123、ほらほら呼んでいるわ
「テレポート」
人込みの中から聞き間違えるはずのない確かな声が喧噪をかき分けて自身の耳へと届けられる。
「……さて」
文字通りどこかへと消えてしまった相手のことはそこまでに。
事態を収拾するべくエルフへと歩み寄る。
「行こう」
手を取ると言うわけでは無いが。
軽く背中を押すようにしては帰路へと着かせる。
「お――オイッ!」
そこに。
最早これ以上はどうしようもないというのにも関わらず。
後方から飛ばされたのは一種の怒号とも言えるもので。
「気にしなくていい」
びくっと肩を震わせては反応を示したエルフに対して、足を止める事無く態度で以ってその言葉を裏付けしていく。
「オイッ!」
相手はそれが気に入らなかったのか。
感情を逆なでされたかのように怒号はその勢いと大きさを増している。
無論、そこにあるのは怒りだが。
それは現状を正しく理解出来ていないが故に生まれる動揺と困惑から自身を守るために生じさせているかりそめの感情に過ぎず。
そのような表面上だけのものに付き合ったところでろくな事にならないであろうことは最早言葉を労する必要もない程で。
「クソッ――! 確保だッ! 確保しろッ!」
声に突き動かされるようにしては数人がぎこちないながらも動き始める。
「囲め囲めッ! オイッ、邪魔だッ!」
しかし、騒ぎは既に収まりを見せているのものの。
集まりすぎた見物人の間を掻い潜ってこちらを捕らえるには些か判断が遅すぎると言え。
「ッ――! オイッ! どけッ!」
鳴りやまない怒号を背に。
人混みの中へと紛れたが最後。
こちらを追跡することは現実的にも不可能と呼ばざるを得ないものとなり。
「お――おいっ!」
そのことをようやく理解したのか。
やり場のない怒りと虚しさ、そしてどうしようもない困惑が入り交じった声が背中越しに後へと続いて行く。
そうして、その場には何かがあったという過去に照らし合わされるだけの出来事と、曖昧な人々の記憶という不確かな存在に頼ることでしか自身を証明できない半端な事実のみが残されることとなった。
それから、移動する事暫し。
一風変わった宿屋にエルフを送り届けては帰り際に声を掛けられる。
「あなた……何か探し物でも?」
明らかにこちらへと向けられたそれに。
若干の戸惑いと胡散臭さを感じながらも、返事をしないというわけにはいかないだろうと振り向いてはその者を視界へと収める。
「良く分かりましたね。その通りです」
「あなた……、名前は?」
「リンと言います」
「へぇ、良い名前だわ」
深々と被られた布からして確証は持てないが、声からして受ける印象は女性だろうか。
上から下へと目線を走らせれば、その手どころか全身を布で覆い隠しているようで。
しかし、こちらに聞いておきながらも自身から名乗り出そうとはしない辺り、何か訳でもあるのかもしれない。
「ありがとうございます」
「いいのよ。素敵な名前だったからそう言っただけ。私はあなたの素直なところが気に入ったみたいなの」
「……? ありがとうございます」
よく分からないが気に入られたらしい。
「ふふっ、そんなに警戒しなくても私はあなたの力になれると思ったから声をかけただけ。どう? 少しばかり私にあなたの時間を預けてみない?」
「それは……」
どうするべきかと悩むまでも無いか。
現状手がかりどころか足がかりすら掴めず、ただ無為に街を散策しているだけとなってしまっている。
「よろしくお願いします」
「ふふっ、そういうと思ったわ。ほらっ、こっちへいらっしゃい?」
布で覆われたその手で指し示したのは対面の空いた席。
促されるがままに腰を下ろす。
「それじゃあ、リン。あなたの手を貸してくれる?」
「はい」
言われるがままに片手を卓の上へと差し出す。
それを優しく両手で掴んでは何やらその感触を確かめているようだ。
「これは……そう。あなた大変な目にあってきたのね。あぁ、でもあなたはそんな風には思っていない。私から見ればそうであってもあなたから見れば大したことでは無いという意味ね」
布越しに感じられるゴツゴツとした岩肌のような両の手。
