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BAKU  作者: 不覚たん
第二章

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50/50

前へ進むことにした

 瞑想室で目を覚ましたとき、時刻は午前四時だった。

 カプセル自体の居心地は悪くなかったが、いかんせんレーザーで何度も身体を貫かれたせいか、全身に激痛が残った。これはレーザーのダメージそのものではなく、ダメージに反応して体の筋肉が硬直してしまうせいだ。筋肉痛の仲間かもしれない。

 係員に案内されて、休憩所に入った。

 セルフサービスだが、ドリンク飲み放題。先客としてC子もいた。


「おはよう。あたしら、けっこう寝てたみたいね」

「昨日の朝からカプセルに入ったわけだから、連続で二十時間近く眠っていたことになるのか」

 信じられないが、そういうことだ。

 しかも自然な入眠ではなく、薬での強制的な睡眠だ。ほとんど気絶といっていいだろう。


 疲れた体にオレンジジュースが染みる。

 たぶんオレンジだと思う。

 そう書いてあるのだから。


 間宮氏はまだ起床していないようだ。

 無理もない。

 だいぶやれれていたようだった。


 *


 午前十一時、会議があるというので参加した。

 俺たち自然事象調査課だけでなく、部長の青田氏、それに理事長の老人もいた。老人の後ろには黒服も立っている。


「報告は聞いている。ご苦労だったな」

 理事長がそう告げたので、俺たちは頭をさげた。

 賞状でもくれるんだろうか?

 こっちは命を賭けたんだから、ボーナスを出してくれても一向に構わないが。


「いいニュースがある。米国が方針を転換した。例のエネルギーには手を出さないよう、各国で密約を結ぶことにしたらしい」

「えっ?」

 俺は思わず声をあげてしまった。

 金は稼げるだけ稼ぐ主義のあのアメリカが、なぜこの商材から手を引く?


 老人は俺の態度を咎めなかった。

「昨日の『衝突』については、米国もデータを計測していたようだ。その結果、あのレベルの『衝突』が多発するようでは、どうあがいても採算が合わぬとの結論に至ったらしい。それで手を引くことにしたのだ。のみならず、例の如く、他国にも手を出すなと言い出した。誰もあれに手を出すな、というわけだ。自分たちが稼げないと分かった以上、他の誰かがあれで稼ぐこともまた許さんというわけだ。いつものことだな。すでに日本だけでなく、EU諸国や中国、インドなども批准する方向で動いている。早晩、ロシアも折れるだろう」


 本当に?

 理由はともあれ、俺たちは夢の世界を守ったのか?

 いや、夢の世界を守ったというよりは、夢を通じて人からエネルギーを吸い出すという非道な行為を阻止できたわけだ。少なくとも密約が有効である間は。


「命を賭して戦い、そして勝利したこと、称賛しよう。お前たちはよくやってくれた。今後もコマの保護につとめてくれ」

 まあ謎の武装勢力は俺たちにムカついていると思うが。

 もはやあいつらだけの問題ではなくなった。


 老人は、青田氏に目を向けた。

「お前たちの部署に追加の予算をつける。人員を補強しておいてくれ」

「承知しました」

「私からは以上だ」

 用件だけ伝えて、彼は退室した。黒服たちと一緒に。


 まさかこんなに褒めてくれるとはな。

 心の読めない老人だが、大方針は俺たちと同じということか。


 場が落ち着いたところで、青田氏がこう切り出した。

「玉田さん、さっそくで悪いんだけど、山梨に出張してもらえないかな?」

「えっ? 山梨?」

 まさかまた小間村に行ってこいとか言うんじゃないだろうな。

「カラスを一羽捕まえてきて欲しいんだ」

「捕まると思います?」

「捕まえるのが君の仕事だ。捕まるまで帰ってこなくていい」

 なんだこいつは。

 それをやって小間森さんに恨まれるの俺なんだぞ。せっかく助けてもらったのに。


 青田氏は素知らぬ顔だ。

「理事長も言ってただろ。人員を補強しておけって」

「あそこの娘さん、ナタ持ってるんですよね」

「もしなにかあったら労災がおりるよう掛け合うから」

「はい」

 いい加減なこと言いやがって。

 死体にも労災はおりるってのか?


