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BAKU  作者: 不覚たん
第二章

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43/50

妙な夢を見た(九)

 その晩、トキの招集を受けた。

 というか俺の状況を見ていて、みんなを集めてくれたのだろう。


 小さな木造の家屋。

 円形のテーブルを囲んで、俺たちは茶を供された。


「会議をしよう」

 トキはそれだけ告げ、茶をすすった。

 この会議を気に入っていただけてなによりだ。この崇高な会議を「ゲーム」としか呼ばない人間もいるが。


 まずウィリアムズ氏が挙手をした。

「その前に、バクが消滅したというのは事実ですか?」

 彼も専門家だ。

 バクの消失は、観測しているデータからも明らかなはず。

 それでも信じられないような出来事ということなのかもしれない。


 間宮氏が溜め息まじりに応じた。

「事実です」


 この流れに、俺も遠慮なく乗っかることにした。

「間違いないですよ。死ぬところを見ましたから」

 間宮氏は「当然でしょう、あなたが殺したんだから」などと皮肉を飛ばしてくる。

 正当防衛なのに。


 A子は目を泳がせていた。

「か、勝ててよかったね」

 急にいなくなったことを、いちおうは申し訳なく思っているということか。

「なんで急に消えたんだ?」

「違うの! 起こされたの! 変な数値出ちゃったから!」

「べつに責めてない。それを計算に入れておかなかったのは俺も同じだ」

「ごめんね。次からは気を付けるから」


 次、か。

 もう誰かと戦う機会もないと思うが。


 会話が途切れたので、俺はこう提案した。

「今日の会議では、新たな議題について論じたい。つまり、コマちゃんを財団に預けるか否か」

 これにウィリアムズ氏が渋い表情を浮かべた。

「財団……。あまりいい印象がありませんね」

「というと?」

「日本政府の監視対象となっているセクトです。アメリカとしては、正式な交渉を持つのは難しい」

 もし日本政府が全面的に正しければそうだろう。

 だが本件に限って言えば、必ずしもそうではない。ハッキリ言ってクソだ。


 コマは溜め息だ。

「わしの意見は聞かんのか?」

 こんなときばかり弱者みたいな顔をする。

 俺は皮肉を禁じえなかった。

「なにか意見でもあるのか?」

 自分の命さえどうでもいいと思っている妖怪が、住む場所に関してこだわりを持っているとは思えないのだが。

「ひどいのぅ。わしはいまの場所から動きとうないのじゃ。C子はわしを大事にしてくれるからのぅ」

 大事?

 お供え物まであって、祭壇みたいになっていたが。

 あれで満足なのか?


「え、ズルい。あたしも飼いたい」

 A子の余計なコメントはスルーしておこう。


 俺は軽く咳払いをした。

「とにかく、この件をみんなの意見で決めたい。あとは、バクも死んだことだし、新しい方針も決めないと」


 バクが死ねば障壁が消える。

 すると人類は、際限なくエネルギーの吸引を始める。

 そういう懸念があった。

 日本側のエンジニアが死亡したことで、それさえ頓挫したように思えたが。それはあくまで日本側の事情だ。他国にとっては、ただ障壁が消えただけ。事態は悪化したとも言える。


 ウィリアムズ氏は首を横に振った。

「バクの障壁が消えたことで、アメリカはエネルギーへの転用を本格化しようとしています。いえ、アメリカに限った話ではなく、中国、ロシア、それにEU諸国も動き始めました。特に、ロシアのエネルギーに依存しているEU諸国は、強い反応を示しています。この流れは止まらないでしょう」

 まあ、そうなるだろう。

 仮に技術的な理由でアメリカの一人勝ちだとして、それもいまだけの話だ。技術はすぐに追いつく。その後はいつも通りの奪い合い。特にEUは、ロシアへの依存を快く思っていない。すぐにでも自前のエネルギーを手にしたいはずだ。

 善悪の問題じゃない。みんなエネルギーが必要なのだ。


 ただ、これは人を燃やしてエネルギーを得るようなものだ。

 豊かになるためにエネルギーを使いたいのに、使えば使うほど不幸になる。

 本当に世界は、それを是とするのか?


 *


 案が出そろい、投票も終わった。


■提案者:俺

案1.コマを財団に預ける

→計7票(内訳:俺4票、A子3票)


■提案者:間宮氏

案2.日本政府の反応を待つ

→計3票(内訳:間宮氏3票)


■ウィリアムズ氏

案3.非人道的なエネルギーであることを世界に訴える

→計11票(内訳:俺1票、ウィリアムズ氏6票、間宮氏3票、トキ1票)


■A子

案4.コマを財団に預けないで今のまま飼う

→計3票(内訳:A子3票)


■コマ

案5.何もしない

→計6票(内訳:コマ6票)


■トキ

案6.みんなで仲良くする

→計6票(内訳:俺1票、トキ5票)


 約一名、やる気の感じられないヤツもいるが。

 ルール上、禁止されてはいない。


 俺は茶をすすり、ゆっくりと溜め息をついてから、こう切り出した。

「では、これが非人道的なエネルギーであることを……なんとかして世界に訴えるというのが主軸。コマは財団に預ける。日本政府の反応も待つし、みんなで仲良くもする。何もしないという意見はすべてと矛盾するため却下。これでよろしいか?」

