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BAKU  作者: 不覚たん
第二章

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39/50

妙な夢を見た(八)

 策士、策におぼれる。


 その言葉は知っていたが。

 まさか自分がその苦汁を味わうハメになるとは……。


 場に出た要素は以下の通り。


■俺

案1.バクを殺す

案2.バクを生かしたまま各国とバランスを取る


■間宮氏

案3.日米両政府が連携し、人的被害を出さない道を模索する


■ウィリアムズ氏

案4.原油を安く流通させることで問題を回避する


■A子

案5.A子とコマで協力してバクを殺す


■コマ

案6.コマを殺す


■トキ

案7.みんなで仲良くする


 メンバーは六名。

 だが、俺が二つのプランを提出したので一人あたりの票数は七票となっている。


 コマが表情を曇らせた。

「Q坊や。おぬし、どういうつもりじゃ? バクを生かしたいのか殺したいのか、ハッキリせい」

「矛盾した提案なのは承知している。だが、最終的に票の多いほうが選択されるんだ。もし得票数が同じなら、トキさんが一方を選ぶし、矛盾した提案はすべて却下となる。問題はない。それより、そういう自分はどうなんだ? クソみたいな提案しやがって……」

「わしは最初からこれしか望んでおらん」

 まあそうだ。

 それがこいつの考えなのは、分かり切っていたことなのだ。

 今回のメンバーに入れるべきじゃなかった。


 コマは、手持ちの票すべてを自分の提案に入れるだろう。

 この案を完全に潰すには、矛盾する提案が八票以上で採用されなくてはいけない。たとえば、コマが死んでしまったら成立しなくなるA子の案。


 間宮氏が不安そうに挙手をした。

「ちょっと待ってください。本当にこんな方法で選ぶんですか?」

 お役所じみた提案をしておいて、いまさらか……。

 俺は思わず溜め息をついた。

「今回選ばれた要素を軸に、展開していく。そう確認したはずですが」

「同意まではしていません」

「この場に提案を出した以上、その主張は通りませんよ」

 おそらく場に出た提案のどれかを見て、危機感をおぼえたのだろう。

 彼女は、人間からエネルギーを取り出すのには反対だが、だからといって日本政府を裏切りたいわけではない。政府の方針と矛盾した決定は受け入れられないのだ。


 だが関係ない。

 今回の投票は、そういった躊躇を断ち切るための儀礼でもあるのだ。


 七つの札が配布され、みんなそれぞれナンバーを書き込んでいった。

 俺の選択はもちろん5。A子の案に全ベットだ。


 かくして全員の票が開示された。


案1.バクを殺す

→計2票(内訳:A子2票)


案2.バクを生かしたまま各国とバランスを取る

→計1票(内訳:トキ1票)


案3.日米両政府が連携し、人的被害を出さない道を模索する

→計7票(内訳:ウィリアムズ氏2票、間宮氏4票、トキ1票)


案4.原油を安く流通させることで問題を回避する

→計9票(内訳:ウィリアムズ氏5票、間宮氏3票、トキ1票)


案5.A子とコマで協力してバクを殺す

→計12票(内訳:俺7票、A子5票)


案6.コマを殺す

→計7票(内訳:コマ7票)


案7.みんなで仲良くする

→計4票(内訳:トキ4票)


 最初の取り決めにあった通り、一票でも入ったものは採用となる。他の、より得票数の多い要素と矛盾しない限りにおいて。

 つまり「みんなで仲良くする」も採用される。トキの言う「みんな」にバクが含まれていなければ、だが。


 A子がニヤニヤしながらこちらを見た。

「お兄さん、なんで自分のに入れないであたしのに入れたの? もしかして、あたしのこと好きなの?」

「戦略的な判断だよ。他意はない」

 余計な情報を付加しないで欲しい。

 A子は頬をふくらませた。

「もー、すぐ怒る」

「怒ってない」


 しかし面倒な結果になった。

 バクを殺すのは確定として。その上で、政府絡みの配慮もしなければならない。


 間宮氏は溜め息をついた。

「分かりました。バクの処分はともかくとして……。政府への働きかけは、必ずしてもらいます」

 正直、政府なんて存在はデカすぎて、俺たちみたいな小規模サークルにどうこうできそうな相手ではないが。しかしパイプ役はいるのだ。無理筋の話ではない。


「まあ、バクを殺す、というのは最優先の事項として。それを踏まえた上で、日本政府にはボスが掛け合ってください。アメリカにはウィリアムズさんが。原油の件も含めてお願いします」

