114、健康志向
目線を先に。
足を止めてはジーナたちにその場へと止まるよう手で促す。
「……何の用かね」
前方から、それもそれなりの距離を開けた上でこちらへと投げかけられる言葉。
見た目こそロランと変わりないが、その声は年齢を感じさせ、何より風格と品位というものが感じられた。
「初めまして。リンと申します。ロランさんからお話はお聞きになられていないでしょうか?」
当たり障りない挨拶を選んでは、その件について知っているという前提で問いかける。
「聞いておる。しかし、何だね。事は既に終息していると認識しておるが?」
「そう、ですか。ただ、こちらとしても事情を把握しておきたいと思いまして」
「ほう……?」
顎に手を当てては考える素振り。
「失礼ですが、お名前をお聞きしても?」
「ジャバラシアンだ」
その返答はすぐさまと言えるもので。
「ありがとうございます。では、ジャバラシアンさん。事の真相、お聞かせ願えますか?」
「ふっ、まぁ、そう急ぐな。客人よ」
ジャバラシアンはこちらを客人と、そう呼んだ。
「それとも恩人と呼んだ方が良かったかの?」
こちらの反応を見てか。
微かに笑みを浮かべては歓迎の意思を示す。
「いえ、あくまでこちらはこちらの都合でそうしたまでですので」
「ほう?」
「お気になさらず」
「よいよい。事情はどうあれ、結果的に助けられたのはこちらだからの」
「では?」
「立ち話もなんだ。話しついでにゆっくりしていくといい」
「ありがとうございます」
それでようやく話がまとまった。
かに思えたのだが――。
「ただの。いくら恩人とは言え、そちらのエルフはちと困るんじゃよ」
ジャバラシアンはサラスに対して指こそ差し向けないものの。
この場にはエルフと言われて当てはまる者は他に居るわけでも無く。
「いいわよ。私、待ってるから」
サラスからやれやれとため息交じりに納得が示される。
「ジャバラシアンさん。折角のお誘いですが、そういうことであれば申し訳ないですがお断りさせていただきます」
しかし、こちらがそれを受け入れる必要もなければ理由もなく。
「なんでよ」
サラスはあからさまに不機嫌な声を上げる。
「お前を一人にはしない」
「……っそ」
サラスはそれで素直に引き下がる。
いつもならもう二三ことやり取りがある筈だが、別に悪い事でも無いため何とも言い難い。
「じーっ」
ジーナは何やら言いたい事があるようだが口にはしない。
ただ、その目線に含ませているのは今はねという限定的な配慮だ。
「そうかの。こちらとしても残念だと思うがそこばかりは譲れんのでな。また機会があれば相見えることもあるだろうて」
「はい。その時を楽しみにしております」
「……夜道には気をつけてな」
「ありがとうございます。では私たちはこれで。失礼します」
言って軽く頭を下げた後。
ジャバラシアンに背中を向けてはその場を後にする。
それから暫くして。
「……良かったの?」
案の定その声はサラスから上がったもので。
「問題ない」
「でもアンタが必要だと思ったからわざわざ後なんてつけたんでしょ?」
「事情が変わった」
「そんなに私の事が大事?」
「大事だが、問題はそこじゃない」
「え?」
サラスは本当に分かっていないのかのように素直な疑問をこちらへと浮かべている。
「……気付いてなかったのか?」
森と言う都合上。
おかしなことを言うものだと思いつつも。
何かしらの理由があるのかもしれないと考えてはそれとなく現状の把握を促す。
「え……えぇ、今言われて気付いたわ」
サラスは何ともらしくない。
「どうした」
「え?」
「少し休むか?」
今まで気にしたことも無かったが。
流石にアイギスを抱えたまま長く歩かせ過ぎたのかもしれない。
もしそうであるならば、これまで体力面での問題が浮き上がったことが無かったがための失態。
いや、それに気付けなかった自身の過ちであろう。
「ち、違うのよ。別に何でもないから。それで、どうするのよ?」
