122、ダーインスレイヴ
「……どういうつもりだ?」
目の前の男は至って表情を崩すことなく。
それが当たり前の行動であることを態度で表すと同時。
こちらの選択が誤りであることを目線と共に言葉を用いて指摘する。
「こっちの台詞だ」
だからといってこちらとしても行動に移した以上、確固とした意思を持ち合わせているわけで。
現状、相手に譲るという選択肢はその意味と意義の消失に繋がりかねないために引く姿勢は見せない。
「なっ、何で……」
後方から困惑の声が上がる。
「エルフ共を野放しにしておく方が私としてはどうかしていると思うがね」
男は眉間にしわを寄せては何故そんなことが理解出来ないのかと、怒りというよりも呆れ気味にこちらを見据えている。
「彼らは適切な方法で街に入った。それを個人の見解で排斥していい理由がどこにある」
「ハッ、理由? あるとも。お前は彼らと言ったがな。それは人間相手に使う言葉だ。エルフには必要ない。そう言えば理解出来るかね?」
「言っている意味は分かるが理解はしない。理由を聞いたところでこちらの意思に変わりはない」
「ほう? ではどうするというのかね?」
「どうもしない。彼らに手を出すというのであれば随時防ぐというだけだ」
「ハッ、ハハハハハハハッ! 成程、成程、成程。面白い。では防いでみたまえ」
男はこちらの掴んだ腕とは反対側の手で抜刀。
こちらにその気があるのならやってみるがいいとこれ見よがしに挑発している。
「や――やめてくれっ! お前には関係ないことだろ!?」
またもや後方からの声。
今度は制止を含んだ言葉が飛んでくる。
「エルフはお前の介入を望んではいないようだが?」
男は眉を吊り上げては面白そうにしている。
「関係のない事だ。理由がどうであれこちらの意思に変わりはない。そう言った筈だ」
「ハハッ、良い事を教えてやろう。お前の目の前にいる人物が何者であるかという話だ」
「どうでもいいな」
「そう言うな。お前の寿命が少しばかり延びると思えば聞きたくもなるだろう?」
「さぁな」
最早お喋りに付き合う必要も無ければ聞きたくもないことに耳を貸している暇も無い。
今はマリアの容態を回復させるために何かしら手段が無いかと街を見て回っているのだ。
「……正気か?」
男から手を離し、背中を向けてはエルフを無理矢理その場へと立たせる。
「っ……礼は言わないからな」
エルフが鋭くも若干のそうすることへの躊躇いを目線に滲ませてはこちらの手を払う。
「あぁ、だがいつも自分が居るとは限らない。今後の行動には注意してくれ」
「うっ、うるさいっ」
「サラスはダメだがいつでも手は貸す」
「それは……平行線だ」
「それでいい」
こちらに背中を向けてはその場から離れて行くエルフを見送る。
だが、それを事情はどうであれ。
吹っ掛けた側が容易く見逃すようであれば態々この様な人目のつく街中で騒ぎなど起こさなかったであろう。
「ダーインスレイヴ……」
後方の気配から苛立ちを内包した殺気が立ち昇る。
「なっ! 閣下――ッ!」
それは連れていた取り巻きたちから上がった焦りと畏怖の象徴、その具現化とも言えるもので。
「あの世で後悔しろ……」
そろそろかと男へと向き直る。
先程まで高そうな、しかしどこにでもは無さそうな剣だったそれは。
禍々しくもどんよりとした赤紫色の空気を放っており。
周囲にこれと言って分かるほどの動揺と恐怖を振りまいている。
「悪いがあの世で後悔したことはない」
「……死ね」
男はこちらの言葉など意に介さず、一瞬にして目の前から消える。
「身代わり――」
その対象は言うまでもない。
「フッ――」
男の滑稽なものでも相手にしているかのような嫌な笑いが鼻から漏れ出ては、未だ健在していることを主張するようにして耳がその声を捉える。
「中治癒」
そして、一度浮かび上がった傷口は何事も無かったことのようにその姿を保ち続ける。
「……同じこと――」
振り返った先で、エルフへと再びその剣を振りかざそうとする男が目に入る。
「スイッチ」
それは敵意の向けられた対象の強制的な変更、誘因。
「ぬッ――チッ、面倒な。余程死にたいらしいな」
何かに縛られたように男の手が止まる。
それに無理矢理抵抗しようとしては鼻血がつっと地面に零れ落ちていく。
「何、気にするな。大したことじゃない」
「調子に乗るなよ? ただの盾風情が」
男は消えることなく。
こちらへとその足で以ってゆっくりと近づいては、大して長くはない距離を周囲へと見せつけるように縮めていく。
「心配するな。後は任せろ」
自身の置かれた現状に対して。
理解に及ぶ及ばない以前に呆然と立ち竦むエルフへと、何でもない旨を伝えるべくいつもと変わらない調子で声を投げかける。
「フッ……虚勢もそこまで張れれば本物だな」
「どうも」
そうして。
短いやり取り、最後の言葉と言えるものをお互いに交わし終えた後――。
再びその者は目の前から消えた。




