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第111話 ガイワットの港と荒れる理不尽な婚約者

「ねえダリル、まだなの?もう私疲れた~」


暖房の魔石で汗ばむほどの温かい馬車の中。

そう言って気怠そうな表情で俺にしだれかかってくる不気味な女。


この前までメイドの一人だった女だ。


見た目ではない。

雰囲気が不気味なのだ。


前から問題の多いメイドだったと聞いていた。

強欲で人を見下す性質だったはずだ。


何度かそれとなく注意していた。


――品のない香水の過剰な甘ったるい匂いが鼻につく。


名は………不思議なことだがよく思い出せない。

――意味が分からない。


(なんで俺は…こいつと一緒に過ごしているんだ?)



※※※※※



「ねえ、ダリル。抱きしめて」


俺の思考を打ち破るまさに呪いの言葉。

――すぐに彼女を優しく抱きしめる。


「んふふ♡……キスも」


そして言われるがまま、唇を重ね、ねっとりとしたキスを交わす。

――吐きそうだ。


胃からこみ上げるものを、俺は必死に耐えた。


「ダリル、愛してるって言って♡」

「…あ、愛してる。お前が一番好きだよ。可愛いメレルナ」



(…っ!?――そうだ、“メレルナ”だった。)



……俺はどうしてしまったのだろう。

コイツに見つめられ言葉を聞くと…


考えることができずに行動してしまう。


「んふふ♡私たちは運命なの。そうでしょダリル?」

「…ああ、俺たちは運命の二人だ」



っ!?……違う!

そうじゃない。


(……クラリス、俺は………)




過剰な警備に守られた五台の馬車の集団。


ガイワット港へと到着したのは、そんなあまりにも異常な時間を過ごした後だったんだ。



※※※※※



「ようこそ第二皇子殿下。ならびにご婚約者殿。どうぞお寛ぎくださいませ。ただいまお茶をご用意いたします」


辺境伯のカイト・ルードロッドは、最上位の礼をもって二人を迎えた。


貴賓室のソファーにはダリル第二皇子と婚約者のメレルナの二人が座っている。

何故か御付きの騎士たちは入室を禁止されたようだ。


「もうー!!私疲れたの!!早くベッドへ案内なさい!!!」


殿下にしなだれかかっていたメレルナが突然発狂したように大声を上げる。

品のない過剰に甘い香水のにおいが鼻につく。


突然のあまりにも礼を欠く発言。

――場の空気が凍り付いた。


「メ、メレルナ、まだ挨拶が済んでない。少し待ってくれ」


慌てて諫める第二皇子のダリル。

何故か皇子の目――濁って見える。


「すまないルードロッド卿。初めての公務で緊張しているようだ。無礼な発言、申し訳ない」


そして頭を下げた。


「え―――――!?なんで??意味わかんない。――ダリルの方が偉いのに!」


「っ!?頼むから、少し黙れ」

「………はーい」


『メレルナ』と呼ばれた女は面白くなさそうにふくれっ面をしてそっぽを向いた。



※※※※※



(――なんだこれは?)