本人がそういうのであればと深く追及したりはしないが。
サラスは取り乱すという程ではないにしろ、明らかにその動揺を隠そうとしている。
「そうだな……。接触してくる気が無いなら別にそれでいいと思うが」
「用も無いのに後をつけたりしないと思うけど?」
それは暗に。
先程までの自分たちからしてもそう言えるわけで。
「マリアはどう思う?」
意見を求めては自然な流れで顔を向ける。
「……」
「マリア?」
こちらに目を向けてはいるものの。
口を開くことなく黙りこくっているマリア。
何か思う所でもあるのかと再度呼びかけてみるも、今以上の反応と言うものはなく。
「……ジーナ?」
であればと半ば助けを求めるように声を向けた先で待ち構えていたのは。
ぷーっと何かを主張するように膨らまされた頬と、あらぬ方向へと向けられた顔。
そうしてジトっとした目でこちらを見据えるという何とも器用でいかにもなジーナだった。
「リン?」
ジーナは短くこちらの名を呼ぶ。
「ごめん」
なんだかよく分からないが謝罪は早い方が良い。
そう思っては間髪入れずそう答える。
「何で謝るの?」
しかし、どうやらそれは間違いだったようで。
「ごめん。分からない」
「だと思ったっ」
ジーナはこちらへと向き直っては優しく笑う。
「うんっ。いいよっ」
ジーナは機嫌を取り直したようにこちらの腕を取ってはいつものように。
「リンは正直だからねっ」
腕を絡めてはニコニコとした笑顔に戻ってくれる。
「ジーナ」
だからこそ分からない事が一つある。
「なにかなっ?」
ジーナは無邪気そのものだ。
「マリアに何かしたかな」
「ん? んーっとね。リンはマリアに何もしてないと思うよっ?」
ジーナは答える。
で、あるならばと。
何故マリアは未だにその姿勢、沈黙を貫いているのか。
「私の事でしょ?」
サラスがそれに答えを出すように。
仕方ないわねとあっけらかんとした口調で言葉とする。
「まっ、そういうことだよねっ?」
ジーナはうんうんと態度からして続ける様に肯定の意思を示す。
「マリア?」
サラスはもういいでしょと。
答え合わせでもするようにその名を呼んでは反応を待つ。
「リンさん――」
そして、今度はしっかりとした声色と共に。
静かな決意をその目に宿しては、確かな返答をこちらの耳へと届けるに至った。
「ん?」
「私は……その」
「うん」
「お願いがあります」
「いいよ」
即答する。
「だからそれやめなさいって」
いつかのように繰り返されるサラスからの待ったをかける言葉。
「……サラスさん」
「え、私?」
「はい」
「え、えっと、何かしら?」
サラスは平静を装ってはいるものの。
どうにも落ち着かない様子で浮足立っている。
「一度、エルフの皆さんに会いに行くべきかと考えています」
マリアは毅然とした態度でそれを表明する。
「え……うん。え?」
サラスから視線が向けられるも自身としては反対の意見などこれっぽっちも持ち合わせていないが故に。
ただ首を縦に振っては目的の変更を簡易的に後押しする。
「ジーナはいいの?」
「ぼくは別にっ? リンと一緒ならどこでもいいかなってっ」
「それはそれで問題だと思うけど……ホントに?」
「うんっ」
「アイギスはいいの?」
「そこは相談だ」
「意外と冷静なのね?」
「そこはマリアも分かって欲しい」
「理解しています」
「……いいけど……そんな、わざわざ行くほどのところかしらねぇ……」
「ぼくは行ってみたいかなーっ、なんてっ?」
「すべては行けば分かることかと」
「ならまずは道を聞かないとな?」
そう言ってはマリアとジーナに視線を交わしていく。
「そうですね」
「うんっ」
二人はそれで十分だったのか。
準備万端であることをその声と共に、表情でもってこちらへと意思表示してくれる。
「え? ちょ、え?」
そうしてサラスの困惑も程々に。
三人同時に踵を返して向かった先は――最早言うまでも無く。
追って追われて、最終的には追っ手を追うこととなった。




