妙な夢を見た(九)
その晩、トキの招集を受けた。
というか俺の状況を見ていて、みんなを集めてくれたのだろう。
小さな木造の家屋。
円形のテーブルを囲んで、俺たちは茶を供された。
「会議をしよう」
トキはそれだけ告げ、茶をすすった。
この会議を気に入っていただけてなによりだ。この崇高な会議を「ゲーム」としか呼ばない人間もいるが。
まずウィリアムズ氏が挙手をした。
「その前に、バクが消滅したというのは事実ですか?」
彼も専門家だ。
バクの消失は、観測しているデータからも明らかなはず。
それでも信じられないような出来事ということなのかもしれない。
間宮氏が溜め息まじりに応じた。
「事実です」
この流れに、俺も遠慮なく乗っかることにした。
「間違いないですよ。死ぬところを見ましたから」
間宮氏は「当然でしょう、あなたが殺したんだから」などと皮肉を飛ばしてくる。
正当防衛なのに。
A子は目を泳がせていた。
「か、勝ててよかったね」
急にいなくなったことを、いちおうは申し訳なく思っているということか。
「なんで急に消えたんだ?」
「違うの! 起こされたの! 変な数値出ちゃったから!」
「べつに責めてない。それを計算に入れておかなかったのは俺も同じだ」
「ごめんね。次からは気を付けるから」
次、か。
もう誰かと戦う機会もないと思うが。
会話が途切れたので、俺はこう提案した。
「今日の会議では、新たな議題について論じたい。つまり、コマちゃんを財団に預けるか否か」
これにウィリアムズ氏が渋い表情を浮かべた。
「財団……。あまりいい印象がありませんね」
「というと?」
「日本政府の監視対象となっているセクトです。アメリカとしては、正式な交渉を持つのは難しい」
もし日本政府が全面的に正しければそうだろう。
だが本件に限って言えば、必ずしもそうではない。ハッキリ言ってクソだ。
コマは溜め息だ。
「わしの意見は聞かんのか?」
こんなときばかり弱者みたいな顔をする。
俺は皮肉を禁じえなかった。
「なにか意見でもあるのか?」
自分の命さえどうでもいいと思っている妖怪が、住む場所に関してこだわりを持っているとは思えないのだが。
「ひどいのぅ。わしはいまの場所から動きとうないのじゃ。C子はわしを大事にしてくれるからのぅ」
大事?
お供え物まであって、祭壇みたいになっていたが。
あれで満足なのか?
「え、ズルい。あたしも飼いたい」
A子の余計なコメントはスルーしておこう。
俺は軽く咳払いをした。
「とにかく、この件をみんなの意見で決めたい。あとは、バクも死んだことだし、新しい方針も決めないと」
バクが死ねば障壁が消える。
すると人類は、際限なくエネルギーの吸引を始める。
そういう懸念があった。
日本側のエンジニアが死亡したことで、それさえ頓挫したように思えたが。それはあくまで日本側の事情だ。他国にとっては、ただ障壁が消えただけ。事態は悪化したとも言える。
ウィリアムズ氏は首を横に振った。
「バクの障壁が消えたことで、アメリカはエネルギーへの転用を本格化しようとしています。いえ、アメリカに限った話ではなく、中国、ロシア、それにEU諸国も動き始めました。特に、ロシアのエネルギーに依存しているEU諸国は、強い反応を示しています。この流れは止まらないでしょう」
まあ、そうなるだろう。
仮に技術的な理由でアメリカの一人勝ちだとして、それもいまだけの話だ。技術はすぐに追いつく。その後はいつも通りの奪い合い。特にEUは、ロシアへの依存を快く思っていない。すぐにでも自前のエネルギーを手にしたいはずだ。
善悪の問題じゃない。みんなエネルギーが必要なのだ。
ただ、これは人を燃やしてエネルギーを得るようなものだ。
豊かになるためにエネルギーを使いたいのに、使えば使うほど不幸になる。
本当に世界は、それを是とするのか?
