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BAKU  作者: 不覚たん
第二章

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49/50

謎の武装勢力の夢を見た(三)

 作戦はふりだしに戻った。

 こちらの戦力は、妖怪二名を入れて、計六。

 敵は四。

 数の上では優勢。

 質は……まあ……アイデアでなんとかするとして……。


「なあ知ってるか? ソトってスペイン語でも外って意味なんだぜ」

「……」

 俺の言葉は虚しく響き渡った。

 いや、頭をフル回転させていると、たまに無関係なノイズが混じることがあるのだ。それを外部に出しておかないと、集中できないというか。


 ソトは目を見開いて首を振っている。

「ムリムリ! ムリっすよ! なんすかあの光の攻撃! 死んじゃいますよ!」

 俺たちの追加戦士は、うるさいだけで戦力にならない。


「となると、あとはもう時間を稼ぐしかないな」

 俺の提案に、賛成も反対もなかった。

 誰もなにも思いつかないのであろう。

 いや、こっちにバカみたいな力があって、そいつをぶん回して解決するなら俺だってそうする。だが、事実としてそうなっていないのだ。地味でもいいから勝てる策を選ぶべきだ。意味もなく死にたいなら話は別だが。


 ソトもうんうんうなずいている。

「そ、そうそう! わざわざ外に出る必要なんかないっすよ! だって危ないじゃないですか!」

 こいつにフォローされると、逆に怪しく思えてくる。

 作戦を変えたほうがよさそうか……。


 さすがのコマも溜め息だ。

「お主、わしの教えた術はどうしたんじゃ?」

「は? 術? そんなの全部忘れましたよ! なんですか悪意を寄生させてチマチマ命を吸うって! こっちは山で木の実を拾って食べる善良なカラスなんすよ! そんなやべー術使わけないでしょ!」

「……」

「でもこないだキノコで下痢になったときは、人から命吸ってるほうがいいかなとは思いましたけど。でもメリットってそれくらいじゃないすか? あんまやりすぎると目ぇつけられるし。もうこの時代、派手に動いちゃダメなんすよ。バクの姉貴もそれで殺されたんしょ? 私、知ってるんすよ」

「……」

 ある意味では賢いかもしれない。

 もしずっと寝ていれば、バクが死ぬことはなかった。人に復讐しようとして派手に動いたから死ぬハメになった。この点ではソトが正しい。


「ところで、なんであいつらこっちに入ってこないんすか? あ、狭いから派手に動き回れないってこと? え、籠城作戦、最高じゃない? 誰すかこの作戦考えたの? 天才じゃん?」

 いや、籠城は本能的な行動だ。天才でなくとも思いつく。

 誰も返事をしていないのに、ソトは一人で喋り続けた。

「やっぱもう人間にはあらゆる面で勝てないんすよ。勝ちたかったら、一対一のときに後ろからヤるしかないんす。でもそれやると今度は集団で報復しに来るから、もうどうしようもないんすよ。詰んでるんすよ。姉さんもそろそろ引退したほうがいいっすよ。私が話し相手になってあげますから」

「……」

 もうこのお喋りカラスの相手はコマに任せよう。


 敵は四人。

 防犯ネット作戦も、いい加減、警戒されている。

 ここはいっそ、C子の言う通り表に出て応戦するという手もあるか。相手が消耗したいまなら、当初のようにはならない可能性がある。

 いや、そうは言ってもさっきソトが狙い撃ちされたばかりだし。

 敵は持久戦の訓練もしているのかもしれない。


 ソトが「あーっ」と声をあげた。うるさい以外に取り柄がないのか。

「そういえば、バクの姉さんから裏技聞いたんだった」

「裏技?」

 聞き返すコマはすでに不審そうだ。

 というか露骨にうるさそうな顔をしている。

「これ、コマ姉さんにも教えたことないって言ってたんすけど。この無名閣、変形するらしいっすよ」

「えっ?」

「下のほうに心臓があって。それつかんで操作するんだって。あ、分かってると思いますけど、この無名閣も私らと同じ生き物なんで」

 生き物だったのか。

「まあコマ姉さんには言うなって言われてたんすけど、もうバク姉さん死んじゃったしいいっすよね? あ、じゃあ私、下行って動かしてきますね。大丈夫。場所は分かってるんで」

