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BAKU  作者: 不覚たん
第二章

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44/50

転職に成功した

 財団はすぐに俺たちを受け入れてくれた。

 のみならず、自然事象調査課なるセクションまで新設して、そこで働かせてくれた。それはありがたいのだが……。課長がコマで、課長補佐が俺、他の二名が一般職員という編成だ。

 ずっと寝てるだけの妖怪が課長とは一体……。まあなかばカルトなので、そういうこともあるのだろう。実際、コマは実在するわけだし。


「じゃあ、コマちゃんのお世話はあたしがやるから。みんなは触らないでね。触ったらそこの罰金ボックスに100万円入れて」

 C子は勝手にそんなことを言い出した。

 自分を飼い主だと思い込んでいる。

 なんで触るだけで100万もぶんどられないといけないのか。


 間宮氏はさっそくコマをなでている。

「これからどうしましょう」

「あ、触った。100万ね」

「なぜあなたの命令に従う必要があるのです? 私の上司は大友さんです」

「あたしも大友だけど?」

「それは偽造された戸籍の話でしょう、椎名さん」

「は? なんだこいつ?」

 小学生が争っているようにしか見えない。

 仲良くしろ。トキもそう言っている。


 俺は課長補佐のデスクに腰をおろした。

「ま、日本政府からもアメリカ政府からも守ってくれるっていうんだ。ひとまずは安心ってところだ」

 丸くおさまった気がする。

 他のあらゆる問題を見ないフリすれば。


 これから水面下で……というか夢の世界で、熾烈なエネルギーの争奪戦が始まる。現実世界での戦争に発展しなければいいが。


 ドアが開いて、青白い顔の中年男性が入ってきた。

「失礼。部長の青田だ」

「玉田です……」

 顔見知りだ。夢の中でも会ったことがある。俺にダウジングロッドの使い方を教えてくれた人物。Kの父親。

「来てくれて嬉しいよ」

「ここの職員だったんですか?」

「まあそうだが、最初からじゃない。保護されたんだ。君たちと同じようにね」

「えっ?」

「財団はね、最初から関係者を取り込むつもりでいたんだよ。ただ、君たちはずっと政府の管理下だったからね。それで手を出せなかっただけだ」

 道理で話が早かったわけだ。

 じゃあカピバラもデカブツもどこかにいるのだろうか?

 あまり顔を合わせたくないんだが。


 彼は肩をすくめた。

「けど、おそらくただの慈善事業じゃない。きっとコマちゃんがやらせてたような仕事も回ってくる。警戒しておくんだな」

「はぁ」

 コマがやらせていた仕事?

 バクの撒いた蛭子を駆除することか?

 だが、バクはもういない。

 ほかになにを駆除しろというのか。財団はコマを攻撃しないはず。となると……なんだ? まったく思いつかない。


 男が退室すると、間宮氏がすました顔で近づいてきた。

「たぶんですけど、財団はコマちゃんをバクの代わりにするつもりなんです」

「えっ?」

 いや、驚くべきではない。

 予想できたことだ。

「このままだと、各国が夢のエネルギーの収奪を始めます。長期的に可能かどうかはともかく……。どの国も、この新エネルギーに乗り遅れたくはないはずです」

「だから新しい管理人が必要、ってわけか」

 コマにはその能力がある。バクは悪意で行動していたが、コマは違う。彼女に管理させるのは悪いアイデアではない。人々の命はいくらか損なわれるが……無尽蔵に吸い尽くされるよりはマシだろう。


