124、不器用な手探り
午前――。
と言ってももう正午に近い昼前のこと。
額にじわりと微かな汗を浮かべては、黙々と馬車の荷台目掛けて箱詰めのそれを積み込んでいく。
内容は主に食料。
それから衣類に日用品。
食料が一番多い筈なのだが、その中でも場所を一番取っているのが衣類という何とも言えない光景を前にして。
旅行にでもきているかのような気分になってくるのは現状からして近からず遠からずと言ったところであろうか。
正直、積載量からしても減らせるものは減らすべきところなのだが。
サラスいわく、それがなければ生きていけないとのことで。
こちらとしてもそういうのであればと、深く追及するのも後回しに、結果として減るどころか気付くと増えている始末。
そんな中。
こちらへと視線を向けては近づいてくる一団に顔を上げては、不意に先頭を歩く者と目線が合う。
「……姫様は」
頭を。
というよりもその種族の身体的特徴である耳を周囲に晒さないようにと配慮する上での必然か。
深々と被った布から覗く瞳は二つで、宿屋で見た者とは明らかに違う事が窺われる。
「出立前に腹ごしらえだそうだ」
姫様と、そう呼ばれたサラス本人から聞いたことをそのままに言葉とする。
「そうか」
男は平然と。
ただあるがままに事実を受け入れては、興味が失せたと言わんばかりにこちらへと背中を向ける。
だが、こちらとしてはそのまま行かせるというわけにもいかず。
本来ならばサラスを同席させた上で話をする予定だったのだが、意図せずその機会が来てしまったものは仕方がない。
意を決するというほどではないにしろ。
相手のこれまでの行動を無に帰そうというのだから。
それなりの覚悟と礼節は持ち合わせて当然のものとも言えるわけで。
荷物から手を離しては静かに息を吸う。
それからゆっくりと吐き出し。
手ごろな場所を見つけては、腰を下ろす者と立ち尽くす者とに二分しているエルフの一団へと足を踏み出していく。
が――。
「私はアンタらとはいかないわよ」
意図せず。
随分遠くから投げかけられた言葉によって。
しかし聞き覚えのある確かな声であったがためにその歩みを止めた。
「姫様――!」
エルフたちの顔が一斉にサラスへと向けられる。
「アンタもアンタよ。さっさと殴り飛ばしてでも帰してやればいいものを」
「いやいや……」
サラスはかなり乱暴な物言いでエルフたちの前を横切り、ずかずかと容赦のない足取りで以ってこちらへと近づいてくる。
「姫様っ」
それを、一人のエルフが引き止めるようにしては腕を掴んだ。
「わっ、私たちには姫様が必要なのです」
掴んだエルフが覚悟と礼節を重んじてか。
頭部を覆う布を片手で取り去っては正に懇願と言う姿勢で縋るような視線をサラスへと向けている。
「……これ、何?」
しかし、サラスは冷めた目で自身の腕へと伸ばされた手を指差しては、その行動が意味するところの強引なやり方について問いかける。
「あっ――いっ、え、その……」
問われたエルフの方はたじたじで、見る見るうちに小さく縮こまっていく。
それでも掴んだ手を離さないのは一種の使命感からか、それともどうしてもというその者個人としての願いからか。
どちらにせよその判決と判断はサラス本人にしか下せない唯一のものと言え。
そのまま無理矢理連れ去るという選択も出来なくはないが、それをこちらが許容しないであろうことは森で制した際に良く理解してくれていると思いたい。
「ねぇ、聞いてるんだけど。私の言ってること分かるでしょ?」
サラスは更に言及。
別に威圧しているというわけではないのであろうが、エルフたちからしてみれば。
それは自身等が崇める存在に問い詰められているというある種どうやっても逆らいようのない状況とも言えるわけで。
「え、あ、っ……はい……」
半分嗚咽と恐怖から強制的に出たような答えだが、それでも力無く手を離してはその場で俯き項垂れることでせめてもの意思というものは少なからず伝わったことであろう。
「……いい? 次、私に手を出したらどうなるか。こいつが黙っちゃいないわよ。次は容赦しないわ。一つや二つ首が飛んだところでこいつは止まらない。それでも、私が必要だってんなら待ちなさい? こいつは後何十年かしたら死ぬだろうからその後だったら考えてあげてもいいわ」
サラスはこちらからしてみれば何とも言い難いが。
いつも通りの口から出任せであろうか。
いや、最後の言葉は自身では確認しようがないからにして案外エルフを束ねる気があるのかもしれない。
「そ、それは――」
「まぁ、どう受け取るかはアンタら次第だけどね?」
サラスはどういうつもりかこちらへと目を向けてはパチリと片方の目を瞑って見せる。