 すると部屋の奥へ行き、掛け軸の後ろの隠し扉を開いて姿を消してしまった。

 というか、そもそも隠し扉があったとは。


 コマは茫然としている。

「わし、なんにも教えてもらってないのに……」

 おそらくバクに警戒されていたのだろう。

 逆を言えば、ソトだけは警戒されていなかったということだ。

 アホの子だからか……。


 だが勝利が確定したわけではない。

 残念ながら当然の話として、この無名閣がどう変形するのか誰にも分かっていないのだ。変形したところで状況を打開できる保証はどこにもない。むしろ俺たちにとってデメリットにさえなりうる。操縦するのがあのカラスならなおさら。

 もし人的な余裕があれば、いまからでも誰かがカラスを追いかけて、暴走しないよう監視すべきなのだろう。しかし俺たちには、そちらに人員を割く余裕がない。いまや親の顔より見た「深刻な人手不足」という状況だ。どの組織も余裕がないから、足りなくなってから初めて対応を開始する。即応性は二の次。改善するまでは、現場の工夫で対応せざるをえない。そうこうしているうちに人が減る。ありふれた悪循環。


 外部では、また霧が周囲を覆っている。

 レーザーを無効化できる代わりに、互いの行動が読めなくなる。


 ふと、カタカタとミシンのような音がした。

 なにか小さなものが駆動する音。

 かと思うと、階下からゴウンゴウンと大きなものの動く音が響き始めた。

 もう始まったようだ。

 止められない。


「みんな、振り落とされないように気を付けてくれ。俺は敵が入ってこないよう、入口をカバーする」

 俺はマウザーを手に、壁に張り付いた。

 だが、下から凄まじい勢いで突きあげられた。身体が浮きあがるほどに。俺以外のみんなも浮いていた。このあと落ちるのか? どこまで?

 だが、実際に落下したのは数十センチだけだった。それでも受け身を取りそこねて身体を痛打したが。

 無名閣が少し浮き上がっただけ、と、考えていいかもしれない。


 いや、そうじゃない。

 俺はなかなか起き上がれずにもがいていたが、その理由がようやく分かった。

 無名閣が、上昇を続けていたのだ。

 つまり、下からの突き上げが継続しているのだ。そのせいで相対的に重力が増したような感覚に襲われて、俺は立ち上がれなかった。


 だが、どこまで上昇する?

 この先には宇宙しかないのでは?


 そこは人類には生存不可能な領域。

 いくらここが夢の世界だからって……。


「待て! 停戦を申し込む!」

 外から日本語が聞こえてきた。

 ロシア人じゃなかったのか?

 まあ夢の世界とはいえ日本人の支配地を攻撃してきたのだ。日本語くらいは喋れるのかもしれない。


「停戦だと? 不利になったからって都合のいいことを言うじゃないか?」

 俺は精一杯強がってそう応じた。

 もちろん停戦は大歓迎なのだが、罠という可能性もある。


「正気なのか? この建物は上昇を続けている! このままでは宇宙に出るぞ!?」

「あんたらにはその宇宙服があるじゃないか」

「ただの防護服だ。宇宙には対応していない。それに、宇宙に出たら困るのはそちらも同じだろう? 自殺するつもりなのか?」

「さあな」

 ごまかしたわけではない。

 本当に分からないのだ。

 確かにこのままだと俺たちも死ぬかもしれない。

 もしかしてあのカラス、俺たちを皆殺しにするために送り込まれたスパイじゃあるまいな?