 だが、その理屈で言うと、俺たちは夢の世界で、各国と戦うことになる。

 つまり……。

 現実世界で命を狙われる可能性が高まる。

 最悪の選択をしたかもしれない。


 肝心のコマは知らん顔で寝ている。

 痩せこけて瀕死のキツネにしか見えないが。その気になれば、バクにもなれる。こいつが世界のバランスを左右するキーとなるかもしれないのだ。


 *


 財団は埼玉にある。

 広大な敷地に住居や店舗まで内包していて……ちょっとした街のようだった。こんなところで一生を終えるのはごめんだが。選択肢がない以上、ここに住むしかない。


 俺たちにはマンションの一室が与えられた。

 そしていま、当然のようにC子がグリルで魚を焼いている。以前と違うのは、間宮氏も参加しているということだ。

「まだ荷ほどきしてないんですか?」

 不審そうな目で、間宮氏がそんなことを言い出した。

 デジャヴだな。

 余計なトラブルになる前に、先手を打って言っておいた方がいいだろう。

「あの段ボールには両親の遺骨が入ってるんだ。放っておいて欲しい」

「遺骨……」


 するとキッチンからC子が声だけ飛ばしてきた。

「そいつサイコパスだから」

 絶対に人の部屋で魚を焼く妖怪に言われたくないものだな。


 間宮氏は眉をひそめた。

「不謹慎では?」

「え、なにが?」

 C子も不快そうな顔。

 また始まった……。


「前々から思ってましたけど、あなた、常識というものがありませんよね?」

「はぁー? それこっちのセリフなんですけど? 人の戸籍を奪っておいて、よく『自分は常識人です』みたいな顔できんね?」

「戸籍に関しては、アメリカに狙われないようにするためです。もし苦情があるなら、ここへは来ずにアメリカへ行けばよかったのでは?」

「なに? あたしに死ねっての?」

「勝手な曲解で意見を捻じ曲げないでもらえます?」


 地獄だ。

 職場だけならともかく、プライベートな時間まで……。

 魚臭いし。


「はぁー、最悪だね。ゆりちゃんとは大違い。ゆりちゃんはもっと優しい子だったのに。なんで似ないかね」

 C子がそう言うと……間宮氏は反論しなかった。

 のみならず、悔しそうにテーブルを見つめて黙り込んでしまった。

 だがC子からは見えていないのか、さらなる追撃が飛んできた。

「ご両親も残念だろうね。優しいゆりちゃんが天国に行っちゃって。残されたのがこんな頑固でクソかわいくないガキなんて。あたしだったら卒倒してるわ」

「……」

 泣き出しそうにぷるぷる震えている。


「ちょっと椎名さんよ、その辺にしときなよ」

 俺がそう告げると、C子はグリルを止めてこちらへ来た。

「は? なんであんたがそいつの味方すんのよ? そいつ、あたしらを道具みたいに使ってたクズ上司だよ? ムカついてないの?」

「言い過ぎなんだよ」

「どこが? えっ? なに? 泣いてんの?」


 間宮氏は怒った顔で泣いていた。

 どうしてもそれだけは我慢ならないといった様子だ。


「なんで……なんでそんなこと言うんですか……」

「なんでって……。あんたがゴチャゴチャ言ってくるから」

「姉は関係ないじゃないですか! あんな……あんな姉……いなくなって、こっちはせいせいしてるんです!」

「なにそれ? あたしの親友のこと、悪く言わないでよ」

「うるさい! あんなの死んで当然なんだ! なにも知らないのに勝手なこと言ってこないで!」


 地獄度が高い。

 しかも長い沈黙。

 調理中の魚だけが異臭を放っている。

 もっと換気扇を強めに回して欲しい。


「あたし、帰るわ」

「は? え?」

 俺の困惑をよそに、C子は部屋を出て行ってしまった。

 魚はどうすんだ、魚は……。

 いや、間宮氏のことも……。


 俺は立ち上がり、換気扇を最強にしてからテーブルへ戻った。

「悪かったね。あの子、ちょっと興奮しやすくてさ」

「……」

「あ、ティッシュあるから、使って」

「……」

 間宮氏は三枚とってチーンと鼻水をかんだ。

 二枚でいいだろ、と、思ったが、さすがに言えなかった。


 しばらくすると、間宮氏は置き去りにされた缶ビールをあけて、一人でちびちび飲み始めた。

 俺も飲むことにした。どう声をかけていいのか分からない。

「あ、枝豆あるよ」

「はい……」

 C子が買ってきたものだが。

 緊急事態なのだ。使えるものはなんでも使う。


「私、ずっと姉のことが嫌いでした……」

 鼻をすすりながら、間宮氏は語り始めた。

「なにかあったの?」

「いえ……。ただの醜い嫉妬なんです。姉は優しくて……頭もよくて……。両親も、姉には期待してて。私、ずっと比べられてきたんです。姉は優秀なのに、妹は……って」

「それはキツいな……」

「姉はずっと私の味方をしてくれてました。両親にも、そんなこと言わないでって言ってくれて。でも私、みじめで。姉はこんなに凄いのに、なんで私だけこうなんだろうって。そして姉が死んだとき、哀しさと一緒に、喜びも感じてしまって……。ああ、自分は本当にどうしようもない人間なんだなって……」

 どう考えても親が悪い。

 親にも親の事情があったのかもしれないが。

 この話だけ聞くと、親を擁護する理由がない。


「姉が死んだあと、日記を見つけたんです。私、それを見てしまって。グロテスクでした。バクの件も書かれてたんですが、それよりも、親に対する憎悪が凄くて。できるからってなんでもやらされて。自由時間もなくて。操り人形みたいだって。私のこと、うらやましいって……」

 彼女の姉はバクに目をつけられて、騙されて、無償で働かされた上、寿命を失って死んでしまった。

 だから間宮氏は夢の研究を始めた。


「じつは私も、最初は財団に近づいたんです。バクのことを調べていて、ここの名前が出てきたんで」

「えっ?」

「でも当時は採用してもらえなくて。その代わり、政府のやっているプロジェクトへの参加を推薦されて。夢に関する被害者を減らすためなら、なんでもやろうと思って。でも、そんなのは建前で、本当はエネルギーでお金を稼ぐための歯車でしかなくて……。私、なにやってもダメだなって……。どうせなら、姉じゃなくて私が死んでたらよかったのにって……そう思ってたら、あの女ァ……!」

 途中まで泣きそうだったのに、急に怒り始めた。

 いまの話を聞くと、C子が的確に地雷を踏み抜いたのが分かる。

「ああ、いや、あいつモノ考えないタイプだからさ。分かってないだけなんだよ。ちゃんと説明したほうがいいと思うよ。ね? そしたらさすがに自分のミスを認めると思うし」

「思いますか? あの女ですよ? 一回でもミスを認めたことがあります?」

 つめたい目になった。

 情緒が不安定過ぎる。

 しかも事実しか述べていない。


「いやぁ、まあそのぅ……」

「いまだって魚を途中で放ってどっか行っちゃったじゃないですか! あの女には、責任感ってものがないんですよ! いっさい! その場の勢いだけでダラダラ生きて! 私、ああいうタイプ本当に嫌いなんです!」

「魚は俺が焼くよ」

「いえ、私が焼きます。私のほうがうまいので」

「じゃあお願い……」

 間宮氏はガッと立ち上がって、キッチンへ行ってしまった。

 情緒が壊れていて怖い。


 せっかく転職に成功したのに、明日からどうすんだこれ……。

 世界はこれ以上、俺の毛をむしらないで欲しい。味覚はもういいから。せめて髪だけは。


(続く)

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