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BAKU  作者: 不覚たん
第二章

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40/50

みんなの夢を見た(一)

 また数日の間をおいて、俺は夢の世界へ召喚された。


 穏やかな晴天。

 その場所は……ダムだった。

 巨大なコンクリートの容器に、青黒い水が波も立てずに溜まっている。ほかには緑しか見えない。家々は豆粒よりも小さい。


 男が鉄柵に腰を掛けて、歌っていた。

 前も見かけたヒゲ面の野人だ。

 ヘッセの『さようなら、世界夫人』だろうか。かつては愛していた世界を、もはや好きでなってしまった人間の歌。おそらくは。それ以上の感想も知識もない。


 彼は鉄柵からおりて、こちらへ近づいてきた。

「呼び出して悪かったな」

「いえ……。えっ?」

 呼び出す?

 この男が?

 俺を?

 こいつも能力者なのか?


 彼は水面へ目をやった。

「この下にバクが沈んでる」

「いえ、あの……。さっきからなにを……?」

「小間村に行ったんだってな。ああ、もう村としては存在しないんだったか。だが、名前は消えても、存在はしている。このダムに沈んだ村と違ってな」

「いわくつきの村なんですか?」

 俺の問いに、彼は人懐こい笑みで応じた。

「たぶん違う。普通の村が、普通のダムに変わっただけだ。問題が起きたのは、そのあとだ。この世界が二十世紀と呼ばれていたころ、海洋調査をしていた連中が、海底からバクの封じられた壺を引き上げてしまってな。だが中を開けても、当時の人間たちにはそれがなんだか分からなかった。それで各地の研究所をたらい回しにされて、そいつはとある財団の手に渡った」

「とある財団?」


 なんなのだこいつは?

 なぜそんなことを知っている?


「名前は知らなくていい。まあとにかく財団は、それがなんなのか理解してしまったということだ。小間森の婆さんも、いまじゃ知らん顔だが。若い頃は、連中に協力してたんだ。まだロクに法整備もされてなくて、隠れて非人道的な研究をしていたころだ。いや、過去形で言うべきじゃないな。非人道的なのはいまも変わっちゃいない。とにかく財団は、壺の保管場所に困ってな。このダムに沈めた。連中にとって大事なのは、本体じゃなくて、夢の中に住んでるアストラル体のほうだからな」

「アストラル体?」

「カルトの用語だ。財団の定義するところによれば、物質以外の、エネルギーを有した存在だそうだ」

「あんた、何者なんです?」

 互いに加護を受けているから、百鬼夜行による攻撃は通じない。

 もし戦いになるとしたら、それ以外の手段を使わないといけない。


 男は軽く笑っただけで、また水面へ目をやった。

「財団の飼い犬だよ。バクのプロジェクトはな、財団が政府に働きかけて始めさせたものなんだ。裏口を使ってな。こいつは金になるハナシだ。食いつきもよかった。話もトントン拍子に進んでいった。技術開発に関してはそうでもなかったが……。まあ時間の問題だろうと思われていた。あんたが話をかき回すまではな」

「……」

 やはり敵なのか?

 俺の寿命を減らすために呼び出したと?


 彼は向きを変え、しかし鉄柵に背を預けた。無防備に。

「言っておくが敵じゃないぞ。あんたに協力しようと思ってな」

「はい?」

「もし敵なら、内部事情をペラペラ喋ったりしないだろ。情報は力なんだから」

 それはそうだ。

 喋れば喋るほど相手に力を与えてしまう。

「では、味方だと? 財団のメンバーなんですよね?」

「メンバーじゃない。飼い犬だ。エサをもらって、エサの分だけ働く」

「なら……」

「なら財団のために働けって? 一理ある。だが、あんたはどうなんだ? 金をやるから人を殺せと言われて、その通りにやるのか? 俺は自分の能力を有効活用したかっただけだ。人の生き血をすすりたかったわけじゃない」


 そういえば、トキの人選には基準があった。

 世界の平和を心から願ったことのある人間――。

 彼もきっとそうなのだろう。


「どんなプランを考えてます?」

「なにも」

「なにも?」

 男は平然とした顔をしていた。

「財団の調査によれば、バクってのも絶対的な存在ではないらしくてな。あいつを殺したところで、別の誰かがとって代わるだけらしい。そいつをどう考えるかで、今後のプランも変わってくるだろう」

「けど、放っておけば被害が出ます。俺はいま、あいつを殺すために動いてる。時間稼ぎにしかならないとしても」

「いやまあ、じつは分かってた。あんたのお仲間から情報をもらってたからな」

「はい?」

「誤解してるかもしれないが、あんたをここへ呼び出したのは俺じゃない。俺は能力者じゃないからな。まあ能力はあるが、超常的なものじゃない。エンジニアだ。夢に関連する機械を作ってる。まさか自分の作った機械が、死刑囚にぶっ刺さってるとは思わなかったが」

 なら研究の人間か。

 となると、いったい誰が俺をここへ?