 *


 だが思ったほど拒絶されなかった。

 歓迎もされなかったが。

 俺がコマを悪く扱っていないことを理解してもらえたのだ。おかげでその日のうちに、カラスを一羽連れて、職場に戻ることができた。


「正直、私の力を必要としてるんだろうなってことは予想できてましたよね。あ、コマ姉さん、よろしくお願いしますね」

 ソトはカラスの姿のままなのに、人の言葉を話している。

 しかもクソうるさい。

「え、なんかこの部屋、暗くないっすか? パソコンばっかいじってないで、どっか散歩いきませんか? そんな近くで画面見てたら目悪くなりますよ?」

 近くのキツネはうるさそうに身を丸めている。

 このカラスのせいで寿命が縮むかもしれない。


「あの、頼むから、あまり人の言葉を話さないで欲しいんだ。怪しまれるから」

「いや、でもここ知ってる人ばっかだから大丈夫っすよね? え、誰が気にするっていうんすか? 誰もいませんよね? じゃあいいじゃないっすか。なにか問題あります?」

 見た目がカラスの上に、発言するたび首をカクカクさせて非常にウザい。

 コマが長いこと会わずにいた理由がよく分かる。


「姉さん、寝てないで話しましょうよ。せっかく会えたんすから」

「うるさいのぅ」

 キツネもついに人の言葉を話した。

 どうやらコマは、この姿でも話せたのに、キツネのフリを徹底していただけらしい。

「え、聞き間違いですかね? いまうるさいって言いました? は? 人間と戦うの手伝ったのに? 姉さん、私のこと褒めてくれるならまだしも、うるさいはひどくありませんか? 私、傷ついちゃいますよ? え、なんでなんで? 理由は?」

「……」


 仕事にならない。

 まあ仕事なんてものはないんだが。

 動物専用の部屋を用意してくれるよう、上に陳情しておこう。


「それにしても地球って、上から見たらあんな感じだったんすねぇ。でもあんな青いことあります? なんか別のボールだったんじゃないすか?」

「……」

 なんなんだよ別のボールって。


 *


 その晩、また夢を見た。


 召喚されたのは、トキの住む幽玄な山林だ。

 ここの木々は、いつ来ても桃がなっている。桃と茶しかないここが、トキなりの桃源郷なのだろうか。


「みんなありがとう。今日は堅苦しい会議はなしだよ。お礼を言いたくて、来てもらったんだ」

 円形のテーブル。

 椅子に座っているのは、昨日の戦いをともにした面々。コマやソトもいる。


「あれ? なんか見たことある顔っすね。なんだっけ? なんか……」

「私の名はトキ。会ったのはこれが初めてだよ、ソト」

「えっ? そうっすか? なんか会ったことあるような気がするんすけど」

 なんの話だ?

 トキはにこにこしたままスルーしている。


 C子が静かに茶をすすった。

「これおいしいね。優しい味」

「今日はみんなをもてなしたくてね。あなたの活躍も見ていたよ。本当に仲間思いだね」

 これにC子はふっと笑った。

「え、もしかしていま口説かれてる?」

「そういうんじゃないよ。私はね、人が助け合っているのを見ると嬉しくなるんだ」


 確かにC子は、自分が撃たれるリスクをおかして間宮氏を助けていた。

 俺は見捨てたのに。

 いや、いちおう俺なりの理由があるのだ。仲間がやられると、その仲間を助けようとして戦闘を中断するケースがある。すると次は、そいつが攻撃のターゲットになる。よくある手口だ。これが連鎖するとむしろ被害が拡大する。善悪で言えば善だが、トータルでは被害を拡大させる。

