113、今夜はカレー
「とりあえず問題なさそうなら移動しよう」
大地に横たわるその者へと手を伸ばしては。
優しく抱き上げるマリアの背中に声を掛ける。
「リスイっ!」
しかし、その後に続いたのは予想に反して口を開きかけたマリアではなく。
「しっかりしろ! おい! 俺だ! ロランだ!」
人目も憚らず、未だ安全を確保しているとは言い難い状況で。
その者、ロランはマリアへと足早に近づき――。
「がっ――」
問答無用と言えるマリアの鉄拳に因って体を九の字に曲げる。
「マリアっ!?」
サラスが驚きの声を上げる。
「いったぁっ……」
ジーナはその行動に対して理解こそ示しているものの。
されどもっと他にやり方があっただろうと相手の身を案じている。
「っ――」
「行きましょう」
マリアは毛玉だった者を肩へ。
前のめりに倒れ掛かるロランの首根っこを掴んでは、それ以上こちらの手を煩わせないと行動で以って先を促す。
しかし、流石にマリア一人で二人は文字通り荷が重いと言えるわけで。
「片方――」
「お、お前等……」
ロランはこちらが言い終えるまで待ちきれなかったのか。
再び声を上げては、苦痛を隠し切れていない言葉で待ったをかける。
が――。
「しつこいですね。リンさんの妨げになっているのが分からないのですか? 折角助かった命を無駄にしたくはないでしょう? 素直に従ったらどうですか?」
マリアは不快感をまるで隠すことなく続けて行く。
「これから私たちは移動します。その際あなたはリンさんに、彼女は私が運びます。それから周囲の安全を確保した後、あなた方の処遇を決めます。ここまでで分からない点はありますか?」
「リ、リスイは、大丈夫なのか」
「知りません」
「お、俺たちは――っ!?」
面倒になったのか。
マリアはロランから手を離してはその場へと落とす。
「自分で歩いてください」
「なっ――!」
「はいはい。アンタの言いたい事も分かるけど。それは移動しながらでも出来る話じゃないかしら?」
「そ、それは……」
「行きましょう」
マリアは先導するように歩き出す。
「お、お前――」
ただ、ロランの思考はまだそこに追いついていないようで。
「死にたいのならそこにいなさい?」
マリアの後を追うように動き出したサラスにジーナ。
どうやら埒が明かないと行動で現状の理解を促すことにしたようだ。
「…………」
一応と言う意味でその場へと残ってはいるものの。
視線を向けられたところでこちらから掛けられる言葉は何も無い。
「っ……」
それをどう感じ取ったのかは本人にしか分からないところだが。
止めていた足を動かし始めたことだけは紛れも無い事実であり。
「経緯を話す気は?」
最後方に位置取りながらも。
それとなく尋ねてみては反応を待つ。
「……名前は」
問われる。
最初のやり取りにしてはその気のありなしに関わらず、極々当たり前の返答と言えるだろう。
「リンだ。多少強引な挨拶になってしまったが、別に悪気があったわけじゃない」
一応の釈明。
逆効果になる可能性も考慮していたが、何よりもマリアが誤解されたままというのはこちらとしても望むところではないわけで。
「……分かってる。ただ暴力はダメだろ」
「否定はできないな」
「……リンとか言ってたな」
「あぁ」
「お前アレが何だが分かってて戦いを挑んだのか?」
アレ。
ロランの言うアレとは恐らく話の流れからしてアレのことか。
「毛玉、ね。初見だ」
「……アレはそんな可愛らしいものじゃない」
そう前置きしてロランは事の真相を口にし始める。
「アレは魔法や魔術、呪術や法術。そういった常識から外れた場所に位置する言わば現象。存在じゃない。ただそこにあるというだけで何もかもをそちら側へと置き換えようとする溢れ出た根源。源。そもそも人が触れていいような代物じゃない」
それを早く言って欲しかった。
「触れた場合どうなる?」
「それは違う。勘違いしている。触るという意味ではなく、触れるだ」
「……なるほど?」
「人知を超えた領域。そのまた外に手を伸ばせばどうなるかということだ」
「よろしくない事だという事は分かったが。もう少し分かり易く説明してくれないか」
話がややこしいというよりも回りくどいというのか。
妙に複雑にしようとして意図せず怪奇になっている気がしてならない。
「冒険者だろ?」
「今は違うが、そんな感じだ」
「……まぁいいさ。魔法は見た事があるだろ?」
「手品みたいなやつだな」
「……似て非なるものだ」
「そうか」
「……見た事ないのか?」
「いや、火とか水とか。大層な事を口にしてから出てくるそれだろう?」
「高難度、いや、高次元と言うべきか。必要になってくる口上だな」
「そうなのか」
「……無知にもほどがあるだろう。よく今まで生き残ってこれたな?」
「仲間のおかげだ」
「フンッ」
ロランは鼻をならす。
「まぁいいさ。その魔法をただ行使するだけなら何も問題はない」
ロランは仕切り直すように続ける。
「だがな。世の中にはクソッタレが少なくない。リスイもその被害者の一人だ」
ロランは淡々と語る。
先程まで取り乱していたとは思えないほど落ち着いた口調で。
「……俺たちは人とは違う」
「何が?」
「は?」
ロランから冗談だろと。
話の腰を折るなと間抜けな声が上がる。
「そいつはそういう部分に鈍感だから気にしたら駄目よ」
サラスから補足が飛ぶ。
「リンは寛容なだけだよっ?」
ジーナが更に補足を補足する。
「リンさん」
「ん?」
「頭に兎の耳がついています」
「うん」
「違います」
「うん」
あぁ、それで。