 トキはにこにこだ。

「いいよ」

 俺が一票入れたから喜んでいるのかもしれない。

 別にふざけたわけじゃない。

 意外とこれが大事という気がしたのだ。俺たちは、結局のところ一人ではなにもできない。だからこうしてみんなで顔を合わせている。

 助けが欲しいのだ。


 そう。

 俺が助けを求めるべき相手は、神ではなかった。

 人に助けを求めるべきだったのだ。

 まあそれで両親が幸せになれたかは疑問だが。可能性だけで言うなら、神よりもあった。他のどんな選択肢だって、可能性がゼロでないだけマシだったろう。


 *


 翌朝、さっそく財団が事務所へ引き取りにきた。


「賢明な判断をしたな」

「いや、あたしちっとも納得してないんだけど」

 事務所に来た老人に、C子は遠慮もなく言い放った。

 話をややこしくしないで欲しい。


 俺はなんとか笑みを浮かべた。

「彼女には俺から説明しておきます」

「そうしてくれ」

 老人は出されたコーヒーをすすり、顔をしかめた。

 違うのだ。わざとじゃない。この事務所で最良のコーヒーがそれなのだ。恨むなら人ではなく、世界を恨んで欲しい。


 老人は不快そうに呼吸をしてから、こちらを見た。

「さて、賢い犬には、いいエサを与えんとな。それが私の哲学だ。若造、なにか欲しいものはあるか? 私を怒らせん程度の要求を出してみろ」

「でしたら、コマを大事に扱ってください」

「無欲なのか? それとも偽善者か? 言われんでもそうする。まあいい。この件は保留としておこう。困ったことがあれば泣きついてくるがいい。内容によっては応じてやる」

「ありがとうございます」

 力を持っている相手の機嫌をわざわざ損ねる必要はない。

 仲良くしておけばいいのだ。

 トキもそう言っている。


 C子は肘で小突いてきた。

「なに自分だけウマい思いしようとしてんの? 一億くらいもらっておけばよかったのに」

「そんなデカい金、もらっても運用できないだろ」


 老人がソファから腰を上げると、黒服がコマの入った檻を持って追従した。

 きっと忙しいのだろう。

 俺たちのくだらない会話を聞いている暇はないのだ。


 *


 さて、これから通常業務か……と思われた矢先、間宮氏が近づいてきた。

「コマの問題が解決してなにより。続いて、私のほうから業務連絡があります」

「業務連絡?」

 ついにクソマズいコーヒーをなんとかしてくれるのか?

 客人を怒らせる効果しかないのだから、もう二度と出さないほうがいい。


 間宮氏はひとつ呼吸をし、静かに告げた。

「今月をもちまして、本プロジェクトは解散となります」

「かいさ……えっ? はい?」

 解散?

 どういう?


 間宮氏はごくさめた目で、こう続けた。

「解散です。二人はクビですよ」

「いや、でも公務員ってクビにならないんじゃ?」

「いつから公務員になったんですか?」

「だって、政府の仕事してるんですよ?」

「勘違いしないでください。一時契約のみなし公務員です。ただの民間人ですよ」

 知らなかった。

 将来安泰かもしれないと思っていたのに。


 C子が目をぱちくりさせた。

「は? じゃあ、あたしらどうなんの? 最初に言われたみたいに、アメリカに隔離されんの?」

 俺たちは知ってはいけない情報を知ってしまったから、アメリカに隔離される可能性があった。それを回避するためにここに就職したのだ。


 間宮氏は不快そうに目を細めている。

「そうかもしれませんね」

 完全に他人事だ。

 人の命をなんとも思っちゃいないのか。


 だが、間宮氏の様子もおかしかった。

「自分たちだけ被害者みたいな顔しないでください。私だって……私だってクビなんですよ。もうあなたたちを助ける権限もなくなるんです」

 こいつも一時契約だったのか。

 まあ表向き存在しない組織に、まともな公務員を入れることはできない。だからいつでも切れる人間をその職につけたのだろう。いつでも切れて、なおかつ裏切らない人間を。間宮氏は姉の件があるから、この職務には忠実だろうし。


 C子はこちらを見た。

「あ、やった。離婚できるじゃん」

「よかったな」

 いま出てくる感想がそれなのか。

 まあこの設定はずっとおかしかったからな。ようやく解消できるというわけだ。


 俺は間宮氏に尋ねた。

「えーと、つまり日本政府は、エネルギーへの転用をあきらめるということですか?」

「先日亡くなったエンジニアが、重要なデータを消去してしまいましたからね。いまから世界と競うのは不可能という判断になりました」

 それが日本政府の回答か。


 つまり日本を変えたのはバクじゃない。

 あのエンジニアだ。

 いいこととは言えないが。まあ彼は彼なりの意思を貫徹したということなんだろう。


「分かった。分かりました。じゃあみんなで財団に転職しませんか?」

「はい?」

 俺の提案に、間宮氏は目を丸くしていた。

「だってあのご老人、困ったことがあったら泣きついてこいって言ってたし。ちょうどいいチャンスでは? ま、先方がうなずくかどうかは分かりませんけどね」

「わ、私も……いいのですか?」

 間宮氏は弱気になっていた。

 ムリもない。アイデンティティーの大半を失うのだ。

 だが、ここで俺は攻勢に出るべきではない。情けは人のためならず。味方になる可能性のある相手ならなおさらだ。

「もちろん。置き去りになんてしませんよ。俺たち、仲間でしょ?」

「大友さん……」


 C子が舌打ちした。

「なにいい雰囲気になってんだよ、死にてーのか……」

 怖い。


(続く)

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