第112話 一方的な女の闘い
メレルナが滞在している部屋へ行く直前。
俺は皇帝のディードライルに念話を送り、ダリルを保護することを伝えた。
政治上は廃嫡のうえ流刑ということで処分するようだ。
そして気になる事があると言われ、この茶番が終わったら再度向かうことを約束した。
ダリルは自動タイプの琥珀石を3つ置いた真ん中のベッドで寝かせてある。
ムクについていている。
問題はないだろう。
「こちらでございます」
カイトが部屋の前で立ち止まり、俺に視線を向ける。
突然部屋の中から、大きな怒鳴り声が漏れ聞こえてきた。
「ふざけんな!!このくそ女!!あたしは皇后になるんだ!お前なんか死刑にしてやる!!」
パンッ!
…ガシャン……‥
ドスッ………
「…………!?………」
「バーカ!!ブース!!死ねっ!!出ていけ!!!」
何かが割れる音と、とても大人の女性が口にするようなものではない言葉。
程なく侍女頭のマイラが部屋から出てきた。
こちらに気づき、驚いた表情のマイラ。
しかしすぐさま奇麗なお辞儀をする。
「っ!……失礼いたしました。お見苦しいものを」
顔が腫れている。
血が滲んでいた。
叩かれたか引っかかれたのだろう。
眼が少し濁り始めていた。
「いや、問題ない。ネル、直せるか?」
「はい。マイラさん、こちらへ」
回復魔法の詠唱を横目に俺はカイトをちらりと見た。
感づいたカイトは優しくマイラの肩に手を置き、琥珀石に魔力を込めつつ話しかける。
「マイラ、すまなかった。今日は帰りなさい。明日は暇を与えよう」
「っ!……ありがとうございますご主人様」
濁っていた目が浄化されたようだ。
「はい、もう大丈夫です……お疲れさまでした」
ネルの治療が終わり、マイラは奇麗なお辞儀をしその場を離れていった。
※※※※※
部屋に入ると、思わず顔を顰めてしまう。
色々なものがメチャクチャに散乱。
部屋に気持ち悪い匂いが充満していた。
目に見えるほどの悪意が渦巻いている。
ベッドの上で何故か下着姿のメレルナがこちらを見つめていた。
「これは酷いな」
思わず呟く。
突然メレルナが弾かれたようにベッドから飛び降り、俺目指し駆けだした。
「ああー、すごくいい男♡私を抱きしめなさい!!」
俺の体に不快な呪言が纏わりついて来る。
(…まったく。…救いようがないな…)
呪縛。
そして誘惑を纏う魅了。
当然俺には効果はない。
突然まるで瞬間移動したかのようにネルが俺の前に現れる。
汚いものを触るような顔をしながら、メレルナのこめかみを鷲摑み持ち上げた。
そして。
美しいネルの顔には般若が宿る。
「お前のような不遜のものが、いと高きノアーナ様に近づくとは……千回くらい死ね」
鬼が立っていた。
やばい。
(…失禁しそうだ)
「いたっ!、いたた!!、いたーい!!!なんだよ!邪魔すんなブス!」
「あら、眼も悪いのですね」
「何、を………」
吊り上げられた状態で、ネルの顔を見たメレルナ。
あまりにも美人なネルの顔に固まった。
そして狂ったように騒ぎ出す。
「痛い痛い痛いっ!!助けてダリル!!放せくそ女!!」
ネルは無表情で手を離す。
メレルナが床に落ち、ひっくり返った。
なんかカエルに見えてしまい――思わず吹き出してしまった。
「ぶはっ!くくくっ……」
一応『恥ずかしい』という感情は残っているようで…
顔を赤く染め俯くメレルナ。
――全く可愛くないが。
そして。
ネルの猛攻が幕を開けた。
「あなた、その格好は何?頭が悪いのかしら。ここは湯場ではございませんよ」
「っ!?」
「ああ失礼。ごめんなさい。分からなかったのね。淑女の嗜みなど全くご存じないようですし」
「なっ!」
「あら?そのお腹は何?まあ、ご懐妊されているの?ならしょうがないわね。そんなにだぶついていても。気が付かなくてごめんなさいね」
「くっ!?」
「あらあら、酷い顔。そうね、妊婦さんには化粧はあまりよろしくないですものね。それにこの匂い、鼻が曲がりそう。ああ、ごめんなさいね。不勉強で。民間の妊婦用のお薬なのかしら?すごいわねお母さんって。こんなに臭いのに我が子の為なら何でもできるのね」
「ううっ…」
「あら?もしかして妊娠していないのかしら?あまりにも体が崩れていて、ガマガエルかと思いました」
「………ぐすっ」
「あれ?どうされました?やっぱり妊娠していてお腹の調子が悪いのかしら?お花を摘みにいかれたらどうですか」
「ヒック…うああ…ダリル~助けて……」
※※※※※
女って怖い。
俺は思わずカイトとナハムザートの三人で顔を見合わせ皆で頷くのだった。
※※※※※
結果的にメレルナはもう手遅れだった。
真核が汚染され過ぎていて、手の施しようがなかった。
おそらく。
もともと悪意寄りの人間だったのだろう。
真核に抵抗した形跡がまるで見当たらない。
