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BAKU  作者: 不覚たん
第二章

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42/50

実害が出た

 翌朝、当然だが大騒ぎになっていた。


 間宮氏は朝から電話対応に追われて行動不能。

 遅刻してきたC子は他人事。

 職場の雰囲気は、お世辞にも良好とは言えなかった。


「え、なんなの? ゆりちゃんの妹は、朝から誰と電話してんの?」

 昼になってコンビニから帰ってきたC子は、サンドイッチをかじりながらそんなことを言った。


 その間宮氏は、どこかへ呼び出されて不在。

 いま職場には、俺とC子の二人だけになっていた。


「バクが死んだらしい」

「え、マジで? 誰がやったの?」

「さあな」

 この事務所には盗聴器があるかもしれない。それに、なにも知らないC子を巻き込む必要はない。余計なことは言わないに限る。


「ていうか俺のメシは?」

「は? 自分で買ってきなさいよ。人をパシリに使うとか最低だよ」

「まあ、そうだけど」

 せっかく行ったなら買ってきてくれても……。そう思わなくもないが。そういえば前の職場では、ちょっとコンビニに行くたびに全員の買い物を代行させられた。しかもちょっと違うものを買ってくると皮肉の嵐。小銭の両替までやらされて。あれは本当にクソみたいな文化だった。なにか欲しいなら、自分で買いに行くべきだ。間違いなく。


「コマちゃんはどう?」

「どうって? べつに普通だけど」

 普通ということは、瀕死のままということだ。

 だが、死んでいない。

 それが重要なことだ。


「うわー、見てよ。交通事故だって。それも今日だけで何件も」

 C子はネットを見ながらそんなことを言った。

 バクが一気に命を吸い出したから、その被害に遭った人々が事故を起こしたのかもしれない。絶対とは言えないが。少なくとも俺の両親はそのケースだった。

 今回の事故は気の毒だが、バクが死んでくれてよかったと心の底から思う。


 カフェオレをすすり、サンドイッチをかじりながら、C子はネットを続けた。

 まあ昼休みなんだから、自由にしていいとは思うが。


「ダムでも変死体だって。日本どうなってんのよ」

「……」

 変死というのは、死因を特定できない場合の表現だから、まあ普通にありえる話として。

 場所がダムというのは……。

 嫌な予感がする。


 血相を変えた間宮氏が、大股で戻ってきた。

「大友さん! 説明してください!」

「はい?」

「あなたがバクを殺したんでしょ!」

「それは確定した情報ですか?」

「してません! だから聞いてるんです!」

 そういう聞き方ではなかった気がするが。


 間宮氏はかかってきた電話を容赦なく切り、自分のデスクについた。

「今朝、とあるダムで死者が出ました。じつはプロジェクトにも関係していた人物で……」

「財団のエンジニア?」

「なぜそれを……」

 アタリだ。

 彼はバクを殺すのに手を貸したから、財団に殺されたのだ。ダムに機材まで設置していたのだから、簡単に特定されてしまったのだろう。

 いくら夢の中で加護を受けていても、現実世界では通じない。


 間宮氏はがっくりと肩を落としながら溜め息をついた。

「分かっていたなら、なぜ報告してくれなかったんですか……」

「リソース不足でして」

 やる気がなかったのも、いわゆるリソース不足に含めていいだろう。

 便利な言葉だ。

「とにかく、そのエンジニアと、A子さん、そしてあなた。その三名が夢に干渉したというデータがあるんです」

「A子さんは無事なんですか?」

「無事です」

「じゃあ俺は」

「無事ですね、いまのところは」

 もう少し優しく言って欲しいのだが。


 俺はあえて肩をすくめた。

「今日のニュース、見ました? 事故だらけですよ。バクが生きていたら、ああいうことが今後も起きていたはず。いや、社会が壊れるくらいの打撃を受けていたでしょう。それを止めたんです」

「止める前に報告できなかったんですか?」

「不可能ですね。俺だって、なんの相談もなく巻き込まれたんですよ。しかも死にかけたし」

 間宮氏は小さく呼吸をした。

「確かに、今回のバクの行動は予測不能でしたし、緊急に対処する必要があったと思います。ですがバクを殺害する必要があったのですか?」

「それに関しては、すでに会議で決定したはずです」

「あのゲームを会議と言い張るつもりですか?」

「現状、ほかに選択肢がありませんからね。もしほかに優先すべき指針があるなら、それに従いますよ」

 ルールをおかしたつもりはない。

 むしろルール通りだ。

 怒られる筋合いはない。


 間宮氏は頭を抱えた。

「プロジェクトを牽引していたエンジニアがいなくなってしまって、研究も完全にストップですよ。エネルギー政策に転用するプランも遠のいてしまいましたし。もうこのプロジェクトは解散かもしれません」

 財団の判断ミスだろう。

 そんな重要なエンジニアを殺すなんて。


 *


 報告書を作っていたら遅くなってしまった。

 間宮氏はまたどこかへ呼び出されたし、C子も先に帰ってしまった。

 俺はマズいコーヒーを飲みながらオフィスに一人。


 コーヒーがマズいことは分かるのに、味が分からないと言われても……。

 味そのものというよりは、風味が分からなくなっているのかもしれない。一口に味覚障害といっても複数のパターンがあるらしいから、そのうちのどれかなんだろう。自覚できないストレスは怖い。


 ドアが開いて、見知らぬ男が入ってきた。

 え、誰だ?


 サングラスをした黒服の大男だ。

 まさか、財団の殺し屋か?

