118、本物のお嬢さん
「いい? もう一度言わせてもらうけど、私はアンタらの事なんてどうでもいいの。そもそも私の事をハイエルフだとか勝手に言っちゃってくれてるけど、違うから。私はただ少しばかりの高貴に容姿端麗と頭脳明晰が引っ付いただけの、ただの、エルフよ」
サラスは言う。
大地へと座り込む耳の長い者たちを前にして。
「分かったらさっさと私のことは諦めて帰ることね? あ、何か用があって来たんだっけ?」
サラスはこちらへと顔を向けては聞くなら今よとその先を託してくる。
「いや、もう大体わかったからいい」
「そっ、ならいいわ。じゃっ、解散」
サラスはそれだけ言ってはエルフたちに背を向ける。
「姫様っ!」
集団の中から、声が上がる。
それは引き留めようとする意思が込められているものであるということは明白だが。
対するサラスはまるで気にも留めることなく、結果。
足を止める素振りも見せないままにこちらへとその行動で以って帰宅を促してくる。
「いいのか?」
拒否する理由も無いので立ち上がってはサラスの後へと続く。
その間も最初こそ一人であった声は徐々にその数と大きさを広げては増していく。
「いいも何も、私、姫様じゃないし」
「それっぽいけどな」
「あら? 何? そういう目で見てたの?」
「絵本に出てくる自由奔放なお姫様がそのままでかくなったって感じだな」
「それ、褒めてる?」
「自分の思うお姫様像とぴったりだな」
「褒めてないでしょ」
「いやいや、お姫様みたいだってのは誉め言葉じゃないのか?」
「褒めてるのね?」
「まぁ、その辺はおいおい……」
「何でおいおいなのよ……」
サラスはその目線を細めるだけでは収まりがつかなかったのか。
軽い肘打ちまでこちらへと差し出してくる。
「……リンさん」
その声に顔を向ければ。
サラスの治療にて目を覚ましたマリアが、こちらとの距離を何やら足早に縮めてきては申し訳なさそうに顔を俯かせる。
「……いいよ」
何故そうなってしまったのかまではよく分からないものの、こちらの意思にそれ以外はないからにして。
「それ、アンタの悪い癖よ」
サラスにすかさず指摘される。
「直すつもりはないけどっ――でっいででででで」
間髪入れず、こちらへと襲い掛かって来たのは二つの拳。
頭を挟み込んでは誰のものかなど言うまでも無く。
それにしても容赦が全くなされていないのは一体どういうことだ。
「アンタはこれくらいじゃ堪えないでしょ? マリアっ! アンタもやっちゃいなさいっ!」
「いやいや――」
「すみません……」
マリアの一言に体の動きを止め――サラスは動きを止めない。
「私……リンさんの邪魔を……指示があったのに……」
「仕方ないわよ。あんなことがあった後だもの」
サラスはこちらが口を挟むまでもなく割り入っては、動きを止めることなく何やら意味ありげに含ませる。
「でも――」
「ジーナもでしょ? 普段なら泣いたりなんてしないだろうし?」
「え――なっ、ななな、泣いてなんかないよっ!?」
突然話題を振られたジーナがダダダダっと距離を取ってはびっくり仰天、可愛らしい仕草をこちらへと見せてくれる。
「え――?」
それは落ち込んでいるマリアの口から自然と疑問符を突かせては言葉にしてしまう程に見事なもので。
「ちっ、ちちちがうからねっ!?」
ジーナはしどろもどろ。
何と言うか、中々見ない光景に心はとても穏やかだ。
「何でよっ? 別に隠す事でも無いでしょ?」
「いいええええっと、そのっ、あのっ、あの、あのさっ? リンっ?」
「ん?」
とてもいい笑顔だ。
「リンもだよねっ?」
「うん」
即答。
「違うからね? マリア」
「ちっ、違わないよっ?」
「違わないぞ、サラス」
「何言ってんのよ……アンタが――」
「色々あってね」
「ジーナにマリアを起こすよう指示したんでしょ」
「もーっ! サラスーっ!」
ジーナはこちらへと詰め寄ってくる。
そして――何故かサラスからこちらを引き離す。
「大丈夫だった?」
「ん、うん」
「話変わらないけど、それでどうにもならなくて泣いちゃったのよ。だから一緒。マリアだけ気に病む必要なんてないわ」
「で、ですが……」
マリアはそれでも自身の中で区切りをつけられないのか。
言い淀んではその先に続いたであろう言葉に封をする。
「この際はっきりさせとく?」
そんなマリアを前にして。
私は別に構わないわよと特に気に掛けることなく投げかける。
「わーっ! だめだめーっ! その話はしないって約束でしょっ?」
だがそれにはすぐさまという速度で以ってジーナの制止が入り。
「わ、私も……その、約束、しましたので」
マリアも口を開いては同様の意思を示す。
「でも――」
「でももなにもなーいっ! リンが自分から言わない以上こっちからその話はしないって言ったでしょっ?」
「そうだけどさ」
「ならお終いっ」
「アンタ覚えてるでしょ?」
サラスは隙あり、聞く耳持たずとこちらに問いを投げかけてくる。
しかし、そう投げかけられたところで主語が省かれている以上こちらかしても何の事やら理解には遠く及ばず。
片やそんなこちらの状況を知ってか知らずか、ジーナとマリアに目を向けて見れば固唾をのむという言葉が実にしっくりとくる様相で。
「……どうなのよ?」
サラスは詰め寄るという程ではないにしろ、言った手前かなり気にはなっている様子。
こうなってくるとどう答えるべきか。
悩むという程ではないにしろ、正直に知らないとするならば、更に補足した後の追及という二者択一を迫られる可能性もなくはない。
答えやすいものであれば問題ないのだが、現状それも全く予想のつかないもので。
「さぁな」
とりあえずの保留。
あまり良い選択とは言えないが、黒とも白とも言わず、その先を相手に推測や憶測といった形で丸投げする。
勿論、ジーナはその程度お見通しであろうが、はっきりとは口にしていないため確実とは言い難い。
「……アンタ、分かってないでしょ」
「さぁな」
「分かってるの?」
「さぁな」
「それ禁止ね」
「ははっ」
「それも禁止」
「ほほっ」
「それも禁止」
「へへっ」
「禁止」
「ふふっ」
「禁止」
「おーっほっほっほっほーっ!」
ゴスッ――。
鉄拳制裁。
「サラスーっ!」
ジーナは暴力反対をサラスに訴える。
「だ、大丈夫、大丈夫」
諫める、収める。
何を?
痛みを。
誰を?
サラスを。
「ばっかじゃないのっ、ふんっ」
サラスはそっぽを向いては歩く速度を上げる。
「あぁっ! 姫様っ!」
ここまで延々と適切かどうかは判断しかねるが、距離を取ってはエルフたちもそれに追随する。
「リンっ、マリアっ、ぼくたちもいこっ?」
ジーナがこちらの手を取っては何もかも置き去りに。
マリアへと差し伸ばしたのは無類の笑顔とその証。
「あ……」
マリアは目の前に天使でも見ているかのようだが、実際にこちらは天使を見ている。
「いこっ?」
その名はジーナ。
「はい……っ」
全てを包み込む慈愛と少女のような可憐さを併せ持つ天界の住人。
そうしてマリアはジーナの手を掴み――。
「って、アイギスどこ行ったっ!?」
大木へと自生する一風変わったキノコへと手を伸ばしていた。