と、マリアに解説されてようやく把握する。
ロランの言っていた違いとは単純に、身体的特徴であり、自身からすれば些細と言える外見上の有無でしかなかった。
「……分かってくれたか?」
「あぁ」
「一応補足しておくけどっ。外見的にだけじゃなくってっ、内面的にも根本的にも違うってことだよっ?」
ジーナが更に補足を補足した上で更に補足を付け足してしてくれる。
「つまり別物って事よ」
追加でサラスからも声が上がる。
「そうなのか」
「そうなのよ」
「そうなんだよっ?」
「そういうことです」
三人から同様の肯定がなされる。
「お前はおかしい」
その流れに待ったをかけるロランからの歯に衣着せぬ物言い。
自身でも言われるまでも無く理解しているつもりではあったものの。
実際面と向かって言われると何とも言葉を返しづらいもので。
「まっ、否定はしないわね」
「ぶーっ」
「口を縫い合わせますよ?」
マリアから物騒な物言いが飛び出す。
「どうしたマリア」
流石に先程からの行動からして。
ロラン相手に何か思うところがあるようで。
ここまで一貫されるとなるとこちらとしてもその理由を問わないわけにはいかない。
「いえ……」
マリアは言葉を濁す。
「ロラン。続きを」
それで話したくないのであればそれ以上詮索する気はないとロランに話を振る。
「いや、お前……」
ロランは困惑している。
「どうした」
「それで、いいのか……?」
「別に何も問題はない」
「……リスイを返してくれ」
そう来たかと。
まぁ、遅かれ早かれなるべくしてなったというべきか。
「そうか。残念だ」
「いや……助けて貰ったことには感謝してる。ありがとう」
「好きでやったことだ。気にしなくていい」
「そうか……」
ロランはマリアへと近づいて行く。
「……マリア?」
ロランがその姿勢を見せているにも関わらず受け渡さないことを疑問に思ったのか。
ジーナが率先して声を上げる。
「……不快ですね」
「マリアっ?」
「ロランさん。私が何故あなたに対して嫌悪感を向けているのか分かりませんか?」
「……知らん。どうでもいいことだろ」
「どうでも良くはありません。あなたにとってそうであるというだけのことです」
「……何が言いたい?」
「私は何も感謝や謝罪と言った分かり易い行為を求めているわけではありません。ただその態度が目に余ると言っているのです」
「は……?」
マリアは足を止める。
「サラスさんに向けたその目。その奥。その心情。何があったかなど私には関係のないことです」
「それは……」
「いいのよマリア。ややこしくなるから。それこそ気にしてないし?」
「私は気にします」
マリアは振り返ってはロランと向き合う。
そして――。
「身代わり、ってあいたぁっ」
乾いた音が周囲に響き。
同時に頬がびりびりと痺れだす。
「リンさん!」
マリアがリスイをロランへと放り出してはこちらへと駆け寄ってくる。
「ふふっ」
サラスはそんなこちらを視界に収めては笑っている。
「リンってそういうところあるよねぇーっ。うんうんっ」
ジーナは首を縦に。
納得であろうその意思を示す。
「大丈夫ですかっ!?」
「うん」
「すみません! わたっ、わたし――」
「よしよし」
「へ――」
頭の上へと手を乗せては二度三度と優しく撫でる。
「……リーンーっ?」
ジーナがその目線を細めては。
「あはっはははっはっ!」
それを見たサラスが笑っている。
「リ、リンさん……?」
マリアがこちらの意図を窺うように小さく声を上げる。
「マリアは優しいな。その点、サラスは礼を言わないとな?」
手を離してはジーナはそっとしておいて。
サラスへと目を向けては少しだけ口角を上げる。
「ふふっ、そうねっ。ほんとっ、ありがとねっ、マリアっ?」
サラスは笑いがおさまりきらないのか。
お腹を抱えては目の端へとその指を走らせる。
「い、いえ……」
マリアは当然のことをしたまでですという風を装いながらも恥ずかしそうに頬を色づかせている。
「リンっ?」
そんな光景を微笑ましくも眺めていると不意に声が掛かり。
「ん?」
目を向ければ頬を膨らませたジーナ。
その頬をつついてみたいという良く分からない衝動に駆られるも。
ジーナの目線はこちらを咎めるように、非難するように向けられたもので。
しかし、それも一時的にそうであるというだけに過ぎず。
次第にその表情は和らいで行き――。
「ぼくもなでなでしてっ?」
そんな他愛も無い。
だからこそ自然とこちらを笑顔にする、形作らせる言葉を用いてはお安い御用だと手を伸ばす。
「えへへーっ」
ジーナは笑う。
とてもいい笑顔で。
そして――こちらへと応えるように手を伸ばし。
優しく頬を引っ張った。
「リっ、リンはもう少しぼくに優しくしてもいいと思うんだっ?」
手を離しては僅かばかりの距離を取り。
目線を合わせては外し、合わせては外しと遠慮がちに提案する。
「十分優しいでしょ」
そこにサラスが口を挟む。
「既に甘々かと」
そうしてマリアも続く。
「なぁ、帰っていいか?」
事ここに至ってロランも続く。
「はい」
「まだいたの?」
「さよならっ?」
三人は素っ気ない。
「……そうか」
ロランは遠くを見つめるようにしては肩を落とす。
「またな」
背中を向けたロランに声を掛ける。
「ははっ……お前は十分甘いよ」
そう言い残し、ロランは闇夜に消えて行った。
「さて、つけるか」
夜はまだ長い。
「リーンーっ?」
しかし、それよりも先にまずはやらなければならないことがあるようで。
ジーナと顔を見合わせては一歩踏み出し。
それから再び頭を撫でてはロランの後を追った。