「話はついた?」

 どこからともなくA子が現れた。

 学生服の上からパーカーを羽織り、長い黒髪をなびかせてのご登場だ。この演出のためだけに風を吹かせたとしか思えない。能力があるからといってやりたい放題だ。


「あんたが黒幕ってわけか」

「黒幕? それって敵に使う言葉じゃない?」

 説明もなしに行動しているなら、味方だろうと黒幕みたいなものだ。

「なにも知らない憐れな俺に、事情を説明してくれ」

「なんか偉そう。その説明のために呼んだんじゃん」

「悪かったよ。とにかく教えてくれ。今日の会合の目的はなんなんだ?」


 するとA子は、さめた目で肩をすくめた。

「バクは覚悟を決めたみたい。もうエネルギーの吸収を始めてる」

「えっ?」

「だからいまから、戦って殺すんだよ。会議でもそう決まったよね?」

「いまから?」

「いまから」

 強めに念を押されてしまった。

 だが確かに、バクが命を吸い出し始めたら、こちらにも選択肢はない。あいつはすべてのエネルギーを、人類と戦うために使うだろう。幸いなのは、あいつの計画がまだ途中だったということだ。コマの妨害もあった。バクとしては不本意な最終決戦だろう。


 野人がひとつ呼吸をした。

「安心してくれ。バクの能力を制限する機材がある。ま、普段開発してるのと逆のことをしただけだが。現地のダムには機材を仕掛けてある。少しは戦いの役に立つだろう」

 なるほど。

 そのために技術者の手が必要だったのか。


 波のなかった水面に、コポコポと泡が立ち始めた。

 この水の奥底で、バクが動き出そうとしているのだろう。


 A子が余裕の笑みで近づいてきた。

「分かってると思うけど、百鬼夜行は使えないよ。その代わり、私の武器を貸してあげる。剣がいい? それとも銃?」

「どっちが強いんだ?」

 まあ常識的に考えたら銃だと思うが。

 彼女の回答はこうだ。

「ねえ、ここは夢の世界だよ? 強いと思ったほうが強いんだよ」


 水柱が、ありえないほど上がった。

 噴水というには芸術性のない、愚直なエネルギーの奔流。


 いつしかダムの景色は消失し、様々な景色が流れては消えていった。

 まるでスクリーンに投射された映像のように。


 これは……みんなの見ている夢なのか?


 学校、職場、路地裏、なんだか分からないお花畑。そこで人は笑い、泣き、あるいは普通に暮らしていた。

 凄まじい勢いで流れているのに、中身が分かってしまう。ただの映像ではないのかもしれない。つまりいま、俺たちは、他人の夢に触れているのだ。無数の夢がつながった状態なのであろう。


 バクは鼻の長い獣の姿で、俺たちの前に立ちはだかった。

 いままでのように悠長な気配ではない。

 毛が逆立って、いつでも俺たちを食い殺そうとしている。


「人間どもめ……。またしても俺サマの邪魔をする……。それも無名のザコばかりが……」

 空間に、声が重たく響いてくる。


 A子は、しかし笑っていた。

「その無名のザコに殺されるのがあんただよ」

 かざした手から、光の矢が飛翔した。

 バクはさっと後退して回避する。

「不快だな……。だが愉快でもあるぞ……。お前たちが俺サマを殺したあとのことを考えるとな……」


 どういう意味だ?

 バクは冗談を言っているふうではない。


 もしバクが死ねば、その力をアテにしていた日本政府の研究は頓挫するだろう。だから政府は怒るかもしれない。

 アメリカは……どう考えるのか読めない。アメリカもバクを欲しがっていたとは思うが、ないならないでいいんだろう。純粋なテクノロジーの勝負となれば、おそらくアメリカ側の有利となる。

 あるいは他の国はどうか……。分からない。情報がなさすぎる。


 手元にマウザーが現れたので、俺はそいつをつかんだ。

 たぶんこの銃も、観念的なものなのだろう。A子は素手でも矢を飛ばしていた。だから俺たちも、やろうと思えば同じことができるのだ。ただ、どうすればいいのか想像がつかないだけで。


 バクは鋭い牙の間から瘴気を吐いた。

「まあよい……。お前たちにハッピーエンドなど訪れんのだからな……。みずからの愚かさを悔いながら、永遠に苦しむがいい……」

 ただのフカシか?

 あるいは事実か……。

 いずれにせよ、それを考えるのはいまではない。戦いに集中しなければ死ぬ。


 A子は高揚した笑みを浮かべていた。

「怖がらないで。みんなには私の加護を与えてある。あんなヤツの攻撃で死んだりしない。私を信じて」

 心強い。

 だが、同時に不安もおぼえた。


 バクやコマは、人の命をエネルギーとして使っている。

 ではA子は?

 無尽蔵に力を使って平気なのか?


 獣が跳ねた。まっすぐA子へ。

 意識を集中すると、すべてがスローモーションのように見えた。流れては消える誰かの夢。360度の映画館みたいだ。トリガーを引くと、パァンと火薬が爆ぜて、弾頭が射出された。そのスピンまでもが見える。

 弾丸は獣の側面に着弾し、黒い体毛を押し分けて中へ入っていった。獣の顔がゆがむ。

 A子は片手を正面に向けたまま、獣の突進を受けた。かと思うと、凄まじい光の炸裂が起こり、獣が逆方向へぶっ飛ばされた。


「ぐぎぃ……。なんだこの力は……。人間のものとは思えん……」

 衝撃で歪んでいたバクの顔面が、徐々に回復していった。

 ダメージはあるはずだ。

 おそらく見かけ上の回復。


 A子はゆっくりと歩を進めた。

「人間じゃなかったらなんなの? 神? それとも悪魔?」

 勝利を確信した表情。

 適性があるのは知っていたが、ここまで強かったとは。


 バクはグルルと喉を鳴らした。

「あの世で後悔しろ……。お前は神でも悪魔でもない……。ただの機械だ……」

「……」


 機械――。

 この言葉に、野人も唖然としていた。


 考えたくなかった。

 A子が、力を得るために、柴田と同じ機械を身体に刺したなんて……。


(続く)

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