117、原点回帰
「アイギス――!」
こちらの声が届くのが先か。
あちらの手が届くのが先か。
結果は同時だった。
「なに?」
アイギスはこちらの予想に反して目を覚ましていた。
「……どういうつもりかね?」
「こっちの台詞だよ?」
アイギスへと伸びた手を。
マリアを脇に抱えながらというかなりきついであろう姿勢で止めたのはジーナ。
その顔には冷笑と呼べるそれが貼り付けられ、はっきりと相手を捉えて放さない。
「ほう? だが生憎と答える義理はないな」
失礼、と。
その者は空いたもう片方の手をジーナへと差し向ける。
それはある種の宣告であり。
断頭台を前にした執行人と言っても差し支えないほどにしっかりとした振る舞いで。
「無駄だよ」
だが、こちらからしてもそうであるように。
ジーナもまた淡々と現状に対して事実を述べていく。
その様は、まるで未来を予め知っているのではないかと思える程に冷静沈着だ。
「ハッ、ハハッ、そうか。では――」
「では、どうするんだ?」
上げた腕を掴んではその先を問いかける。
「リン?」
その者とサラスとの間に入り込んでは背中越しにアイギスの声。
いつものことだがアイギスからは焦りも動揺も困惑も感情と言う感情がほとんど感じられない。
だが、それはほとんどであって、まったくないというわけではなく。
「おはようアイギス」
「うん?」
それは傍から見れば場にそぐわないであろう会話を展開できる程度には余裕がある事を暗に示していて。
「よく眠れた?」
「うん。おなかへった?」
何故か最後に疑問符がついたがそれはアイギスの明確な意思であり。
自身の思いを伝えると同時、こちらの様子をも伺ってくれているのではないかと勝手に受け取ってはジーナに走らせようとした腕を更に掴んでは制止する。
「面倒な……」
「終わったらご飯にしよう」
「うん」
「いやいや……」
「わーっ、いまぼくかるくしにかけたよねーっ?」
サラスがジーナへと寄り添ってはこちらから距離を取り。
様々な感情が入り混じってはよく分からなくなってしまっているジーナに対して。
アンタは何も悪くないわと心から気の毒そうに声を掛けている。
「で、だ。話なら聞くが?」
正面から相手を見据え、魔族ではない他の何者かであろうことを間近にて再度確認する。
「……強化系か。小賢しい」
「言葉が通じるんだ。敵か味方かぐらい判別をつけさせてくれないか?」
「は? どうみても敵でしょ」
こちらの声に。
すかさずサラスからの声が飛ぶ。
だが、こちらとしては聞こえなかったことにしてしまった方が現状都合が良いと言え。
「……どうなんだ?」
「ふっ、……聞かれたところで答えるとでも?」
「いや、そういうのいいから。さっさと答えなさいよ。どう見ても主導権はこっちでしょ?」
「……ククっ、勘違い女め」
サラスが正体不明のその者相手に一々面倒くさいとまくし立て。
真偽は定かでは無いにしろ、強がりに捉えられても仕方ないような苦しい反論が漏れ出てくる。
「あらっ、どうも?」
「褒めてないぞ……」
「どうなんだ」
「だから敵でしょ?」
「あの毛玉は何だ」
「ふっ」
「何故中から人が出て来た」
「ははっ、そうかそうか」
「お前は何者だ」
「ハハハハハハハッ!」
「うっるさいわねぇ……」
盛大な笑い声にサラスが水をかけては一瞬で大人しくなり。
何を考えているのか、真顔でサラスへとその無機質な視線を向けている。
「……そうだ。次の実験はエルフでやるとしよう」
目の前の者は何とも悪い笑みを浮かべてはそんなことを言う。
「どうだ?」
ニヤリと。
吊り上がった口の両端が、サラスに対する悪意からであろうことは分かり易いまでによく分かり。
「別に? 勝手にすれば?」
サラスは気にしないと平然と口にしては足元に一本の矢が突き刺さる。
「ハハハハハハッ!」
再び笑いだすその者。
「だからうるさいって」
サラスも思いのままに繰り返す。
「ハハハハハハハッ!」
しかし、今度ばかりは冷や水をかけられたところで収まるような熱ではなく。
「あーもうっ! 分かったってばっ!」
サラスが声を張り上げる。
「ハハハハハハハハハハハハッ!」
バキッ――。
「ハハハ、ハハ、ハ、――ハ?」
「そこのエルフをここのエルフと同じように思ってもらっては困る」
「…………は?」
両腕の骨を粉砕したというのに反応としては些か薄い。
やはり常人の枠で捉えるのも常識に当てはめるのもかなりの確率で危険だと再認識する。
「な、なんか……うん。ありがと……」
「礼は良い。マリアを起こさないと死ぬぞ」
「へ――?」
自身はいい。
ジーナも言葉こそ発していないが問題無いだろう。
となると残るはサラスだが……障壁があと何度か使えると言ったところでそれは単なる防御でしかない。
数と時間をじっくりかけられればいつか瓦解するのは目に見えている。
「こっちは手が離せない」
正確には余計な真似をさせないためにも離さないと言えるが。
「え、え、え、うそでしょ?」
「事実だ」
「何で、そんな、ちょっとした冗談でしょ?」
自身等に迫る現実を前に。
サラスはこちらの助言を実行するでもなくただただ困惑し続けている。
「ジーナ」
埒が明かないと。
いつもなら既に実行していてもおかしくない状況にも関わらず、柄にもなくぼーっとしているジーナへと声を掛ける。
「……」
返事がない。
「ジーナ」
「あ……うん……」
ジーナはらしくなく。
何とも歯切れ悪い返事をこちらへと戻す。
「マリアを」
単刀直入に、ジーナならこれで全て理解してくれると内容をとことん省略しては言葉にする。
「そ、そのね……?」
だが、歯切れの悪さは収まらず。
それどころか現状を理解しているであろうに行動を始めるということもなく。
こちらの様子をその両腕でマリアを抱きかかえたまま申し訳なさそうに窺っている。
「……ジーナ。大丈夫。何とかする」
最早現状のすべてがどうでも良くなった。
ジーナの笑顔を取り戻すためであればエルフの何人何十人何百人であろうと望むところだ。
「マリア……起きない……と……思う……」
そうして吐き出されたのは言葉だけでなく――。
「ヌアァッ――!」
メキメキと崩れ去った筈の腕が音を立て。
ミシミシと周囲の肉を巻き込んでは完全に孤立する。
「……サラス、もういい」
何かが自身の中で完全に崩れ去り。
「リン……ごめんね……役に立てなくて……」
それを再び目にするまでは決して振り返らない事を決意する。
「大丈夫。大丈夫だから。アイギス、お願いできるか?」
「ッァ――」
半端な両腕のその者へと手を伸ばしては。
首に圧力をかけることで意識の刈り取りを図る。
「なんで?」
アイギスは変わらない。
「エルフがサラスを狙ってる。マリア抜きで持ちこたえられるとは思えない」
「……うん?」
「マリアが起きない」
「サラスは?」
「え、なにっ? 私っ?」
「治療は?」
「グェ――」
「え――?」
「あ」
万事解決した。