 俺がそう告げると、間宮氏は返事をしなかったが、ウィリアムズ氏は「分かりました」と応じてくれた。

 本当ならトキに仕切って欲しいのだが、こればかりは望むべくもない。いま彼は茶を飲むのに忙しい。


 他から意見がなかったので、俺はこう続けた。

「そしてコマちゃん。死ぬな。その選択肢は消滅した。A子さんと協力してバクを殺すんだ」

「ふん。殺したあとはどうするつもりじゃ?」

「ボスとウィリアムズさんが話をつける。つかなかったら、またプランを立て直そう」

「明日にでもやり直したいもんじゃのぅ」

 簡単に死ねると思うな。

 その命に全票を投じた人間がここにいるのだ。


 間宮氏は容赦なく溜め息をついた。

「私も次の機会が待ち遠しいですね。このバカげたゲームには致命的な欠陥がありますから」

「どんな欠陥です?」

「分かりませんか? 主軸となる思想がないんです。要素だけ継ぎはぎして。それに従えなんて。それに、話が矛盾していたら却下されるというシステムですが、矛盾しているかどうか、あなたの主観で決めていますよね?」

「そうですよ。言語ってのは、ホントに曖昧なもんですからね。同じ文字列でも、文脈によって意味が変わってくる。そもそも人の思考というのは、量子論的に記述できるしろものじゃない。仮に可能だとして、人の手に余る。だから言語というノイズまみれのプロトコルを使うんです。誰かの意思が入るのは避けられない」

「偉そうに……。私が問題にしているのは、なぜあなたの意思が入るのか、ということです」

 その通り。

 確かにおかしいのだ。

 俺は肩をすくめた。

「もし座長が否定すれば、俺も素直に従いますよ」

「……」


 座長であるトキは、まだ茶を飲んでいる。俺の行動を黙認しているわけだ。そうである以上、みんなで仲良くする義務を負う。


 するとこの勢いに、コマまでもが便乗してきた。

「わしだって言いたいことはあるぞい。おぬしだけ二つも提案しおって。誰かが無限に提案したら、どうするつもりじゃったんじゃ?」

「それは想定に入ってる。だから、提案の数に上限をもうけることもできたんだが。今回はそうしなかった。なぜか分かるか? 無限に提案するってことは、そいつは問題の解決を望んじゃいないってことだ。場を荒らしているのと同じだからな。そんなヤツと一緒になにかを達成させるのは難しい。もしそれで破綻するなら、早めに破綻しておいたほうがいい。あくまで俺たちは、協力するためにここにいるんだ。つまり今回、俺はその最低限のマナーを確認したわけだ」

 ルールに穴を用意すると、「ハック」とかいってバカみたいな行為をするヤツがいる。

 なにを破壊しているのかも考えずに。

 そういう人間がいるなら、さっさと破綻したほうがいい。

「はふ。相変わらず口ばかりたっしゃだのぅ」

「俺もそう思う」

 だが俺は、少なくとも事態を前進させるためにこれをやっている。

 私利私欲のためじゃない。

 もし私利私欲なら、こんなメリットもない集会に参加などしない。給料も出ないのに。熟睡しているほうがマシだ。もっとも、その場合、俺は家族の夢を見るハメになるのだが……。あの生ぬるい夢を……。


 茶を飲み終えたトキが、ぬるりと立ち上がった。

「でも、いいじゃないか。みんなでなにかを決めることができて、私は嬉しいよ。それに、意見は違えど、みんな誰かを救おうとしている。世界の平和を願っている。それが大事なことだと思う」

