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第6話「死神の猟犬」

第1幕「蘇よみがえった巨悪」

「なぜ?」


村上は

本当に分からない

という顔をした。


「藤原を救ったのは、

 善人に戻すためじゃない。

 あいつにしかできない

 仕事があるからだ。

 仕事が終われば、もう必要ない。」


死神は満足そうに目を細めた。


『いい答えだ』


村上はその声を、

自分自身の考えが生み出した

内なる声だと思っていた。


自分が決めた。


自分が選んだ。


自分が、

命の使い道を決めている。


その確信こそが、

死神にとって

最も都合のよい檻(おり)だった。


     *


藤原 龍治は、

かつての部下たちを集めた。


場所は都内の雑居ビル。


窓のない会議室に、

十数人の男が並んでいた。


誰もが、

藤原の復活を

信じ切れていなかった。


事故の現場を知る者は、

あの車が

どうなったかも知っている。


「俺を殺そうとした奴がいる。」


藤原は椅子に座り、

指先で机を叩いた。


「警察か、他の組か、

 それとも俺の身内か。

 まだ分からん。だが、

 俺を死んだと思った連中は、

 もう動き始めている。」


一人の男が口を開いた。


「兄貴、

 まずは身を隠したほうが……」


藤原は笑った。


「隠れる?」


男の言葉を反芻(はんすう)し、

次の瞬間、

机の上の灰皿を投げつけた。


鈍い音がした。


男の額から血が流れた。


「俺が死んだと思って、

 好き勝手やっている奴らが

 いるんだぞ。

 隠れて、そいつらが

 笑うのを眺めていろってか?」


誰も答えなかった。


藤原は立ち上がった。


「まず、3人を調べろ」


  *


午前2時13分。


東京湾を見下ろす

高層ホテルの最上階で、

元警察庁長官の黒瀬宗一は、

3人の男を見殺しにした。


画面には、

拘束された内部告発者の

映像が映っていた。


男は

大手医療グループの

不正治験を

告発しようとしていた

医師だった。


隣には、

証拠を持ち出した

元検察幹部。


もう一人は、

裏金の流れを追っていた

金融庁の元幹部。


3人とも、すでに

黒瀬の管理下にある施設に

いた。


「処分をお願いします」


電話の向こうで、

部下が言った。


黒瀬は

ワイングラスを傾けた。


「処分とは

 穏やかじゃないな。事故にしろ。」


「承知しました。」


「それから、

 医師の家族には

 例の補償を。

 口を閉じるなら、

 十分な額を渡せ。」


電話を切る。


黒瀬は窓の外を眺めた。


3人が消えれば、

医療グループの不正は

表に出ない。


金融機関の不正融資も、

政治家への資金提供も、

海外に流れた

数千億円の行方も闇に沈む。


黒瀬が守っているのは、

特定の誰かではない。


国家の中枢にまで

張り巡らされた、

巨大な利権そのものだった。


そのとき、背後で声がした。


「ずいぶんと、

 人の命が安いんだな。」


黒瀬が振り返った。


男が立っていた。


藤原 龍治。


死んだはずの男だった。


「……なぜ生きている?」


「さあな」


藤原は黒瀬の机に、

3人の顔写真を並べた。


「こいつらを

 殺すつもりだったのか?」


黒瀬は写真を見て、

すぐに理解した。


「誰に頼まれた?」


「質問に答えろ」


「お前が何者であろうと、

 私に手を出せば、

 お前の身内も、

 関係者も、全員消える。」


藤原は笑った。


「俺を脅すのか?」


黒瀬は

机の下のボタンを押した。


何も起きなかった。


「警備は来ない。

 電話もつながらない。

 お前が築いたものは、

 今夜だけ、

 お前を助けてくれないらしい。」


藤原は

黒瀬の額に銃口を当てた。


「お前みたいな人間を、

 俺は何人も見てきた。

 違うのは、お前が

 警察の制服を

 着ていたことくらいだ。」


銃声が響いた。


黒瀬は机に突っ伏した。


藤原は写真を回収し、

部屋を出た。


*


翌朝、

医療グループ総帥(そうすい)の

鷹宮(たかみや) 征一(せいいち)は、

国際医療支援機構の

設立記念式典に出席していた。


壇上には

各国の要人が並び、

鷹宮の功績を称(たた)える

映像が流れている。


その映像の最後に、

白衣姿の医師が映った。


鷹宮は

