130、反対の反対
相手にも立場があるであろうに。
それを一切考慮していないかのような、清廉潔白と言える様を周囲に見せつけてはこちらとの間に何かしらの事情があるであろうことを邪推させる間もなく肯定する。
「頭を上げてください」
そんな相手に対してこちらがかけられる言葉と言えば。
出来るだけ周囲で見守る者たちを刺激しないように、波風立てないようにと配慮する上で自然と選び抜かれた当たり障りのない気遣い。
しかし、物事と言うものは中々思い通りに進んではくれないもので。
「ありがとうございます」
再び礼を述べては微笑みと共に顔を上げ。
「では。奥へどうぞ」
その掌を上へと向けては人混みが割れることで通路と化したその先へとこちらを促してくる。
「……申し――」
「遠慮なさらないでください」
こちらの言葉はにこやかにも遮られる。
「……あまり――」
「私は今日この時まで貴方様から受けた恩義を一瞬たりとも忘れたことなどありません。せめてもの機会にお礼と感謝を以って尽くしたいのです。それはいけないことでしょうか?」
笑顔から一転。
目の端に涙が浮かぶ。
それは演劇じみた振る舞いというよりも。
小さくて切ない。
まるでどこかにきっとあるとしながらも決して見つけることの出来ない、そんなありふれていながらも日常の一風景に溶け込んでしまっている。
意識しなければ捉えることが出来ない、自然さの中の普通。
確かにそこに在る筈なのに見落としている。
気を抜けばまた視界の外へと消えて行ってしまう。
ただ、この一時のみ。
限られた瞬間だからこそ見せる儚さというものがそこにはあった。
だからだろうか。
「いえ……」
そう答えなければならないような。
理由も理屈も抜きにして、たどたどしくも口を突いたのはそんな頼りない否定と言う名の肯定だった。
「ありがとう……ございます……」
目の前の女性は安心したように。
今にも溢れだしそうだった涙をその手で拭ってはもう大丈夫ですと気丈にも振る舞って見せる。
「正気か?」
それに。
異を唱えたのはこれまでこちらを取り囲みながらも傍観を決め込んでいた内の一人。
目を向けるまでも無く声からして男であろうが、そこには怒りと言うよりも嘲るような、少なくとも味方に対して向ける類のものではないそれを隠すことなく大っぴらに含ませている。
「……聞かなかったことに――」
「おいおいおいおい、それはこっちの台詞だろうがよ?」
男は途中で遮っては矢継ぎ早にまくし立てる。
「コラっ、言葉に気をつけなさいよっ」
またしても背中側。
見る事は出来ないが、指摘したその声からは必要以上に幼さが強調されている。
「あぁ? 何だぁ? お前もそこの聖女とやらに幻想を抱いている質か?」
「い、いや、違うけどっ、でもっ、役職とか立場とかっ、ほらっ、そういうのってあるでしょ?」
「知らねぇなぁ? 俺は実力だけでここまでのし上がって来たからな。そういう力以外の部分で偉そうにされても受け入れるつもりは毛頭ねぇよ」
「そ、それは……ど、どうなんだろう?」
幼い声が押されるようにしては間違っているのは自分の方なのかと疑問を浮かべている。
正直どうでもいいのだが、運も実力の内と言うからにして。
力であろうと運であろうと、はたまたそれ以外であろうとも。
結果としてそこまで上り詰めたというのであればそれがその者の実力ではなかろうか。
「フッ、くだらねぇぜ。聖女なんて待たずにさっさと片付けちまえばいいものを」
「そ、それは規則なんだよ?」
「んなことは分かってるっつの。必要もねぇのに無駄に時間を食わせやがったことが気に食わねえっつってんだよ」
「で、でもっ」
「おい」
またしても新規。
このまま増え続けるとなるといよいよ収拾がつかなくなりそうだ。
「んだよ」
「言葉遣いも規則もまぁいい。ただ、聖女様を呼び捨てることだけは許されることではないぞ」
「あぁ?」
「覚悟はあるのかと聞いているんだ」
「……プッ、ハハッ! ハハハハハハハッ! こいつは傑作だ! 何を言い出すかと思えば魔族に捕まってみじめにも帰って来た聖女様に気を遣えってか?」
「分かった。答えはそれでいいんだな?」
「ハハッ! そうだとしたらどうするんだ?」
「仕方が無い。弾劾するとしよう」
「ハッ! 俺が抜けたら困るのはお前等だろうがよ?」
「図に乗るなよ小僧。お前の代わり等いくらでもおるわ」
更なる参入者。
最早耳を傾けるのも面倒になるというもの。
「聖女さん」
感情を殺したようにこちらの背中へと目線を向けているところ。
一歩踏み出しては小声で呼びかける。
「……ぁ、はい?」
暫くしてからの返答。
何か思う所でもあったのか。
数度瞬きを繰り返しては小走りでこちらへと詰めてくる。
「あの……」
正直別にそこまでしなくてもと思ったのだが、姿勢を落としてはお互いに顔を近づけ。
ひそひそ話というにはいささか周囲の注目を集めすぎている中、音量を下げては用件を伝えて行く。