 だが、コマは平然としていた。

「大丈夫じゃ。霧を消して外を見てみぃ。ちゃんと閉じておるぞ」


 俺はうなずいて外へ返事をした。

「聞こえたか? この一帯は保護されている。宇宙に出ても問題ない」

「だがそのあとは? 我々を宇宙に放り出すつもりだろう?」

「放り出すためには壁をぶち破る必要があるな。リスクのほうがデカい。あんたら、俺たちがそこまでのバカに見えるのか?」

「……」

 無言になるな。せめて否定しろ。ウソでもいいから。

 クソ、確実にバカだと思われている。


 ややあって、こう返ってきた。

「こちらはすでに活動限界を超過している」

「なら帰っていいぜ。別に引きとめない」

「本気で言っているのか? 文明人なら、そんな返事はできないはずだ」

「ここに文明があるように見えるのか? 法律はない。条約もない。あんたらもそれを分かった上で乗り込んできたんだろ、謎の武装勢力さんよ」

「特別な宣言がなくとも、基本的人権は守られるべきものだ」

「はい? 基本的人権だ? そんな言葉、人殺しの口から聞きたくなかったな」

「ヤポンスキーめ……」

 そもそも、良識ある人間は、他人の住居に飛行機をぶつけたりしないものだ。少なくとも俺はしない。過去にもないし、未来にもない。


 ソトが半泣きで戻ってきた。

「なんなんすかこれぇ! なんか止まんないんすけど!?」

 俺たちが無策であることを大声でバラしやがる。


 謎の武装勢力はまた声をかけてきた。

「おい。どういうことだ? 自分たちがなにをしているのか分かっていないのか?」

 もうごまかしようがない。

 俺としても、いつまでもハッタリが通用しないと分かっている。

「フェイルセーフを起動したつもりが、中身がブラックボックスでな。こうなった。このあとの展開は俺にも分からない」

「野蛮人め」

「そうだな。野蛮人だよ。だから、なにをするか分からない。お前たちはそこで怯えていろ」


 外をうかがうと、霧は晴れていた。

 楼閣のバルコニーは透明の膜で覆われており、その向こう側に星々が見えた。下には地球さえ。いつの間にか宇宙に出ていたらしい。


 防護服の人間たちは、全員倒れていた。

 死んだフリかもしれないが。

 活動限界を超過したというのは事実なのかもしれない。

 俺はマウザーで、そいつらの頭を次々と撃ち抜いた。動かないターゲットは撃ちやすくてじつによい。


「もう安全だ」

 俺がそう告げると、みんなもおそるおそるといった様子でバルコニーに出てきた。


 雄大な景色だ。

 特に地球の美しさといったら。下から見上げても青かったのに、上から見下ろしても青い。なのにその青には誰も触れることができない。青く見えるのは、遠くにあるときだけ。

 ただの球体ではない。

 太陽か月の光を浴びて、それ自体が発光しているように見える。


 地球って、こんなに美しい星だったんだな。

 中にいると、本当に、くだらないことしか目につかないのに……。


「え、どこっすかここ? あの青いのは?」

 ソトの言葉に、バクが優しい笑みで応じた。

「あれが地球。わしらの故郷じゃ」


 バクは、いったいどういうつもりでこの装置を組み込んだのだろう?

 ただ美しさを求めていたとは考えづらい。

 もしかすると、もう地上に自分の居場所がないと考えたのか……。それでも楼閣は、地球から切り離されてはいなかった。これを地上への執着と見るべきか。


 いい景色だ。

 眺め続けるには、あまりに眩しい。


 べつに俺は「この雄大な景色の前では、人間の悩みなんてちっぽけだ」とか言うつもりは微塵もない。結局、俺たちは地上に張り付いて暮らすしかないのだ。地上で見た景色がすべて。クソなものはクソと言い切っていい。その一方で、いいものもある。どちらもある。

 むしろ俺は、自分の感情がどうあれ、この球体の地表にしか居場所がない、という事実を思い知らされている。


 トキの人選は、たしか「世界の平和を心から願ったことのある人間」だった。

 だから過去の俺は、もう記憶にないが、おそらく心から願ったのだろう。なにも知らない無邪気な心で、美化された世界を想像していたのだ。そして、いろいろ知ってからは平和など願わなくなった。実際の景色は、俺の目には醜く映ったからだ。世界に対して、急激に失望していった。互いに喰い合いたいならそうしろよ、としか思わなくなった。

 世界が俺にそう思わせたのだから、俺にとっての世界はそうだ。それ以外のなにものでもない。


 とはいえ、こうして遠くから見ていると……。

 たぶんだが、いろんな人間が、いろんな感情で暮らしているはずだ。人間だけじゃない。動物たちだって同じ。

 もしかしたらその中の誰かは、いまでも無条件にこの世界を愛しているのかもしれない。

 トキみたいに。

 きっとそいつは幸せなんだろう。

 それはいいことだ。

 全員が俺と同じ感想を抱く必要はない。


 いや、感傷が過ぎるかもしれない。

 地球なんて、外側から眺めるんじゃなかった……。


(続く)

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