108、幸せなら
カンッ――。
カンッ――。
ザッ、ザッ――。
カンッ――。
カンッ――。
「ふぅ……」
繰り返す事何度目か。
反復作業で疲労の蓄積した体を休ませようとその場へと腰を下ろす。
「……帰るのか?」
ふと、そんな声が上がり。
一息つく間もないままに顔を向ける。
「いえ――」
まだ帰る気はない。
そう答えようとして踏み止まる。
「そろそろ帰りましょうか」
自分だけならば問題無いとしても。
付き合わせている相手がそこにいる以上、やはり配慮というのは少なからず必要とされるもので。
「一度帰って休みましょう」
そこにどんな理由と目的があろうとも。
こちらからしてみれば預かっていると言っても過言ではないわけで。
「何か食べたいものでもありますか? 汗を流したらついでに――」
「お前の食べたいもので良い」
それは分かり易く遮られ。
「分かりました」
そう答える以外にこちらは成す術も無く。
「……貸せ」
そう小さく。
少しばかりの苛立ちを含ませながらも鉱石の詰まった籠へと手を伸ばす。
「ありがとう」
いささか強引で、奪い取るようなかたちではあったものの。
その行動に対して礼を述べるのは至って当たり前のことであり。
「……さっさと行くぞ」
舌打ち無しについた帰路は。
ここ数日で感じた事も無いほど穏やかな空気が漂っていて。
だからであろうか。
手元の明かりが僅かばかりに照らす薄暗い坑道の中。
エルヴィはこちらを先導するようにして背中を向けたまま。
静かに、そっと口を開き始めた。
「……私は……お前が嫌いだ」
それは突然のことではなく。
これまでにも漂わせ、含ませ、散々その節々に滲ませてきた事実だった。
「私は、お前とは違う……。優秀で。完璧で。才能もあって。努力もして……」
まるで独白とも呼べるそれは。
こちらの返事など待ってはおらず。
ただ自ら望んで求めるようにその続きを紡いでいく。
「何でだろうな……。私はお前より優れていて、上回っていて、勝っていて……それなのに……気が付くとお前が傍にいる……」
……エルヴィは泣いている……。
「お前は、お前はさ……。いいよな。……いいよね……」
顔に手を当てては溢れそうになるそれを袖で拭う。
「私は……私はもうダメかな……。ううん、ダメ、みたい……。うん、つかれちゃったの……」
エルヴィは足を止める。
「リンにさ。お願いがあるの。聞いてくれる?」
背中を向けたままこちらへと問うエルヴィ。
だが、その内容は何となく察しがついてしまうが故に。
答えることを躊躇うのではなく、口に出せない。
「……ふふっ、リンは優しいね。みんなが頼りにしちゃうわけだ。でも、残念。リンがしてくれないんじゃどうしようもないね」
エルヴィは再び歩き出す。
「リン、私ね。思うの。リンが私の傍にいてくれてたらなって。もっと違う道があったんじゃないかなって。でもさ。私、結構今の自分のこと気に入ってるんだ。おかしいよね、ほんと」
エルヴィは自嘲気味に笑う。
「……リンに会えてよかった。私を壊してくれて。止めてくれて。こんな気持ちにしてくれて。すごく嫌だけど。同じくらいすごく好き。……あははっ、これじゃ告白みたいだね?」
エルヴィは尚も続ける。
「私はリンのことを忘れない。だから、リンも私の事。忘れないでいてくれたら嬉しいな」
エルヴィは不意に振り返り――、出来損ないの笑顔をこちらへと向けて見せる。
「さよなら、リン」
エルヴィは自身の首へと鞘から抜き放ったその刃を走らせ――。
笑顔のままに肉体との接点を切り離す。
「身代わり――」
自身の頭を強く押さえ。
そうして意識は暗闇へと落ちていく――。
「なんで……」
そう自問自答するエルヴィの声だけが脳内に木霊して。
アイギス……済まない。
届かぬ声と気がかりだけがいつまでも自身を揺らし続けた。




