109、波打ち際
「…………」
ふとした眩しさに、手をかざそうとして――。
動かない体が、元から存在していなかったことに気付く――。
そうして何故だか納得するように――。
「ちょっとっ――!? サラス――っ!?」
全身を包み込む倦怠感。
目を開けるのも面倒な程で、よもやそんな中であるというのにも関わらず。
耳をつくのは何が何やら。
鈍い意識があるというだけで、力任せに揺さぶられては三半規管が徐々にそれを認識し始める。
度を過ぎたそれは、止めて欲しいと一言口にすればそれで済む話なのかもしれないが。
声を上げようなどとまるで思えないのが自身の現状で。
「サっ――サラスっ! やめてっ! おねがいだから――っ!」
聞き覚えのある声。
ジーナ……?
「うるさいッ! 私は! 私は――ッ! さっさと起きなさいよッ! リンッ!」
力の入らない体が関節を無くしたようにうねる。
誰の仕業かなど考えるまでも無い。
「……ッ、おきてよっ! ねぇっ! リンッ!? 聞こえてるんでしょっ!? ねぇ……起き、なさいよ……」
身体が動きを止める。
ただそれよりも気になるのはらしくない声を漏らすサラスの方だ。
「……サラス? もう、もうさ……楽にして上げよう……?」
「アンタはそれでいいってのッ!?」
「いいわけないよっ! ぼくだってっ! ぼくだってっ……ぼくだって……ぼく、だって……」
「私はいやよッ! 絶対に認めないわ! 誰が何と言おうと私はこいつを――」
「サラスさん。リンさんはもう――」
「うそよッ!」
「私が……、この私がリンさんの前でっ! そのような偽りを述べるとでも!?」
「アンタがなんだってのよッ! 私は違うって言ってるんだからそれでいいでしょッ!?」
「サラスっ……ぼくもういやだよ……リンをこれ以上苦しませるのは……」
「ッ――! アンタはそれでいいかもしれないけどねッ! 私はどうなるのよ!? こいつが居て、こいつが居るからこそ私は今日まで……っ!」
「ぼくだってそうだよっ! サラスだけが特別じゃないっ! そんなの一々言葉にしなくても分かってるでしょっ!?」
「それならどうして! ……っ、そんなこと……いう、のよ……」
「だって、だって! だって! だって! リン!? ねぇ! リン! ねぇ!? ぼくもうよく頑張ったよね!? もういいよね!? もう終わりにしても! ……リン……? 今会いに行くからね……」
「アンタ…………」
「……ジーナさん」
「止めても無駄だよ?」
「私もお供します」
「……そっか」
「アンタたち……」
「気にしないで? サラスはサラスの思うように生きればいいんだよ。きっとリンなら……先に行ってるね?」
「ジーナ……」
「短い間でしたが。お世話になりました」
「マリア……」
「ふふっ、リン抜きでもさっ。結構楽しかったよ?」
「私も……その、楽しかったです……」
「ふふっ、最後だからってでれちゃってーっ」
「私は元から素直ですよ?」
「はいはいっ、その続きは向こうでねっ?」
「そう……ですね。はい。その時にはたっぷりと」
「あららっ、最後の最後でまちがえちゃったかなーっ? って、そろそろ行くね?」
「お別れですね。サラスさん。お体にお気をつけて」
「それじゃあ――」
「待って」
「……別に付き合う必要は無いんだよ?」
「言われなくても分かってるわ。ただ……私がそうしたいって思っただけだから」
「……そっか……」
「……準備は?」
「できてるよっ」
「出来ています」
「……二人には迷惑かけたわね」
「ううんっ」
「お互い様です」
「私も、ね。楽しかったわよ」
「うんっ」
「はい」
「二人に……会えてよかった」
「ぼくもだよっ」
「私もです」
「ありがとう……」
「ありがとうっ」
「……ありがとう」
「ふふっ」
「ははっ」
「ふふっ」
「……じゃあ」
「うんっ」
「また」
「またねっ」
「また――」
開かない瞼の向こうで。
静かに、手を伸ばせば届く距離でありながらも。
まるで、夢のように――。
「――」
言葉にならないそれが――。
確かな効果を示したことを――。
再び訪れた暗闇に因って証明し――。
「リン――?」
最後に聞こえたその声は。
他でも無いアイギスのもので――。