「魔王陛下、普通にあの女は死罪となります。あまり言いたくはありませんが…平民であの態度は情状酌量の余地がありません」
カイトは上位の爵位持ち。
何よりバランスに優れた思考の持ち主だ。
彼の言葉。
軽くは無いのだろう。
「まあな。それにこいつは“居るだけ”で周りにひどい影響を与える。できれば即処分したほうが良いが………どうせ死罪なら、一つ試しても良いか?」
「はい。何なりと」
「よし」
俺は自分の真核を感じながら『緑纏う琥珀』の力を解放した。
漆黒を押さえて。
(俺のコントロールの成果――測る良い機会だ)
「……くっ!………まだだっ」
メレルナを琥珀が包み込む。
真核の悪意が抵抗する。
俺はさらに放出を強めた。
――茜を想いながら。
「はああああああああああああっっっ!!」
真核の悪意が悲鳴を上げるように激しく抵抗する……
混ざり弾き――
そして軋むような音が執務室を満たし――
「うおお、おおおおおおおおおおっっっ!!」
――そして。
ついにメレルナの真核纏わりつく漆黒が。
琥珀を纏う緑、完全に消去していた。
メレルナの真核の浄化――
ついに成し遂げていた。
「はあっ、はあっ……はあ………ふう。――何とかなったな」
気を抜くと倒れそうな俺を、ネルが優しく支えてくれる。
俺は魔力欠乏の一歩手前で。
どうにか浄化することができたのだった。
※※※※※
――数分後:辺境伯執務室――
「メレルナ、気分はどうだ」
メレルナはきちんと服を身に着け、先ほどが嘘のようなあどけない顔で俺を見た。
顔が真っ赤に染まっていく。
「……ご、ごめんなさい。すみませんでした…ヒック…ぐすっ…」
「すまない、経過を教えてくれないか?お前は何をしたんだ?」
「………黒い石を…拾いました」
「っ!?」
俺とネル。
そしてこの場に居る全員が思わず息をのむ。
「そうしたら――何でもできるように思えて……私ダリル殿下に憧れていたんです」
悔恨の念。
それが見てわかってしまう。
そんな表情でメレルナは言葉を続ける。
「でも私は平民だし、ただのメイドで……性格も悪いって自分でもわかってました」
浮かぶ涙。
そして。
――一瞬希望が灯る瞳。
「でも――殿下は。…こんなわたしに…グスッ…注意…ヒック……してくれたんです」
「……………」
「嬉しかったんです。グスッ。…だ、誰も私なんか…に…ヒック……興味を持ってくれなくて…うあ……どんどん…うぐ……嫌な女に…なって………」
下を向き。
こらえきれない涙が零れ落ちる。
必死で言葉を紡ぐメレルナ。
「――それで石を持ったら、勇気が出てきたと思ったんだな?」
「はい。でも………ただ欲望が……うあ…うああ……ヒック…頭の中を……グスッ…・・全部埋め尽くしただけだと……思います」
崩れ落ち、嗚咽をあげる。
俺達はただ、その様子を見ていた。
※※※※※
数分後。
ようやく落ち着いたメレルナに、俺は再度問いかけた。
「それで?……その石は今持っているのか?」
「いいえ。宮殿の私の部屋に、封印の箱に入れてあります」
(――宮殿、か)
――何もなければいいが。
「よし、取り敢えず石はこちらで回収する。かまわないな?」
「はい。本当にすみませんでした」
メレルナは諦めたような顔で寂しそうに笑った。
自分の行く末を覚悟したのだろう。
「カイト。こいつも俺が引き受ける」
「っ!?ですが……」
カイトは眉を寄せ、難しそうな表情を浮かべた。
立場上、『良し』とは言えないのだから。
「すまない、俺の勝手な感傷だ。メレルナ、家族は居るか?」
「いえ、わたしは孤児だったので……義理の叔父がいますが……」
「悪いがお前には死んだ事になってもらう」
「っ!?……そう、ですね……普通に死罪ですよね」
「それで俺のところに来い」
「えっ!?……」
メレルナは。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をし、素っ頓狂な声を出した。
「家事手伝いだ。こき使うから覚悟しておけ」
「は、はい。よろしくお願いします」
そして涙を浮かべ、笑顔を見せる。
輝くような――希望を少しだけ覗かせた…そんな顔を。
大きくため息をつくカイト。
「魔王陛下、困ります………聞かなかった事にしますよ」
「ああ、助かる」
呆れたような顔で俺に口を開くネル。
「まったく。あなた様は優しすぎます」
そしてとても奇麗な笑顔で笑ってくれたんだ。
「もっと好きになっちゃいます♡」
俺にとっては何よりの最高の報酬だ。
何故かナハムザートも涙を浮かべキラキラした目で俺を見ていたが?
(…まったく。相変わらず涙もろい奴だ)
俺は安堵と。
そして纏わりつく不安に、宮殿を思い起こしていた。
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