謎の武装勢力の夢を見た(三)
作戦はふりだしに戻った。
こちらの戦力は、妖怪二名を入れて、計六。
敵は四。
数の上では優勢。
質は……まあ……アイデアでなんとかするとして……。
「なあ知ってるか? ソトってスペイン語でも外って意味なんだぜ」
「……」
俺の言葉は虚しく響き渡った。
いや、頭をフル回転させていると、たまに無関係なノイズが混じることがあるのだ。それを外部に出しておかないと、集中できないというか。
ソトは目を見開いて首を振っている。
「ムリムリ! ムリっすよ! なんすかあの光の攻撃! 死んじゃいますよ!」
俺たちの追加戦士は、うるさいだけで戦力にならない。
「となると、あとはもう時間を稼ぐしかないな」
俺の提案に、賛成も反対もなかった。
誰もなにも思いつかないのであろう。
いや、こっちにバカみたいな力があって、そいつをぶん回して解決するなら俺だってそうする。だが、事実としてそうなっていないのだ。地味でもいいから勝てる策を選ぶべきだ。意味もなく死にたいなら話は別だが。
ソトもうんうんうなずいている。
「そ、そうそう! わざわざ外に出る必要なんかないっすよ! だって危ないじゃないですか!」
こいつにフォローされると、逆に怪しく思えてくる。
作戦を変えたほうがよさそうか……。
さすがのコマも溜め息だ。
「お主、わしの教えた術はどうしたんじゃ?」
「は? 術? そんなの全部忘れましたよ! なんですか悪意を寄生させてチマチマ命を吸うって! こっちは山で木の実を拾って食べる善良なカラスなんすよ! そんなやべー術使わけないでしょ!」
「……」
「でもこないだキノコで下痢になったときは、人から命吸ってるほうがいいかなとは思いましたけど。でもメリットってそれくらいじゃないすか? あんまやりすぎると目ぇつけられるし。もうこの時代、派手に動いちゃダメなんすよ。バクの姉貴もそれで殺されたんしょ? 私、知ってるんすよ」
「……」
ある意味では賢いかもしれない。
もしずっと寝ていれば、バクが死ぬことはなかった。人に復讐しようとして派手に動いたから死ぬハメになった。この点ではソトが正しい。
「ところで、なんであいつらこっちに入ってこないんすか? あ、狭いから派手に動き回れないってこと? え、籠城作戦、最高じゃない? 誰すかこの作戦考えたの? 天才じゃん?」
いや、籠城は本能的な行動だ。天才でなくとも思いつく。
誰も返事をしていないのに、ソトは一人で喋り続けた。
「やっぱもう人間にはあらゆる面で勝てないんすよ。勝ちたかったら、一対一のときに後ろからヤるしかないんす。でもそれやると今度は集団で報復しに来るから、もうどうしようもないんすよ。詰んでるんすよ。姉さんもそろそろ引退したほうがいいっすよ。私が話し相手になってあげますから」
「……」
もうこのお喋りカラスの相手はコマに任せよう。
敵は四人。
防犯ネット作戦も、いい加減、警戒されている。
ここはいっそ、C子の言う通り表に出て応戦するという手もあるか。相手が消耗したいまなら、当初のようにはならない可能性がある。
いや、そうは言ってもさっきソトが狙い撃ちされたばかりだし。
敵は持久戦の訓練もしているのかもしれない。
ソトが「あーっ」と声をあげた。うるさい以外に取り柄がないのか。
「そういえば、バクの姉さんから裏技聞いたんだった」
「裏技?」
聞き返すコマはすでに不審そうだ。
というか露骨にうるさそうな顔をしている。
「これ、コマ姉さんにも教えたことないって言ってたんすけど。この無名閣、変形するらしいっすよ」
「えっ?」