*
案が出そろい、投票も終わった。
■提案者:俺
案1.コマを財団に預ける
→計7票(内訳:俺4票、A子3票)
■提案者:間宮氏
案2.日本政府の反応を待つ
→計3票(内訳:間宮氏3票)
■ウィリアムズ氏
案3.非人道的なエネルギーであることを世界に訴える
→計11票(内訳:俺1票、ウィリアムズ氏6票、間宮氏3票、トキ1票)
■A子
案4.コマを財団に預けないで今のまま飼う
→計3票(内訳:A子3票)
■コマ
案5.何もしない
→計6票(内訳:コマ6票)
■トキ
案6.みんなで仲良くする
→計6票(内訳:俺1票、トキ5票)
約一名、やる気の感じられないヤツもいるが。
ルール上、禁止されてはいない。
俺は茶をすすり、ゆっくりと溜め息をついてから、こう切り出した。
「では、これが非人道的なエネルギーであることを……なんとかして世界に訴えるというのが主軸。コマは財団に預ける。日本政府の反応も待つし、みんなで仲良くもする。何もしないという意見はすべてと矛盾するため却下。これでよろしいか?」
トキはにこにこだ。
「いいよ」
俺が一票入れたから喜んでいるのかもしれない。
別にふざけたわけじゃない。
意外とこれが大事という気がしたのだ。俺たちは、結局のところ一人ではなにもできない。だからこうしてみんなで顔を合わせている。
助けが欲しいのだ。
そう。
俺が助けを求めるべき相手は、神ではなかった。
人に助けを求めるべきだったのだ。
まあそれで両親が幸せになれたかは疑問だが。可能性だけで言うなら、神よりもあった。他のどんな選択肢だって、可能性がゼロでないだけマシだったろう。
*
翌朝、さっそく財団が事務所へ引き取りにきた。
「賢明な判断をしたな」
「いや、あたしちっとも納得してないんだけど」
事務所に来た老人に、C子は遠慮もなく言い放った。
話をややこしくしないで欲しい。
俺はなんとか笑みを浮かべた。
「彼女には俺から説明しておきます」
「そうしてくれ」
老人は出されたコーヒーをすすり、顔をしかめた。
違うのだ。わざとじゃない。この事務所で最良のコーヒーがそれなのだ。恨むなら人ではなく、世界を恨んで欲しい。
老人は不快そうに呼吸をしてから、こちらを見た。
「さて、賢い犬には、いいエサを与えんとな。それが私の哲学だ。若造、なにか欲しいものはあるか? 私を怒らせん程度の要求を出してみろ」
「でしたら、コマを大事に扱ってください」
「無欲なのか? それとも偽善者か? 言われんでもそうする。まあいい。この件は保留としておこう。困ったことがあれば泣きついてくるがいい。内容によっては応じてやる」
「ありがとうございます」
力を持っている相手の機嫌をわざわざ損ねる必要はない。
仲良くしておけばいいのだ。
トキもそう言っている。
C子は肘で小突いてきた。
「なに自分だけウマい思いしようとしてんの? 一億くらいもらっておけばよかったのに」
「そんなデカい金、もらっても運用できないだろ」
老人がソファから腰を上げると、黒服がコマの入った檻を持って追従した。
きっと忙しいのだろう。
俺たちのくだらない会話を聞いている暇はないのだ。
*
さて、これから通常業務か……と思われた矢先、間宮氏が近づいてきた。
「コマの問題が解決してなにより。続いて、私のほうから業務連絡があります」
「業務連絡?」
ついにクソマズいコーヒーをなんとかしてくれるのか?
客人を怒らせる効果しかないのだから、もう二度と出さないほうがいい。
間宮氏はひとつ呼吸をし、静かに告げた。
「今月をもちまして、本プロジェクトは解散となります」
「かいさ……えっ? はい?」
解散?
どういう?
間宮氏はごくさめた目で、こう続けた。
「解散です。二人はクビですよ」
「いや、でも公務員ってクビにならないんじゃ?」
「いつから公務員になったんですか?」
「だって、政府の仕事してるんですよ?」
「勘違いしないでください。一時契約のみなし公務員です。ただの民間人ですよ」
知らなかった。
将来安泰かもしれないと思っていたのに。
C子が目をぱちくりさせた。
「は? じゃあ、あたしらどうなんの? 最初に言われたみたいに、アメリカに隔離されんの?」
俺たちは知ってはいけない情報を知ってしまったから、アメリカに隔離される可能性があった。それを回避するためにここに就職したのだ。
間宮氏は不快そうに目を細めている。
「そうかもしれませんね」
完全に他人事だ。
人の命をなんとも思っちゃいないのか。
だが、間宮氏の様子もおかしかった。
「自分たちだけ被害者みたいな顔しないでください。私だって……私だってクビなんですよ。もうあなたたちを助ける権限もなくなるんです」
こいつも一時契約だったのか。
まあ表向き存在しない組織に、まともな公務員を入れることはできない。だからいつでも切れる人間をその職につけたのだろう。いつでも切れて、なおかつ裏切らない人間を。間宮氏は姉の件があるから、この職務には忠実だろうし。
C子はこちらを見た。
「あ、やった。離婚できるじゃん」
「よかったな」
いま出てくる感想がそれなのか。
まあこの設定はずっとおかしかったからな。ようやく解消できるというわけだ。
俺は間宮氏に尋ねた。
「えーと、つまり日本政府は、エネルギーへの転用をあきらめるということですか?」
「先日亡くなったエンジニアが、重要なデータを消去してしまいましたからね。いまから世界と競うのは不可能という判断になりました」
それが日本政府の回答か。
つまり日本を変えたのはバクじゃない。
あのエンジニアだ。
いいこととは言えないが。まあ彼は彼なりの意思を貫徹したということなんだろう。
「分かった。分かりました。じゃあみんなで財団に転職しませんか?」
「はい?」
俺の提案に、間宮氏は目を丸くしていた。
「だってあのご老人、困ったことがあったら泣きついてこいって言ってたし。ちょうどいいチャンスでは? ま、先方がうなずくかどうかは分かりませんけどね」
「わ、私も……いいのですか?」
間宮氏は弱気になっていた。
ムリもない。アイデンティティーの大半を失うのだ。
だが、ここで俺は攻勢に出るべきではない。情けは人のためならず。味方になる可能性のある相手ならなおさらだ。
「もちろん。置き去りになんてしませんよ。俺たち、仲間でしょ?」
「大友さん……」
C子が舌打ちした。
「なにいい雰囲気になってんだよ、死にてーのか……」
怖い。
(続く)




