115、時には昔の話を
「動くなッ!」
それは頭上からの声だった。
周囲を見渡せば何の事は無い。
四方八方から続々と顔を出すのはサラスによく似た特徴を持つ者たち。
「こちらに敵意はない」
「嘘をつくなッ! 我らが同胞を付き従えて置きながらよくも抜け抜けとッ!」
その声には明確な敵意と抑えきれない怒りが込められている。
「この場所はジャバラシアンという者が治める村の者から故あって聞いた。黒い毛玉を模したものに見覚えは無いか?」
「ッ――今ジャバラシアンと言ったか!」
「あぁ」
「やはり敵では無いか!」
その一言で一斉にこちらへと弓が狙いを定めるように引き絞られる。
「故あってと言った筈だ。黒い毛玉に不揃いの手足。彼らが襲われていたところに遭遇して手を貸した」
「そのようなものは知らんッ!」
「事情を知っているようなので聞きたいと申し出たが、仲間のエルフを爪弾きにしようとしたため辞退した」
「何が仲間だ! 貴様ら人間の言葉を我らが信じると思ったか! どうせ無理矢理――」
「これでどうかしら?」
「おい」
何を思ったのか。
サラスがこちらの腕へとその腕をご丁寧にも絡ませては見せつけている。
「サラスーっ?」
案の定ジーナが不満の声を上げているが今はそれでどころではない。
「きッ――貴様ッ!」
極限まで引き絞られたそれがこちらに向かって放たれる。
その数一。
だが、それで収まる筈も無く。
次々と追従するように放たれたそれは総勢いくらかなど数える気にもならない程だ。
スコップを引き抜く。
さすがに数が多いが、致命傷を避けてそれ以外を身代わりで引き受ければ何とかと言ったところか。
だが――、こちらの予測と予想は意味を成すことなく。
たった一言に因って全てを無に帰した。
「障壁」
サラスが横で口ずさむ。
「わーっ」
ジーナから感心するような声が上がる。
「リンさん」
「うん」
自身らを囲む様に展開した薄い膜のような半球形。
その中で短いながらもマリアと今後について意思の疎通を図る。
「初めて使ったからどのくらい持つかは分からないわよ」
サラスが横でそんな何とも言えない事実を明らかにしては肩をすくめている。
「問題ない」
そういいつつも結局すべての矢をきっちり防ぎ切った後。
障壁と呼ばれたそれは役目を果たしたかのように姿を消した。
「バカな……」
周囲から目に見えるほどの動揺が上がっている。
「魔法を行使できるのは我らが祖先の中でも……!」
不意に雲の切れ間から差し込んだ月明かりがこちらをはっきりと照らしだす。
「その瞳の色……まさか……」
動揺の次は困惑。
それも沸々と湧き上がるのではなく、その上で伝染するように広がって行く。
「ハイ……エルフ……」
男か女か。
正直似たり寄ったりな上に暗くて区別などつけようが無いが、それでもその者がそう言ったことだけは確かだ。
「……何よ」
目を向けた先で。
サラスは片方の眉を吊り上げては文句でもあるのかとこちらを怪訝な目で見つめている。
「へーっ、サラスってハイエルフだったんだーっ」
ジーナが何やら知っているような口調でそのことを繰り返す。
「ハイエルフとはエルフの中での呼び名か何かでしょうか」
マリアは疑問を言葉に。
知っている風なジーナへと目線を向ける。
「え? あぁ、ちがうちがうっ。何も知らないけどっ、種族の中にも上位種族とか王族とかで呼び名が変わったりすることって珍しくないことでしょっ?」
ジーナはぶんぶんと目の前で手を振りながらも自身の考えを言葉としてまとめていく。
「成程……では、サラスさんはエルフの中でも特別であると?」
マリアはジーナの答えを元に。
更なる理解を求めてはその問いを投げかける。
しかし、答えは誰一人として持ち合わせておらず。
それこそサラス本人でさえも知り得ないことのようで。
気がつけば、自然とその者へと視線を向けるに至っていた。
「……何故、何故王となられるお方がこのような者たちの中に……」
頭を掻きむしり、信じられないとその目でサラスを射抜く。
「あってはならないことだ……我らがエルフを纏め上げる唯一のお方……取り返さねば……愚かな人間どもから取り返さねば……!」
くわっと見開かれたその瞳からは最早狂気的な何かすら感じられる。
危険だ。
そう感じたのは自身だけでは無かった様で。
「日を改めた方が良いんじゃない?」
サラスがこちらから手を離してはいつでも逃げれるわよとそれとなく目で訴えている。
「ぼくもその方がいいかなーって?」
ジーナも続ける様に同調する。
「私は……戦力差がはっきりしている以上もう少し様子を見てみるのもありかと思います。日を改めた所で事態が改善するとは限りませんので」
「まぁ、それは言えてるわよね」
「リンが決めてっ?」
マリアの意見にジーナがこちらへとくっついてきてはその先を促す。
「そうだね……話し合いは出来そうにないけど……無力化することは不可能じゃないと思う」
「はい」
「障壁だけならまだまだ何回でもいけるわよ?」
「それすっごく便利だよねーっ?」
「いいでしょー」
サラスがジーナの頭に手をやってはガシガシする。
「ちょっ、サラスーっ!」
ジーナは乱れた髪をそのままに。
仕返しだとサラスに手を伸ばす。
「ちょっ――アンタっ、やめなさいってっ」
「ふーんだっ。サラスなんてこうしてこうしてこうなんだからっ!」
何故か考える事もそこそこに。
暫く眺めていたところ、気が付けばサラスの髪型が変わっていた。
「……何これ……」
サラスが自分ではその全容が分からないであろうが。
手で触れてはジーナに疑問を呈している。
「三つ編みさんっ!」
「いや分かるけど……」
サラスは一本にまとまったその髪型を前に。
上手いわねとジーナを褒め称えている。
「マリアもやってあげよっかっ?」
ジーナはそう言ってはマリアに笑顔を向ける。
「わ、私はいいです。遠慮しておきますっ」
マリアはジーナから一歩距離を取る。
「えーっ、って、マリア――!」
それを相手がどう判断したのかは置いておいて。
離れたマリアに矢を射抜いたことだけは最早どうしようもない事実であるが故に。
「戦闘は避けられそうにないな」
掴んだ矢をへし折っては大地へと転がす。
「アンタそれ平気でやるわよね」
サラスが横から何やら気になったのか指摘する。
「ん?」
「その、矢を掴むとか。普通出来ないでしょ」
目を向けては何だそんな事かと納得する。
「何も最初から出来た訳じゃない。それに銃弾と比べれば大した事ないしな」
「銃弾? 何それ、初めて聞いたんだけど」
「まっ、その話は後だな」
「そうね」
サラスから目線を外してはいつでも迎え撃つ用意は出来ているとその構えを周囲に向けて示す。
「もしかしてさ……リンって銃弾掴めたりする?」
その声は背中越しに投げかけられたものだったが。
「それに耐えうる特殊な手袋があれば何度かね」
「やっぱり……リンってそういう感じなんだ……」
「流石です」
「来るよ」
そう何気ない会話をたちまちという形で締めくくっては。
合図と共に一斉に射掛けられたそれを前にして。
再びサラスが障壁という言葉を口にする。
そうして際限なく降り注ぐ矢の最中。
その毛玉は奇怪な雄叫びを携えて――本日二度目と言える邂逅を自身等と果たすこととなり――。