「下のほうに心臓があって。それつかんで操作するんだって。あ、分かってると思いますけど、この無名閣も私らと同じ生き物なんで」
生き物だったのか。
「まあコマ姉さんには言うなって言われてたんすけど、もうバク姉さん死んじゃったしいいっすよね? あ、じゃあ私、下行って動かしてきますね。大丈夫。場所は分かってるんで」
すると部屋の奥へ行き、掛け軸の後ろの隠し扉を開いて姿を消してしまった。
というか、そもそも隠し扉があったとは。
コマは茫然としている。
「わし、なんにも教えてもらってないのに……」
おそらくバクに警戒されていたのだろう。
逆を言えば、ソトだけは警戒されていなかったということだ。
アホの子だからか……。
だが勝利が確定したわけではない。
残念ながら当然の話として、この無名閣がどう変形するのか誰にも分かっていないのだ。変形したところで状況を打開できる保証はどこにもない。むしろ俺たちにとってデメリットにさえなりうる。操縦するのがあのカラスならなおさら。
もし人的な余裕があれば、いまからでも誰かがカラスを追いかけて、暴走しないよう監視すべきなのだろう。しかし俺たちには、そちらに人員を割く余裕がない。いまや親の顔より見た「深刻な人手不足」という状況だ。どの組織も余裕がないから、足りなくなってから初めて対応を開始する。即応性は二の次。改善するまでは、現場の工夫で対応せざるをえない。そうこうしているうちに人が減る。ありふれた悪循環。
外部では、また霧が周囲を覆っている。
レーザーを無効化できる代わりに、互いの行動が読めなくなる。
ふと、カタカタとミシンのような音がした。
なにか小さなものが駆動する音。
かと思うと、階下からゴウンゴウンと大きなものの動く音が響き始めた。
もう始まったようだ。
止められない。
「みんな、振り落とされないように気を付けてくれ。俺は敵が入ってこないよう、入口をカバーする」
俺はマウザーを手に、壁に張り付いた。
だが、下から凄まじい勢いで突きあげられた。身体が浮きあがるほどに。俺以外のみんなも浮いていた。このあと落ちるのか? どこまで?
だが、実際に落下したのは数十センチだけだった。それでも受け身を取りそこねて身体を痛打したが。
無名閣が少し浮き上がっただけ、と、考えていいかもしれない。
いや、そうじゃない。
俺はなかなか起き上がれずにもがいていたが、その理由がようやく分かった。
無名閣が、上昇を続けていたのだ。
つまり、下からの突き上げが継続しているのだ。そのせいで相対的に重力が増したような感覚に襲われて、俺は立ち上がれなかった。
だが、どこまで上昇する?
この先には宇宙しかないのでは?
そこは人類には生存不可能な領域。
いくらここが夢の世界だからって……。
「待て! 停戦を申し込む!」
外から日本語が聞こえてきた。
ロシア人じゃなかったのか?
まあ夢の世界とはいえ日本人の支配地を攻撃してきたのだ。日本語くらいは喋れるのかもしれない。
「停戦だと? 不利になったからって都合のいいことを言うじゃないか?」
俺は精一杯強がってそう応じた。
もちろん停戦は大歓迎なのだが、罠という可能性もある。
「正気なのか? この建物は上昇を続けている! このままでは宇宙に出るぞ!?」
「あんたらにはその宇宙服があるじゃないか」
「ただの防護服だ。宇宙には対応していない。それに、宇宙に出たら困るのはそちらも同じだろう? 自殺するつもりなのか?」
「さあな」
ごまかしたわけではない。
本当に分からないのだ。
確かにこのままだと俺たちも死ぬかもしれない。
もしかしてあのカラス、俺たちを皆殺しにするために送り込まれたスパイじゃあるまいな?