一瞬だけ顔を強張らせた。


昨夜、

黒瀬から届くはずだった

報告がない。


それだけではない。


彼の手元にある

秘密の名簿から、

複数の名前が消えていた。


「鷹宮先生、次はご挨拶を。……」


司会者に促され、

鷹宮は壇上へ進んだ。


「医療に国境はありません。

 私たちは、

 すべての命を救うために――」


「嘘をつくな」


会場の後方から声が飛んだ。


人々が振り返る。


藤原が通路を歩いていた。


「お前の病院じゃ、

 治験の失敗を隠すために

 患者を殺した。

 記録を改ざんし、

 遺族に金を渡し、

 告発した医師を潰(つぶ)した。」


鷹宮はマイクを握り締めた。


「警備員!」


「その警備員も、

 お前の金で雇われている。

 お前の命令で人を殴り、

 口を塞ぎ、

 証拠を運んだ。違うか?」


鷹宮の顔から血の気が引いた。


「私は……

 医療の発展のために……」


「患者は、

 お前の実験材料じゃない。」


藤原が銃を抜いた。


会場が悲鳴に包まれた。


一発。


鷹宮は壇上に倒れた。


背後のスクリーンでは、

彼が

子供たちを抱きしめる

慈善活動の映像が、

何事もなかったかのように

繰り返されていた。


*


金融持株会社の会長、

御厨(みくりや) 泰蔵(たいぞう)は、

二人の死を知っても

取り乱さなかった。


彼は

世界各地の資産を動かし、

関係者の口座を凍結し、

証拠となる文書を消去した。


黒瀬が握っていた政治家の

秘密。


鷹宮が隠していた医療犯罪。


そして、

自分が仕掛けた企業買収と

資金洗浄。


そのすべてを、

御厨は

金と権力で封じ込めてきた。


「警察は?」


秘書が尋ねた。


「こちらの人間に処理させろ。」


「海外への移送は?」


「予定どおりだ」


御厨は書類に署名した。


「二人が死んだところで、

 金の流れは変わらん。

 人間は死ぬが、金は死なない。」


そのとき、執務室の扉が開いた。


藤原が入ってきた。


御厨は

書類から目を離さなかった。


「いくら欲しい?」


「金じゃない」


「なら何だ?」


「お前の命だ」


御厨は初めて顔を上げた。


「私を殺せば、

 何万人もの生活が壊れる。

 君に、その責任が取れるのか?」


「お前が潰した

 会社の人間にも、家族がいた。」


「経済には犠牲が伴う。」


「便利な言葉だな」


藤原は銃を構えた。


「自分が犠牲になる番だ」


御厨は

机の引き出しに手を伸ばした。


藤原の銃声が、

その動きを止めた。


御厨が倒れる。


机の上では、

署名を終えた契約書が

静かに滑り落ちた。


*


村上彰は、

病院の個室で

3人の死亡速報を見ていた。


元警察庁長官。


巨大医療グループ総帥。


国際金融界の重鎮。


藤原龍治が殺した3人は、

それぞれの分野で

国家の仕組みを

動かせる人間だった。


藤原自身も、

数え切れない

人間を傷つけてきた。


だが、この3人は違った。


自分の手を汚さず、

組織を使い、

制度を使い、

正義の看板を掲げながら、

人間を踏み潰してきた。


村上は

薬剤の記録を確認した。


藤原の生命活動は、

もう長くは持たない。


「終わったな」


村上がつぶやいた


  *


藤原自身は、

自分が利用されていることを

知らなかった。


紀藤吾六は、3つの事件の

報告書を机に並べた。


「偶然にしては、

 出来すぎているな。」


いずれも

過去に重大な犯罪を犯し、

法の網をすり抜けた人間だ。


そして、

いずれも最近になって、

裏社会で何らかの動きを

見せていた。


紀藤は資料を見つめた。


胸の奥で、何かが蠢(うごめ)いた。


『いい仕事だ』


鬼の声がした。


『悪党が悪党を始末する。

 人間の手を汚さず、

 街から害虫が減る。

 これ以上、

 都合のいい話があるか?』


「誰がやった?」


紀藤は低く呟いた。


『知りたいのか?』


「当然だ」


『なら、探せ。

 見つけたら、どうする?』


紀藤は答えなかった。


鬼は紀藤の中で笑った。


『捕まえるのか? 

 裁判にかけるのか? 

 また、何年もかけて

 証拠を集め、

 弁護士に穴を探され、

 裁判官の判断を待つのか?』

明日 18:40 に投稿します。

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