111、知り合いの知り合い
「リン」
アイギスがこちらの袖を引く。
「うん」
用件は分かっているが故にただ了解の意思を示す。
「リン?」
しかしアイギスはその場から動かず。
首を傾げては何やらおぼつかない様子。
「ん?」
その先を促すようにそっと顔を見合わせる。
「おなかすいた?」
「すいてきた」
そうして思い出せない名前を頼りに。
たちまちは腹ごしらえだと足を踏み出した。
「――で?」
馬車の荷台にて。
「アンタはいいの?」
サラスは何故かこちらの横に陣取っては覗き込んでくる。
「……近くないか?」
「遠いでしょ」
「いや距離が」
「だから遠いでしょ。三日やそこらってわけでもないんだし」
「……そうだな」
こちらの意図は伝わらない。
別にサラスが気にしていないのであればいいのだが。
それにしてもといっては何だが、ジーナやアイギスでは感じ得ない窮屈さと言うものを覚えてしまうのは普段座り慣れていないサラスだからであろうか。
「それで? 私の疑問には答えてくれないわけ?」
「いや……まぁ、歓迎はしてないな」
「でも会いに行くんでしょ?」
「あぁ」
「アイギス?」
「ん?」
「……何でもないわ。気にしないで」
サラスは顔を背ける。
それは流石にあからさますぎるが故に。
こちらとしても今のやり取りがどういう意味を持っていたのか理解する。
「あぁ、アイギスの提案だ」
「……私、気にするなって言ったわよね?」
ずいっと。
背けた顔を再びこちらへと向けては。
気に入らない旨をその距離で以って示してくる。
「いや……」
「サラスーっ? 物事には限度ってものがあるんだよーっ?」
手綱を握ったままのジーナが。
振り返ってはとてもいい笑顔で指摘する。
「……ふふっ、はいはい。分かったわよ」
対して、堪えきれなくなったとサラスは口元に笑みを浮かべながら。
何故か上機嫌でこちらの頭をがしがしと撫でるというよりは荒らした後、対面へと移動する。
「リンさん」
「ん?」
マリアがそうして空いた空間を埋めるようにこちらの横へ。
「情報の共有は不要ですか?」
うやむやになりかけている本題を軸に。
あえて何とは言わず話を戻していく。
「別に私はそれでもいいけどね?」
「時間はあります」
「それはそうだけど」
「ぼくもどっちかと言えば気になるかなーっ?」
「リンさん」
三人の意見が纏まり。
マリアが代表するように声を上げてはこちらの目線を捉える。
「うーん……」
「何か不都合でも?」
「いや……」
「やましいことでもあるんじゃないの?」
「えーっ!」
「いやいや」
「リンさん」
「んー……。知らないんだよね」
「……と、言いますと?」
「名前も覚えてない」
「ちょっと……」
「それは……」
「んーっ、さすがにちょっと考えちゃうかなーっ」
分かってはいたことだが。
こうして三人が三人とも同じような反応を見せるとなると、やはり今回の件が無謀であることは否定できない。
「何か手はあるの?」
「ないこともない」
「ろくでもなさそうね」
「レーシアに聞く」
「そんなことだろうと思ったわ」
「あははっ、妙案だっ?」
「こちらから連絡を取る手段は無かったように記憶していますが」
「うん」
「うん、って、なに肯定しちゃってるのよ」
「あははっ」
「どうにかするんでしょうね?」
「どうにか出来るならな」
「それ……どうにもならないって言ってるようなものよ……?」
「そうだな」
「そうでしょうね……」
サラスは呆れたように体を寝かせる。
「まぁ、当分食うに困らないだけの金はある」
「本当に食うに困らないだけだけどね……」
「サラスは贅沢だなぁーっ、もうっ」
「サラスさんはいいとして」
「そうよ、私はいいのよ」
「では何故こちらに進路を?」
「一応それとなく聞いて回ったところ、十人が十人ともこの先を指し示した」
「成程。確度はどの程度だとお考えですか?」
「どうにも胡散臭い。会えなくとも何かしらの動きはあると思う」
「確度はどのくらいかって聞いてんでしょ?」
「十中八九居ないだろうな」
「これ食べていい?」
サラスは自分から聞いておきながらも。