 なにかを言っているようで、なにも言っていない。

 だが、これを愚かだと断じるべきではない。

 この男は、俺たち人間が忘れかけたものを持っている。優しさ。鷹揚さ。人を信じる心。バカみたいな楽観だとしても。あきらめないで見つめ続けてきた。希望を捨てなかった。


 一円にもならない。メリットがない。やっても疲れるだけ。

 俺たちはそう言って、あらゆる事象をコストとパフォーマンスで考えるようになった。しいて動物であることを忘れようとしてきた。コスパはもちろん大事だが、それをプライベートにまで持ち込むべきではなかった。ところがいまや、友人関係、人付き合い、果ては家族間においてさえコスパで処理されてしまう。

 社会全体がそうだ

 自己責任だ。人の助けをアテにするのは甘えだ。

 そうやって、いくつもの「なにか」を手からこぼしていった。

 俺たちはいつしか、誰とも手を組めなくなってしまった。手を組む方法さえ忘れてしまった。なにをするにも、一人でやらなくてはという強迫観念に襲われるようになった。敗北しか知らない人間ばかりになった。


 だが、いい。

 俺は過去を理想郷みたいに語るつもりはない。過去のデメリットを回避した結果、いまがあるのだ。人類はもう、ウェットな過去には戻れない。

 その上で、やはり一人では戦えない。ウソでもいいから協力する必要があった。だから互いの利害をぶつけ合ってでも、穴のあるゲーム形式であったとしても、とにかく「枠組み」を作ってムリヤリ協力させるしかなかった。

 互いを好きになる必要はない。なんなら嫌いだっていい。個人的なケンカは、あとでやればいいのだ。世界が平和になったあとで。


 *


 かといって、それですべてが一変するわけではなかった。

 方針が決まっただけだ。

 行動が起こるのは、このあとだ。


 その日、俺はC子の部屋に呼び出された。

 しばらく来ないと思っていたら、コマの世話で忙しかったらしい。


 なんとも生活感の溢れた部屋だったが、コマの周囲だけは祭壇のようになっていた。淡いピンクの座布団が敷かれ、その上にちょこんとコマがうずくまっていた。併設された棚にはリンゴやバナナ、袋菓子やペットボトルがお供えされている。


「えーと、それで……?」

 俺は両手にコンビニ袋を持ったまま、リビングで立ち尽くしていた。

 ビールとつまみを大量に買わされたから、飲み会が始まるんだとは思うが。


「いいから座りなよ」

「うん……」

 勧められたのはファニーなツラのウサギの座布団。

 いやネコか?

 正体不明のクリーチャーだ。


 C子はコップにジュースを注いで持ってきた。色からするとオレンジジュースだろうか。

「どうぞ」

「ありがとう」

 飲んでみたが……甘ったるいジュースというのは、どれも似たような味だ。だがまあ、たぶんオレンジジュースだろう。


 ふと、C子がさめた目でこちらを見ていることに気づいた。

「どう?」

「ありがとう」

「そうじゃなくて、味は?」

「普通のジュースじゃないか」

「……」

 じっとこちらを見ている。

 表情からは感情が読めない。

 まさか、なにか入れたのか?


 俺はおそるおそるコップを置いた。

「え、なんだ? なにをした?」

「それ、ただの砂糖水だよ」

「えっ?」

 じゃあさっき俺が感じた、甘いだけのジュースはどれも味が同じ、という感想は、むしろ正解だったと言えるか。

 だが、なぜそんなことを?


 C子はかすかに、溜め息にも似た呼吸をした。

「ウソ。ホントはオレンジジュース」

「なんだよ? どっちなんだよ?」

「どっちなのか、分からないの?」

「えっ?」

 俺はおそるおそるコップのジュースを口に含んだ。

 甘いのは分かる。

 それは間違いない。

 だが、それ以上は……。


「前々から思ってたんだけど、あんたって、味、分かってないよね?」

「……」

 そんなわけないだろう、と、言いかけて止まった。

 甘いのは分かる。

 しょっぱいのも分かる。

 だが、風味は……?


