謎の武装勢力の夢を見た(二)
霧がやや薄まったタイミングで、俺は建屋から身を乗り出した。
ほぼ同時に、光が身体を貫通するのを感じた。いままで誰にも触れられたことのない部分に、強烈な異物感をねじこまれる。その異物感は、すぐさま激痛に……。四方からレーザーを撃ち込まれているのだ。
だが、即死するわけではない。
俺は踏ん張って狙いをつけて、敵の一体をネットに捉えた。
ぶっ倒れた俺と、ネットに絡まった敵を、仲間たちが建屋に引きずり込む。
そいつはロシア語でなにか言った。
だが、A子が手から矢を放ち、そいつの頭部をぶち抜いた。防護服の内部が、すぐさま血液で満たされた。即席の死体袋というわけだ。
いや、俺も激痛というか、なかば体の感覚もなくなって、他人を揶揄している場合ではないのだが……。
「え、待って。死なないでよ!」
C子がすがりついてきた。
大袈裟だな。死ぬ前に、財団の人間が起こしてくれるはずなのに。たぶん。間に合えば。
俺が返事もできずに生きることに集中していると、C子はこう続けた。
「こいつが死んだら、次は誰がやるの? あたし、もう撃たれるのイヤなんだけど」
おい。
みんなが沈黙していると、不本意なことに、俺の肉体も徐々に回復していった。
これはまた同じことをやらされそうだ。
だが、何回もつ?
敵はあと六人いる。
そんなに何度も繰り返せない。
俺は痛みに耐えながら上体を起こした。
「次も俺がやる。ただ、その次も可能かどうかは分からない。俺がいなくなった後のことも考えておいてくれ」
なんならさっさと退場して、あとのことはすべて他人に委ねたい。
捨て鉢で言ってるんじゃない。「現場」とはそういうものだ。
戦略や展開なんてものは、もっと給料をもらってる連中が考えればいい。普段ふんぞり返ってるヤツは、ふんぞり返ってるだけの仕事をして欲しい。それが分業というものだ。
もし戦力差が原因で負けるなら、その戦力を用意した上の責任だ。個人戦は個人の裁量がモノを言うが、集団戦では違う。集団戦においては、個人というものは極限まで相対化されてしまう。大事なのは数量。数量で負けているのなら、その状況を招いたトップが悪い。なぜかたいてい現場のせいにされるが。
俺は立ち上がり、呼吸を整えた。
「これから二人目を捕まえる。あとのことは頼んだぜ」
「死なないでよ」
C子の言葉に、俺はついふっと笑った。
「前向きに検討する」
それは俺が決めることじゃない。
*
だが、二体目を捕まえても、三体目を捕まえても、俺は死ななかった。正確には瀕死になったが、そのたびに回復した。激痛で脳の血管が切れそうだ。
「クソ……」
起き上がれるが、起き上がりたくなかった。
傷だけはなぜか修復されるが、体は激痛を記憶している。俺が動かそうとしても、動かない。いや強く動かそうとすれば動くのかもしれないが、そんなことをする気になれなかった。
敵はあと四体。
コマの加護を受けているとはいえ、プロ相手にこの戦績なら、大金星じゃないか?
あとは寝ててもいいだろう。
青田氏が露骨に気の進まない表情を浮かべた。
「そろそろ限界のようだな。次は私が……」
だが、その言葉は最後まで続かなかった。
殺されたわけじゃない。
目を見開いて、虚空を見つめていた。
そこになにかあるのか?
