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BAKU  作者: 不覚たん
第二章

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みんなの夢を見た(二)

 A子を主軸に、俺と野人で射撃を加えた。

 はじめは思い付きだけで戦っていたのに、すぐに連携がとれてきた。チームとしてのバランスがよかったのかもしれない。


 一方、バクは身体に矢弾を撃ち込まれ、策もなく後退を続けていた。


 個人戦ならともかく、集団戦の場合、戦う前から結果が見えているものだ。個人にかかる運の要素は、集団の規模が多くなればなるほど最小化される。最終的に問われるのはシンプルな「物量」のみ。そして物量は事前に決まっているものなので、おのずと結果も決まってくる。


 まあ、こちらもたかが三名なので、これを集団戦と呼ぶのは正確ではないが。

 もしこの戦況を変えるものがあるとすれば、個人を超えるほどの運の要素。予測不能な事態。あるいは俺たちが見落としているなにか。外部的な要因。


「どうしたの? もう命が底を突きそうじゃない?」

 A子がそんなことを言った。

 もしかすると彼女には「見える」のかもしれない。


 だが、見えない俺にも、なんとなく分かった。バクは外見こそとりつくろってはいるが、動きが露骨に鈍くなってきた。はじめはネコのようなバックジャンプで軽やかに距離をとっていたのに、いまではほとんど転げるように逃げている。呼吸も荒い。


「人間め……。なぜ分からんのだ……。俺サマを殺したところで、問題はなにも解決せんのだぞ?」

 バクは苦しまぎれにそんなことを言う。

 だが、こんなのは助かりたいがための虚言だ。

 少なくとも問題のひとつは解決する。より多くの問題を引き起こす可能性はあるにしても。未来のことは読めない。だからいま最善と思われることをする。それだけだ。


 もうそろそろトドメだろうか。

 そう思ってA子を見ると、彼女は驚いたような目でどこかを見ていた。その視線の先には――なにもない。いったい彼女は、なにに驚いている?


 バクもきょとんとしていた。が、すぐに獰猛な笑みを浮かべた。

「ふん。ひとり脱落したようだな」


 言われて初めて気づいた。

 野人の姿が、ない。


 なぜだ?

 自分の意思で離脱したのか?

 そんなことが可能なのか?


 バクは愉快そうにくくくと喉を鳴らした。

「人間どもは、俺サマのエネルギー量を絶えず監視しているのだったな。もし数値に異変があれば、エンジニアは叩き起こされる。分かり切ったことだ。A子よ、人選を誤ったのではないか?」


 これだ。

 こういう見落としが、時間差で聞いてくる。

 一気に仕留めないと。


 A子もそれを理解したのだろう。

「人選なんて関係ない。あたし一人でもあんたを殺せる」

「待て待て。本当に命のやり取りをする必要があるのか? 俺サマを殺して、お前になんのメリットがある? 手を組まないか? 俺サマとお前、二人の力があれば、夢の世界を支配することもたやすい。この案ならコマも従うだろう。みんなが得をする。平和的に問題を解決するチャンスだぞ」