樽の中に詰められた果実へと手を伸ばしては興味なさげに話を挿げ替える。
「ジーナさん」
その答えは持ち合わせていないため。
マリアが取って代わってはジーナの背中に声を投げかける。
「んーっ、いいんじゃないかなっ?」
ジーナは少しだけ考える素振りを見せて。
それからいいよと答えを出す。
「そんなに悩むことなの?」
サラスの言葉には純粋な疑問が含まれている。
「んーっ、アイギスがどのくらい食べちゃうか分からないし……」
「あぁ、そういうこと」
「アイギスさんなら一日ですね」
「というかアイギスは食べすぎでしょ」
「そうか?」
「そうよ」
「途中で寄れそうならどこかに――」
「寄るわよ」
「寄るのか」
「問題でもあるの?」
「いや――」
サラスは先回りするようにこちらをいいくるめていく。
「心配しなくてもこっちはこっちでちゃんと考えてるから問題ないわよ」
「そうなのか」
「そうなのよ」
サラスは当然のようにそう言い放つ。
「リンはさっ。こういうの……嫌、かなっ?」
控えめに問いかけるジーナの声は小さい。
ただ、それは聞き取れないという程ではなく。
「何と言うか、寂しさはあるかなぁ」
「こっ、今度から誘うねっ?」
「あぁ、いや――」
「アンタがいつもやってることでしょ?」
「その通りなんだよね」
「でもでもっ」
「リンさんが相談してくれないからですよ?」
「ごめん」
「あら、強気ね?」
「もっと頼ってください」
「うん」
「もっと言葉にしてください」
「うん」
「私たちは仲間なんですよ?」
「うん」
「分かってますか?」
「うん」
「言葉にするだけなら簡単なんですよ?」
「うん」
「では行動で示してください」
「……ん?」
マリアはこちらを向いたままそっと目を閉じる。
「……これはどういう――」
「誓いを」
「……」
サラスに目を向ける。
「……」
「……」
お互いに何か言おうとして口を噤む。
ただその目は細められながらも面白いものでも見るかのように口元が若干と言えど綻んでいる。
「ジ――」
「リンさん」
であればとその背中に声を掛けようとするも。
マリアの素早い対応によってそれが成されることはなく。
「……」
そこで気付く。
ジーナが全く反応を示していないことに。
つまりは、つまりは。
つまりはどういうことだ。
こちらの知る由も無い所で何かが行われていて進んでいることだけは理解している。
しかし、それだけでは――。
「リンさん」
言葉だけは無く、こちらの思考まで遮られては最早どうしようもないわけで。
「アイギス」
最終手段ともいえるその名を口にする。
しかしこちらにもたれかかるアイギスがその程度で目を覚ます訳も無く。
「……リンさん」
声に目を向ければマリアが何とも言えない目でこちらを見据えている。
「あははっ、ぼくの言った通りでしょっ?」
ジーナが軽快に笑う。
「まっ、アンタならそうするだろうと思ってたわ」
サラスがあっけらかんと予想通りであることを言葉にする。
「いやいや、何なんだ」
まるで意味が分からないと種明かしを要求するも、誰一人として答える気はないようで。
「リンは気にしなくてだいじょーぶっ、なんだよっ?」
「ちょっと心配になっただけよっ、ふふっ」
「少しドキドキしました」
「いや、何なんだ……」
三人して顔を見合わせては何だか楽し気にしている。
「んん……」
「アイギス?」
この程度では起きないと分かっているが故に騒ぎ過ぎたか。
身動ぎするアイギスを視界に収めたのは特に意図したところではない。
「リンと……」
「わわっ、アイギスっ?」
あからさまに動揺をあらわにするジーナ。
対して他の二人と言えば平然そのものだ。
「リンといっしょが良い……」
それは寝言なのか。
それともこちらの疑問に対する何かしらの答えなのか。
ただ、今のところそれは果たされていることで。
「まぁ、数日の間の我慢だ」
「うん……」
起きているのかどうか。
会話が成立しているのは偶然か必然か。
どちらにしろ快適な寝床は当分お預けだ。
「まっ、それが一番かもね?」
サラスはそんな意味ありげな言葉を残してはゆっくりとその瞼を閉じた。




