転職に成功した
財団はすぐに俺たちを受け入れてくれた。
のみならず、自然事象調査課なるセクションまで新設して、そこで働かせてくれた。それはありがたいのだが……。課長がコマで、課長補佐が俺、他の二名が一般職員という編成だ。
ずっと寝てるだけの妖怪が課長とは一体……。まあなかばカルトなので、そういうこともあるのだろう。実際、コマは実在するわけだし。
「じゃあ、コマちゃんのお世話はあたしがやるから。みんなは触らないでね。触ったらそこの罰金ボックスに100万円入れて」
C子は勝手にそんなことを言い出した。
自分を飼い主だと思い込んでいる。
なんで触るだけで100万もぶんどられないといけないのか。
間宮氏はさっそくコマをなでている。
「これからどうしましょう」
「あ、触った。100万ね」
「なぜあなたの命令に従う必要があるのです? 私の上司は大友さんです」
「あたしも大友だけど?」
「それは偽造された戸籍の話でしょう、椎名さん」
「は? なんだこいつ?」
小学生が争っているようにしか見えない。
仲良くしろ。トキもそう言っている。
俺は課長補佐のデスクに腰をおろした。
「ま、日本政府からもアメリカ政府からも守ってくれるっていうんだ。ひとまずは安心ってところだ」
丸くおさまった気がする。
他のあらゆる問題を見ないフリすれば。
これから水面下で……というか夢の世界で、熾烈なエネルギーの争奪戦が始まる。現実世界での戦争に発展しなければいいが。
ドアが開いて、青白い顔の中年男性が入ってきた。
「失礼。部長の青田だ」
「玉田です……」
顔見知りだ。夢の中でも会ったことがある。俺にダウジングロッドの使い方を教えてくれた人物。Kの父親。
「来てくれて嬉しいよ」
「ここの職員だったんですか?」
「まあそうだが、最初からじゃない。保護されたんだ。君たちと同じようにね」
「えっ?」
「財団はね、最初から関係者を取り込むつもりでいたんだよ。ただ、君たちはずっと政府の管理下だったからね。それで手を出せなかっただけだ」
道理で話が早かったわけだ。
じゃあカピバラもデカブツもどこかにいるのだろうか?
あまり顔を合わせたくないんだが。
彼は肩をすくめた。
「けど、おそらくただの慈善事業じゃない。きっとコマちゃんがやらせてたような仕事も回ってくる。警戒しておくんだな」
「はぁ」
コマがやらせていた仕事?
バクの撒いた蛭子を駆除することか?
だが、バクはもういない。
ほかになにを駆除しろというのか。財団はコマを攻撃しないはず。となると……なんだ? まったく思いつかない。
男が退室すると、間宮氏がすました顔で近づいてきた。
「たぶんですけど、財団はコマちゃんをバクの代わりにするつもりなんです」
「えっ?」
いや、驚くべきではない。
予想できたことだ。
「このままだと、各国が夢のエネルギーの収奪を始めます。長期的に可能かどうかはともかく……。どの国も、この新エネルギーに乗り遅れたくはないはずです」
「だから新しい管理人が必要、ってわけか」
コマにはその能力がある。バクは悪意で行動していたが、コマは違う。彼女に管理させるのは悪いアイデアではない。人々の命はいくらか損なわれるが……無尽蔵に吸い尽くされるよりはマシだろう。
だが、その理屈で言うと、俺たちは夢の世界で、各国と戦うことになる。
つまり……。
現実世界で命を狙われる可能性が高まる。
最悪の選択をしたかもしれない。
肝心のコマは知らん顔で寝ている。
痩せこけて瀕死のキツネにしか見えないが。その気になれば、バクにもなれる。こいつが世界のバランスを左右するキーとなるかもしれないのだ。
*
財団は埼玉にある。
広大な敷地に住居や店舗まで内包していて……ちょっとした街のようだった。こんなところで一生を終えるのはごめんだが。選択肢がない以上、ここに住むしかない。
俺たちにはマンションの一室が与えられた。
そしていま、当然のようにC子がグリルで魚を焼いている。以前と違うのは、間宮氏も参加しているということだ。
「まだ荷ほどきしてないんですか?」
不審そうな目で、間宮氏がそんなことを言い出した。
デジャヴだな。
余計なトラブルになる前に、先手を打って言っておいた方がいいだろう。
「あの段ボールには両親の遺骨が入ってるんだ。放っておいて欲しい」
「遺骨……」
するとキッチンからC子が声だけ飛ばしてきた。
「そいつサイコパスだから」
絶対に人の部屋で魚を焼く妖怪に言われたくないものだな。
間宮氏は眉をひそめた。
「不謹慎では?」
「え、なにが?」
C子も不快そうな顔。
また始まった……。
「前々から思ってましたけど、あなた、常識というものがありませんよね?」
「はぁー? それこっちのセリフなんですけど? 人の戸籍を奪っておいて、よく『自分は常識人です』みたいな顔できんね?」
「戸籍に関しては、アメリカに狙われないようにするためです。もし苦情があるなら、ここへは来ずにアメリカへ行けばよかったのでは?」
「なに? あたしに死ねっての?」
「勝手な曲解で意見を捻じ曲げないでもらえます?」
地獄だ。
職場だけならともかく、プライベートな時間まで……。
魚臭いし。
「はぁー、最悪だね。ゆりちゃんとは大違い。ゆりちゃんはもっと優しい子だったのに。なんで似ないかね」
