128、毛玉取り
「バッカじゃないの!?」
サラスが後方でぶつぶつと、いや、はっきりとこちらに対して不満の声を漏らす。
「まぁ、結局遅かれ早かれってやつだろ?」
目線は足下に。
螺旋状の階段を一段、また一段と下りては暗闇と人工的に灯された明かりとを交互に繰り返していく。
「いや、アンタバカなの? ねぇ、バカなの? 放火の次は器物損壊? 私が居なきゃ今頃地上は更地だったってこと理解してるの?」
サラスの声はジーナを間に挟んでいるということ以上に大きいと言えるもので。
「火は消したし、その過程で壊れてしまったものは仕方が無いだろ?」
静かにするべき状況ではあるのだが。
上であれだけ騒いで置きながら今更気にする事でも無いかと考えては背中越しに調子を合わせる。
「仕方が無くてもお先真っ暗よ!」
「それに傷害が抜けてる」
「それはいいのよ」
「それはいいのか」
「いいのよ」
「いいのか」
「あぁもうっ! 何回も聞かないっ!」
サラスは階段を下りながらもその場で器用に地団駄を踏み鳴らしてみせる。
「リンさん」
「ん?」
その声は振り返って確認するまでも無くマリアだ。
「どの程度までお考えですか?」
その問いは。
実に曖昧なものだが、それでも内容を聞き返さなくてはならないほど分かりにくいものではなく。
「どうだろう。いつも通りかな」
「分かりました。では優先順位についてお聞きしてもよろしいですか?」
マリアは最後尾から。
間にサラスとジーナを挟んでは先頭であるこちらへと思考を擦り合わせるべく言葉を投げる。
「うん。とりあえず安全第一、制圧がその次、保護はその後だね」
「人質を取られた場合の対処はどうされますか?」
「こちらからの譲歩はしない。ただ、人質の命が危険に晒されることは避けるべきだろうね」
極々当たり前ではあるものの。
本末転倒にさえならなければその場しのぎで見逃したところで追うこと自体は不可能ではない。
「ではそのように」
「うん」
それで終わり。
中身の事細かな部分については情報不足で詰めようがないため、後は現場についてから各自対応していく形になるだろう。
「それはいいけど。いや、全然わかってないけどね? 結局、一番重要な部分が決まってないように思えるけど、実は決まってたりするのかしら?」
怒りは収まったのか。
サラスから落ち着いた声で何かしらを指摘する声が上がる。
「……これ以上何を詰めるというのですか?」
何を言っているのかこちらが一瞬考えこんでしまったところに。
マリアも同じことを思ったのか。
サラスの疑問を拾い上げるようにしては真意を逆に問いかける。
「いやいや、人質のことはいいけどさ。実際、それ以外にもいるでしょ?」
「……リンさん」
マリアはうっかりしていたというよりも。
あえて曖昧な問いかけとするでことでうやむやにしていたその答えについて。
今一度触れるかどうかの選択権をこちらへと預けてはその旨と意思を同時に示す。
「むーっ、そういうやり方ちょっと良くないと思うよっ?」
それに、少しばかりの不満を露わにしたのは自身の真後ろに位置するジーナ。
声からして不機嫌なのが窺えるが、怒っているというよりも叱っていると言ったほうがしっくりくるような印象を何となくだが受けとれる。
「……ジーナさんにとやかく言われる筋合いはないかと」
しかし、こちらが思う所を他ならぬマリアが気付いていない筈がないのだが。
それでもそのまま鵜呑みにする気はどうやらないようで。
「はぁーっ? そんなこと言っちゃうんだーっ?」
だからと言って対するジーナも負けてはいない。
というよりもその一声に因って叱る、という雰囲気から一変したように声色が熱を帯びている。
「やめなさい。ってか。アンタも止めなさいよバカ」
剣呑な空気が流れ始める前にと二人の間を取り持つようにサラスが口を挟む。
「喧嘩も出来ないのは窮屈じゃないか?」
「今する事じゃないでしょ」