 とっくに却下された意見でも、バクはお構いなしに繰り返してくる。

 しつこい勧誘のように。

 こちらの意見など聞かず、自分の意見だけを物量で通そうとする。

 詐欺師の手口だ。


 俺はトリガーを引き、バクの頭部に弾丸を撃ち込んだ。

「ああ、そうだな。もしみんなで手を組めたら最高だったろうな。だが、そうならなかったからこうなってるんだろ。いまさら遅いんだよ」

 バクのえぐれた頭部は、見た目上はすぐに修復された。

「平和を望まないのか?」

 俺はまたトリガーを引いた。

「お前が望まなかったからこうなっているんだろ。加害者が被害者ぶるな」

「強情な人間め……」


 少し惑わされそうになっていたA子も、覚悟を決めてくれたらしい。

「そうだよ。お兄さんの言う通りじゃん。これまで何度もチャンスはあったのに。あんたが壊してきたんだ。もう、終わりにしよう?」

 突き出された彼女の手に、エネルギーが収束していった。

 トドメの一撃をぶっ放すつもりだろう。


 バクもさすがに観念した顔になっている。


 だが、神妙にしているとは限らない。

 俺はバクの足を撃ち抜き、逃げられないようにした。


 そしてエネルギーの炸裂。

 光が満ちて……。


 そして……。


 A子の姿が、忽然と消えた。


 俺も、バクも、ただその虚空を見つめていた。

 見えるのは、流れ続けてる人々の夢だけ。


「くく……。くははっ! 浅知恵……だったなぁ、人間よ。えぇ?」

 バクはぺろりと鼻を舐めた。

 こいつの命は尽きかけている。

 ただしそれは、A子の邪道とも思える力を前提にした話だ。


「あ……あれっ?」

 俺はそのときトリガーを引こうとして、握っていた銃まで消失していたことを初めて理解した。

 武器を失った。

 俺は……このあとどうすればいいのか、まったく分からなくなってしまった。


 バクはゆっくりと近づいてくる。

 ライオンよりも大きな体で、のそのそと。

「人間よ。ここはいつもコマが用意しているぬるい夢とは違うぞ。完全に命を喰い合うための、生のフィールド。ここで死んだものに、次はない」


 自分の命など、捨てたつもりでいた。

 だが、獰猛な獣に生きたまま喰い殺されるとなると、話は別だ。

 俺の足は、自分の意思とは無関係に、徐々に後退を始めていた。


「おや? どうした? 震えているのか? だが残念だったな。お前に逃げ場はない」

 バクはじつに愉快そうだ。

 これから思う存分、命を貪ることができるのだ。


 誰か、誰でもいいから、俺を起こして欲しい。

 早くこの夢から逃がして欲しい。


「自分の罪を悔いてみせろ。そして命乞いをしてみせろ。上手にできたら楽に殺してやる。んんー、だが、上手にできなかった場合は? そうだなぁ。まずは足を折ってやるとしよう。それから指を一本ずつ喰らうとして。お次は? くくく、考えただけで絶頂しそうだ」

 楽に死にたい。

 誰だってそう考えるだろう。

 俺だけが卑屈なわけじゃない。

 そう思いたかった。


 ゆっくりと迫るバクに、俺はついに押し倒されてしまった。足が震えて動かなかったのだ。

 目の前に、鋭い牙が見える。


「つ、罪を悔いて、命乞いをすれば、楽に殺してくれるのか?」

「んー、まあ、俺サマが満足できたらなぁ」

 なんて哀しい会話だ。

 自分のことが嫌いになりそうだ。

 頭の中を、いろんな言葉が駆け巡った。目の前のバクから目をそらすと、流れ続ける誰かの夢。いろんなヤツがいたが、その中でも特に、平和そうに家族でメシを食っているヤツが印象に残った。そいつに罪はないはずなのに、なぜだかムカついてきた。


 拳をふるうと、ゴッという鈍い音とともに、バクの顔面がのけぞった。

 が、バクは何事もなかったかのように、またこちらを向いた。

「んんー? 気のせいかな? いま、獲物が俺サマに反抗したような?」

「うるせぇんだよ、ド畜生。命乞いならお前がしろ」

 また思い切りぶん殴った。

 下からだからあまり威力は出ないが。


 いや、ただのヤケクソじゃない。

 こうして押し倒されて、近づいてみてハッキリ理解できたのだ。バクの姿は、どこかぼんやりと薄くなっていた。おそらくこの姿を維持するのも限界に近い。

 だったら、殴っていれば死ぬかもしれない。


 下から股間を蹴り上げると、ぎひぃと悲鳴をあげてバクは座り込んだ。俺の上に座り込むのは勘弁して欲しかったが。

 もう立てないようだったので、俺はご立派な牙をつかんで、横にぶん投げてやった。

 おそらく実際の世界なら、俺の腕力でこのサイズの動物をどうこうするのは不可能だっただろう。だが、いまのバクは、弱い自分を風船みたいに膨らませているだけだ。ハッキリ言って弱い。


「ぐ、ぐひぃっ……。待て。お前、頭がおかしいのか?」

「知るか」

 頭がおかしい人間は、自分をおかしいとは思わないだろう。

 まともな人間も、きっと同じように考える。

 だからこれは、愚問なのだ。


 横倒しになったバクに、今度は俺がまたがった。

「で? 罪を悔いて命乞いをしたら、楽に殺すってルールだったっけ?」

「こ、殺すことはないだろ! こっちは協力したいって言ってるんだ! お前、地獄に落ちるぞ」

「なにが地獄だクソ妖怪。今度は霊感商法の手口か? あいにく俺は、無神論者でな」

 無神論者というのはウソだが。

 少なくとも俺を救う神はいないだろうと思っている。

 もしいるなら……俺の両親があんな死に方をする必要はなかった。


「わ、分かった! 罪を悔いる! そして命乞いをする! だから……」

「死ね」

 顔面に拳を叩き込んだ。

 ひしゃげては治る。

 だが、治る代わりに、バクの姿は薄くなっていった。

「待って! 助けて!」

「ああ、思い出すよ。俺もむかし神さまにいっぱいお願いしたんだ……。助けてください、お願いしますって。そしたら、どうなったと思う?」

「助けて! 助けて!」

「そうなんだ。誰も助けてくれなかったんだ。誰も」

 拳を叩き込む。

 バクの命が削れてゆく。


 やがて大きな体を維持できなくなったのか、バクは小さくなって逃走を始めた。手足の短い、愛らしいウリ坊みたいな姿で。

 保護欲がわいてくる。

 だが残念だが、こちらにはそれを塗りつぶすほどの憎悪がある。


 俺はそいつを追い回して、蹴り飛ばした。

 小さな体は予想以上に地べたを転がった。


「た、たしゅけて……」

「俺はその言葉が好きじゃないんだ。好きじゃなくなってしまった。だから恨むなら、俺じゃなくて、この世界を恨んでくれ。俺みたいな人間を作ったのは、この世界なんだからな……」

 踏みつぶすと、命の消える感覚があった。


 360度の映像は、まっしろな世界に溶けて消えた。


(続く)

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