C子がそう言うと……間宮氏は反論しなかった。
のみならず、悔しそうにテーブルを見つめて黙り込んでしまった。
だがC子からは見えていないのか、さらなる追撃が飛んできた。
「ご両親も残念だろうね。優しいゆりちゃんが天国に行っちゃって。残されたのがこんな頑固でクソかわいくないガキなんて。あたしだったら卒倒してるわ」
「……」
泣き出しそうにぷるぷる震えている。
「ちょっと椎名さんよ、その辺にしときなよ」
俺がそう告げると、C子はグリルを止めてこちらへ来た。
「は? なんであんたがそいつの味方すんのよ? そいつ、あたしらを道具みたいに使ってたクズ上司だよ? ムカついてないの?」
「言い過ぎなんだよ」
「どこが? えっ? なに? 泣いてんの?」
間宮氏は怒った顔で泣いていた。
どうしてもそれだけは我慢ならないといった様子だ。
「なんで……なんでそんなこと言うんですか……」
「なんでって……。あんたがゴチャゴチャ言ってくるから」
「姉は関係ないじゃないですか! あんな……あんな姉……いなくなって、こっちはせいせいしてるんです!」
「なにそれ? あたしの親友のこと、悪く言わないでよ」
「うるさい! あんなの死んで当然なんだ! なにも知らないのに勝手なこと言ってこないで!」
地獄度が高い。
しかも長い沈黙。
調理中の魚だけが異臭を放っている。
もっと換気扇を強めに回して欲しい。
「あたし、帰るわ」
「は? え?」
俺の困惑をよそに、C子は部屋を出て行ってしまった。
魚はどうすんだ、魚は……。
いや、間宮氏のことも……。
俺は立ち上がり、換気扇を最強にしてからテーブルへ戻った。
「悪かったね。あの子、ちょっと興奮しやすくてさ」
「……」
「あ、ティッシュあるから、使って」
「……」
間宮氏は三枚とってチーンと鼻水をかんだ。
二枚でいいだろ、と、思ったが、さすがに言えなかった。
しばらくすると、間宮氏は置き去りにされた缶ビールをあけて、一人でちびちび飲み始めた。
俺も飲むことにした。どう声をかけていいのか分からない。
「あ、枝豆あるよ」
「はい……」
C子が買ってきたものだが。
緊急事態なのだ。使えるものはなんでも使う。
「私、ずっと姉のことが嫌いでした……」
鼻をすすりながら、間宮氏は語り始めた。
「なにかあったの?」
「いえ……。ただの醜い嫉妬なんです。姉は優しくて……頭もよくて……。両親も、姉には期待してて。私、ずっと比べられてきたんです。姉は優秀なのに、妹は……って」
「それはキツいな……」
「姉はずっと私の味方をしてくれてました。両親にも、そんなこと言わないでって言ってくれて。でも私、みじめで。姉はこんなに凄いのに、なんで私だけこうなんだろうって。そして姉が死んだとき、哀しさと一緒に、喜びも感じてしまって……。ああ、自分は本当にどうしようもない人間なんだなって……」
どう考えても親が悪い。
親にも親の事情があったのかもしれないが。
この話だけ聞くと、親を擁護する理由がない。
「姉が死んだあと、日記を見つけたんです。私、それを見てしまって。グロテスクでした。バクの件も書かれてたんですが、それよりも、親に対する憎悪が凄くて。できるからってなんでもやらされて。自由時間もなくて。操り人形みたいだって。私のこと、うらやましいって……」
彼女の姉はバクに目をつけられて、騙されて、無償で働かされた上、寿命を失って死んでしまった。
だから間宮氏は夢の研究を始めた。
「じつは私も、最初は財団に近づいたんです。バクのことを調べていて、ここの名前が出てきたんで」
「えっ?」
「でも当時は採用してもらえなくて。その代わり、政府のやっているプロジェクトへの参加を推薦されて。夢に関する被害者を減らすためなら、なんでもやろうと思って。でも、そんなのは建前で、本当はエネルギーでお金を稼ぐための歯車でしかなくて……。私、なにやってもダメだなって……。どうせなら、姉じゃなくて私が死んでたらよかったのにって……そう思ってたら、あの女ァ……!」
途中まで泣きそうだったのに、急に怒り始めた。
いまの話を聞くと、C子が的確に地雷を踏み抜いたのが分かる。
「ああ、いや、あいつモノ考えないタイプだからさ。分かってないだけなんだよ。ちゃんと説明したほうがいいと思うよ。ね? そしたらさすがに自分のミスを認めると思うし」
「思いますか? あの女ですよ? 一回でもミスを認めたことがあります?」
つめたい目になった。
情緒が不安定過ぎる。
しかも事実しか述べていない。
「いやぁ、まあそのぅ……」
「いまだって魚を途中で放ってどっか行っちゃったじゃないですか! あの女には、責任感ってものがないんですよ! いっさい! その場の勢いだけでダラダラ生きて! 私、ああいうタイプ本当に嫌いなんです!」
「魚は俺が焼くよ」
「いえ、私が焼きます。私のほうがうまいので」
「じゃあお願い……」
間宮氏はガッと立ち上がって、キッチンへ行ってしまった。
情緒が壊れていて怖い。
せっかく転職に成功したのに、明日からどうすんだこれ……。
世界はこれ以上、俺の毛をむしらないで欲しい。味覚はもういいから。せめて髪だけは。
(続く)




