謎の武装勢力の夢を見た(一)
瞑想室とはいうが、実態はほとんど研究室だった。
まっしろな部屋。
まっしろなLEDライト。
白衣の連中が待ち構えていて、カプセルに誘導してくれた。
「中に入ったらリラックスしてお待ちください。異常が検出された場合、こちらで適切に対処します」
サポートつきの睡眠というわけだ。
ただし自然な睡眠ではなく、ガスによる強制的な睡眠。
*
いつの間に眠りに落ちたのかは分からない。
ただ、気づいたときには無名閣にいた。
青い空。
完璧な静謐。
謎の武装勢力の姿はどこにもない。
「来たか」
建屋からコマが姿を現した。
かたわらにはA子もいる。
「状況はどうなってる? もう終わったのか? 敵に襲われてるっていうから、慌てて来たのに」
俺は周囲を見回しながら、皮肉を吐いた。
どこからどう見ても平和そのものだ。
コマはかすかに溜め息。
「いま障壁の外側におる。じゃが、突破されるのも時間の問題じゃろうな」
外側――。
どういう構造なのか想像もつかないが。
ここは夢の世界なのだから、考えるだけムダかもしれない。
「どんな連中なんだ? 規模は? 武装は?」
「七人ほどじゃ。武装は分からん。それぞれ趣味があるじゃろうからのぅ」
武装や戦術には、それを考案した人間の思想が強く影響する。もちろん効率第一で設計するとは思うが。読み切れない部分は、どうしても思想や予想で埋めなければならない。
それを趣味の一言で片づけるとは。
じつに呑気なものだ。
A子が肩をすくめた。
「分かってると思うけど、武器の見た目は問題じゃないんだよ。夢の世界そのものがエネルギーなんだから。もし大きな力を使いたければ、その本人にも力がないといけない」
才能のある人間にとっては好き放題できる世界なんだろう。
「もし敵がミサイルを撃ち込んで来たらどうする?」
「派手な爆発になるとは思うけど、たぶんそれだけ。誰も傷つけられないよ」
見掛け倒しの攻撃になる、というわけか。
「じゃあ、俺たちが来るまでもなかったかもな」
「そうでもないよ。敵はたったの七人だけど、かなり強そうだし。たぶんだけど、機械と薬で強化されてると思う。なんていうか、こう、エネルギーの波長が不安定な感じだし」
露骨に非人道的だな。
使い捨ての兵士なのかもしれない。
コマが視線を空へやった。
「そろそろかのう。Q坊や、もしわしが死んだ場合の話じゃが」
「死なせないために来たんだが」
いま言うようなことなのか?
コマは構わず言葉を続けた。
「まあ最後まで聞けい。前に、わしの代わりがいると言ったじゃろ?」
「ああ」
てっきりA子のことだと思っていたのだが、どうやら人間には代わりが務まらないらしいことが判明してしまった。
つまり、まだほかに妖怪がいるということだ。
「小間森が保護しておる。わしの妹分じゃ。最後に会ったのはずいぶん昔のことじゃから、もはやおぼえておらぬやもしれんがの」
「えっ? おぼえてない?」
「とにかく、あとのことはそやつに任せよ。わしの術をいくつか授けておるでな。運がよければ、代わりを引き受けてくれるじゃろ」
小間森の婆さん、隠し玉を持っていたのか。
じゃあ俺たちにコマを引き渡したのは、本当にただの保身だったのかもしれない。コマという存在は、関係者に知られつつあったから。
俺は百鬼夜行の力でマウザーを召喚した。
さっきの話だと、拳銃だろうがミサイルだろうが威力は変わらないらしい。だったら使い慣れたもののほうがいい。
「コマちゃんよ、その代理とやらを探す必要はないぜ。謎の武装勢力は俺たちが倒すんだからな」
「もしもの話じゃ」
障壁を支えているのはコマだ。
もし敵がその障壁を突破してくるなら、コマの能力を凌駕していると予想したほうがいい。
つまり、百鬼夜行でコマの力を借りている俺たちも、そいつらにかなわない可能性がある。
青空が濁りを帯びて、まっくろに変色した。
太陽は出ているのに。
ふと、遠方に大型の旅客機が見えた。あれに乗って攻めてくるつもりなのか? ここには着陸用の滑走路などない。しかもこの軌道……衝突させるつもりだろう。
「え、なにあれ? ぶつけてくる気? ヤバいって!」
C子がキョロキョロし始めた。
まあこれが正常な反応だな。
一方、コマは冷静だ。
