第5話「裁かれるべき3人」
第1幕「蘇よみがえった巨悪」
「そうらしいな」
『よかった……
本当に、よかったです。』
「泣くな。気持ち悪い」
藤原は笑った。
「仕事を頼みたい」
『何でも言ってください。』
「俺を殺そうとした人間を探せ。」
『はい?……』
「誰でもいい。
警察でも、
組織の人間でも、
昔の仲間でもな。」
藤原は、窓の外を見つめた。
「見つけたら、
すぐに報告しろ。
ただし、手は出すな。」
『なぜです?』
「俺が殺す」
電話の向こうで、
男が沈黙した。
藤原は続けた。
「それから、
仕事を再開する。
止まっている案件を
全部動かせ。
今まで以上に派手にやれ。」
『ですが、
藤原さんはまだ入院中で……』
「だから何だ?」
藤原の声が変わった。
「俺が死にかけたから、
世の中が優しくなる
とでも、思っているのか?」
『いえ……』
「なら、やれ」
藤原は電話を切った。
そして、天井を見つめた。
彼は、まだ知らない。
自分の命を取り戻したものが、
何を求めているのか。
だが、そんなことは
どうでもよかった。
生きている。
それだけで十分だった。
生きている限り、何でもできる。
藤原は、再び笑った。
*
夜。
村上は、
病院の屋上に立っていた。
風が吹いている。
眼下には、
東京の街が広がっていた。
何百万という人間が、
何事もなかったかのように
暮らしている。
食事をし、
酒を飲み、
家族と笑い、
明日の仕事を考える。
その一方で、
誰かが誰かを傷つけ、
奪い、
殺そうとしている。
村上は、空を見上げた。
「さて……」
彼は独り言のように呟いた。
「あなたは、これから何をする?」
問いかけた相手は、
藤原だった。
だが、その声は同時に、
自分自身にも向けられていた。
村上は、藤原を救った。
その結果、
藤原が再び犯罪を始めることは、
容易に想像できる。
それでも、村上は救った。
なぜか。
村上は、自分の胸に手を当
『お前の心は、私にも見える』
「では、教えてくれ。
私は何を恐れている?」
死神は、しばらく答えなかった。
やがて、白い霧の中から声がした。
『お前が救った命によって、
さらなる巨悪を始末するためだ。』
村上の表情が止まった。
それは、
考えたことのない可能性だった。
「……面白い」
村上は笑った。
「それは、実に面白いね。」
死神は何も言わなかった。
村上は、屋上の扉へ向かった。
彼の背後で、
白い霧がゆっくりと消えていく。
そして、
誰もいない空間に、
別の声が響いた。
『死神よ。
お前も、あの男を
止められぬのか?』
鬼だった。
『止める必要があるのか?』
『藤原は悪だ。
生かしておけば、
また人を傷つける。』
『それを承知で、村上は救った。』
『お前が、救わせたのだろう?』
『それは、今はいい。
それより、鬼、お前だ。
紀藤が藤原を裁くのか。
それとも、
お前が紀藤に裁かせるのか?』
鬼は答えなかった。
死神は、
白い霧の中で鎌を握り直した。
『お前は、自分の宿主が
正義を行っていると
信じている。だが、
もし紀藤が、
自分の意志で
藤原を生かすと決めたら?』
『そんなことは起こらぬ。』
『なぜ言い切れる』
『紀藤は鬼だ』
鬼の声には、確信があった。
『私が選んだ人間だ』
死神は、ゆっくりと顔を上げた。
『村上も、私が選んだ人間だ』
鬼の炎が揺らいだ。
『ならば、見届けよう』
死神は言った。
『どちらの人間が先に、
自分の中にいるものを
疑い始めるのか。……』
鬼は答えなかった。
ただ、
東京の街を見下ろしていた。
その街では、
藤原の命令によって、
犯罪組織が
再び動き始めていた。
紀藤は、
その兆候をまだ知らない。
村上は、
それを止めるつもりがない。
そして、
鬼と死神は、
互いに
譲るつもりがなかった。
人間たちは、
自分の意志で動いていると
思っている。
だが、
その意志の奥底で、
別の存在が息をしている。
鬼は、悪を裁きたい。
死神は、命を選びたい。
そして二つの存在は、
まだ知らない。
自分たちが選んだ人間が、
やがて自分たちの理解を
超えていくことを。
狂気は、
まだ始まったばかりだった。
*
藤原 龍治が退院したのは、
事故から3週間後だった。
医師たちは奇跡だと言った。
全身に激しい損傷を負い、
一時は
心停止まで確認された男が、
後遺症らしい後遺症もなく
歩いている。
医学的な説明を求められても、
村上彰は曖昧に笑うだけだった。
「本人の生命力でしょう」
嘘ではない。
ただし、
生命力と呼ばれているものが、
どこから来ているのかを
知る者は、
世界にほとんどいなかった。
村上の白衣の内側で、
死神が笑っていた。
『さあ、働いてもらおうか。』
村上は窓の外を眺めた。
「まずは、3人だ」
『3人?』
「藤原 龍治よりも
悪質な人間がいる。
藤原は犯罪者だが、
あいつは
自分の利益のために人を殺す。
自分が殺される可能性も
理解している。
だが、
これから挙げる3人は違う。」
村上は
机に置かれた資料を開いた。
一人目は、
投資詐欺で
数百人の人生を破壊し、
被害者の中に
自殺者まで出しながら、
海外資産を隠して逃げ切った男。
二人目は、
未成年者を犯罪組織に売り渡し、
証拠となる人間を
消してきた元警察幹部。
三人目は、
違法薬物を全国に流通させ、
競合相手だけでなく、
自分の組織の構成員まで
使い捨てにしてきた男だった。
三人とも、
表向きは
社会復帰を果たしている。
裁判で
有罪になった者もいた。
だが、刑期を終え、
あるいは巧妙に責任を逃れ、
今も金と権力を手にしている。
「藤原の組織を使えば、
3人の居場所も、
金の流れも、
警察が掴めない証拠も
手に入る。
藤原は
連中を憎んでいるわけじゃない。
ただ、
自分の縄張りを脅かす相手を
排除する。それでいい。」
『お前は医者だろう?』
「だから、
命の価値を知っている」
村上は資料を閉じた。
「救う価値のない
命があることもな。」
死神は、村上の背後に立った。
その顔は
人間の顔に似ていたが、
目の奥には光がなかった。
黒い衣が床をすべり、
影が壁を越えて
天井まで伸びている。
『藤原も、いずれ死ぬ』
「分かっている」
『薬の効果は永遠ではない。
あの男の身体は、
借り物の時間で動いている。』
「だから期限がある。」
村上は静かに言った。
「3人を片づけたら、
藤原の命も終わらせる。」
『躊躇は、ないのか?』
明日 18:40 に投稿します。




