129、郷土料理の味
「…………」
目の前に広がるのは真っ白な床。
どこまでも続いて行くと思われた視界に区切りをつけるのは物言わぬ壁。
頭上を見上げれば突き抜ける事を拒否するように天井。
ここは、――そう。
言うまでもなく室内だ。
「リンさん」
マリアの声を背に受けながらも。
空間内を見渡すように左から右へと視線を走らせる。
まずは把握。
それから状況の整理。
マリアを待たせることが得策とは思えないため詳しい事はそのままに。
突然現れたこちらに対して足を止めては目線を送るその者たち。
身に着けている服装からしてこちらが敵と判断するには十分すぎる材料を誰も彼もが持ち合わせている。
「ジーナ」
「いつでもっ」
「サラス、頼んだ」
アイギスを視線は前方へと向けたままの状態で後方へと投げる。
「うわっ、ちょ――」
床へと接地した音は聞こえなかったためサラスの声はそのまま流す。
「マリア」
ようやくと言った具合にだが、それでもそこに至るまでの過程と言うのは外せないもので。
目の前では既に止めていた動きが緩やかながらも指向性を持ってこちらへと対処を始めている。
「手枷、足枷、首輪に口輪、鎖に鉄球、未知の刻印に重度の衰弱と脱水が見られます」
「……扉を」
「はい」
思った以上に重すぎる状況に際して、目的を一時的に切り替えてはその手に力を籠める。
「サラスっ」
「へっ?」
ジーナがサラスを伴っては後方へと駆けだす。
「では、後ほど」
マリアも追うようにこちらへと背中を向ける。
「スイッチ――」
そうしてジーナたちへと向けられた敵意については随時こちら側で引き受けて行く。
「ふぅ……」
大きく息を吐いては完成しつつある敵の包囲網に対して身体強化を重ねては天井へとスコップを振り上げる。
「ハハァッ!」
周囲からそれを面白がるような笑いが聞こえたが、ことさらそんなことはどうでもいい。
こちらの予想に反して崩れ去ると思われたそれは未だ健在で。
屋内を荒らすだけ荒らしては逃げ場を求めるようにただ一つ開け放された扉へと風の勢いそのままに、様々なものを巻き上げては屋外へと運んで行く。
それは、こちらの意図したところではなかったものの。
風に飛ばされまいと抵抗した者たちはそのままに。
抵抗しなかったその者たちを偶然にも外へと連れ出すに至った。
「……追え」
視界外から男の声が響く。
「スイッチ」
させはしない。
引き止めたことを誇示するように声を上げる。
「……止めて置け。この場に居る全員と一戦交える気か?」
「どのみちそのつもりだ」
男は話し合いを望んでいるのか。
こちらとしては時間を稼げるのであればと願ったり叶ったりといったところだ。
「目的が分からんな」
「道すがら黒い毛玉を見た」
「毛玉? 何の事だ?」
「中から出てきたのは意識の無いエルフと引きずり出したのはお前等と同じ格好をした男だ」
「ほう?」
「地下で異種族を囲っているな?」
「その保護が目的か?」
「問いに問いで返すのには感心しないな」
「では答えよう。違う」
「成程。白を切るつもりか」
「こちらの問いには答えてくれないのか?」
「そのつもりだったとだけ答えておこう」
「そうか。では先に結果だけ伝えておくが。我々魔術協会はその件について一切関与していない」
男は言い切る。
この場にジーナが居たならどのような判断を下しただろう。
「男の所在が知りたいか?」
会話を出来るだけ長引かせる意図と。
揺さぶりをかけるといった二重の意味で言葉に含みを持たせる。
「いや? その男が誰だか知らないがな。お前のおかげで迷惑を被っているとだけ伝えて置いてくれ」
「残念ながらそれは叶わない」
「……」
不意に。
これまで余裕を保っていた男に沈黙が降りる。
「そうだな。制服だけ返して貰えるかな? きっと盗品か横流ししたものだろうからな」
「そこの男が着ているものは違うのか?」
地下と打って変わって鳴りを潜めている男を指し示しては問いとする。
「疑問に疑問で答えるなと言ったのはお前の方だが?」
「返す義理は無い」
「では正式に依頼しよう。見た所冒険者か何かだろう? 組合を通してでも構わないが直接ここで書面をしたためてもいいぞ?」
「悪いが他をあたってくれ。冒険者はもう辞めた」
正確には辞めさせられたのだが。
「ほう。では尚の事。そこそこ腕が経つようだが、魔術協会にて雇われる気は無いか?」
「話だけなら聞いても良い」
「そうか? ならそうさせてもらったところで何も問題は無いな?」
「……何を待ってる?」
そこで気付く。
こちらが時間稼ぎをしていると同時。
あちらもそれを意識的に行っている。
でなければ状況が開始している今、ここまで会話が続くという事は偶然にしては出来過ぎている。
その目的こそ分からないが、もしジーナたちへと向けられたものであったのならば既に手遅れである可能性が高い。
だが、仮にもしそうであったとしても。
現状、自身がこの場から離れるという事は実質的に不可能な事ゆえ。
どうしようもない憶測を巡らせては一つの答え、ではなく――。
自身を取り巻いては向き合わせようとする何ら変哲の無い現実へと辿り着く。
「……」
人の合間を縫っては。
次第に開けて行くこちらとあちらとを一直線に結ぶ通路。
目の前には見覚えのある顔。
切り飛ばした華奢な四肢。
そうして白い肌を濡らした鮮血に、今でもしっかりと記憶に残っている一度は離れた筈の首元。
ゆっくりと。
ゆっくりと割れた人混みから歩を進めては。
こちらを真っすぐに捉えて放さないその青き瞳に温もりを宿す。
周囲の者たちは息を呑み。
ただその美しさに身を任せては浸っている。
「リン、さん。で、よろしかったでしょうか」
魔術協会の者たちとは身に着けたものの格が違う。
そう見た目に思わせるだけの絢爛さがこちらには眩しい。
「お元気そうですね」
適度な距離を間に開けて。
足を止めたその者へと向けるのは本心からの言葉と肯定からくる頷きだ。
「はい。おかげさまで。今ではこうして本来の任につくことが出来るようにまでなりました」
名も知らぬその者は。
こちらへと笑みを浮かべては、朗らかを体現するように。
「ありがとうございます」
そう口にしては深く頭を下げることでこちらへと感謝の意思を明確なものとする。
「なっ……」
「うそだろ……」
一部から動揺と困惑の声が上がるも、それは現状を鑑みるに仕方の無い事で。