「慌てるでない。ただのこけおどしじゃ。とはいえ……まあ直撃は避けたほうがよかろう」
接近するにつれて、その巨大さに目を奪われた。
家よりデカい物体が、回避不能な速度で迫ってくるのだ。
どう考えても絶望しかない。
やがてズドーンと衝突……。
したように思えた。
いや、実際、すごい音はしたのだ。直撃して飛行機も大破した。だが、無名閣は無事だった。いくらか傷ついただけで。
よく見ると、飛行機の残骸は透けていた。瀕死だったバクみたいに。つまりこれは、実際のエネルギーを超えて引き延ばされただけの偽物なのだろう。実際、そこらに落ちた残骸は、発泡スチロールみたいに軽かった。
敵の攻撃はこれで終わりじゃない。
どこから生えてきたのか、宇宙服みたいな格好の連中が、バルコニーに立っていた。情報通り七人。手には白いプラスチック製の銃。
そいつらは一斉に銃を構え、俺たちを狙ってきた。
動きに迷いがない。訓練されている。
俺も銃を構えてトリガーを引いた。
だが、その瞬間にはもう、ターゲットの姿はなかった。代わりに、肩口に熱を感じた。一条の光が、身体を貫通して後方へ抜けていった。
やや遅れて激痛が来た。俺は尻もちをつきそうになって、慌てて踏ん張った。
敵はすでに散開していた。
そしてまたビームを放ってくる。
ワープみたいな動き。光速で直進するビーム。対処のしようがない。
「ぎひっ」
間宮氏が複数のビームに貫かれ、その場に崩れ落ちた。
「大丈夫? んぐっ」
駆け寄ったC子も四方から串刺しにされた。
いまは仲間に構っている場合ではない。自分の身を守らなくては。
俺は急いで建屋に入った。
ここが夢の世界だからって、現実世界ではありえない武器を使ってきやがる。しかも敵のレーザーは、建屋の壁さえ貫通してくる。
敵はかなり研究した上でこの作戦に挑んでいるようだ。いつもみたいにやれば勝てると思っていたのに。見立てがアマかった。
「厄介なことになりましたね」
青田氏も渋い表情で駆け込んできた。
厄介どころではない。
一方的にまくられている。
外を覗くと、A子が凄まじい動きで七人に応戦していた。慣性を無視したような加速と急停止。手から光の矢を放ち、遠距離からの攻撃。しかし当たっていない。むしろ無名閣の破壊に手を貸しているだけに見える。
「すまんのぅ。わしに力があれば、お主らの加護をもう少し強くできたのじゃが」
悠長なことを言いながら、コマも建屋に入ってきた。
その姿は無傷に見える。実際どうだか分からないが。
「だったらいまからでも誰かに寄生して、力を吸い出してくれ。このままじゃ全滅するぞ」
「そんなすぐにはムリじゃ」
まあそうだろう。
簡単に力を吸い出せるくらいなら、そもそも障壁を破られてはいない。
「なんか手はないのか?」
「そう言われてものぅ。夢の世界での戦いは、想像力の戦いでもあるんじゃ。そしてわしは考えるのが苦手じゃ。ここはおぬしらの想像力に期待するしかない」
キツネめ。
人間サマの頭脳にあっさり降伏しやがった。
だが、これは俺としてもシャクではある。
いまの俺たちは、夢の適性だけでなく、想像力でも敵に負けているということだ。
外で、パァンとなにかが舞った。
なにが起きたのか確認しようと思ったが、舞い過ぎて見えなかった。濃霧のように白い。
かと思うと、間宮氏を引きずりながら血まみれのC子が建屋に入ってきた。
「ひどいじゃん。レディーを置き去りにしてさ」
しぶといな。絶対に死んだと思ったのに。
血まみれではあるが、出血は止まっているようだった。コマの加護もあるとは思うが。敵の武器の殺傷能力もさほど高くはないのだろう。俺の肩口のダメージも、いつの間にか気にならないレベルになっていた。
「悪いな。自分の身を守るので必死だった」
戦場に男も女もない。
レーザーで撃たれたら死ぬ。腕力は関係がない。
青田氏が外を覗き込んだ。
「射撃がやんだようだ。警戒しろ。中に入ってくるかもしれない」
外は視界が効かなくなっている。
同士討ちを恐れて、射撃を中止したのかもしれない。
俺はC子に尋ねた。
「あの白いのは?」
「ただの水蒸気だよ。知ってる? 百鬼夜行って、武器以外にも使えんの」
それは知っている。
ダウジングロッドにはお世話になった。
ん?