 しかもあそこは夢の世界だから、簡単に即死するわけではない。行動不能になった味方は放置して、自分の生存に集中するのが正解だ。と、俺は思っている。


 A子はコマの後ろから抱き着いて、思う存分吸っている。

 ソトはそれを不思議そうに見ている。

「え、なにやってんすか? 私のコマ姉さんを独占する気っすか? なんの権限で? 私にも触らせてくださいよ」

「じゃあ吸う?」

「吸うってなんすか? においをかぐってことっすか?」

「ちょっと違うんだけど」

「じゃあ吸いますよ。意味分かんないけど」

 コマの意思などお構いなしだ。


 ソトは不審そうにコマにしがみつき、すっと吸い込んだ。

「あ゛あ゛~っ。なんすかこれ。姉さん。なんすかこれ。なんでこれ黙ってたんすか。え、意味分かんないんすけど。もっかい吸いますけどいいっすよね?」

「……」

 コマはされるがままだ。

 だけど吸われるほうのストレスになる場合もあるから、動物に対して安易に吸引行動をしてはいけない。だいたい、自分の何倍もある巨大な動物が体を抑え込んでスーハ―してきたら怖いに決まっている。俺は絶対にやらない。


 この場には、小間森さくらも招かれていた。

「ねえ、コマちゃん、嫌なら嫌って言いなよ? そうやって黙ってるからみんな吸うんだよ?」

「いいんじゃ、いいんじゃ。わしの存在価値なんてこれくらいしかないからのぅ」

「え、じゃあ私も吸うけど」

「……」

 軽く地獄だな。


 俺は味の分からない茶をすすり、トキに話しかけた。

「トキさん、前に言ってましたよね。この戦いに選出されたのは、世界の平和を心から願った人間だけだって」

「そうだね」

「でも俺は、やっぱりいまはそんな気分になれないんですよ」

 すると彼は、やや哀しそうな顔で笑った。

「難しい?」

「難しいですよ。いろいろあったから。でも、以前と違う点もあるんです」

「それは?」

「少し前の俺は、この世界はクソだって決めつけてました。それ以外の判断は不可能なんだって。けど今は、この世界を好きになるきっかけを探してる。朝起きたとき。ふと空を見上げたとき。メシを食ってるとき。誰かと茶を飲んでるとき。あらゆるタイミングで。まだ成功してませんけどね」

「十分だよ」

 今度は優しい笑みを見せた。

「もし好きになれたら、次はもっとポジティブに向き合える気がするんです。まあその逆になる可能性もありえますけどね」

 この件に正解はないのだ。

 個人的な体験をもとに、自分勝手に結論を出していい。クソならクソで仕方がない。それが俺の人生だったってだけのことだ。ムリに考えを改める必要はない。


 するとトキは、笑みを消した。怖い顔ではない。なんとも言えない複雑そうな顔。

「過去にないくらい前向きになっているね。言おうか言うまいか迷ったんだけど、あなたにひとつ情報を与えよう」

「情報? なんの?」

「あなたの両親に、借金を押し付けた人物について」


 *


 数日後、俺は父方の実家を訪れた。

 年老いた祖母が、一人で暮らしていた。


 トキの話では、こういうことだった。

 ある人物が、父方の祖母に接触した。うまい投資話を見つけたのだが、投資のための資金がない。だから借金の保証人になって欲しいと言ってきたらしい。それでうまくいったら祖母も分け前をもらえるはずだった。

 だが、祖母は自分では応じずに、その話を父に持っていった。自分の代わりに保証人になって欲しいと。父は断った。そんな怪しい話には乗れないと。

 だが祖母は諦めきれず、ターゲットを母に変えた。あまりにしつこかったらしい。それで母は、押し切られる形で応じてしまった。


 結果、その怪しい人物はどこかへ高飛び。我が家には借金だけが残された。祖母は知らん顔。そこで縁が切れたらしい。


 俺が顔を出すと、祖母は驚愕したような顔をした。

 縁の切れたはずの孫が顔を出したのだ。復讐のためだと思ったのだろう。もちろんそうだ。だが危害を加えるつもりはない。逃げたクソ野郎がどこのどいつなのか知りたかった。


 そいつには、特にこれといった特徴もなかった。

 祖母の知り合いの息子。普通の会社員だった。

 それだけ。

 地元には顔を出していないらしい。


 祖母は、情報をやったんだから生活の面倒を見て欲しいなどと言ってきたが、俺は無視して置き去りにした。こちらに借金ばかり背負わせて、そのあとなんの協力もしてくれなかった人間だ。こちらが手を貸す筋合いもない。