カイトは激しく困惑してしまう。


「ハ、ハハ。…どうやら婚約者殿はお疲れのご様子。それでは部屋へご案内いたします。おい」


侍女頭がメレルナに向かって奇麗なお辞儀をし、口を開く。


「メレルナ様、わたくしが御滞在の間お世話をさせていただきます、マイラと…」


「黙れブス!!おいっ、そこのじじい!婚約者殿?“様”だろうが!!………ダリル~。酷いわこの人たち。ねえ、罰を与えて」


侍女の言葉を遮り、辺境伯をじじい呼ばわり。

――挙句殿下を呼び捨て。


首をはねられても文句すら言えない狼藉だ。

まだ正式に婚約の儀は済ませていない。

しかもメレルナは平民。


カイトの隣に控える騎士ガイウスの瞳に怒りの色が灯る。

立ち昇る魔力――


カイトは手で部下を諫めた。


「ハハハ………申し訳ございません。どうやら空耳が聞こえたようですな。マイラ、ご婚約者様()を寝室へご案内しなさい。お疲れのようだ。くれぐれも失礼のないように」


固まっていた侍女頭のマイラは問われてすぐに対応を始めた。

さすがプロである。


「ダリル殿下……」

「っ!?……あー、メレルナ。私は辺境伯と打ち合わせがある。先に休んでいなさい」


駄々をこねるメレルナだったが、取り敢えず従いマイラに連れられて部屋を後にした。



※※※※※



貴賓室をおかしな沈黙が支配する。

カイトは先日ノアーナから預かっていた『琥珀石』に魔力を込めた。


「っ!?………すまないルードロッド卿。俺は最近おかしくなっていたようだ」


先ほどまでの濁っていたダリル殿下の目に力が戻ってきた。

ダリル第二皇子は確かに凡庸ではあるが愚かではない。


「殿下、どうなっているのでしょうか?」

「………今朝――おそらく3人…殺してしまった」


貴賓室に緊張が走る。


「なに、を………」

「私は…どうしたらいい?――意味が分からないんだ」


頭を抱え、涙をこぼすダリル。


突然空間が軋み、桁外れの魔力があふれ出す。

ノアーナたちだ。


「おっとすまない。会議中か?」


実はわざとだが。


飄々とそんなことを言うノアーナ。

最近性格もよくなってきたようだ。



※※※※※



「真核がゆがんで汚染されている。極度の呪いだ………よく生きているな」


俺は目の前で打ちひしがれているダリル第二皇子を見ながらつぶやいた。


「表面上は解呪できたが真核が汚染されている以上焼け石に水だ。…ダリルといったな。お前どうしたい?このままでは――遠からず狂い死ぬぞ」


「っ!?……ど、どうすれば」


「…3人殺したのは事実か」

「はい………まるで夢を見ていたようですが――この手に刺した感触は残っています」


(…俺は――夢でも見ているのだろうか…)


目の前に伝説の“極帝の魔王”がいる。

魂からあふれ出る、根源の恐怖と崇拝。


しかし――


自らの罪。

それを改めて認識したダリルは。


かつてない後悔の念に心が押しつぶされそうだった。



※※※※※



「ふむ。カイト、この場合どうなる?皇子だ。死罪にはならないのだろう?」


難しい顔をしているカイトは躊躇いがちに口を開く。


「いえ、状況を聞いたうえの判断ですと、廃嫡のうえ流刑、或いは………」


ドルグ帝国は法治国家だ。

いくら皇族とはいえ乱暴したあげくの殺害、しかも複数名。


しかも本人は真核奥深くまで呪われ放置すれば狂い死ぬ。


(――ふむ。…ならば)


「……そうか。お前うちに来るか?」

「っ!?……えっ……」


「どこにいてもおそらくお前が感染源になる。それならば近くで見るしかないだろう。その場合すまないが研究に付き合ってもらうことになる。ありていに言えば“実験体”だ」


「っ!?」


ダリル第二皇子は打ちひしがれたようにうずくまった。

だが選択肢は事実上ないに等しい。


呪われて死ぬか。

悪意を振りまき結果殺されるか。


のろのろと顔を上げ、こちらを見た。


「すまないがあまり時間をかけられない。琥珀石があるのにもかかわらず、すでに悪意が噴き出し始めている。望むなら今楽にしてやることもできるが」


そして涙を流す。


だが、さすが皇子だ。

涙を拭いて力強い瞳を真直ぐに向けてきて、口を開く。


「魔王陛下に付いて行かせてください」


「……わかった。ムク」

「はっ」


「モンクの技で仮死状態にする極意があるな。それでダリルを仮死状態にしてくれ。そのうえで呪縛をかける」


「っ!……流石は我が主。かしこまりました」


ムクは深々と俺に礼をすると、魔力をたぎらせ。

ダリル第二皇子の手を取り立たせた。


「ダリル第二皇子殿下、よろしいですな。こちらに立って力を抜いてください」



※※※※※



こうして俺は、ダリルを保護することにした。

そして。


本命であるメレルナ。


彼女が滞在する部屋へと向かった。



暗鬱とした異常な欲を纏う魔力。


――それが荒れ狂う寝室へと。


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