 C子は座布団に腰をおろした。

「気づいたのはあたしじゃない。コマちゃんだよ。お茶の味、分からないからって」

「そ、それは夢の中だから……」

「夢の中でも、分かるはずなんだってさ。普通の夢ならともかく、コマちゃんの術がかかってる間は。よほど頑張って術に抵抗しない限りは」

「……」

 なにを食べても味気ないとは思っていた。

 ただ、それでも食事をとらないという選択肢はない以上、食事は続けていた。昔からそうしていたように。ただの惰性で。

「いつからなの?」

「……」

 いつから?

 別にいつからってことはない。今だって味は分かる。分かるんだ。少なくとも甘いってことは。


「あんたさ、理屈ばっかり並べて偉そうに喋るけどさ、そのせいで自分のことまで責めてない?」

「別に……」

「あんたのダメなところってさ、必要なウソもつけないところだよ。原理、原則ばっかり追及しててさ。そこから少しでも外れたらダメだとか思ってるでしょ?」

「思ってないよ、そんなこと」

 誰になにを吹き込まれたのか知らないが、やけに饒舌じゃないか。

 分かったようなことを言って。


 C子は、信じられないほどさめた目をしていた。いつもなら感情的になにか言ってくるところなのに。

「あんた、死のうとしてない?」

「は?」

 なぜそれを……?

 コマが言ったのか?

 それとも、自力でその結論に到達したのか?

「言ったんだって? コマちゃんに、自分の命を使えって」

「それは戦略上やむをえない選択だから……」

「なに戦略って? そんなことして目的を達成して、自分は死んで、そんでめでたしめでたしってワケ? は? バカなの? あんた、そんなんでコマちゃんに死ぬななんてよく言えたね」

 言える。

 コマには一連の問題の責任があり、なおかつ問題を解決する能力がある。安易に死なれては困るのだ。

 一方、俺はなにも問題を起こしていない。むしろ被害者だ。問題を解決するために活動している。

 絶対的に立場が異なる。


 俺はコップの中の液体を口にしたが、オレンジジュースなのかどうか分からなかった。

「なら、代わりにあんたがやってくれんのか? そしたら俺は死ななくて済むぜ」

「は? 断るけど? 普通に」

「じゃあいいだろ。ほっといてくれ。本格的な作戦はこれからなんだから」

 すると彼女は、缶ビールを開けた。

「あんたってさ、自分勝手なのよ。自分のことしか考えてない」

「そんなつもりはないが。もし見落としがあるならぜひ指摘してくれ。修正する用意はある」

 女は返事の代わりに、ビールを飲んだ。

 ごくりごくりと。

 しばらくしてようやく缶を置き、目だけをこちらへ向けた。

「あんたみたいなヤツでも、死んだら哀しむ人間がいるの。少しは考えたことある?」

「……」

「人には偉そうに死ぬなとか言っておいて、自分はやるんでしょ? それってなに? あんたの言うご立派な理屈と整合すんの? そんでストレス抱えこんで、味も分からなくなって。あえて言わなかったけど、後ろのほう、少し髪抜けてきてるよ? もう少し自分が幸せになること考えたほうがよくない? 自分のこともロクに考えられない人間がさ、他人なんて救うべきじゃないでしょ。ハッキリ言って、バカのやることだと思う」


 全部とは言わないが、たぶん、彼女の意見は正しい。

 俺は……それでも反論のための反論を用意することはできたと思う。だけどその場しのぎの言葉は、今後の自分を苦しめるだけだ。それは誰のことも幸福にしない。


「けど安心して。哀しむってのはコマちゃんとかA子ちゃんのことであって、あたしが哀しむって意味じゃないから。あたしは……哀しんでる二人を見るのがイヤなだけ」

「ああ。分かった。この件については、ちょっと真剣に考えてみる」

「考えてみる? 一人で? だから、そういうところなんだよね。いま目の前に頼れる相談相手がいるってのに。ここで考えたら?」

「そうだな。たぶん、それが一番だろう」

 一人で戦う必要はない。

 それは、デカい相手と戦うかどうかにかかわらず。ごく個人的なケースであったとしても。


(続く)

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