「あ、あの……」
「何?」
「あの者は一体……」
エルフの一人がチラリとこちらに視線を送っては。
恐る恐ると言った感じで聞いても良いものなのかとサラスを窺っている。
「あぁ、こいつ? あー……そうねぇ……」
「仲間だ」
瞬間、ギロっと。
獲物であればたちまち身動きできなくなってしまってもおかしくないような鋭い睨みがエルフたちから向けられる。
そこに込められているのはお前には聞いていないという確かな意思そのものだ。
「ほらほら、答えるから注目注目」
それでエルフたちの意識がサラスへと導かれるように集まって行く。
「うん、そうね。まぁ、私の、私の、私の?」
サラスは答えると言っておきながらも未だ考えがまとまっていない様子。
だがそれに対して何かを突っ込むというようなこともせず、ただじっと見守り続けるエルフたち。
「あぁ、あれよ。ペット」
「おい」
再び一斉に向けられる視線という視線。
「うそうそっ、冗談よ」
「お前ならそう言ってくれると信じていた」
「そうね。下僕、かしら?」
「おい」
強さを増す視線。
回数を重ねるごとに危険な意味合いを含んできている。
「あら、真面目に答えて欲しいの?」
「いやいや、どっちでもいいからさっさとしてくれ」
エルフに噛みつかれそうだと視線をそれとなく向ける。
「ふふっ、素直じゃないわねぇ?」
「どこが、だ。どこが」
「まぁ、いいんだけど。普通に家族? みたいなもんじゃないかしら?」
サラスは意外にもあっさりと答えたかと思えば。
こちらが答えた仲間以上にともすれば深いと言える関係性をエルフたちに提示する。
「そう、ですか……」
エルフは口ではそう言いながらもとてもじゃないが納得を示しているようには見えない。
「何で私が人間なんかをって顔ね?」
サラスは言わなくても分かると考えを透かしたように問いかける。
「そ、それは……」
「単純にこいつが人間じゃないからよ」
「え?」
「え?」
それはエルフと、そして自身から漏れ出たものだった。
「こいつはこう見えて、こう見えて。こう見えて何だっけ?」
サラスはその正体を明かせと言わんばかりにこちらへと無茶を投げかける。
「あ、あー、そうだな。うん。改造人間なんだ」
「それ人間じゃない」
苦しい言い訳に対して、サラスが助け舟を出すどころか的確に怪しい部分を指摘してくる。
「い、いや、人間ではないからな?」
「ほぼ人間でしょ?」
「ということはほぼ人間じゃないってことだろ?」
「割合で言ったら人間のほうが多いでしょ」
「人間とはかけ離れているという意味でだな」
「広義で捉えなくても人間よ」
「改造してるんだぞ?」
「例えば?」
「薬漬けだ」
「病人と変わらないわね?」
「異物が随分入ってる」
「誤嚥するようなもんでしょ?」
「……もうないぞ」
「人間じゃない」
「人間だよ」
「アンタ人間だったの?」
「どういう問いかけだそれは」
「エルフかと思ってたわ」
「耳を改造すればいけるか?」
「アンタ馬鹿にしてるでしょ」
「いやいや、お前が乗せてるんだ」
「乗ったのはアンタでしょ?」
「ごめん」
「素直でよろしい」
何だこれは……そう思った所で自身にも良く分からない。
ただ一つだけ言えるのは、エルフたちから向けられる視線に少しだけ納得が含まれ始めているということだけだ。
「ほらっ、ご飯にしましょ?」
サラスは別段気取る事なく最初からそれが目的であったかのようにこちらへと投げかける。
「……そうだな」
若干の気おくれこそあったものの。
そういうことであるならばと断る理由も無いので残りの荷物へと手を伸ばしてはせっせと積み込んでいく。
「あぁ、それと。アンタらも一緒に食べるわよ?」
サラスにとってはそれも既定事項であったのか。
エルフたちを見回しては当たり前のように誘う。
「この街じゃエルフってだけで窮屈してたみたいだし。折角だから最後に美味しいものを食べれるだけ食べて行きなさい?」
サラスは自然体のまま、にこやかな笑顔をエルフたちに振りまいている。
「し、しかし」
「いいのよっ。全部あいつの奢りだから。ねっ?」
そんないい笑顔を浮かべられたところで――まぁ、いいか。
サラスが何年先になるかは分からないが、今後世話になる可能性があるからにして。
余分な蓄えがあるわけではないにしろ、使うに値する理由はそれだけで十分だろう。
軽く頷いては了承する。
それからサラスの指示の下、エルフたちと協力して積み込みを終わらせた後。
街での最後と呼べる食事を賑やかに。
エルフたちと街を後にしては街道にて別れる。
そうして、当初の予定通り名前も朧気、というよりもまるで覚えていないその人物を追っては次の街へと進路を取った。