 こんな急に?


 続いて和服の老人が入ってきた。

 そいつはソファにどっと腰をおろし、鋭い眼光でこちらを睨みつけてきた。

「貴様が玉田か?」

 ここの看板は「間宮探偵事務所」だから、勘違いした客という可能性もありえた。

 だが、俺の本名を知っているなら違う。


「玉田九郎です」

「なぜバクを殺した?」

「正当防衛ですよ」

 いや、過剰防衛だったかも。

 いずれにせよ防衛行動だ。第三者に非難されるいわれはない。


「小間森からペットを預かっているだろう。どこにいる?」

「その前に、そちらがどういう素性の方なのか、ヒントくらいいただけませんか?」

 バクの件も、小間森の件も知っているとなると、どうせ財団の関係者だと思うが。


 老人はふんと鼻を鳴らし、不快そうに告げた。

「財団、とだけ言っておこう」

 気取りやがって。

 少しはこちらの知らない情報でも言って欲しいものだ。


「コマの居場所は言えません」

「こちらが穏便にお願いしてるうちに従っておいたほうがいいと思うが」

「俺もダムで変死体になると?」

「貴様……」

 老人の額に青筋が立った。

 怒ったときにこうなる人間を初めて見た。


 老人は咳払いをして、こう続けた。

「なにか勘違いしているようだが、我々が殺したわけではない。あれは自殺だ。遺書もある」

「じ、自殺?」

 ウソだろ?

 そんな繊細な人間には見えなかったが……。

 いや、だが……A子が機材を使ったという話をしたとき、かなり衝撃を受けていた様子だった。自分の開発した機械が、人間に刺さる。それは彼にとって望まないことだったのかもしれない。

「だいたい、あれほどのエンジニアを手放すメリットがあるのか?」

「おっしゃる通り」

「だが我々も、ヤツの言葉に耳を傾けておくべきだったな。アレは動物実験にすら否定的だった。人間には使わないという約束で研究をさせていた」

 まともな感性を有しているかのような口ぶりだ。

 この老人の言葉がすべて事実だとすれば、だが。

「ではなぜ人間に使ったのです?」

「政府の判断だ。対象が死刑囚だというから、こちらも承諾した。だが、罪もない娘に使うとは聞いていない。聞いていたら許可しなかった。例のエンジニアも、去年、娘を亡くしたばかりでな。特に堪えたんだろう」


 本当に?

 本当にまともな人間なのか?


 俺はおそるおそる尋ねた。

「もしコマを保護したら、どうするつもりです?」

「プロジェクトに悪用されないよう、財団で保護するつもりだ。近ごろの政府の態度は看過できん」

「そもそも、そちらはどういった財団なんですか?」

「貴様が知る必要はない」

「俺だってコマを不幸にしたくないんです。判断を誤りたくない」

 あいつは俺の敵だ。

 だが、バクと違って己を正当化せず、きちんと過ちを認めている。

 命を奪うべきではない。


 老人はひとつ呼吸をして、こう応じた。

「我々は、法に無視された存在を保護している。いわば慈善団体だ」

「その言葉を信じたいんですが。だったらなぜバクを政府に売り渡したんです?」

「若造、言葉に気をつけろ。バクを放っておけば、人々に災いをもたらす。それが分かっていたから、ヤツのエネルギーを他に転用すべしと判断したのだ。まさかそのエネルギーの原資が人間の命とは、当時は分からなかったからな」

 あくまで利権活動ではなく、慈善活動というわけか。


「もうひとつだけ。小間森さんは、なぜ財団ではなく、俺たちにコマを預けたんですか?」

 もし老人の話が真であれば、この行動はおかしい。

 最初から財団に預けていればよかったのだ。


 老人は鼻で笑った。

「若造、事情を知っていて聞いているのか?」

「無知ゆえの質問です」

「ふん。大方、政府の顔色でもうかがったんだろう。うちに預ければ余計な軋轢を生じかねんからな。あの女は保身に走ったのだ。だが幸い、当時の研究所は、バクの対応で手いっぱいだった。コマを管理している余裕はなかった。それでこの事務所に預けられることになったのだろう」

 なんだか思っていたのと状況が違う。

 確かに小間森氏の判断は妙だと思ったが。

「失礼ですが、財団は政府と対立しているのですか?」

「本当に失礼だな。安易に対立などという言葉を口にするな。確かに円満とは言えないが。いまの政治屋は、金のことしか頭にない。法外の存在は、どう扱ってもいいと思っている。あるいは人の命さえ平気で金に換算する。以前は、建前をとりつくろうくらいの品性はあったように思うが。いまやそれさえ失われてしまった。残念だが、我々の理念とは相容れない」


 俺だって、政府や政治家を必ずしも悪だと思わない。

 だが、金で動くヤツも中にはいる。

 このプロジェクトには、特にそういう連中が集まっているのだろう。なぜならエネルギーは金になる。法外の存在をどう扱おうが罪にならない。歯止めを失う条件が揃い過ぎている。


「少しお時間をください。今回の件、検討してからお返事します」

 俺がそう告げると、老人は口元をゆがめた。

「まるでそちらに選択肢があるかのような言いぶりだな」

「仮になかったとして、建前くらいはご容赦いただいていいのでは?」

「ふん」

 俺の見間違えでなければ、老人は愉快そうに笑った。

 ソファから立ち上がると、黒服に「行くぞ」とだけ告げて退室した。


 一人になった。


 荷の重い選択肢だけが与えられた。

 あるとも言えない選択肢だけが。


(続く)

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