妙な夢を見た(十)
その晩は、疲れていたせいかすぐに眠れた。
そして疲れていたのに、コマに呼び出された。
無名閣――。
青空に突き出した一本の楼閣。
「ん? なんだ? いったいどうして……」
「話があってのぅ。じゃが、今日はお主だけじゃ。あの会議とやらはもううんざりじゃからの」
コマが建屋から出てきた。
今日ももふもふしている。
しかしこの姿は偽装。瀕死の体を、健康に見せているだけだ。死に際のバクみたいに。
「お説教か?」
「わしを殺してくれ」
無垢な顔で、平然とそんなことを言う。
ひっぱたきたくなる。
「それはしないと言ったはずだが」
「わしはバクの代わりになどなりとうない。もう罪を償って死にたいんじゃ」
「ダメだ。俺の命を使ってでも生き延びてもらう」
コマはなじるように目を細めた。
「お主の命を? いったいどれだけ残されとると思っとるんじゃ?」
「言うな。知りたくない」
もしそれを知ってしまったら、きっと動けなくなってしまう。
知らないほうがいい。
コマは小さく溜め息をついた。
「おぬしがやらずとも、どうせこのあと乗り込んできた人間たちが、わしを殺すのじゃ。そんな有象無象にやられるくらいなら、お主に任せたほうがマシじゃ」
「それはなんらかのエビデンスに基づいた予想なのか?」
「えび……?」
きょんとするな。
「いいか? そいつらに負けたくないなら、あんたが力を蓄えればいいだけの話だ」
「負けたいぞい」
「ぞいじゃない。許可しない。俺は自分の命にかえてもあんたを守る」
「なんでそんなことするんじゃ……」
本気で迷惑そうな顔をしている。
「ハッキリ言うぞ。あんたは悪人じゃない。少なくとも俺の基準ではな」
「じゃがわしは……」
「やり方がヘタだっただけだ。少人数から命を奪うんじゃなくて、大人数からほんの少しずつもらえばいい。そうすれば負担にならない。しかもこの世界を救える。あんたは生きたまま罪を償えるんだ」
「それは屁理屈じゃな」
「べつに屁理屈じゃ……」
反論しかけたそのとき、空間が割れた。
侵入者が現れたのだ。
「コマちゃんをいじめないで」
A子だ。
長い髪をなびかせながら、欄干の上に立って腕組みしている。
演出だけは一丁前だ。
そいつは「とうっ」と床へ降り立つと、コマちゃんの後ろに回り込み、いつもの如く吸い込み始めた。
いまとなってはこいつも妖怪のたぐいにしか見えない。
「コマちゃんをいじめないで」
ひとしきり吸ってから、また俺にそんなことを言ってきた。
「いじめてない」
「いじめてた。コマちゃんがイヤだって言ってるのに、ムリにやらせようとしてた」
ムリに?
まあそうだな。
「いいのか、後先考えずにそんなことを言って? なら反論させてもらうが。もしコマちゃんの言う通りに行動していたら、いまごろそいつは死体になってなきゃおかしい。それがそいつの願いなんだからな」
「は?」
「そうならないために行動してるんだ」
「……」
A子はぎゅっとコマにしがみついている。
手放したくないのだろう。
というかまた吸っている。どれだけ吸えば気が済むのだ。そんなにいいものなのか?
「分かった。じゃあ、あたしがバクの代わりになる。これでどう?」
「……」
正気か?
というか、可能なのか?
コマも困惑顔だ。
「ありがたいんじゃが、人間にはムリじゃろ……」
「なんでそんなこと言うの? あたし、コマちゃんを助けたいのに」
「でもおぬし、寿命が」
「あと五年くらいある」
五年?
そんなに短いのか?
コマは、しかしかぶりを振った。
「もうそんなに残っておらんぞい。お主は力を使いすぎたのじゃ」
「え、じゃああと何年くらい?」
「二年くらいじゃ」
「うわ、もうすぐじゃん」
二年?
なぜ平気な顔でいられるんだ。
「待ってくれ。本当なのか? その、二年ってのは……」
俺の言葉に、コマは複雑そうな表情を浮かべた。
「安静にして二年じゃ。力を使えばもっと短くなる。なんもかんもわしのせいなんじゃ」
こいつのせいだ。
だが、それを言っても始まらない。
取り戻せないものは仕方がない。
「A子さんよ、あんた、もう力を使うな」
「なんで?」
「二年だぞ?」
すると彼女は、不快そうに目を細めた。
「だったらなに? 長生きしたらなんかいいことでもあんの?」
「それは……」
「あたし、どっちにしろダメなの。ずっと体が弱かったし。生きてても、病院で寝てるだけ。でも夢の中なら活躍できるんだよ。あたしの活躍の場を奪わないで」
「……」
どいつもこいつも、どうして自分の命を大事にしないんだ。
そういう俺も……。
「悪い。なにも反論できない」
「でしょ?」
「分かった。じゃあ俺たちはいい。みんな命を使って戦おう。けど、今後はそんなことが起きないようにしなきゃいけない。そしてコマちゃん、そんな世界を作れるのはあんただけなんだ。責任を取るっていうなら、未来の世界を救ってくれ」
世界がどうなろうと関係ない。
正直、そういう気持ちはあった。
だけど本当に?