水蒸気?
C子は苦しそうに壁にもたれながらも、ニッと笑みを浮かべた。
「レーザーって光でしょ? 水蒸気で拡散させたら、使い物にならないんじゃないかって。ま、考えたのはあたしじゃなくて、間宮さんだけどね」
なるほど。
つまり想像力で応戦したというわけか。
間宮氏も生きているみたいでなによりだ。生きているというよりは、まだ死んでいないだけにも見えるが。
謎の武装勢力たちも、レーザーだけで戦うつもりではあるまい。
プランBを用意しているはず。
お次はグレネードを投げ込んで来るかもしれない。いや、毒ガスでくるか。わざわざ全身防護で乗り込んできたのだ。その程度の用意はあるだろう。
「なあ、コマちゃんよ。この無名閣は変形しないのか?」
「は?」
俺の質問にきょとんとしている。
コマだけでなく、他の面々も。
まあいい。確かに補足説明が必要だろう。
「清水の舞台みたいになってるバルコニー部分があるだろ。あれを落とせば、敵をまとめて葬れるんじゃないか?」
「それはムリじゃな。この建物は、わしの言うことなんぞ聞かんじゃろ」
「どういう意味だ? ここはあんたの住居じゃないのか?」
「前にも言った通り、バクの作った空間じゃ。それも、いちばん力があったころのものでな。わしにどうこうできる代物ではない」
頑丈さだけが取り柄というわけだ。
それでも存在しないよりはいい。
ひゅっとなにかが入ってきた。
グレネード?
いや、A子だ。あちこち銃で撃たれたらしく、ご自慢の制服がボロボロになっていた。
「あたし一人で戦ってない?」
「残念ながらそうだ」
一人で七人を相手にしていたのだ。苦情を言う権利はある。
A子は、しかし怒らなかった。
「なんか作戦でも考えてたんでしょ? あたしにも教えてよ」
「その前に、入口をふさいでくれないか」
「もうやってる」
透明なシールドのようなものが入口をふさいでいた。
そこにグレネードが直撃して、バルコニー側に弾かれてから炸裂した。これで敵に被害が出てくれればいいが。
「じつはなんのアイデアもないまま籠城していてな。いや、籠城というよりは立てこもりかも」
「だっさ……」
事実ではあるが、それを指摘されても戦況は好転しない。
むしろ俺のやる気を削ぐのでやめていただきたい。
「なにか名案を出したいところだが。ここはあまりクリエイティヴな環境とは言えなくてな。もう少し時間が要る」
するとA子は、露骨に引いた顔になった。
「時間? こっちもあんまり余裕ないんだけど」
「は?」
なんだ?
あと二年は生きられるはずでは……?
「こんなに派手に戦ってたら、たぶんまた起こされちゃう」
「そういうことか」
まあ病院としても、患者の数値に異常が出たら放置してはおけまい。
しかしA子が途中で抜けたら絶望的だ。
敗北が確定してしまう。
地べたを転がっていた間宮氏が、苦しそうに声を絞り出した。
「防犯用ネットかなにかで、まずは相手の動きを止めたほうがいいのでは?」
「それだ」
なぜ思いつかなかったんだ。
俺たちは、相手の異常なスピードのせいで追い立てられているのだ。その機動力を無効化すれば、こちらにも反撃のチャンスはある。
俺は銃を防犯用ネットの射出機に変えた。
これでいちどに全員を捉える必要はない。各個撃破で十分。敵は七人だけなのだ。七回繰り返せば勝てる。ただし、一度もミスをしなければ。
(続く)