俺も目をやると……。
いや、なにもなかった。
数秒前までA子がいたはずの場所は、無人になっていた。
病院の連中め、起こすのが早すぎるだろう。
いや、A子の体調を考えれば大事なことだが。
C子が舌打ちした。
「分かった。じゃあさ、もう外に出ない? そんで正々堂々撃ち合って決着つけようよ」
追い詰められた上での短慮。
コマを除けば四対四。
数の上ではイーブンかもしれない。
しかし間宮氏は瀕死のままだし、俺のメンタルも削られている。実質、二対四。
数が減ってくると、集団戦の要素が減り、個人の才能が問われ始める。相手はプロの軍人だ。正面からぶつかって勝てる相手じゃない。ましてや射撃での戦闘など論外。
俺はつい上体を起こした。
「知ってるか? 籠城戦ってのは、相手の三倍有利なんだ。わざわざ出ていく必要はない」
「なに三倍って? 根拠あんの?」
「ない」
ただの俗説だ。
しかもこれはミサイルが登場する前の中世とかの話。
いま俺たちの状況に当てはまるとは言えない。
それでもなお、俺は籠城を捨てるべきではないと考える。
理由はある。すでにその愚行は、ファーストコンタクトのときに経験済みだからだ。最初にあれだけまくられたのに、また策もなしに出て行けば、殺されるに決まっている。なぜ同じ失敗を繰り返そうとするのか分からない。追い詰められて開き直っているとしか思えない。
C子はむくれた顔でこちらを見た。
「じゃあなに? ずっとこうしてる気?」
「時間稼ぎにしかならないってのか?」
「そう言ってんだけど?」
思わず笑いが出た。
C子は眉をひそめている。
「なに笑ってんの?」
「時間稼ぎをナメるな」
「は?」
「前に柴田ってのがいただろ? あいつはたいした才能もないのに、機械と薬でバキバキに強化されて、自力で夢に入ってきたよな?」
「それが?」
「つまり、あいつらは長くもたないんだ。ズバ抜けた適性のA子さんでさえそうなんだ。待ってれば勝手に消耗する」
「……」
理解したか。
まだなにか言いたそうだが。
時間稼ぎというと、マイナスの印象しか抱かないかもしれないが。
プラスになるケースもあるのだ。
普通の人間は、ムリして夢の世界に侵入すれば、それだけで生命を消耗する。だが、コマは違う。そのコマの加護で動いている俺たちも違う。
夢の世界での活動は、俺たちにとって一方的に有利。時間をかける価値はある。
すると、コマがなんとも言えない表情で告げた。
「力説しとるとこ悪いんじゃが、敵の増援の気配がするぞい……」
それは俺が力説する前に言って欲しかったな。
通常、戦力の逐次投入は望ましいことではない。
逆に最初から全軍をもって叩き潰す。これが理想。まあ食料や移動にかかるコストを考えなければ、だが。
たとえば、チームメイトが一億人いるのに、一人ずつしか出してこないヤツがいたとすれば、対戦相手にとってはクソ有利になる。集団でそいつ一人をボコればいいのだから。
実際はコストを節約したいから、毎回全軍を動かすのは現実的ではないが。
だから敵は、精鋭の七人で十分だと考えたのだ。
なんなら想定よりも多くの人員を出したつもりかもしれない。
その想定をぶち壊したのが、俺たちの功績というわけだ。
なんなら俺たちのボスも、増援を送ってくるべきだと思うのだが? しかし日本側の人員といえば、政府に飼われている柴田くらいしかいない。しかも財団は、政府との関係がよろしくない。
俺は遠慮せず溜め息をつき、コマに尋ねた。
「なあ、コマちゃんよ。こっちにももっと仲間がいたはずだろ。そいつらを呼べないのか?」
コマはしょげたような表情だ。
「まだ夜になっとらんからのぅ。それに、ほとんどのものを日本政府にもっていかれてしもうて」
あいつら、まんまと買収されたってワケか。
まあ俺やC子もそうだったから、あまり強くは言えないが。
ともあれ、こちらの援軍は期待しないほうがよさそうだ。
遠方を見ると、また性懲りもなく大型旅客機が見えた。
あれが無名閣にぶつかれば、増援のご到着という流れだ。
また防犯用ネットでちまちま捕まえて、一人ずつ処理するしかない。もし思い通りに体が動けば、だが。
俺たちは建屋に身をひそめながら、窓から外を眺めていた。
濁り切った黒い空。
接近する旅客機。
だが、違和感があった。
旅客機というのは、あんな形状だっただろうか。シルエットが妙に丸いというか。そう。左右に伸びているはずの翼がないのだ。え、ミサイル?
ただ、ミサイルにしては勢いがないというか。
眺めていると、旅客機は急速に下方へと墜落していった。やや遅れて、切断されたとおぼしき両翼も追従する。事故でも起こしたのか?