何故かこちらを落ち着かせる一種の催眠にも似た声色。
しかし、嫌な感じはまったくせず、むしろこのまま浸っていたいとすら思わせる何かが目の前の者にはある。
「……そうね。あなたの探してる。だけど何を探してるのかは分からない。それはあなた自身もよく分かってる。でも、それだけじゃどうしようもないわね。ふふっ、私はあなたのことを気に入ったって言ったでしょ? 連れて行ってあげることはできないけれど、その場所を指し示してあげる事は出来るわ。いい? 一度だけ。一度だけ言うから聞き逃さないで」
布の奥から覗いたその瞳は二つではなく――。
「リン」
「ん?」
不意に。
掛けられた声に視線を外す。
「チッ――」
こちらの手を離しては舌打ちと共に席を立つその者。
「ん?」
まるで意味が分からない。
既にこちらへと背中を向けては奥へと消えて行くその者と。
こちらに声を投げかけたアイギスとを交互に見合わせた所で答えが出るという事も無く。
「リン、おかね、なくなった」
そうアイギスは何らいつもと変わらない調子でこちらへと告げる。
「ん、そっか」
それで用も無くなったので席から立ち上がる。
「これ」
アイギスは何か良く分からない液体が入った瓶をこちらへと掲げている。
「ん?」
「これかったらなくなった」
「……マリアに?」
「うん」
アイギスの表情に変化はない。
しかし、それはいつものことで。
「晩御飯。何が食べたい?」
それとなく聞いてはアイギスの頭に手を乗せる。
しかし何やら不満気だ。
「……おなか減ってなかったか?」
「肩がいい」
「あぁ……」
そういえば最近乗せてなかった。
「ここじゃ危ないから外に行こう」
「うん」
二人して宿屋の扉をくぐる。
それから両手で抱える様にしてはアイギスを肩へ。
「そう言えばどこに売ってたんだ?」
マリアの下へと歩を進めながらもつい気になってそう口にする。
というのも自身。
薬屋も周り、裏通りにも目を通し、それなりの店に顔を出したと思ったがアイギスの持って来たような色のものには全くと言っていいほど見覚えが無い。
「剣の人のおうち」
「剣の人?」
アイギスはそれがこちらとの共通認識だと言わんばかりに言葉とする。
「うん」
聞き返したところでアイギスに揺らぎはない。
であればと剣の人で心当たりがあるかと考えればこの街で一人。
唯一アイギスと共に相対した名前も知らない人物が脳裏をよぎっていく。
「……あの人か」
「うん」
合ってるかどうかは正直分からないがそれでもアイギスがそういうのであれば間違いないだろう。
それにしてもテレポートでどこに飛ばされてしまったのやら。
気の毒にとは思わないが、アイギスがおうちと言った以上つまりそういうことであるわけで。
「帰ってくる前に街を出た方がよさそうだ」
「何で? おかねおいてきたよ?」
アイギスは純粋な眼差しで疑問符を頭の上に浮かべている。
「家にはどうやって入ったのか……とか以前によくわかったね」
「おじさんたちが案内してくれたよ?」
「つけたのか」
「そうともいう」
えっへんとアイギスはどこか誇らしげだ。
「その後は?」
「おばさんに入れてもらった」
「おばさん?」
「おねえさん?」
「どっちでも?」
「ご飯くれた」
「良かったね」
「うん」
「それから?」
「探検」
「良いものは見つかったかな?」
「これ」
「うん」
「あれ」
「うん……」
アイギスはこの街でも指折りの大きな建物を指差してはおもむろに。
その手に持った瓶の栓を抜いてはこくりと僅かばかり口をつける。
「おいしくない」
確かに。
見るからにそのような色をしているので別段驚くということもないが。
「それでマリアが治るといいんだが……」
アイギスを信頼してはいるものの。
ここまでの過程を聞いてしまってはどうにも雲行きが怪しくなってきた。
「だいじょうぶ。何でも治るよ?」
アイギスは自信満々だ。
「そうか……」
アイギスがそう言うのであればとひたすらに帰路を進んで行く。
それから。
眉間にしわを寄せながらもマリアが口にした翌日。
アイギスの予言した通りにマリアは快復した。




