119、言うだけタダだが、タダより高いものは無い
「……リンさん」
何の気なしに馬車に揺られていると。
右隣に座っていたマリアからツンツンと腕を突かれる。
「ん?」
アイギスもサラスも体を横にして寝ているため。
それとなく配慮しては小声にて反応を示す。
「あの……」
マリアもそれに合わせるように。
落とされていた声の大きさを更に落としては、何やら相談事の様子。
こちら側へと身を寄せてきては自身の口元へと手をかざし、聞かれることを憚ってか耳元へと近づいてくる。
そうして、内々の話とマリアは囁き始めた。
「その、いつまでついてくるのでしょうか」
そう、マリアは言った。
自然、目線は馬車の後方へと向けられる。
その先で視界に入って来たのは他でも無いエルフたち。
徒歩でよくついてくるなと感心するも、帰れなくなるようなことになりはしないかと少しばかり心配もしているぐらいだ。
「まぁ……」
そう言葉にした所で偶然にもエルフの一人と目線が合う。
「うん……」
その目はどうにも力強く。
数こそ現実的なところにまで減らしてはいるものの。
帰るという選択肢は一切考慮されていないようで。
もし、仮にという話をするのであれば。
帰還を促すであったり、提案するであったり。
とにかくそういった行動をすること自体がその者の前では避けるべき行為のように感じられて。
勿論、力づくということであれば不可能では無いが。
それは少しばかりというよりも、かなり強引な手段と言わざるを得ず、後々無用な諍いや禍根を残すことにもつながりかねないからにして。
出来る事ならば奥の手として使わずにいられるのであれば使わないに越したことは無いだろう。
「どう……か。したほうがいいんだろうね?」
「それは……」
マリアはちらりとサラスに目を移す。
「サラスさん次第かと……」
「うーん……」
やはり当人に聞かなければ分からない、いやサラス本人の意思は明確か。
何度も繰り返すので逆の意味にも捉えられなくもないが。
サラスの言葉通りにそっくりそのまま受け取るとするならば、それは一貫した拒否そのもので。
その一点に置いて未だ揺れ動くというような素振りも見せていないのは見ていて分かるのだが。
それとこれとは全く別とも言えるわけで。
サラスは拒否こそしているものの、その手段については諦めるよう意思表示しているだけでこれと言った行動や方策を取るわけでもなく。
ただ相手にその先を丸投げしては帰る以外に選択肢はないと押し付けているに過ぎない。
つまり、相手の拒否権を剥奪するようなことはせず、あくまで自主的に行動してくれることを期待しているのだ。
また、そこから考えられる真意は些か言動と乖離しているように感じられなくもないもので。
「起こす……にはまだ早いかな?」
「どうでしょう。睡眠は十分に取られていると思われますが」
「うーん……」
自分の思っていたものとは違う答えが返ってくる。
「あ、あのっ、何かお気に障るような事でも――」
「違うよ。マリア」
よしよしと組んでいた腕を解いてはマリアの頭をさする。
このところマリアは少しばかり不安定だ。
自身が起因するところが大きいからにして、言動にはもっと気をつけなければいけない。
「え、えっと……」
ガタン――。
小さく音を立てて止まる馬車。
「ジーナ、どうかした?」
「リンがいちゃいちゃしてるからきゅーけーするのっ」
ジーナはその頬を膨らませては怒りを露わにしている。
「あ、あのっ、違うんですっ。これは――」
声の大きくなりつつあるマリアを手で遮ってはその先を引き継ぐ。
「ジーナ。後ろのエルフの事なんだけど、相談に乗ってくれないかな?」
「知ってるし、聞こえてるっ。でもぼくは手が離せないから黙って見過ごしてたのにっ」
「のに?」
「リーンーっ? それは聞かなきゃ分からないことかなーっ?」
ジーナは手綱を離し。
こちらの眼前へと迫っては膝の上のアイギスを見て。
ちょいちょいとマリアに空間を開けるよう促しては窮屈にもその隙間へと腰を割り込ませる。
「んしょっとっ、ふーっ。でっ?」
ジーナは先程までの怒りはどこへやら。
よくよく考えて見れば、単純にこうするための口実が欲しかっただけなのかもしれない。
素直じゃないジーナ。
何とも微笑ましく、笑みが零れそうになるが。
そこはぐっと我慢して、心の内にとどめておくだけにしておこう。
「えーっと、サラスを起こそうかどうかってところかな」
何故そこに至ったのかは端的に省いて。
現在の状況を簡潔に伝えることとする。
「ふーんっ。でっ? リンはどうしたいのかなっ?」
ジーナはこちらの手を取っては自身の頭上へと乗せる。
マリアからしてこちらに撫でるよう要求しているのであろう。
「うーん……そうだね……」
撫でながら考える。
「えへへーっ」
ジーナは笑顔だ。
心が安らぐ。
つまり、そういうことか。
「サラスに笑っていて欲しいかな」
「むっ」
ジーナが頬を膨らませかけ――。
「むむぅ……」
思いとどまってはこちらを力無く見つめる。
「後悔して欲しくない、かな」
「例え……どんな選択になるとしても……?」
ジーナは神妙な面持ちでこちらへと聞き返す。
「そう、サラスが願うならね」
「……そっか……」
ジーナは俯く。
それから暫くしてこちらとは逆。
マリアへと顔を向けてはこちらに問うたことと同様の問いを投げかける。
「私は……サラスさんに幸せになってもらいたいです。ので……そのためであれば、どんな決断であろうとも仲間として受け入れる覚悟は出来ています」
「本当?」
「……つもりです」
「大丈夫?」
「……仲間がいますので」
「……てっ、てれるからっ。そういうのは言わなくていいとおもうっ」
「そうですか?」
「あっ、いやっ、そのっ、ねっ? 嬉しいけど……うん」
真っすぐなマリアに対して。
ジーナは目線を外してはドギマギしている。
「じゃ、じゃあさっ。最後にぼくの考えだけどっ、聞いてくれるっ?」
程なくして。
持ち直したジーナは、僅かにその口元を綻ばせてはいつもの調子でこちらへと腕を絡めてくる。
「うん」
それに短く応えては、本人を前に。
ジーナはゆっくりと、殆ど答え合わせにも似た内容の旨を紡ぎ始めた。