だが、コマは平然としていた。
「大丈夫じゃ。霧を消して外を見てみぃ。ちゃんと閉じておるぞ」
俺はうなずいて外へ返事をした。
「聞こえたか? この一帯は保護されている。宇宙に出ても問題ない」
「だがそのあとは? 我々を宇宙に放り出すつもりだろう?」
「放り出すためには壁をぶち破る必要があるな。リスクのほうがデカい。あんたら、俺たちがそこまでのバカに見えるのか?」
「……」
無言になるな。せめて否定しろ。ウソでもいいから。
クソ、確実にバカだと思われている。
ややあって、こう返ってきた。
「こちらはすでに活動限界を超過している」
「なら帰っていいぜ。別に引きとめない」
「本気で言っているのか? 文明人なら、そんな返事はできないはずだ」
「ここに文明があるように見えるのか? 法律はない。条約もない。あんたらもそれを分かった上で乗り込んできたんだろ、謎の武装勢力さんよ」
「特別な宣言がなくとも、基本的人権は守られるべきものだ」
「はい? 基本的人権だ? そんな言葉、人殺しの口から聞きたくなかったな」
「ヤポンスキーめ……」
そもそも、良識ある人間は、他人の住居に飛行機をぶつけたりしないものだ。少なくとも俺はしない。過去にもないし、未来にもない。
ソトが半泣きで戻ってきた。
「なんなんすかこれぇ! なんか止まんないんすけど!?」
俺たちが無策であることを大声でバラしやがる。
謎の武装勢力はまた声をかけてきた。
「おい。どういうことだ? 自分たちがなにをしているのか分かっていないのか?」
もうごまかしようがない。
俺としても、いつまでもハッタリが通用しないと分かっている。
「フェイルセーフを起動したつもりが、中身がブラックボックスでな。こうなった。このあとの展開は俺にも分からない」
「野蛮人め」
「そうだな。野蛮人だよ。だから、なにをするか分からない。お前たちはそこで怯えていろ」
外をうかがうと、霧は晴れていた。
楼閣のバルコニーは透明の膜で覆われており、その向こう側に星々が見えた。下には地球さえ。いつの間にか宇宙に出ていたらしい。
防護服の人間たちは、全員倒れていた。
死んだフリかもしれないが。
活動限界を超過したというのは事実なのかもしれない。
俺はマウザーで、そいつらの頭を次々と撃ち抜いた。動かないターゲットは撃ちやすくてじつによい。
「もう安全だ」
俺がそう告げると、みんなもおそるおそるといった様子でバルコニーに出てきた。
雄大な景色だ。
特に地球の美しさといったら。下から見上げても青かったのに、上から見下ろしても青い。なのにその青には誰も触れることができない。青く見えるのは、遠くにあるときだけ。
ただの球体ではない。
太陽か月の光を浴びて、それ自体が発光しているように見える。
地球って、こんなに美しい星だったんだな。
中にいると、本当に、くだらないことしか目につかないのに……。
「え、どこっすかここ? あの青いのは?」
ソトの言葉に、バクが優しい笑みで応じた。
「あれが地球。わしらの故郷じゃ」
バクは、いったいどういうつもりでこの装置を組み込んだのだろう?
ただ美しさを求めていたとは考えづらい。
もしかすると、もう地上に自分の居場所がないと考えたのか……。それでも楼閣は、地球から切り離されてはいなかった。これを地上への執着と見るべきか。
いい景色だ。
眺め続けるには、あまりに眩しい。
べつに俺は「この雄大な景色の前では、人間の悩みなんてちっぽけだ」とか言うつもりは微塵もない。結局、俺たちは地上に張り付いて暮らすしかないのだ。地上で見た景色がすべて。クソなものはクソと言い切っていい。その一方で、いいものもある。どちらもある。
むしろ俺は、自分の感情がどうあれ、この球体の地表にしか居場所がない、という事実を思い知らされている。
トキの人選は、たしか「世界の平和を心から願ったことのある人間」だった。
だから過去の俺は、もう記憶にないが、おそらく心から願ったのだろう。なにも知らない無邪気な心で、美化された世界を想像していたのだ。そして、いろいろ知ってからは平和など願わなくなった。実際の景色は、俺の目には醜く映ったからだ。世界に対して、急激に失望していった。互いに喰い合いたいならそうしろよ、としか思わなくなった。
世界が俺にそう思わせたのだから、俺にとっての世界はそうだ。それ以外のなにものでもない。
とはいえ、こうして遠くから見ていると……。
たぶんだが、いろんな人間が、いろんな感情で暮らしているはずだ。人間だけじゃない。動物たちだって同じ。
もしかしたらその中の誰かは、いまでも無条件にこの世界を愛しているのかもしれない。
トキみたいに。
きっとそいつは幸せなんだろう。
それはいいことだ。
全員が俺と同じ感想を抱く必要はない。
いや、感傷が過ぎるかもしれない。
地球なんて、外側から眺めるんじゃなかった……。
(続く)