 *


 トキはそいつの情報もくれた。

 寂れた港町の工場で働きながら、自宅とバーを行ったり来たりして暮らしていた。家族はいない。小さなバーでは、若くもない店員にセクハラじみた発言を繰り返していた。酒癖はよくなかった。

 俺はふらっと寄った客をよそおい、そいつの行動を観察した。

 毎週のように繰り返していたせいで、いつしか常連になってしまった。


 やがて男は、俺にも話しかけてきた。

「いい店だろ? 店員はババアしかいねーけどな。ウェハハ」

 まるで自分の店みたいに自慢してくる。

 男は五十代。店員はたぶん四十代くらいだろう。いくらか小銭を払っているからといって、自分より年下の女性をババア呼ばわりとは。いかに効率的に気持ちよくなるか、それしか考えていない。


 男と会う前は、いくらか邪悪な考えもあった。

 もしかしたら俺は、軽率に人を殺めてしまうんじゃないかとも懸念した。

 だが、それをするには、あまりにくだらない相手だった。俺の残りの人生を賭けるに値する相手ではなかった。


 一杯飲んで店を出ると、急に虚しくなってきた。

 なんならこの復讐をもって、俺のなにかが解決すると思っていたのに。

 本当に、くだらないとしか言えなかった。


 *


 後日、A子を連れ出してドライブに出かけた。

 A子は車椅子。まだ髪もないからキャップをかぶっている。


「いいの? あたしなんかに構ってて。奥さん怒るんじゃない?」

「そういえば俺、既婚者だったっけ」

 一体どうしたらいいんだろう。

 もうC子も忘れていると思うが。


 途中で車を止めて、野原を散歩した。

 優しい風が、新緑のにおいを運んでくる。


「太陽、キラキラしてる」

「そうだな」


 べつに特別な一日じゃない。

 特別な場所でもない。

 なのに、景色だけは心に響いた。宇宙からは見えなかった景色。ぬるい風。草のにおい。淡い色彩の空。ゆっくりと流れる雲。

 人間を好きになれないなら、自然を愛すればいい。自然は、嫌なことを言ってこない。たまに制御不能になってひどい目に遭わせてくるが。それでも自然のすることなんだから仕方がないと思える。


「帰りにさ、ソフトクリーム食べたい。道の駅のやつ」

「そうしよう」

「あとポテトフライとか。あ、ごめん。まだ味覚ないんだっけ?」

「じつは最近治ってきたんだ。気にしなくていい」


 メシを食っているときに、急に味を感じてハッとすることが増えてきた。

 そういえばこんな味だったな、と。

 つまり俺は、いくらか宿題にケリをつけることができたのかもしれない。本当に、いつの間にか。


「できれば桜が見たかったなぁ」

「それは来年にしよう」

「えーっ。そんときはもう死んでるかもしれないのに?」

「生きてるかもしれない」

「まあそうだね。分かんないね」

 不謹慎かもしれないが、たまにこうして冗談にでもしていないと、もたない。

 この話題を完全に避けようとすると、どうしても会話がいびつになってしまう。


「ねえ、お兄さん。この世界のこと、少しは好きになれた?」

「どうだろうな。でもたぶん、徐々に好きになってる気はする」

 だから味覚も戻ってきたんだろう。抜けていた髪も生えてきた。人間はわりと簡単に壊れるが、治ることもあるようだ。

 すると彼女は、満面の笑みでこちらへ向き直った。

「あたしは好きだよ。だって楽しいもん」

「そっか」

 俺もつられて笑ってしまった。


 なにが楽しいのかは分からないが。

 いや、意味なんて分からなくてもいいだろう。

 本当に、とにかく楽しいのだから。


(終わり)

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