127、一を止めると書いて正しいと読む
「邪魔するぞ」
遠慮なく開けた先に向けるのはこれまた遠慮のない一方的な事後報告。
「あ?」
目の前に広がるのは何とも雑多な机に男が一人。
間抜けな声を上げたかと思えば途端に威圧的な目つきでこちらを射抜いてくる。
「……何の用だ」
「そう睨むなよ。異種族、いるんだろ?」
男の重さに相反するようにこちらはあえての軽さを以って言葉を返す。
「お前……客じゃねぇな?」
「客さ。金はないがな」
「……帰りな。今なら間違いで済ませてやる」
「その方が都合がいいのか?」
「失せろ」
男は椅子から立ち上がると脇から光るその刃を引き抜いてはこちらへと見せつける。
「まぁ、教えられなくても大体分かるんだがな」
気配を追っては奥。
それも男の背中越しに感じるものではなく。
その足元に位置する場所から更に深く潜った場所。
言わば最初の街で足を踏み入れるに至った、闘技場のような作りであろうか。
希薄でありながらもそこにいるという存在を意図せず完全に隠すことは難しいもので。
「悪いが先を急がせてもらうぞ」
言ってはあちらが手をこまねいている間に一歩前進――しようとしてジーナに肩を掴まれてはその場に上げた足を元の位置へと戻す。
「何かあるかも……っ?」
ジーナはその全容を捉えきれてはいないようだが、振り返れば警戒するようにその先へと視線を向けている。
確かに、このような場所でありながら守衛が一人というのは少々あからさま過ぎると言えばその通りで。
一種の隠蔽工作とも受け取れるが、それはよくよく思考を巡らせる必要も無い程に、黒ではない以上そうする意味と得られる対価が釣り合わない。
だが相手に対して、明確なまでの敵対姿勢を見せたこともあり。
ここで時間を浪費することは後の選択肢を狭めるだけに留まればよいのだが、不利益と言う目に見えた実害を自身等にもたらさないとも言い切れないわけで。
「マリア」
突入前のやり取りを思い出しては打開策を探る。
「はい。いささか強硬策ですが許可して頂けますか?」
マリアはそうすれば必ずと、絶対の自信を持ってこちらへと問いかける。
「あぁ」
それに応えることに抵抗などある筈もなく。
「では――」
マリアは素早くこちらの横へと並び立つ。
何をするのかは分からないが、こちらも呼応するようにしてジーナとサラスを背中へと隠す。
「全て燃やしてしまいましょう」
マリアは言った。
「ちょっ――!」
サラスは制止するようにこちらを押し退けようと手を伸ばす。
「サラスっ、もう遅いよっ」
対するジーナはやれやれとあるがままを受け入れるようにしてそれを押しとどめる。
そうして、マリアは裾の中から瓶を取り出しては内容物を辺りにぶちまけていく。
「オイッ! 正気か――ッ!?」
男の言葉は理解出来る。
だがそれはマリアにとって何の障害にも成り得ず。
「クソッ――!」
男は悪態をつきながらも状況に抗うべく。
こちらとの間に空いた、僅かばかりの距離を血相を変えてはその足で詰め寄ってくる。
だが。
「や――」
その行動は遅く。
「め――」
その声も遅く。
「ろ――」
どちらも当たり前のように間に合うことなどなく。
マリアは擦り合わせることで先端を赤々と燃やし。
そうして生まれた火種を一切の躊躇なく床へと落とす。
「ぐァッ――」
ついでにマリアの手を煩わせることもないだろうと手近なところから金づちを投げつける。
「ありがとうございます」
「いやいや」
なんてことない短いやりとり。
目の間には既に燃え移った火が自身をより大きなものへと変えるべく広がりを見せている。
「ちょっ、ちょ、ちょ、ちょっと! どうするのよっ!?」
日常ではない光景にも少しは慣れて来たかと思いきや。
まだまだあらかじめ内容を伝えておかなければ動揺は隠すことができないようで。
「落ち着け」
崩れ落ちては額を押さえる男をそのままに。
一度扉を開け放したままの状態で外へと出る。
「わぁー」
ジーナが燃え盛るそれを見て感嘆の声を上げる。
「これじゃあホント……あっちが黒か白かって時に、こっちが先に真っ黒じゃないのよ……」
サラスは金づちが飛んで来たわけでもなかろうに。
頭を押さえては現実を受け入れようと唸っている。
「まぁ、おかげで入口は分かったな」
男が熱気から逃げるように机を無理矢理ひっくり返しては。
逃げ場を求めて出て来た蓋へと手を伸ばしたところで何かが発動する。
「ここまでだな」
「はい」
マリアと見合わせては気を失い火に焼かれ始めた男を前に。
再び屋内へと飛び込むことで事態の収束を図る。
「消す方法は?」
「ないです」
「成程」
遅れて入って来たマリアを背に、火の中へとアイギスを天高く掲げて踏み入れては素早く男を掴み上げた後、力任せに扉の向こう側へと放り出す。
「サラスっ」
言うまでもなくジーナの声で男はゲシゲシと二人に踏みつけられ。
その身に纏っていた火は拠り所を無くすように間もなくして姿を消す。
「マリア、これ以上は危険だ」
「はい」
こちらへと背中を向けるマリア。
言いつつ自身は未だ火の行き届いていない隅へと場所を移動し。
目を向ければ傍らでいつも通りにしているアイギスを肩へと避難させる。
「サラス! 障壁で覆え!」
「へ?」
こちらの声は届いたが意図までは伝わらない。
だが、説明をしている暇はないからにして、省いたその先はジーナとマリアが補足してくれるであろうことを理屈ではない部分で分かっている。
「家屋を――」
「火を――」
「私達じゃないのっ!?」
さすがに選択肢が多すぎた所為か。
ジーナでさえきっちりと把握できていないようで。
しかし、ジーナの言葉にした家屋というこちらの想定を大きく上回る提案に、もしそうできるのであればとそれ以上のものはないであろうことを確信する。
「サラスさん」
「どっちでもいいからっ」
「え? あぁ! もうっ! 障壁っ!」
サラスは投げやりにどうなっても知らないわよとそれを展開する。
「やるーっ!」
「やだ、私天才かも」
「リンさん」
そんな声を耳に聞き届けた事で自身がその内部にいるであろうことを確認する。
そうして――。
いつも通りにスコップを引き抜いては大きくその場で振りかぶる。
「身体強化」
一回で十分であろう。
勢いを増す炎を前にして、薙ぎ払うようにスコップを横一線に走らせる。
「あ――」
風圧で消火を試みたのは良いものの。
こちらが思っていた以上の効力を発揮したそれは。
火どころではなく。
前方に広がる建物自体を内部から障壁へと打ち付けた。