いま自分はなににこだわっているのか。それはどうしてなのか。過去を振り返ると……。俺は、この世界が平和であって欲しかったのだ。
哀しみをすべてなくすなんて、大袈裟なことは言わない。
ただ、余計な軋轢は減らせるはずだ。軋轢によって生じる不幸も。不幸が減れば、人はいまより少しだけ優しくなれると思う。
俺の両親はもう生き返らない。だけどああいう事件をいくらか減らせる。それでいいじゃないか。
「頼む、コマちゃん」
「……」
コマは、それでも首を縦に振らなかった。
その代わり、景色が一変した。
山林の建つ一軒家。
トキの領域だ。
コマは静かに呼吸をし、こう告げた。
「わしはそんなことしとうない。じゃが、会議でそう決まったなら従ってもよい」
他のメンバーも招集されていた。
たぶんイヤだったとは思うが。
どうしても、自分の意思では決めたくなかったのだろう。
結果がどうなるか分かっていたとしても。
*
「会議に先立って、一点だけ」
ウィリアムズ氏が、神妙な表情で挙手をした。
「アメリカはすでに行動を開始しています。私は、自国の利益を損なうことはできない。ですから会議への参加は、これで最後にしたいと思います」
話が急なようにも思うが。
しかし、状況はそこまで切迫しているということなのだろう。
米軍はすぐにでもエネルギーの吸引を始める。妨害するものとは戦うつもりでいる。
ウィリアムズ氏の立場を考えれば、今回の選択はやむをえない。むしろ誠実に説明してくれただけ感謝しなくては。
彼はこうも付け加えた。
「とはいえ、このエネルギーの原資がなんなのか、世界へ訴える努力は続けていきたいと思います。皆さんも同じ考えだと嬉しい。またいずれ仲間として再会できることを願っていますよ」
「ありがとう。俺もそう願ってます」
前回の会議で決まったことを、これからも続けてくれるというのだ。
道は違えど、仲間であることに変わりはない。
すると珍しく、コマが提案を出してきた。
「今日の議題についてじゃが。わしをバクの代わりにするという案があるようじゃの。わしは拒否するほうにすべて投じるが……。おぬしらは好きにせい。結果には従う」
提案はいくつか提出されたが、票が投じられたのはおもに以下の二点だった。
コマをバクの代わりにする。
コマをバクの代わりにしない。
そして圧倒的多数で前者が選ばれた。
「では、コマちゃんにはバクの代わりをつとめてもらう。そしてみんなで仲良く。これが会議の決定だ」
俺は各票を眺めながらそうまとめた。
トキはまたいつもの提案を出してきた。
だが、それでいい。
各人がエゴをぶつけ合う。そういう設計のルールなのだ。だからこそ票を競わせる意味がある。トキは最後までエゴを通した。
コマはやれやれとばかりに席を立った。
「知らんぞ、どうなっても。力をつけたわしが心変わりして、人を襲うようになっても責任とれんからな」
もちろんその可能性は想定している。
想定したところでどうにかなるものでもないが。
俺はしいて笑った。
「もしそうなったら、それをよしとしない誰かがあんたをぶっ飛ばすだけだ」
「ふん。バクの命を奪ったお主が言うんじゃから、間違いなかろうな」
とはいえ、ダメージを与えたのはほぼA子だ。俺はトドメを刺しただけ。最後にウマいところだけ持っていったというわけだ。仕方がない。あんなバケモノに殺されたくなかった。それでも、あきらめなかった自分を誇りたい気持ちはある。
A子はなんとも言えない表情でコマに近づいていった。
「コマちゃん。強くなっても、あたしのこと忘れないでね?」
「なにを言うとるんじゃ。お主みたいな女、忘れるわけないじゃろ」
「最後に一回吸わせて」
「べつに最後でもないんじゃが」
コマの返事も待たずに、A子は吸い始めた。
そう。
最後などではない。
まさにこれから始まるのだ。そのための会議だった。
コマが力を得るには、夢を通じて蛭子を寄生させねばならない。バクが時間をかけてそうしたように。俺たちにはコマをサポートする仕事が残されている。財団の思惑通りに。
トキは悠然と茶をすすっていた。
「この選択で、世界が少しでもよくなるといいね」
そうだな。
そうなればいいと、俺も思うよ。心から。
(続く)




