。

流石に指示が不穏すぎるか。


「コホン――カンジーロウ、お前の制限を一部解除する。何かあったら『強制幻覚』を発動して、グースワースへ飛べ。まあ、何も起こらないだろうが。あくまで保険だ」


「……わかりました。従います」



すまない。


俺はお前たちの意思を無視した強制の呪縛をかけている。

そうと気づかれない“ぎりぎり”で。


ネルが心配そうに俺を見つめていたが、俺は気づかないふりをした。


本当は今すぐ抱きしめたい。

……………しばらく会えない。


もしかしたら……………永遠に。



グースワースの皆には、聖域とアルテミリス渾身の【虚実】を重ね掛けしてある。

本当なら精神が崩壊するレベルだが『魔王に近しもの』の能力でどうにか安定してる。


先日の悲劇を、忘れさせるために。

いくつかの権能と俺の最後の真核をリンクさせ、術式を組んだ。


――きっと俺は恨まれるだろう。

だが。


理解してしまった。


今のままでは確実に皆殺されて奴に食われる。

しかも奴は本体ですらない。


世界が滅ぶのだ。


俺が知らない悪意に対抗するには、俺が直接魂に刻まなければならない。

他人と共有はできない。


それだけで薄れるからだ。


分の悪い賭けだ。

アースノートの解析でも、成功率は20%を下回る。


俺はこの世界で大切なものを作り過ぎた。

得てしまった。



だから。


今の俺では奴に勝てない。



※※※※※



レイトサンクチュアリ宮殿は静寂な気配に包まれていた。


招集された多くの国賓、いくつかの有力種族の長たち。

今から始まる式典の為、宮殿の大広間で開式を待っていた。


会場は多くの光神の眷属たちが美しい装飾に身を包み、整列を始める。

美しいオーケストラの演奏が始まり、徐々に荘厳な雰囲気に包まれていった。


その後。

世界を揺るがす大事件が起こるとはだれも想像していなかった。



※※※※※



神々への謁見は後日行われることになっていた。

本日出席するのは一部権能を授かった『光神ルースミール』だけだ。


俺とネルは開式直前に、ルースミールとシルビー・レアンに挨拶をするため、控室を訪れた。


「ようこそおいでくださいました。極帝の魔王ノアーナ様………等星の極姫ツワッド様も」


張り付いたような笑顔。

悍ましい何かを隠したような瞳でルースミールはゆっくりと口を開く。


シルビー・レアンは無表情で俺たちを見つめるだけだ。


「ああ、ルーミー。お招きありがとう。勇者シルビーも久しぶりだ」


俺はルースミールと握手を交わし、シルビー・レアンを見つめた。


「………お久しぶりです。ノアーナ様」


表情の無い様な、無機質な声色。


やはり抜け殻だ。

そう設定したが違和感を感じる。

だがもう調整する時間はない。


神々を信じるしかない。


突然ルースミールが俺に抱き着いて来た。

自らの胸を押し付けるようにして、俺に体をこすりつける。


ネルから表情が消えた。


「あああっ、ノアーナ様……わたくしはいつでも体を捧げる準備はできています。どうか儀式が終わったら、わたくしの寝所を訪れてくださいませ」


「魅力的な提案だが、俺はここにいるネルを愛している。お前も立場があるんだ。誤解される言い回しは控えた方が良い」


「……本心ですのに……まあ今はこれで我慢します」


触れた瞬間に、俺の体を呪詛がまとわりつく。

心を縛る呪詛だ。


どうやらルースミールは奴の手に落ちているらしい。


だが、すでに俺の真核には術式が刻まれている。

この程度の呪詛は問題ない。


………術式を発動させるには、キーとなるシルビーの聖剣によるアクセスが必要になるよう組み込んでいるからだ。


チラとシルビーを見る。

微かにうなずく姿を見て、俺は決意を胸にした。


今から始まる茶番。

きっと皆を傷つける。


だが。


もう――これしかないんだ。



※※※※※



そして式典が始まり――

俺はシルビーの持つ聖剣に貫かれ。


一番大切なネルが狂いそうに絶望していく様を、目に、真核に焼き付けて。


ルースミールの擬似的な『真実の権能』で存在をバラバラにされ、消えた。


暴れるネルを何とか抱きかかえ、ムクが転移して消えていく様を目にしながら。



身が、心が。

魂が引き裂かれそうな。


絶望を真核に刻み込んで………



※※※※※



わたしはずっと不安で仕方がなかった。


ノアーナ様の存在が、あまりにも儚くて……

確認しても弾かれる


いつも見えるのに。


そして式典が始まった。


突然シルビーが聖剣でノアーナ様を貫いた。


「っ!?あああ…!!??……ああ……」


涙があふれた


「ブハッ!!・・・・・・くっ………かはっ………」


愛するノアーナ様が貫かれ血を吐いて

崩れ落ちた……


突然ムクに羽交い絞めにされた

私は夢中で振りほどく

でも驚くほど強い力で抜け出せない


ルースミールの権能が紡がれた

ノアーナ様が分解されていく


「ああああああっ!?…ダメ……いやあ……あああっ、あああああっっ!??」


こちらを見て寂しそうに微笑むノアーナ様が……


――私の目の前で消えていく…


「ああっ!?いや、いやあああああああああああああああああっっっ!!?」


――どんどん粒子になっていく


「ああああああっっっ!??ノアーな様あああっっ!!!うあ、ああああああっっ!!?」


――私を包んでくれた優しいノアーナ様が


「あああああっっ、いや、やあああああああああっっっ!!!」


――優しい瞳で愛してるっていつも言ってくれたノアーナ様が


「あっ!!!!うあああああああ、いやああああああああああああ!!!!ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


――なくなってしまった……


そして。


…………わたしの世界は色を失った。



※※※※※



この事件は虚実により、魔王が乱心し勇者シルビーと光神ルースミールが討ち取り。

世界を救ったことと認識された。


魔王ノアーナは、滅ぼされたという『虚実』を維持させたまま。



そして皮肉なことに。

真の脅威である悪意の欠片。


本体であるノアーナの消失により。


その活動は休眠。

世界は200年の安寧に包まれる事となる。


過去編前半終了です。

次話からは、ノアーナがクズ男宣言した後の世界線になります。



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