「それもそうか」
こちらの意見をサラスは至極真っ当な正論で以って一蹴する。
「まっ、こっちとしては? 別に言葉にしてくれなくても決まってるってんなら何にも問題ないわけだけど?」
「サラスーっ? ぼくはそんなこと言ってるわけじゃないんだよーっ?」
「いいからっ」
「ジーナさん。後にしましょう」
「ふーんだっ」
何とか話は纏まったというよりも、事態が差し迫っては一時的に脇へと追いやられたというべきか。
蓋を開けては思いのほか長く続いた階段もようやく終わりが見えて来た。
「マリア」
「はい」
それから一言合図してはその場に三人を残し。
アイギスを抱えたまま薄暗いまでもしっかりと端から端まで認識することが出来る空間へと一息で駆け降りていく。
「――!?」
あれほど頭上で暴れていたというのにも関わらず。
姿を見せてまず始めにこちらへと向けられたのは明確なまでの動揺だった。
「あ――?」
一人、そしてもう一人と側頭部を打ち抜いては意識を飛ばす。
最後に飛ばした者こそ危うく声を上げそうになったものの、それでも最小限に抑えられたほうではなかろうか。
床に転がる男たちを一まとめに。
遅れて姿を見せたマリアたちと合流しては一つしかない扉へと手を掛ける。
そうして、目の間に姿を見せた通路へと更に奥を目指しては足を踏み入れていく。
「……酷い臭いね」
サラスはしばらく進んだ後。
強さを増していくそれに我慢できなくなったのか。
手で遮断するように鼻と口を覆い隠してはそう言葉にする。
「布ならあるけど、使う?」
それはジーナからの気遣いと言う名の提案。
いささか敵地でありながら緊張感に欠けるというものだが、それでも体が強張って動かないよりはよっぽどいい。
「ええ。ありがと」
サラスはそそくさと受け取ると、早速目元から下を簡素ながらも布で覆っていく。
「……マリア」
そんなやり取りを背に。
幾つもあるうちの一つ。
他と比べて少しばかり堅固な扉の前で立ち止まっては掛けられた錠へと無造作に手を伸ばす。
「リンっ」
「ん?」
伸ばした手を止めては簡単に聞き返す。
「あっ、あぶないよっ」
「ん、うん」
分かっているが、分かっているがどうしようもない。
別に緊張感のなさから気が抜けた行動をしているというわけでもなく、単にそうするべきだと消去法で選び取っただけなのだが。
そうではなく、ジーナは単純にこちらの身を案じてくれているのだろう。
「ジーナさん」
「わっ、わかってるけどっ」
「リンさんの決定にご不満でも?」
「なっ、ないけど……心配ぐらいしたっていいじゃんっ!」
「ちょっ――でかいって声っ」
そう。
確かにでかかった。
しかし、それが原因でそうなってしまったのかは正直分からない。
「アァッ?」
目の前の扉とは別の扉からだらしない男が顔を見せる。
「……その制服」
見覚えがあった。
それは正しく偶然と呼べるもので。
事実と、聞き及んでいた話とが合致した瞬間でもあった。
「成程な。確かに。さて、次はエルフでやるんだったか?」
呆けている男へと最後尾のマリアと入れ替わるようにしては歩を進めて行く。
「グアッ?」
男は言葉を介さない。
「……関係ないな」
そう、こちらには関係ないことだ。
「アァ! アー、アー?」
男が何であろうと、鳴き声を上げるだけの実は無害な者であろうと。
「全員……」
その制服を着ている限り許されることは無い。
「血祭りにしてやる……」
「ちょっ――えっ!? 物騒過ぎ!?」
「リンっ! 地下だってこと忘れてないよねっ!?」
「御心のままに」
身体強化――。
一定の距離を保っては足を止める。
「アイギス。地上に出れるか?」
「おなか減るーっ」
「サラス」
「えっ、なっ、なになに?」
「地上に出たらアイギスに食事を」
「え?」
「マリアは保護を」
「分かりました」
「ジーナ」
「うんっ」
「アイギス」
「テレポート」
そうして――。