「感謝してくださいよ。あの飛行機、私が落としたんですから」
A子がいなくなった場所に、一人の女が立っていた。
ジャージ姿の少女。
見覚えがあるが、名前が出てこない。
瀕死の間宮氏が目を細めた。
「え、小間森さん……?」
「小間森さくらです。お婆ちゃんが行けって言うから、仕方なく……」
俺たちがコマを回収しに行ったあの日、祖母に代わって俺たちを案内してくれた少女だ。
幼い顔立ちで眉をひそめて、鼻血を流している。
いくら才能があるとはいえ、自力で夢に入ってくるのは大変だったのだろう。
こんな子供の手まで借りることになるとは……。
彼女は手の甲で鼻血を拭いながら言った。
「もう少ししたら、お婆ちゃんが助っ人をよこしてくると思います。私はその伝言に来ただけで……」
伝言に来たついでに、敵の飛行機を落としてくれたのか。
とんでもない人間もいたものだな。
すると小間森さくらは、コマちゃんに向き直った。
「コマちゃん、元気?」
「元気じゃよ」
「ウソつき。こんなにボロボロになってるのに」
「言うでない。わしには償わねばならん罪があるんじゃ」
「……」
俺たちがこういう活動をする前から、彼女たちは一緒にいたのだ。
言いたいこともひとつやふたつではないのだろう。
それだけに、互いに言葉が出てこないようだった。
「私、そろそろ戻ります。お婆ちゃんにも、あんまり長くいるなって言われてるので」
言葉とは裏腹に、コマと離れたくないらしく、名残惜しそうにコマの袖をつかんでいた。
俺たちは、この二人の関係さえ引き裂いてしまったのか。
小間森さくらは、コマの目をみつめた。
「じゃあ行くね、コマちゃん。絶対に死なないでね」
「うむ」
「約束だよ?」
「うむ……」
ふん。
この化けギツネめ、人間を泣かせやがって。
だが安心して欲しい。コマがなんと言おうと、俺が死なせない。まあ俺が自分の命を賭けてまでやるようなことかは分からないが。この流れだとそうなる。もちろん俺も無駄死にするつもりはないが。
小間森さくらは去った。
伝言を残したということは、もう少し時間がかかるということだろう。その上で、必ず援軍を送るからそれまで耐えろというメッセージでもある。
コマは、やれやれといった顔でこちらを見た。
「ふむ。お主の言った通りじゃったの。時間稼ぎも悪くないわい」
まるで勝利を確信したような顔だ。
「小間森の婆さん、そんなに強いんですか?」
「いや、あれは来んじゃろ。来るのは、わしの妹分じゃ」
「妹分……」
小間森氏の隠し玉か。
コマを差し出してでも、その存在を秘匿していた妖怪。
「できればピンチになる前に呼んで欲しかったっすねぇ……」
今度は別の女が立っていた。
山伏みたいな格好て、手には釈杖を握っている。ばさと伸びた髪は真っ黒で、マントのようだ。
「わしの妹分のソトじゃ」
見た目は人間のようだが、おそらく妖怪なんだろう。
ソトはジト目でコマを見た。
「私のこと放っておいて、人間とつるんでたんすか? なんで?」
「いや、わしにもわしの都合があるので……」
「ウソだね。私の話がウザいから遠ざけてたんでしょ? 知ってるんすよ。私が話しかけるといっつもうるさそうな顔して。ほらいま! いまもそういう顔してるから!」
「しとらん……」
「してる! してます! ほら、人間も見て! してるよね? してるって言え!」
これはウザい。
コマもうろたえている。
いま謎の武装勢力との殺し合いの最中なのだが。
まあこいつら妖怪にとって、命のやり取りなどこの程度のものなのだろう。
ソトは杖で床をついた。
「分かった。分かりましたよ。やればいいんすよね? 小間森の婆さんにも頼まれたし。今回はやります。でもこのあとお話しの時間作ってもらいますから。いいですよね?」
「うむ……」
「姉さん、その返事するとき絶対納得してないっすよね。あー返事はいいっす。あいつらぶっ殺してから改めて聞きますんで。そこで数でも数えててください。十数え終わる前に戻ってきますから」
そうして建屋から出たところで、四方からレーザーを撃ち込まれた。
かと思うと、ソトはどっと転倒し、血まみれで床をのたうった。
「あぎゃあッ! なにこれッ! 痛いッ! 超痛いッ! 助けてッ!」
俺たちは腕だけを伸ばしてその体を建屋に引き込んだ。
一秒で終わらせやがった。
敗北によって。
「え、ウソでしょ……こんなの……ムリだよぅ……」
絵に描いたような絶望顔。
こいつ、いったいなにしに来たんだ……。
(続く)




